許せないこともあります
「寝てるのか?」
「寝てはいるが正確には落ちた、だ」
「…何したんだお前ら」
「何でより先に何したのかって聞かれることに物申したいけれど今回は言えないのが哀しいね」
「本気で何しやがったお前ら」
「俺からイルファへの殺気の余波、イルファから俺への局所的殺気による威圧の余波プラスイルファの怒り顔を正面位置から強制堪能」
「何してんだお前ら!」
「……」
煩い。
何を騒いでるんだようるせぇな人がぽかぽかぬくぬくしながら心地よーく惰眠を貪っているところで何の語り合いをしているのさ一体誰の許しあってお眠り遊ばしているボクの側で大きな声なんて出してくれちゃってんの馬鹿なの馬鹿なのね馬鹿なんでしょ眠いのを邪魔されるのボクはすっごく嫌いなのよそれなのにどうして邪魔してくれてるの阿呆なの阿呆なのね阿呆なんでしょおーけーおーけー理解した理解したわ理解してあげる何処の何方か存じ上げないけれどお馬鹿で阿呆なのだから仕方がないわよね仕方がないのよ選りによってこの私の微睡という名の心地よい一時を邪魔したのだからそれ相応の覚悟はあるのでしょう?
すぅっと息を吸い込んで準備完了。さぁ愚かな誰かさん、
己が愚行を悔いるが良いわ。
それは卵の中で唯一できた外部へ向けた行動、騒音兵器と呼ばれる所以。
「リトッ!?」
「っ!」
耳から響くのではなく全身に響いて体内で反響した大きな声、怒鳴るでもなく咎めるでもなく驚きの声を上げたその声にバチリと目が開いた。
何?何事ですか?
とろりと微睡の心地よさに浸っていたはずなのに焦って慌ててなイルファが見えて吃驚ですよ。
ぱちくりと瞬いて驚きを逃がせば、疑問が残ってこてりと首が傾げられる。そのままバランスを崩さないのは後頭部を支える大きな掌の感触があるからですね。ありがとうございます。
それにしてもどうしましたかその御顔は。さっき見た無表情と比べればずっとずっとよろしいと思うが、それでも不安そうなお顔なのは頂けない。チェンジで。
そう思って伸ばした小さな掌でぺたりと触れるイルファの頬が、やはり世の女性が羨む感触でもやっとする。
眉間に皺でも寄せてやろうかしら。
「………えぇー………」
何かなえぇーって。項垂れるイルファに意味が分からず言葉を催促するために悪いがその頬を叩きますよ。
ぺちぺちっとな。
「…あぁ、うん。説明しろってことなのはわかるけれどその前にちょっと確認したいことがあって、聞かせてくれるか?」
やや項垂れになったイルファが上目遣いでこちらを見ている。やめろ、鼻から紅いものが溢れ出たらどうしてくれるんだ。なんて残念な思考が高速回転しているがこくこくと頷き是と伝えれば、顔を上げたイルファは眉をハの字にして何とも言い辛そうにしている。視線がボクではないところに向かっているのはどうしてだ。
お話するときは相手の顔を見るものではないのかな?とか考えていたら伝わったのかそれともタイミングが良かっただけなのか、視線はボクへと向けられた。表情は変わっていないが。
「リト、いま何しようとしてた?」
んん?はい、いいえの二択ではない問いとはこれ如何に。
どうやって答えたらいいのかと一瞬考えて、それより先に問われたことの回答はと思考を巡らせる。
いま何をしようとしていたか、か。説明催促の行動は理解済みなのでその前のことで。
その前というと………あ、煩かった。とっても。眠かったのに。
「…」
思い出すとまたイラッとしてきて憤然となる。そんなボクを見てさらに眉を下げるイルファはどうしようかと顔に書かれている様子だが、どうしたんだ一体。
「ひょっとしなくても、怒ってるよな」
そうですね、結構イラッとしましたのでこくりと肯定。
「それは……俺に、でしょうか」
は?
突然丁寧になった上窺ってこられた疑問のつかない内容の意味が分からなくて、ぱかっと口を開けて音にならない呼吸を吐き出し小首を傾げたボクに情けない顔をするイルファだが、そんな顔される意味も分かりませんよこちらは。
疑問を示す為に逆側に首を傾げ直せば、意図を察してくれたのかもごもごと喋り出した。
しゃきっと話さんかい。
「いや、だっていま心声使おうとしただろう?」
あ、ああそういうことですか。ボクの残念極まりない心声もどきを言語として解せるのがイルファだけだから、それでそんなしょんぼりしたお顔になっていらっしゃるんですか嫌ですね。
仕方ない、ちょっと頑張りますから頑張って読み取ってくださいな、保護者殿。
ふるふるとまずは否定をして意思表示するつもりがあることを伝えるが、首の横振りだけでは直前のイルファの言葉に対しての否定になるので「え?」と返される。
なのでジェスチャー、いきます。
ぽんぽんと自分の咽喉を叩いてから口をパクパクと動かして一先ず声の意味を伝え、人差し指では失礼だろうから掌でイルファを示して対象者を絞る。これでボクが心声をイルファに向けるという動作になっているはずだと信じて最後に胸の前で両腕を交差させて大きなバツ印を作ることで否定を意味する。
まとめるとボクが心声をイルファに向けていないもしくは向けようとしていないと受け取って貰えないだろうか。反応や如何に?
ぱちぱちと瞬いたことでハの字眉の情けないしょんぼり顔が考える顔に変わり、ボクの動作を注視した視線が思考の為か宙へと向かって戻ってくる。
「俺にじゃないってことか?」
お、伝わった。こくこくとすぐに肯定を返せばほっと、どうしてかほっとしたイルファは次の疑問を投げかけてきた。
「俺じゃないってことは誰になんだ?」
うん。難しいことを聞くね。誰なのかなんて認識してませんでしたよ何せ眠くてイライラして誰だとか知ったことか状態ですからね。ちびっ子から老人まで差別も区別も致しません。
我が眠りを妨げる愚か者よ、等しく滅びろ物理的に。
「……取りあえず怒ってることはよくわかったから落ち着こう。幾ら魔王様の封印石でも法の使用は危ういって話だっただろう?」
おっと、そういえば心声って法でしたね。うっかり。
大丈夫なのかなと耳元へ指を伸ばして触れると音が鳴る機関が付いていないはずなのにちりんっと可愛らしい音を奏でる封印石は変わりなく凪いだ雰囲気を感じさせる。
何と言えばいいのか、引き潮状態の浅瀬?しっとりと海水を含んだ砂は波で波紋を作られ、その模様の所々に引き損なった海水が残されているって感じなんだけど。あ、そういえば聖魔殿で受けた印象の時は水の気配はするのに一面水気のない砂浜だったような…、となると使っちゃ駄目と言われてたのに煩いのに対して心声迎撃態勢に入ったことで封印石にかけられた負担が波という水の形で表されているってことですかね。
だとしたらこれ作った御人すんげぇ凝った御人だね、設定が細やかだ。ちゃんと跡が残ってるのがすごい。
仮に法の使用を取りやめて時間が経過し、法の力イコール海水が乾いて消えたとしても砂浜に刻まれた痕跡は消えないなんてね。これ、ちゃんと限界が分かり易い仕様になってるんだきっと。
へぇ~ってコレ借り物ですよ私!跡つけちゃったよ!!
「…何慌ててるのかよくわからないけれど落ち着こう、な?」
あわあわと内心大慌てのボクをひょいっといつもの片腕抱きにするイルファはそのままぽむぽむと二の腕辺りを宥め叩く。
いえいえ落ち着けと言われ申しましても借り物に消えない跡つけるって、それもレイジェル様の、魔王様の封印石ですってばぁああ!壊しちゃまずいやつですって絶対にぃいい!
あわあわあわあわと只管に慌てふためくことで余計に力の安定を欠き始めていることに本人だけが気が付いていない悪循環を引き起こそうとしていた時、ぺちんと額に軽い衝撃があってほんの少し首が後ろへと仰け反る。ん、これ覚えがある気がすると思ったのと思考がぐるぐるなって見ているようで見ていなかった視界にイルファの指が入るのはほぼ同時。
デコピンですかそうですか痛くはなかったけれどの衝撃だけデコピンですか。
つまり話聞けってことでしたっけ。
「はい、お帰り」
「…………」
はい、ただいまです。
こくりと頷いて返事をすれば、しょうがないなって顔しているイルファに出会えて複雑な気持ちになる。
これで二度目の衝撃だけデコピンが人の話を聞けない状態化したボクの覚醒用として常態化しそうな予感がしますどうしよう。
「使用にまで至ってないんだから大丈夫。魔王様の封印石ってことは王クラスの力を封じる規模の封印石だってこと。簡単に壊れるものじゃないんだから慌てなくていい。感情が揺れると加護精が揺らぐ、加護精が揺らぐと周囲に影響が出て精霊が集まる、集まった精霊の影響を受けて力はどんどん不安定になっていく。封印石の使用で周囲の精霊感知が多少鈍くなるけれど忘れちゃいけない。いいな、リト」
痛くも痒くもない額をイルファの指がすりすりと撫でて労わる。痛くないのだから別にいいのだけれど、イルファ的に良くないのかもしれないなこの行為。眉が下がるだけじゃなくて痛くもないのに痛そうな顔されるので衝撃を与えられた方なのにちくちく罪悪感。
すみません、今後はデコピン受けなくていいように気をつけたいと思います。…でき得る限り。
確約だけはしないよ、嘘つくのは嫌だもの。例えそれが言葉を介していないものだとしてもね。
真摯な言葉に真摯で答えずに何とする、とばかりにこくりと神妙に頷きを返すその様子に何を思ったのかイルファはにこりと口の端を上げて笑み、頭を撫でてくれるから面映ゆい気持ちになる。
「こほん」
だが、明らかに態とな咳にくすぐったいような気持ちが見事に一掃された。
何だその大根役者な行動は、と訴えたいボクの視線は取り上げられることもなく受けられもせずに流されていった。視線を合わせろ。
「それで、誰に心声を使おうとしたんだ?てっきり俺に対して心声を使って物申したいことがあるのかと思ったんだが…」
あの煩いのイルファの声じゃなかったでしょうに、と考えてそういえば聞いたことのある声だったのに眠気優先と邪魔された報復行為に重きを置いて声の特定をしてなかったか。まあでも、伝えるのが先になるな。
くしくしと目を擦る動作に口元に掌を当ててふわぁ~と欠伸を示すボクにイルファが小首を傾げる。
伝えわれボクのメッセージ。
「眠いのか?」
うん。眠かった、ですね。
ちょっと時間軸がずれているがまあいい。繋げていけば自然に訂正されるとボクは信じてる。
続いて口をパクパクと動かし、音が大きかったことを示したかったので手を結んで開いてと口の隣で動きに合わせて開いて閉じて開いて。そして煩いを示す為に両耳の延長線上で手を開いて耳に向けて近付ける。
音が耳に向かってくると示しているつもりだが、伝わらない時の為に最後の一押し。
しっかとイルファの目を見据え、苛立ちを眉間の皺に籠めて言葉を唇で綴る。一文字一文字はっきりと。
う・る・さ・い。
たった四文字で構成された苛立ちと不快さを込めた一言にイルファの表情が固まって見える。
ふむ、ちゃんと伝わったのか伝わらなかったのか気になるのだが、繋げて眠かったのに煩かったと理解してくれたのかなあ。その上で誰に向けたという個人ではなく、その煩かった全部を排除してやろうという心積もりだったと理解してくれただろうか。
……声が出ないと苛々が募るなあもう。手っ取り早く伝えることもできなければ伝わったかどうかの確認もできやしない。
いまなら軽い舌打ちをつけてもいい気分なのだが、う~ん気の所為じゃないと思える程度にイルファの顔色がよろしくなくなっていくね。どうしたのかな、ボクの伝えようとした言葉に問題が?それとも煩いとして排除してやろうとした相手に問題があるのかな。
あ~、聞こえてたのは誰の声だ?少なくとも女一人に男二人と思われる声の高低差があったが…性別後付けの天魔だと基本的にどちらとも取れる中性的な声質が多いんですよね。聞き覚えがあったとは思う。
それでいくとボクからすれば皆高位、恐れ多いねやった。でも不遜だろうが何だろうが知ったことではない。
あのイラッとの恨みは後数時間は忘れんぞ、ちびっ子の睡眠これ大事。
尤も、ボクの知る成長によろしい行動ってのは人間用なので天魔に適応できるのか知りませんが、少なくともボクは三大欲求の中で睡眠に重きを置くので睡眠妨害許すまじ。
「そ、うか…それは何というか、ごめん」
謝られた。どうして謝られた?イルファの声はしていなかった、少なくともボクが煩いと認識して行動に移った時には。
それなのにイルファが謝る状況か…まだ性格を把握しきれてないから予測じゃなくて想像になるんだよな。
だって怒るのも無表情もさっき初めて見ましたし怒ってる理由はわからないしというかボクが怒られてたんじゃないですけれど――ってディルだ!男らしき声の一人はディルですよ!激オコなイルファに向かって逝けと無情にも差し出そうとなさったお師匠さんよ、何処にいらすかこんにゃろめぇ!
いきり立って首を回し、広げた視界のその中で、バチリとぶつかる深紅の瞳。
「………」
互いにぱちりと瞬いた。
どうして貴方様がこの場にいらせられるいやここが何処かをまず把握してませんでしたけれど四大じゃないの?四大室じゃないの?!四大室じゃん仕事場じゃん!!
そしてあなたは側近でしょうリフォルドォーーーーーッ!!
「っわ!」
ひしっとイルファの首筋に両腕を回してしがみつきつつけれど視線は外すまいとするチキンの精一杯の抵抗。
べべべ別にビビッてねぇーし、そんなんじゃねぇーし、ふっ不意打ち?だってまさかいるとか思わないじゃん!多忙な悪魔のはずだろ確かさあっ!!
「うわあ…見事な引きっぷりだね。アシスとカーリィでもしない反応だよ、すごいねリフォルド」
あははと苦笑しながらマリエルが一刺し。
「完全にビビられてるな。下級位にも配下にも人気があるはずの側近様が」
続いたディルが淡々と告げつつ肩をぽんっと叩いての二刺し。
「いまのところこんな反応をするのはリフォルド様だけみたいだけれど…そんなに苦手に思わなくてもいい方だぞ」
しれしれっと無自覚だろうがイルファが三刺し。
あーらら、怒りたいけれど怒れない困った感じになっちゃったのか複雑な表情してらっしゃいますよ。
見てみ見てみ四大地火風天魔の方々、側近様のあの御顔を。
「お前ら俺を突き落としたいのかそれとも憐れみたいのかどっちだ」
色々堪えたのか押して殺した感じに聞こえるリフォルドに対して、
「「え?」」
「両方か?」
前者はマリエルとイルファ、後者がディルの反応でした。
発言の直後肩に乗せられていたディルの手を払い落としたリフォルド、妥当な対応だと思います。
しかし、ディルは何とも思っていない様子、どんまい。
表に出さず勝手に力強いサムズアップをしている心の中、間違っても原因であるボクにだけは哀れまれたくないだろう。
「一人を除いて悪意がないのが性質悪いなったく」
誰とは言及しなくてもわかる悲しい仕様。はあと肩から息を吐いたリフォルドにささやかな良いことがありますように。庭で育てている植物の花が咲いたとか、夕飯が好物だったとか、そんな感じにささやかでも構わないので何か良い事起これ。
「コラ、不本意だがビビるか哀れむかのどちらかにしろ。むしろそれ以外を希望したいが……、それは難しいと」
話の途中でひしっとイルファの首にしがみつき直すボクを見て、リフォルドが仕方ないとでも言うように苦く笑った。
どちらか一つなら残念ながら前者ですな。第三の選択?いまのところそんな御予定はございません。
「凹むな…地味に」
や、悪いね。でも無理。
「だ、大丈夫だよ!誠意をもって対峙すれば笑いかけてもくれるし、失礼な呼び方してても特訓と慣れ次第でイルファも羨む服の裾掴みも可能だよ!」
励ましたかったのか慰めたかったのかよくはわからないがマリエルよ、それ大失敗な。
「意味もわからなければ事情と状況もわからない謎の例えはともかく、現状唯一気を許していると思われる保護者に縋るなんて逃げを打つ反応を反射的に行われる俺に何がどうやって可能なのか懇切丁寧に教えて貰えるか能天気」
ボクのこれ、アシスとカラリナに対する警戒と違って…ビビりですのん。それも本能的なの含んでいらっしゃるからいますぐにどーのこーのは、まず無理。
そしてそのことをわかっているからリフォルドはマリエルの正直直接見ていなければ理解不能な言葉をまるっと打ち返した。
うん。唸ってもしょうがないね。いまのは説得力も確証もないことを浅はかに口にしたキミがいけません。
「まあ慣れて貰えるならそれに越したことはないんだよな、今後を考えると」
告げるではなく呟いたと取れる言い方と発された言葉がとっても引っかかる。
それはボクだけではなく四大の三名も同じらしく皆沈黙し言葉を求め、無言の要求にリフォルドも再び口を開く。
「極小とはいえたった一日で傷が入った封印石の解析が終わったから確認に来たんだよ今日は」
あ、聖魔殿でレイジェル様が深紅の霊泪石を見て罅があるって言ってましたっけ。
直後に驚愕して固まったイルファを同じく驚愕したリフォルドががっくがっくと揺さぶってましたね。
「何したんだお前ら」と複数形で。特に何もした覚えがなかったので「何もしていません」とイルファが返したら本気で嘆いてましたね。
私が考えるに、可能性があるとしたら初お風呂でしょうか。あれ、かなり慌てましたので感情が揺れると加護精が~、に該当するかもしれないです。ま、知識の足りない奴のなんちゃって可能性の話なのでどうかは知りませんがね。
「確認、ですか?」
報告はリフォルドの方が位が上なので違うか、えーっとお知らせ?やばいな語彙が残念過ぎる辞書が欲しい。それとも本当に正しく確認に来た、なんだろうか。
ボクと同じく確認という言葉を使ったイルファにリフォルドは自身の耳を指し示した。正確には耳たぶの辺りを。
れ?そういえばリフォルドはピアスがないね。大体の天魔は用途は異なるだろうけれど皆ピアスしてるのに。
確か天使が左のみの片耳で悪魔は両耳だったはず。実際イルファとマリエルは左耳でディルは両耳にピアスがついている。というか今まで会った中でピアスしてないのリフォルドだけだ。何か理由があったんだっけか…。
なんて思考に呑まれていたらリフォルドの声が耳に入ってはっとなる。
「イルファ、現時点で封印石に破損も傷もないか?」
すんごく血の気が引くこと聞かれました。あわあわしてもいいですか?
遠い目になるボクを尻目にイルファの指がボクの耳に装着されている封印石へと触れ、角度を変えながら確認をしている。何事もないことを超絶に望む。
「はい、傷も濁りも確認できません」
傷はわかるけれど濁りって何でしょうかイルファ。負担をかけまくると透明な石が乳白色に、なんて変化が起こったりするのですかどうなのですか詳しく知りたいですが絶対いま聞くことができたとしても説明が無理だと優先順位の問題でわかりきっているのでいまは諦めます話の続きをどうぞ。
「それは重畳。火属性が致命的に合わないにしても俺の許容量の見立ては大きく違えてないはずだ。レイジェルも許容量には不安があるって言ってたくらいだからな。文句なしの一級品湖蓮石だが、霊泪石とじゃ許容量に大きな差がある」
湖蓮石がどういったものなのかがわかりかねるが、少なくとも何と比べても天魔最強の力保有量を誇るリフォルドから生み出された霊泪石各二個の計四個分が受け切れる量とを比べてはいけないと思う。
「なのに、レイジェルのは無事で俺のは極小ながら傷が入った。だから確認だ。傷が入った原因は恐らくいまみたいな感情の揺れだろう」
「でも魔王様の封印石には傷が入ってないよ。霊泪石よりも許容量が劣るなら傷どころか破損してても不思議じゃないはずでしょう」
マリエルの指摘は御尤も。封印石の許容量にそれほどの開きがあるのならば指摘通りすでに何らかの破損があっていいはずだ。想像したくないが。
「一つは封印石としての性能の差だ。本業と比べられれば俺のなんて器がでかいだけの内部構造すっからかん、辛うじて封印石として機能してるってだけの代物だからな」
「それでも十日は持つと見込みを出したそれは間違いじゃないんだろう。だったら何が問題だ」
もったいぶらずにとっとと言え、と聞こえてきそうなディルの発言にリフォルドはちらりとボクへ視線を向けた。
反射的に身構えそうになる前に視線は外されたが、何だったのか。
「自然放出が上手くなされてない」
短く端的、何がのない文章を理解できずボクは首を傾げ、残る三人は同じ言葉を発した。
「「は?」」
全く同じ一文字なのにそこに含まれた意味合いがこれまた全く違うのが面白い。
何を言っているのかわからない疑問。
理解が追い付かなかったのか思わず出て来た呆然。
何言ってんだこいつと聞こえそうな非難。
三者三様な反応は予測済みなのか視線で確認をしただけで反応を返さないリフォルドは言葉を重ねる。
「全くない訳じゃない。たぶん“力の通し方がわからない”って言ってた線だろう。上手く余剰分が流れて排出されてないんだよ。翼が顕現してないのも原因の一つだとは思うが、まともに働いてんのが呼吸での排出だけみたいだなどうも。その所為で抜けきれずに滞った分が器としての機能も持った封印石に注がれてる」
えっと、意味が分からないです。噛み砕いて欲しいです。ボクは呼吸で何かを吸って吐き出しているらしいが空気以外のものを吸って吐いてしているのでしょうか。
恐らく自然放出ってのに力のと付くのだとは思う。そうでなければ法の行使機関である翼もボクが喚いたらしい力の通し方の話も出てこないだろうから。
新生は生まれて一から三ヶ月程世界の力に馴染むため翼が出っ放しになっている、という話。
そういえば、翼が出っ放しになるのは法を行使する機関である為に力が最も通り易いからだとか大樹が言ってた。翼を使うのが効率がいいだけで外気に触れる全ての部位が同じ機能を大なり小なり果たしているのだとか。
ってことは、呼吸もその一つか。空気は世界を巡る力の一部、それを体内に取り込み、巡らせ、必要ない分は吐き出す。吐き出されている分が余剰分と言われたところに該当するなら排出と言ったのはなんとなく理解。
だがそうなると気にかかるのは当然後に続いた一文だ。体外へと排出できていない余剰分が器の役割も持っている封印石に注がれてるって言いましたよね。
それって封印石には立派な負荷じゃないんですか。大丈夫なんですか封印石。
「力を封じ込めるんだから確かに器としての機能は当然あるけれど…。そういうことって、あるの?」
マリエルが疑いも込めて問うのに半眼になったリフォルドは腰元のポーチから小さな箱を取り出してひょいっと無造作にマリエルへとそれを放り投げた。
「っわ、と」
放物線を描いて緩やかに落ちて来たので危なげなくマリエルは箱を受け止め、恐らく急に何をするのかと非難するつもりの言葉を発する予定だった口は先にリフォルドが口を開いたことでその機会を失った。
「中見てみろ」
「…何が入ってるのさこの中」
じとりと恨めしい視線をぶつけたが、促されて仕方ないと箱を開いて中身を確認、そこから一拍、二拍、三拍目には目が点になった。
「……は、はい?」
ようやく出た声は理解不能とでも言いたそうなもので、表情もそれに付随していた。
「何が入ってるんだ、見せろ」
目を白黒とさせるマリエルの反応に箱の中身がどのようなものであるのかの説明を待つ気がなくなったらしいディルはマリエルの手から箱を取り上げて中を窺い見た。
「…………」
見たまま固まった。ディル、お前もか…とかふざけておくべきだろうか。
でも反応がマリエルと同じなんだよね。一、二、三拍目で目が点。驚きは驚きでも理解できない何かを目にしたって感じで固まるから余程ありえない代物なのだろうな。
ただ、気にかかるのは話の流れがボクの力は上手く排出されておらず滞り、余剰分は封印石に蓄積中ってところだ。関連があるのであれば、箱の中身が何なのかにちょっとだけ心当たりが出てくる。
そして恐らく間違えてないと思う。
「…………」
目が点状態からがっつり眉間に皺をお寄せになった意味わかんねえよと解読できる表情へと御顔を変化させたディルが無言で箱の蓋を閉じ、二人の反応に沈黙を守っていたイルファを空色に映した。
少しばかりボクとも視線が合ったが訴えたい先はボクではないらしい。
「パス」
「うわっ投げないでよディル!」
寄せられている皺が渓谷と表現できそうなディルがぽいっと箱をイルファに向けて放り投げるのにマリエルは顔を青褪めさせた。背景にひぃいいいぃいいっとか見えそうなんだが、その反応だいぶやばくないか?
とかなんとか考えているうちに一見すると雑に見えるのだが、リフォルドが投げた時よりも緩やかな速度、つまりそっと放り投げられた箱は狙いも確かだったらしく、ボクを抱き上げていない方の手をちょっと持ち上げただけで音もなくイルファの掌に収まることとなった。
すごいなあと思うのに表情は絶賛渓谷継続中のやばいままなのがちょっと…。
「そのとんでもないもの見たって反応を知った上で見ろってんだからな」
小さく息を吐いて掌に収まる大きさの箱を持ち上げるイルファは箱を開けるのを躊躇っているみたいだ。
まあ、先の二人の反応がアレじゃあ躊躇いもするだろうが、ボクが予測しているくらいなのだからイルファもきっとできていると思う。
物がわかる故に開けたくないと思っているのか、それとも片腕が塞がっているので開けるに開けられないとかなのだろうか。もしも後者ならば私の手をお貸し致そう。私は中身が見たい。
「あ、リト」
箱の下部に右手を添えて押さえ、左手で蓋をぱかりとオープン。
何が出るかな~と開いた箱の中に鎮座していたのは、予測したものではあるがちょっと違うものだった。
宝飾品を収納する為の箱の中、きらりと光りを返す雫型の深紅の霊泪石一対。
それは微細とはいえど破損したとイルファが製作者に揺さぶられた原因であるボクの耳に一時飾られていたリフォルド作の封印石だ。私自身は傷を確認できていないので何処をどう破損していたのか見てもわからないが、傷があるようには見えないので修復したのかもしれない。
砕ければ内包した力が飛散して、その力は周囲の者が強制吸収の凶悪な時間指定のない時限爆弾だったものね。そのまま放置はしないでしょう。
何より、傷の有無なんて変化ではなく一目でわかる変容が起きている。
それは目を見張るほどに美しい変化だった。
最高級の紅玉を彷彿とさせる深紅の中にキラキラと揺らめき煌く雪の花。
はらはらと儚く落ちていくスノードームの中の雪とは違い、煌き続ける雪花は落ちることなくゆらゆらと深紅の海を漂う。一つ一つが教科書や図鑑で見た雪の結晶そのもので一つとして同じ形のものはない。
小さな石の中が雪花で彩られる万華鏡へと美しく変化していた。
綺麗としか言い様がない雪花の瞬く美しさに目を奪われていたが、ごっくんと唾を呑む音が聞こえて共に箱の中身である封印石のピアスを目にしたイルファの表情を窺った。
………うん。目が点になっているよ。イルファ、お前もか状態ですな。二度目は芸がないですぞとか思ってみるが、別にそんなことを考えてなどいないのだから思ったところで意味はない。
ところでこちらは未だに破損すると大層危険から変化ないのだろうか。安全ならば観賞用として貰い受けたいところだ。雪の結晶って綺麗だよね。
なんてほのぼのとした気持ちで宝飾品を観賞している状態の私はどうして四大位三名が全く同じ反応を返したのかわかっていなかった。
「百聞は一見に如かずとは言うが、こんなのありかと思わざるを得ないなかなかに衝撃を受ける品だろ?」
はははと乾いた笑みを浮かべるリフォルドに三人は渋い顔をして答えない。ディル程じゃないがマリエルもイルファもいつの間にやら眉間に皺を発生させていらっしゃった。
とっても綺麗なこの石の何がそんなに衝撃的でありえないのだろうか、と首を傾げたのが深紅の瞳に確認されて箱に伸ばしていた手を静かに回収してゆっくりそっとイルファの方へと身を寄せる。
苦笑いなんて見ていないとも。
パクンッと掌と指先を使い、片手で器用に箱の蓋を閉ざしたイルファは極端な感情の振れ幅を繰り返すボクを気にしたのか、先程の放物線より描いた弧は低いがそっと放り投げられた箱はディルの手へと戻された。
…眉間の渓谷に付け加え、一瞬目元がぴくりと跳ねたように見えたがきっと見間違いだ。そういうことにしよう。
密かに精神の安定を計ろうとしているボクの背をぽんぽんと叩いて宥めてくれる大きな手に小さく息を吐く。
「…リトは何で俺たちがこんな顔してるのかわからないよな。見た目だけなら綺麗の一言だからな」
眉間の皺をそのままにけれど表情は渋い顔に虚ろと苦笑いがプラスされた所為で複雑怪奇へと変貌。
いいよ、無理に表情作ろうとしなくて。気になるのは見た目だけならの“だけ”を強調した発言だったからその説明をお願い致したく。
ぽんぽんと一定の調子で背を打たれながら呟きにも等しい言葉にこくりと相槌を打ったボクが無言で求める説明をイルファはしてくれた。
「属性の定義は大樹がしてくれただろう。地水火風光闇の全六種、相乗効果があるものから反発するものまで」
多種多様な物語で使用される故に一部妙な解釈が入っていたのを訂正されたくらいですんなりと飲み込めた部分です、と頷きを返す。
基本的に反属性、火と水、風と地、光と闇以外差はあれど相乗効果を持ち得ている。
分かり易いのは風と火だろう、とっても良く燃えます。そういうこと。
「俺の火とリトの水は反属性。最初にリトが付けていた封印石は俺が使用してたもので火属性。許容量が足りなかったのが壊れた原因だけれど、一番の原因はリトの強い水の力に封印石の火が耐えきれなかったことだ」
あーっと、つまりはイルファの封印石を焚火の炎、ボクの力をバケツに入れた水で想像すればそれっぽいかな。
バケツの水は外に水をぶちまけたいのにドアの前で焚火されてるから外に出られない。
だったらまずはこの邪魔な焚火を消すかと焚火に向かってバケツの水をぶちまけた。
大量の水をかけられたことで焚火は鎮火してしまい、新たに水を追加したバケツの水はヒャッハーとドアを蹴破って外に水をぶちまけた、と。
これが目を覚ました時のボクに起きてた暴走未遂の状態だが、我ながら微妙な表現だなコレ。
でもこれだと現在のレイジェル様の封印石も例えやすいんだよな。焚火のところが巨大な水瓶になるだけ。
外に出たかったら水瓶の許容量一杯になるまでせっせとバケツで水を汲み、入れては汲んでまた入れてを繰り返す。そうして溢れる程になった頃、空のバケツで水瓶をぶん殴る。
大量に注がれた水によって生じる内側からの圧力が、外からの直接攻撃による衝撃を受けることで小さな罅割れを発生させ、そこから自壊する。壊れたらこれ幸いとまたヒャッハーだ。
ではリフォルドの封印石はどう例えるのか。
許容量は二十五メートルプール一つ分と大きく仮定して、その中にあるのは水じゃなくて燃え盛る炎の海か…。バケツ程度じゃ確かに消えねえわ。あ、でも器があると仮定してるから火力が強ければ強いほどに熱せられた器であるプールとバケツの水との温度差が生まれる。熱したガラスを急激に冷やすと、割れる。
それと同じことが一部で起きたのだとすれば、極小微細と言われる程度の傷ならつけることはできる気がする。一ヶ所でも傷が入れば脆いのは水瓶の例えと同じ。
ただ、水瓶の水はバケツでせっせと注ぎまくった自前の水だから溢れて零れたところで元は自分のもの、痛くも痒くもない。
ところがどっこいプールに満たされている炎はリフォルドのもので器が壊れれば中身の炎の海が津波の如く押し寄せてくる。バケツの水程度の量じゃ太刀打ちできないからみぎゃーっと一時水汲み場であるボクの力の根源地まで撤退して、そこに貯蓄されている膨大な水でもって鎮火するしか術がない。
あ、だから霊泪石が壊れたら吸い上げることになるのか、納得。
ふむふむと理解できなかった時限爆弾設定に納得したボクの珍妙極まりない思考回路など知りようもないイルファは説明を続けてくれている。
「リフォルド様のものは許容量に問題なかったんだけど、やっぱり火属性でリトの水とは相性が悪い。強い火と強い水が反発した所為で先に器の方が傷ついた感じかな」
ふむふむ、凡そボクの推測と違わないな。例えこそ微妙だがいいとこ言っているではないか私。
なんて自画自賛していたらイルファが説明ではなく問いを出した。
「反属性を意識したところで本題。リフォルド様の封印石は火属性、反属性の水とは反発はしても混ざることはない。じゃあさっき見た封印石の中にあった力は何の力だった?」
深紅の霊泪石で作られた封印石。その属性は火、反属性は水。
深紅の海に揺れて煌いていたのは………あ、ちょっと待ったそれはおかしい。
だってボクの例えでいくと二十五メートルプールの炎の海、その中に雪の結晶が融けることなく優雅に泳いでいらっしゃることになる。
物理的に無理だろ融けるだろ何でキラリと素敵な結晶のままでいられんだよありえねえだろオイッ!
実は雪の結晶じゃなくて超合金製で熱に強いんです、すごいでしょ?なんてものだったりするんですか!?
ギギギギギ、と油をさし忘れた金属製の関節部位よろしく首を回してディルの手に乗せられている箱、その中身へと視線を向けたボク。
「あ、理解したんだね。えらい、リトネウィア」
遠い目をして眉間の皺を残したままマリエルが一応褒めてくれた。
「まあ、及第点だな」
ディルのこれは褒めてくれているのか判断に困るが蔑まれてはいないようなのでOKだと思うことにする。
表情?渓谷ですよ険しいですよ手の上に乗せた箱を見る目がものすごく嫌そうですよ。早々に持ち主に返せばいいと思いますよ。
ポン、と頭に手が落とされてそのままぽむぽむと撫でられて視線を手の持ち主であるイルファへと戻せば、理解した後故に浮かぶ表情の渋く虚ろな苦笑いも妥当と知れる。
「な、そういうこと。さらに補足すれば中に入ってる水属性は氷雪系で炎熱の火属性とは相性が最悪だ。それでも見惚れる程見事な形で共生してるんだから、ありえないってこんな顔になるってわけだ。理解できただろう」
疑問ではないのはボクの表情も少なからずしっぶいものか驚愕ものになっているからなのだろうな。
自覚はないけれど。
「ただでさえ相性が悪いのにその中でも一番悪い分類が高い純度でぶつかったんじゃ幾ら許容量があろうと器の強度が足らなくて壊れもする」
溜息を吐きながら手を伸ばしたリフォルドがディルから箱を投げ渡されていた。
ねえ、それってさっきからポンポンポンポンと勢いはなくとも投げられておりますが、衝撃とかは大丈夫なのか?小さな箱が宙を舞う度にマリエルの顔が卒倒しそうな感じになっているんだが。
「そう考えるとよく一日もったものだと言えるが…、何で中で結晶化してるのかがさっぱりわからない。あまりに意味不明で両王にも意見を窺ったところ」
僅かに一拍、たった一拍、されど一拍。その一拍分のためが碌でもないものでしかなかった。
「目を見張って驚いた後、天王殿は天を仰いでレイジェルは頭抱えるっていうこれまた理解不能な反応されたんだが、どう思う?」
「良しと思えるならそいつの頭は余程めでたいんだろうよ」
ハの字眉で問いかけたリフォルドに即答したのは眉間の渓谷だけでは足りなくなったらしく頭を押さえ、表情を渋い顔から唸るへと変化させたディルでした。
「……両王様方がどうしてそんな反応になったのかは聞かなかったの?」
何処を見ているのかわからないくらいに遠くを見ているマリエルが感情の振れ幅が一周周りでもしたのか逆に落ち着いた調子で聞くと、リフォルドは肩を竦めた。
「黙秘。聖魔殿の最奥、両王執務室が語る場として相応しくない話題だと。天王殿が特異性でリトネウィアの何かを拾った時に続いてこれで二度目の詮索するな命令だ。流石に引っかかる」
いつの間にやら箱を収納したらしく腕を組んだリフォルドはやや不満そうに息を吐いた。
「それはリトの力を調べようとした方に問題が生じる、ということですか?」
緊張に唾を呑むのが聞こえたイルファの問いかけにリフォルドは視線を巡らせた。
その目線を追えば、ディルとマリエルも唸る顔も遠い目も何処へやらひどく真面目な顔になっており、場の空気がピリリと緊張に張っている。
気が付いてしまうと重く感じる空気の中、リフォルドは口の端を上げた。
「四大全員で事に当たってんのか」
面白い、と聞こえたのはきっとボクだけじゃないはずだ。三人とも明確な返答はしないが、それでも注視していれば三者三様に僅かな反応を返したのがわかる。そしてその反応はYes以外の何ものでもない。
おかしい。だってさっきリフォルドも言ったが天王殿が拾ってしまった何か、そして顕現していない翼のことで私のことは詳細を調べてはいけないはずだ。
直接両王は詮索するなとは言っていない。だが最も堅牢であるはずの聖魔殿の両王執務室で相応しくないとされたということは、その内容は秘匿すべきであると両王が意見を一致、判断したと取れる。
それを、どう考えても聖魔殿の防備よりも劣るであろう場所で調べようと、いや調べていると聞こえたんだがどういうことだよ保護者殿。
背筋に冷たいものが這うような感触がしてぐっと唇を噛んだ。
「なかなか思い切った行動に出てるな。何処よりも長く静寂を保ちゆっくりと事に対処する四大にしては珍しく性急で積極的だ」
側近として、王の側に仕えるものとして咎める音を乗せた圧を感じる言葉なのに、どうしてだろうか…挑発、いや試しているようにしか聞こえなかった。
明確な発言こそしていないが、詮索不要という王命に逆らうのかと言外に問われている一触即発な雰囲気のはずなのに、どうしてボクはけろりとしているのだろう。
むしろいまの雰囲気よりも普通にリフォルドに視線を向けられた時の方が余程危機感が募る。
さらに付け足せば四大全員でボクのことを調べていると言ったことにNoと答えなかったことの方が恐いと感じてるよ。訳が分からない。
「リトを引き取ったのは私です」
強張っているのは声だけではなく、ボクを抱き上げてくれている体もだ。
王直属の配下である四大が王命に背くことが何を意味しているのかは生まれてたかだか三日のおちびでも十二分に理解できる。当然ハッピーではないエンドだ。
「保護者として、家族として、リトネウィアの安寧に努める責務が私にはあり、成さねばならぬとの命もあります。それ故に、私一人では足りない力を補って貰っていますが…問題が、ありますでしょうか?」
……うわぉ、真っ向から向かって行きましたわよ保護者殿。それも天王殿から言われたことを持ち出してこっちの王命を優先としましたって言いきった。
すごいぜイルファ、天魔最強の名を持つ側近相手に引かないんですね。そこまでして貰えるほど、私の何処に価値があるんでしょうか。…それとも、そこまで調べが付いているのでしょうか。
張り詰めている空気の中緊張に緊張を重ねているイルファとその意見に否を告げずに追従を見せるマリエルとディル。
そんな四大三名を口角を上げ、細めた深紅でゆったりと余裕の態度で見るリフォルドは笑む。
「それはシェネレスの総意か、それともイルファ個人のものか、どちらだ?」
「っ!」
ぐっと力の入った腕。その問いは、確かに試しているのだ。リトネウィアという新生天使を引き取った家の、シェネレスの代表としての意思表示なのか、それともイルファという名の火天使ただ一人の意志なのかと。
きっと、それだけの覚悟があるのかということを試したいんだ。四大位のイルファだけではなくシェネレスのイルファとして、地位と家とをボクという存在の為に天秤にかけられるのかと。
これはリフォルドが持ち得ている私の情報がどれほどのものなのかがわからないから、勝手な想像だ。
声が出ないこと、心声が使えないことをいい事に誰にも告げていないボクの抱える問題をもしもリフォルドが紐解いているのだとすれば、この試す行為は妥当だと思う。正直そのくらいの覚悟が必要とされる。
自分自身の命は当然、家族、友人、周囲一切の命を天秤に乗せる程の覚悟が。
それを成しているたった一人を一方的な知識上とはいえ知っているからこそ、断言できる。
だが、知らないで、知りもしないでただ悪戯に覚悟を試しているのであれば、それは―――許されない。
一人沈もうとしていた私の手を掴んでくれた。
独り消えようとしていた私の心を拾い上げてくれた。
イルファは、リトネウィアを生かした何にも代えられぬ存在だ。
そのイルファに手を上げようというのならば、リフォルド・シェル・フェイルス。
あなたは、私の敵だ。




