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手紙は読むものです、其の参

「マザーから自力で情報を得るのがほぼ不可能と知れたところで再度提案する。リトネウィアの安寧を守ろうとする中に俺も混ぜろ」



椅子に深く腰掛け足を組み、そこに手を乗せて自信に満ちた笑みで告げられる言葉が何とも様になっていて眩しいことです。


「提示できるのは俺が持ち得る技術に技能、情報と伝手、更に今後必要不可欠だろう消耗品の調達ってところだな」


ん、イルファ的に欲しいものが提示されたらしいぞ、いま。何だろう、何が必要とされたのだろうか。

…正直全部必要とされてる気がしなくもないが。


「マザーからの情報となるとさっき見た通りアタックシールドのお陰で直接の答えは得難いが、多少の回り道をすれば近いところにはたどり着ける。当然お前たちにも可能だろうが、俺がやった方が時間はかからない」


刻々と過ぎていくことで増えて埋もれていく情報をどれだけ早く正確に得ることができるかは個々人の技能にかかっているため、時間がかからないということは情報において重要なことだ。

それ故にいまの発言に否と唱えられる天魔はいないだろう。これは自身の能力を把握し、理解し、自負しているからこその発言だ。


「一番欲しいのは伝手と消耗品だろう。封印石については貸し出してるのがレイジェルなのもあって恐らく最上位のものが準備されるが、問題なのは排出しきれていない余剰分の処理方法」


炎の海を優雅に揺蕩う雪花様のあり得ないコラボレーションですね。

要するにどんな封印石を使おうが本来の閉じる塞ぐの用途の物品を蓄積するものへと強制的に使ってしまうので長持ちするわけがないってこと。解決したければ根本問題の排出する部分をどうにかしなくては。

ただそれをどうやって成すかがまた問題なのだが、いい方法でもあるのだろうか。って、もしかしなくとも技術技能がここにあたるのか。…それは、ほぼ結論が確定しないか?


「一時的にナヴァの特異性を頼るって方法は?」


「できなくはないだろうが、恐らく自力での制御が可能になるまで日常習慣になるぞ。四大室に入室できるとはいえ頻繁に交流ができるのか?そもそも現時点で必要なことだがナヴァはリトネウィアに慣れてるのか?治癒ですら加護精に敵視される可能性があるとついさっき自分が口にしたことを忘れてないかマリエル」


提案が綺麗に跳ね返されただけでなく己の言動まで持ち出され、マリエルは静かに視線を外していた。

因みにナヴァと会ったのは初めましての一度きりですね。その後会ってません。慣れてる訳ないですね。

にしてもナヴァの特異性ねぇ。確か吸収(ドレイン)だったと思うが、自力排出できない分を吸い上げて貰おうってことなんだろうか。確かにできなくはないかもしれないが、それは一歩間違えばどころか立派な攻撃にならないか?

ある種の自家中毒状態とも言えるので、荒っぽいけれど確かな処置になるかもしれないが…。

ボクの過保護らしい加護精霊さんは憤慨すると思うよ。


「加護精に敵視されない方法での解決策が提示の一つ、か」


ディルの推測にリフォルドは黙って笑みを深くした。その反応を見て一つ息を吐き出すディルはきっとボクと同じ結論を思い浮かべていると思う。


「封印石以外にも良質の抑止鉱石が必要になる。特に火と闇属性に対する耐性付与の装飾具は可能な限り急いだ方がいい。ただし、質の良いものになれば必要になるのはそれを取り扱える細工師。マリエルにも伝手はあるが、俺とどっちの方が優位かは問うまでもないな」


これはもうわかってはいたが初めから勝ち目のない勝負です。如何にハイリスクが付属していようとそれ以上のリターンがあると提示されている。

そして何よりも恐いのは、これを断った時にそれだけのことが可能な相手を敵に回すということだ。


いや、リフォルド自身は自分を除け者にしたからといって報復するような性格はしてはいないはずだ。

問題はそのリフォルドを大事に想っている周囲だってこと。誰しも自分のお気に入りが邪険にされては面白くないだろう。そこにどれだけ正当な理由があろうと燻るものは何処かにほんの僅かでも生じるものだ。

それによって助力を乞う必要がある時に全く支障がないとは言い切れない。

勿論これは勝手な想像で極端な悪し様の推測でしかない。

それでも、たらればが頭を横切った時点で結果はもう出ているんだ。


落ちていた沈黙の中、誰ともつかぬ吐息が零れたのがその証。

これ、中心にいるのがボク自身ではなく他の誰かであっても私は同じ結論を出すよ。

だってまずは命ありきだもの。後のことを考えたくてもそれがなければどうにもしてあげようがない。

考える時間すらないのだとすれば、まずは時間を稼ぐことを最優先にする。

そうなると答えは一つしかないのだ。


「…こちらへの利点は承知しましたが、リフォルド様に利点はあるのですか?魔王様がお気にかけてくださる理由だけでは不足しているように思われますが」


当然の問いだが、正直聞くまでもないことだと思うよイルファ。だってさ…。


「レイジェルの憂いが晴れるならそれ以上のことはない」


言ってたでしょう?最優先なのはレイジェル様なんだって。

レイジェル様の安寧が守れるならば自身の主義も捻じ曲げるし放り捨てる。

何より大切な人が笑っていてくれるならどんな苦労も厭わない。そういうことなんです。


ねえ、気が付いているかな四大位諸君。実を言うとボク、物凄い綱渡りをした後なんだってさ。

リフォルドはボクを試した。自分を守ることを優先するのか自分を守ってくれるものを優先するのかを。

ボクが取ったのは現状敵う訳もない側近に喧嘩を売るおまけつきの後者だったけれど、もしも自分が可愛いと前者を取っていたらどうなっていたと思う?

正直想像するのが恐い末路が待ち受けていたと思うんですよ。回避できているので自ら好んでダメージ受けに行く真似はしませんが、なんとなーくならわかる気がします。だって、思考がちょっと似てるもの。

大事な人至上主義。その人の害になると判断したら自身の主義なんて捻じ曲げて放り捨てるんです。

ええ、放り捨てちゃうんですよ。


「それに、俺に利点なら情報共有の時点で発生するからな。現時点でもそれなりの収穫だからどちらかと言えば得た報酬に対しての対価を払ってる感じだな」


ん?何か想定から逸脱した発言をしませんでしたかいま。


「現時点での収穫、ですか?」


イルファが問う疑問は恐らくディルとマリエルも同意見だと思う。ボクとてそうだが、ちょっと待てよ。

そもそもリフォルドは何か困り事があれば遠慮なく呼び出せと言ってくれるほど協力的だった。

話が変わったのは両王様、特にレイジェル様がボクを気に掛ける様子が見て取れたこと。

恐らくそこから調べられる範囲は調べ……いや、もしかしてあの聖魔殿の時にその場の誰も読み取れない速度で操作していたのが最初なんじゃないか?


マザーから情報制限がかかりにかかっているので謎でしかないボクを気にかけ、どうしてか誰も知り得ようがないボクの力のことに心当たりがある様子のレイジェル様。

はっきりと命令とは宣言しなくとも限りなく命令に近い形で詮索不要と天王殿が発した為に調べることは躊躇われ、それでも気にかかるからレイジェル様に尋ねれば、危険だから詮索するなと今度ははっきり言われてしまって個人的に調べることすら許されない状態なんだ。

どうしてレイジェル様がボクを気にかけて気を揉むのかもわからないのにそれを調べる手立てを奪われて、手をこまねいているところにお手紙配達員として四大を訪れれば、もう一つの王命を大義名分に調べてますの四大がいたと。…これは内心にやりだわ。


こちらは情報特化者のリフォルドだからすでに知っていても不思議じゃないと思い、問われれば何らかの反応という名の答えを返す。

更に会話の延長線上でしれしれっと乞われて協力したんですと言い訳ができる状況で堂々と情報閲覧に手が出せる。そのまま協力を取り付けてしまえば今後も配下を助ける上位者としての大義名分ゲット。

レイジェル様に止められてもどうしてなのかを問う権利が発生してそれはそれでおいしい。


うっわ本気の本気で自分都合だよ。なんて驚きとも呆れともつかないでいたボクにリフォルドはにっこりと笑んだ。

…それ、覚えがある。背筋がぞわっとデジャヴ。


「理解が早い子は好きだぞ」


「え?」


疑問に答えるのではなく突然の好ましい発言に虚を衝かれた面々が深紅の視線の先を追うのは必然だ。

そこにあるのは苦虫噛み潰した表情を浮かべる子供らしくないボクですけれどね。


「ただ、もう少し子供でいていいと思うぞ俺は。何に怯えて懸命になっているのかわからないが、ディルが言っただろう?」


背筋にぞわっと笑顔が苦笑いに変わり、出て来たのは信頼と信用のお話ですか?何がおっしゃりたいのかよくわかりません、と子供ではない部分を引っ張り出され見透かされ苛立ってきたボクが思っているのに…綺麗に笑わないでください。削がれるじゃないか。


「リトネウィアにはイルファがいて、二人を四大が支える。それでもまだ不安が拭えないなら、俺がその外を囲ってみせようか」


何をという思いは機器へと向き直りタンッと何かを押したリフォルドの行動で消し飛ばされた。

パパパパパっと一気に展開された無数の画面に連なる文字文字文字。名前と思しきものが見えるがそれが一体何の情報なのかまではわからない。

展開した画面に目を奪われる中、再びこちらを向いたリフォルドは告げる。


「現在までの間リトネウィア・レム・オルテンシアについて情報検索をかけた全天魔のリストだ。必要なら一人一人が一体何を求めて何処から何の情報を閲覧しようとしたのかの詳細も調べてやる。マザーのアタックシールドには及ばないが情報制限にブロックを構築することも可能だ」


ちょ、何だコレ。画面一体いくつあると思ってんの?表示されてる文字だって特別大きなものじゃないどころかむしろ小さいんだぞ。どれだけ数がいるんだよっ恐いわ!

なのにこの膨大な数の一つ一つを詳細に調べることできますとかもう頭おかしいですよ?!

そもそもこの情報も気違いレベルの難易度と違いますかリフォルド!?


「何処から何が起きるとも知れない不安を情報特化の名に懸けて拭って差し上げましょうってね」


艶然と笑んだその顔は妖しくも麗しく魅了するもので、恐らく十人中十人が赤面やら惚けたりの目を奪われる危険物なのに……ボクが覚えるのは戦慄だ。

何だろう、この漠然とした危機感。


「さてと、交渉成立ってことで話を続けてもいいか?」


聞くまでもないだろうに態々聞くのは証拠としてのYesを求めて、だ。

ここまで提示されて、ここまで読み取られて、断るには手放しでは帰せない状態なのに相手の方が実力も何もかも上なのだからやはり選択肢はない。


「………」


狡いやり方だと無言で訴えたくてじとりと視線を向けながら、返すしかない首肯を示せば、それで良しとでも言うようににこりと笑顔が頂けた。いくら麗しくてもいまのは憎らしいです。

むすっと口元がへの字になっているのがわかるボクからリフォルドは視線を少しだけ横にずらした。


「リトネウィアの承諾は貰えたがイルファはどうする?」


どうするもこうするもないだろうがと瞬間的に思った私は正しいと思うんです。


「…ぇっと」


言葉に詰まるイルファにリフォルドはああ、と声を漏らして苦笑する。


「俺が欲しいのは理由だよ。はっきりレイジェルに調べるなと言われたから反論できる材料が一番の利点」


「幼子を利用してるのはお前の方だろう」


いっそ清々しいまでの利用します発言に即座の突っ込みと深い溜息を吐かれたディルは頭を押さえていた。


「背に腹はかえられん」


「開き直るな性悪」


「今回は反論せずにおく。我ながらなかなかに非道だ」


「っち!」


お、お師匠さんお師匠さん、会話聞いてる方がひやっとします。ってきゃああその迫力の渓谷を刻んだ不機嫌ですと全力で訴えていらっしゃる御顔と視線を向けないでくださいまし!ボクへ向けられていなくてもちょー恐いっす!


「イルファ、返答」


おおぅドスッと低いお声が物理的な重量を感じさせますね。


「……断る選択はないだろう。有り難く申し出を受けさせて頂きます」


凄まじいと表現しても許される迫力のディルに一つ息を吐いただけで承諾の返答をするなかなか豪胆なイルファだが、


「ですが、一つだけよろしいですかリフォルド様」


すんなりよろしくお願いしますではないらしく、言葉には続きがあった。


「ああ、何だ?」

「騒音兵器」


何か確認したいことでもあるのだろうかとイルファへと視線を向けようとしたのだが、一気に平常へと戻った調子のお声で呼ばれたのでディルへと視線を向けた。


「?」


何でしょうかと見上げた御顔がなんとも渋いもので、数瞬前の迫力映像は何処へとかつい思ってしまった。

この短い、ほんの数瞬に何が起きたのか。

疑問に首を傾げたボクを見下ろして、はあっと大きく溜息を吐くディル。意味が分かりませんが恐らくボクが何かしたとかではない類。

となると、会話の流れではイルファが何かって感じになるのだが…ひょっとして見るなって意味なのか?

見てはいけない感じなのか?それはあのえっと……お師匠さんの基本装備、的な?お声が聞こえないのは心声ってことですか?それは聞かせられないよってこと?え、ええ?それなんか恐いんですけど!

何でそうなったの?!気になるけれど知ってはいけない気もするよ何故かな!


思い出してしまった衝撃の別人印象におろろっと視線を揺らしたボクに気付いたディルは僅かに口角を上げて苦笑した。そして人差し指をそっと自身の唇へと寄せ、音ではなく細い息を紡いだ。


え、ちょっ、これはこれで衝撃の一枚ですよ隊長!!

カメラカメラカメラッ!カメラを我が手にお寄越しくださいっ!!えぇい誰か動画を取って私に献上いたせぇええっ!

しぃーって、しぃーって!!そんな行動しそうにない御人ですやんお師匠さん!やだもうそれどころじゃないのにいま物凄くときめいた!しばらく悶えててもいいですか!?


「……えっと…、取りあえず交渉は成立したので話を進めるぞ」


そうですか駄目ですか仕方ないですね我慢します!

仕切り直しをするリフォルドの棒読みの言葉に、抱き上げられていない自由の身であれば床をきゃーきゃー言いながらローリングしているであろう乙女ゲー脳を箱の中に収納する。

しばらくおとなしくしていなさい、後で出してあげるから。

ディルの視線がリフォルドへと向かったのでボクも視線を動かすことにする。

うん。やや引きつっている顔に見えるが考えない。それが正しい選択。


「リストは現時点のものを一応まとめて渡しておくが、本当に全てを拾ってあるから軽く眺める程度でいいぞ。問題がある一部だけ抜粋して詳細調べ上げてから…、明日にでもディルの個人端末に送る。必要ならそこから四大に渡せ」


立ち直り早くこちらに背を向けて機器に向き直ると、予定を組みながら開いていた画面を一気に消し去るリフォルド。行動が早い、いや手元が早い。


「何で俺なんだ、そこはイルファだろう」


御尤もな突っ込みが入るが何やらカタカタ操作中のリフォルドはこちらを見ない。

一体次は何をしているのだろうか。たぶんその前のカタカタはさっきのリストなのだと思う。

話しながらあの短時間であれだけの量をまとめたと…。


「ディルの個人端末は一度いじった時にブロック構築してあるだろう。念の為だ。俺と同じことをできないよう情報にもブロックはかけるが、その所為で目障りな奴は気が付く。しぶとい奴以外を篩にかける為には必要だが、そうなるとそれなりに腕のある残った奴がそっちに手を出す。保護申請者はすでに特定されてるからな」


情報漏洩防止なのはわかった。でもって目障り扱いする面倒な存在がボクの情報を得ようとしていることとその為に保護者であるイルファの個人端末機器がハッキングの対象になりそうなのもわかった。


「ん、これで四大室の端末はいいだろう」


…どうやらイルファの机でカタカタやっていたのは四大室全体の機器へのブロックを構築し直していたっぽいぞ。ちらりと四大の三人を窺って見たが…遠い目してます。

ああ、うん。そうだよね、これは普通じゃないよね、できないよね。


「イルファ、端末寄越せ」


体を向けるのではなく肩越しに振り返り掌を上に向け、腕を伸ばして端末を要求するリフォルド。

寄越せってあなた…。


「…何をなさるんですか?」


命令系なので抵抗は無駄ということですね。

亜空間に手を突っ込んで取り出した文庫本サイズの端末機器をリフォルドへとおとなしく渡すイルファ。

問うたのがある意味抵抗と呼べるのかもしれない。


「敢えて下種共の餌にするからブロックの強化とブロックに触れた奴限定でダミー情報への転送、そこから自動逆探知。…おまけでマザーのそこそこきついアタックシールドにでも誘導してやるか」


後半独り言だ。やばいこの御人かなり容赦ないぞ。目障り、下種と表現した時点で一部抜粋者が排除するに値するこの野郎共なのは察したが、そこまでやるのか側近。


「……リ、リフォルド、アタックシールドは…危なくない、かな?」


勇気と無謀さをここに讃えようではないかマリエル!キミのことは忘れないよ!

ってのは冗談として、すでにイルファの端末をカタカタといじり始めているリフォルドは、引きつりぎこちない笑みをどうにか御顔にくっつけて声を上げたマリエルに見向きもしません。


「即死級に誘導しないだけ良心的だ」


にべもない言葉がすぱんっと返って来たよどうしよう。


「守り手のいない幼子に食指を動かすだけで飽き足らず、四大位の保護者が付いてもしつこく迫ってくる最低最悪な自己中ストーカー共の安否なんて知ったことか。諦めも懲りもせずに最後は大抵逆恨みの逆切れだぞ?いっそのこと閲覧失敗でくたばってくれれば今後楽でいい」


…………………………………………………………わぁお。

意味合いがややどころか随分と外道な言い回しも含めて全部聞かなかったことにしてもいいですか?

予想以上にハードな回答でチキンは震え出しそうです。貧弱な精神を現状維持で保つために忘却という素晴らしい手段を(こいねが)います。


「消耗品に関しては必要物のリストアップしろ。ある程度の手持ちはあるが、なければ各方面に頼む。調合素材系はレミエルを経由してもいいな。装飾具は火には手持ちがあるが、闇は…一応頼むか。耐性レベルかなり低かったからな。こういうのは妥協しない方がいい。抑止鉱石は氷雪入りを転用して、と」


「リフォルド、四属性の精霊石を用いた限定条件下で自動展開隔離結界を発動できる装飾具を頼めるか?」


独り言に会話をねじ込んだだけでなく依頼ですかお師匠さん。すごいですね。でも貴方様も先の発言には触れないんですね。触れちゃいけないってことなんですね。

…まさかとは思うが、賛同とかじゃないですよね?


「自動展開隔離結界?あー、加護精と外部を引き離したいのか。石の提供者は誰だ?」


「俺、マリエル、イルファ、カーリィ」


「ってことは一級品か。…ちょっと待てよ……よ、し」


タンタタンとリズムよく跳ねた音が作業終了の合図だったご様子で、ようやく体ごと振り返ったリフォルド。

ええ、作業速度がおかしいとか本当にやっちゃったのかとか間違っても聞かない聞けない聞いてはならない。

知らぬが仏という先人の教えですね。南無三。


「ブロックから先をいじってはいるが中身には触れてないから今までどおり使って問題ない。ただ外部からハッキングして開こうとすると例外なくブロックに触れる設定にしてある。越える自信がないなら間違っても試すな」


「………承知、致しました。ありがとうございます」


返却された端末に施された容赦ない罠を思ってか、受け取る手が心なし震えた気がします。

その気持ちはリフォルド以外で共有しよう保護者殿。


「それで、石は?」


問われたディルが無言でイルファを示して視線がお帰りなさいしましたが、そこは冷静に再び亜空間へと手を投入。


「これです」


端末と入れ替わりに取り出されたのは、よく宝飾品や天然石を収納している巾着袋。渡された袋の中身を掌に出して検分しているのは、石は石でも宝石です。

琥珀色の球体、八面体の緑柱石、紺色の半円形、柘榴色の雫型と宝飾カッティング加工前の原石の形状をしているが、その色合いはどう見ても宝石です。


四属性の精霊石とか言っていましたが、どういう石ですか?高密度の精霊の力が石の形を成したものなのか、それとも自身の力を結晶化させたものということなのでしょうか。

提供者が誰なのかを問うていたところから考えると後者かな。余剰分の力を結晶化させて蓄積する設定もあったもの。それで四人の対応属性、地水火風の四属性ってことか。

リフォルドの霊泪石もだったけれど力を結晶化させたものってのは宝石にしか見えないですね。

高価なイメージが走ってそわそわします。きっと湖蓮石と言われていた現在我が耳にいらっしゃいますレイジェル様の封印石もキラキラしいのでしょうね。うっかり破損の可能性は考えないことにします。


ボクが小市民な感覚を持ち出して落ち着かない心境になっていると、検分を終えたのか石を巾着へ戻しながらリフォルドがディルへと問いかけていた。


「上質の物を出して来たな。マリエル経由で依頼するつもりだったのか?」


「当初はな。利用していいと言ったからには利用されろ」


リフォルドが座っている為に視線は上から下へ向かうのは当然ですが、腕を組んでその言い様、どう考えても不敬一択なのにどうしてリフォルドも苦笑するだけで終わるのか理解できんよ。


「はいはい。形状の希望はあるのか?特殊技法が必要なもの以外なら希望に沿えるらしいぞ」


「…流石だな。特に指定はしないが、常に身に着けている必要があるからな…。肌身離さずそれと気付かれない場所に着けられるもの、か?」


「となるとペンダントトップの形状で服の下に隠せるものがいいかもな」


巾着を亜空間へと収納して石を預かったリフォルドとディルの恐らくいつも通り、常と変わらぬ受け答えの様子に何とも言えない気持ちになる。

……おかしいのはボクの方だったりするんでしょうか。元人間だったボクだからこそのカルチャーなショックとやらでしょうか。いまなされている会話よりくたばれ発言が気にかかって仕方ありません。

だってつい口にしちゃった本気じゃないよ、なんて意味合いじゃないんですよ天魔のソレは。

掛け値なしの本気でdeadの意味だっていうことが恐い!誰か腹が立つ言い回しでもいいから「嘘ぴょん」とか言ってくれないか。空笑いでもいい、心に平穏が欲しいです。


「衣服系はイルファが担当か?」


「あ、はい。そのつもりです」


「だったら装飾具をつける前提で作れるか?結構な数になると思うが…」


「複数パターンを作って最終的にリトの型に合わせたものを作る予定なので可能です」


ふぇい?ボクの型って何のことでしょうかイルファ。

誰も平穏を与えてくれないので一人寂しく心の中であははははとか笑って自分を落ち着かせていた他者が気付けば明らかに大丈夫ではない状態から我が名を拾っておかえりなさい。だがしかし…。


「器用だな。小規模のものなら作れなくもないが、流石に全身一式は無理だ」


「ある種これが私の得意分野と言えますので」


「作る方は手伝えないが素材と調達なら役立てる。足りないものは必要物に入れろ」


ボクが何処かの碌でもない輩の死亡フラグに慄き意識を遠ざけている間にも交渉成立によって生じた必要物と依頼品の会話は続いていた様子で、気が付いた時には話に置いてけぼり、理解不能な感じですね。

やっちゃったよ…。


「後は排出の方法だが、これはちょっと準備がいるから時間をくれ。現時点で封印石に異常が出てないなら一日二日程度じゃ壊れないだろう。とはいえさっきみたいな呼びかけとかは無しだぞ。蓄積と通常の二重負担を強いることになるから流石に破損する」


駄目だからなとでも言いたいのかボクへと視線をくれたが、安心しろ。譲れない喧嘩を売られない限りそんな無謀なことしないから。びびり、なめんなよ。

そんなことに胸を張るなと突っ込みが欲しいところに窺う声が上がる。


「ねえ、一段落ってことで聞きたいんだけれど…いい?」


顔の横に手を挙げて発言を求める行動に視線が集まり、沈黙を肯定とし口を開いたマリエルはボクとイルファを見た。


「そろそろ魔王様からの手紙を読んでもいいんじゃないかな」


正確には手にしたままその存在を忘れてしまっていた開封しただけのお手紙さんを。

封を開く前まであんなに往生際悪くしていたのに、開いたことで一つ終わらせた気にでもなったのかな。

意識の外に押しやられていてもその感触はしっかりとある手紙へ視線を落とせば、またも顔を出す見たくないです意見に我ながら呆れる。

ちらりと窺えば、同じく手紙を見ていたイルファだったが視線に気付いてボクを見てくれた。


「俺から見ようか?」


大丈夫だよと言外に伝えようとしてくれる笑みに、覚悟を決めましょう。

ふるりと首を横に振り、深呼吸を一つ。伏せた目を開き、口を開いていた封を押し上げて顔を出したこれまた白い便箋を取り出す。…ちまい手なのでもたつくのは見て見ぬふりをして頂きたいところです。


手際悪く便箋を取り出したら封筒は一度膝上に置いておく。四つ折りにされた紙を…心臓バクバクさせながらそろそろと開いていく。当然自分にしか見えないようにですが何か?

指先が震えて一度手を止めたが、ここまで来てやっぱ無理!なんてことは致しません。

女は度胸です!気合と根性もついて来い!突撃じゃあぁーーっ!


「………………」


パンッと勢いよく!はないが、広げた便箋には流れるような筆跡で文字が書かれていて、広げた瞬間甘やかなけれど清々しくも感じる香りがした。



―其の名を秘匿せよ。



たった一文。

手紙と呼ぶよりメモや一筆箋の領域ですらある短く端的な文章に理解が追い付かなくて首を傾いだ。

どういう意味ですかレイジェル様?


まじまじと見つめても書かれている文字はこの短すぎる一文のみ。…正直、もっと直球でダイレクトな死球を投じられるかと慄いていたのだけれど、まさかの理解に苦しみます?予想外の方向だったんですか?

私の勘違い?過剰に怯えて直感当てにならないはーずーかーしーってことですか?

えぇー?と疑問符をぽこぽこ頭の上に量産していると、黙って見守っていた皆様方もあんなにビビってたのにちょっと反応違わないか?な感じになっていた。


「………花?」


そんな空気の中、ぽつりと沈黙が落ちていた場にイルファの声が妙に大きく聞こえた。

何のことだろうかと文面から視線を持ち上げれば、イルファは文字のない便箋の裏側を見つめてほんの少し首を傾げていた。

何となく、意味が理解できていないが文面を隠そうと二つ折りの状態にして、疑問を呟いたイルファにどうしたのかと視線を向ける。

考え込んでいる様子は何かを思い出そうとしているみたいなのだが、一体何をだ?


「……リト、ちょっと手紙持ち上げてくれるか?」


見せてではなく持ち上げるんですか。意図がわからないが二つ折りにした手紙を言われた通り持ち上げてみる。丁度顔の高さに持ち上がった手紙に、何を思ったのかイルファは顔を寄せた。

何をしているのだろう。中の文字を読み取ろうと裏側から凝視している訳じゃない。

ただ息を吸い込んだだけってことは、ひょっとして匂いを嗅いでるの?


「花の匂い、だよな。何処かで嗅いだことある匂いなんだけれど……何処だ?」


花の匂い。この甘くて爽やかな匂いは花の匂いなんだ。何の花なんだろう?

というか何で花の匂いがするんだろうか。この真っ白い紙に元々付いている…とは考え難いよな。

雅なご趣味なら文香っていうお香の匂いがする飾りを同封するなんてものが前世ではあったが…。


「イルファ、封筒を貸してくれ」


うーむ、なんてものは違えどイルファと共に考え込み始めたところ、リフォルドが空になっているボク宛ての封筒を所望した。

何?リフォルドも匂いが気になったのか?中身が空なのをボクの膝から持ち上げて確認したイルファが渡していいのか、と視線で問うてきたので首肯を返す。だって空っぽですから。

肝心なお手紙は我が手の内よ!


阿呆なボクさて置き、イルファから封筒を受け取ったリフォルドは手紙からの移り香を確認するために封筒に鼻を寄せ、不思議そうに瞬いた。


「…これ、フリーグレシアだ」


……………はい?


「ああ!」


匂いを確認するなりすぐに何の花の香りなのかを答えたリフォルドにイルファも声を上げた。

両手が空いていればポムッと手を打っていそうな感じだったね。


「香茶だ。そうか、フリーグレシアの香茶の匂いか。覚えがあるわけだ」


疑問が解消されてすっきりとした表情を浮かべている保護者殿を眺めながら、わたくしは絶賛硬直思考中にございます。

フリーグレシアって確か氷原に咲く珍しいお花で、蒼い色をしていて……さ。

たり、と背中に冷たいものが伝い落ちていく感じがする。何でフリーグレシアの匂いがするのかと疑問を浮かべている声を聞きながら、二つ折りにした手紙をもう一度開く。

そこにあるのは変わらない一文。其の名を秘匿せよ、の文字。

通常で考えるならば名が重いと知れているボク自身の名前、真名と呼ばれる家名に当たる部分、オルテンシアのことだと思われる。


でも、違う。この手紙はそんな普通のことを言いたいんじゃない。そんな内容だったら態々手紙に(したた)めることをせずリフォルドに言伝る。もしくは通信、心声でもいいくらいのものだ。

けれど、いまこの手にあるのは手紙だ。絶対とも言える信頼を置く自身の加護精による封を施し、側近であるリフォルドによって届けられたもの。


たった一文の短い文面だけが記され、真っ白な余白が拡がる四つ折りになっていた便箋は、伝えたい意図が読み取れずに意味の分からない手紙になるはずだった。

…フリーグレシアという特殊な意味を持つ花の香さえ、しなければ。

変化球からの鳩尾を抉るようなえぐい死球はないですよ、レイジェル様。


ゆっくりと血の気が引いていくのがわかる。いっそ急激に引いてくれたならば、思考することもできなくなって僅かなりとも楽だったかもしれない。

精神状態が平常運行であったなら、血の気を引かせながらも逃げ道を求める残念っぷりと皮肉って笑っただろうけれど、笑う余裕がない。


ほら、やっぱり恐い内容だったじゃないか。それ以外の何ものでもなかったじゃないか。

気付いて欲しいのかなんて馬鹿げた疑問だ。わかりきっていたじゃないか。


ぐしゃりと手にした紙が小さな手に潰される。いつの間にか噛みしめていた唇から金錆びた味がした。

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