急展開過ぎて意味不明です
突然の衝撃に息が詰まった。
意味がわからなくて開いた目に映ったのは床だ。目と鼻の先ではなくむしろ床に抱擁している。
つまり私は現在ソファから落ちて床に這いつくばっている。何故だ。
「っ」
何がどうなってこうなったのか皆目見当がつかないが、恐らく落下した時に打ち付けたのだろう体があちこち痛い。だがそんなものよりなにより耳が痛い。
オーケストラヒット、というものを知っているだろうか?
オーケストラ、管弦楽団の各楽器が一瞬で最大の音量を生み出すものなのだが、多種多様な楽器がそれぞれの音色で音を出しているはずなのに、何故か見事にパンッと破裂音に聞こえる大音量の衝撃。
…それがずっと続いているのを想像してくれればいい。もしくは一オクターブ分のピアノの鍵盤をガンッと全力で同時押しがずっと続いている感じ。
耳が死ぬ。
それだけで辛い以外の何物でもないというのに、耳を通して頭蓋をガンガンぶん殴ってくれているような音からのイメージが脳内を渦巻き、頭が爆ぜそうだ。恐らく仮定の話は間違ってないのだと思う。
C、D、E、F、G、A、H、C。ドレミファソラシドの全八音。
順に闇、地、風、水、火、光ときて残りの二音がよくわからない。あえて表現するならば、Hは無属性になるのか?それにしてはとても柔らかで温かみのあるやさしい響きなので無、というイメージに反しているような気がする。いや、私の無に対するイメージの問題なのかもしれないが。
最後のC、高音のドは…高さが通常と異なる表現になるが、ハイCと表現しよう。階段状に上がらなければ低い方のCと差異がわからない、紛らわしい。
で、そのハイC、こちらは高低差こそあれ同じCの音なのに闇をイメージする一音目のCとは違い全体を調和させる感じだ。七つの音をまとめ上げて一つの音にする。そんなイメージ。
ただし、現時点では音の大きさがばらばらの上まとまる気配は一切ない。
赤ちゃんやちびっ子が、音が鳴ることが面白くてバンバンとピアノの鍵盤を情け容赦なく叩きまくっているような音の乱雑さに悪くもないのに謝罪したくなる。
お願いしますから勘弁してください、と。
ついでにこれも恐らくに多分なのだが、見ることについてもわかった気がする。
床しか見えなかった視界を気合と根性で転じ、顔を上げることで広げれば、さっきまでごく普通の室内風景だった世界が一変していた。
キラキラと色とりどりの光が乱舞している。紫、黄、緑、青、赤、金、白、ところどころに虹色。勘違いでなければ聞こえてくる音とリンクしている。
紫が闇、黄が地、緑が風、青が水、赤が火、金が光、白が無、虹色は全部が混ざっているところ、ハイCだ。
つまり耳は属性を聞き、目は属性を見る。そういう構造らしい。わあすごいね、キラキラ輝く光でさっきまでの室内風景すら見えない。眩し過ぎて目が潰れそうですね。耳だけでなく目からも処理能力こそ上がれど思考能力は大差ない我が脳みそを甚振ろうってことですかこんちくしょい。
「ぅ!」
なんにせよこの状況を可及的速やかにどうにかせねば本気で耳が死ぬ。
恐らくこれの原因はボク自身だ。落下の衝撃で痛いとか息が詰まるとは違う息苦しさと圧迫感はどう考えても体の内側から生じている。しかも何かが体の外へと噴き出そうとしていて全身が軋む。
それを懸命に抑え込むのは本能的に危険だと察知したからだろう。たぶん、抑えるのをやめてしまえばこの何かは爆弾よろしく炸裂すると思う。
中心地であるボクの体は爆散するのだろうか?なんてぞっとしない想像が脳裏を横切って余計に必死になる。生まれたばかりで爆発四散って凄絶すぎる死亡は勘弁願いたい。室内一杯に飛び散る幼児の肉片って何処のホラーだよ。生々し過ぎて想像すら勘弁願いたいわ。
顔面蒼白になってしまいそうな想像をしていれば、鼓膜を突き破らんばかりの大音量を奏でていた音が何故か急速に鎮まる。残っているのはF、H、それにごくわずかだがハイC。視界に踊る光にも同様に変化があった。
ボクの近くで煌いているのは青と白、ほんの少しの虹色。その奥で紫、黄、緑、赤、金が見える。
ちょっと遠い上に青と白の光り輝く属性カーテンに遮られて見えにくいが、五色の色はボクの傍で煌いていた時と違いなんというか…びしっと整列して待機している感じに見える。
ひょっとしてアレが制御されている状態なのだろうか。もしもそうであるなら…。
「っ」
音と光、耳と目の二方向から現状打破の為に働く頭を痛めつけてくださっている存在が八つから二つに減ったいまなら生まれたてのへっぽこでもどうにかできる可能性がある。と思いたい。むしろそう思わないと奮い立てない。
どうかお願い。私の声を聞いて。私の意思に応えて。
『…というか、ボクの力ならおとなしくボクに従えよ!反逆起こすなっ下剋上、革命なぞ私は許さん!!』
バンッと勢いよく床を掌で叩く。…まあ実際は幼児の小さな掌なのでぺちん程度の音でしかなく、迫力も何もあったものではない。
ついでに内側から噴き出そうとする何かはほんの少しその力が緩まった気がするだけで大きな変化はない。
あるとすれば……視界一杯に煌いているFの青とHの白だ。
「…」
自分で起こした行動だがこうも反応が返るとは思いもよらない。というよりも不思議な力には縁がなかった前世があるため余計に思えない。きょとんと変化した風景を見たボクの感覚は普通だろうと思う。
ボクを中心に立ち昇る光の柱。そんな風に見えていた青と白の光の奔流が立ち昇るのをやめ、床近くで待機状態に入った。心なしかその輝きは先程よりも強い気がする。何だろうすごく失礼な表現になるのだけれど、命令を待ってる従順なわんこ的な。
予想外な展開についていけない私にここからどうしていいのかなんて思考は当然働かない。そもそもこれがいまの私にできる全力なのだと推測する。
はてさてどうしたものか、などと思考できるほど長い時間が経過しているようだが実際には場が変化してからほんの数秒。現時点での己の限界に行き詰まり停止する、そんなわずかな間に反応したのはボク以外だった。
「上出来だ」
褒めているとわかる喜色が込められた美声が影と共に頭上から降った。
それが何なのかと反応するより早く耳に何かが触れる感触とリンッと鈴の音に近い音が聞こえ、同時に必死に抗っていた噴き出しそうな何かが引っ込む。…どう表現すればいいんだ?
一人懸命に吹き荒ぶ風に抗って窓を閉めようとしていたところへ何処からともなく強力な手助けが入り、必死なボクとは真逆に余裕な様子で後ろからぱたんと窓を閉め、おまけと言わんばかりにがしょりと鍵をかけて防風対策をしてくれた。そんな感じ?
しかもリンッなんて音としては可愛く聞こえるが、イメージはとても硬質だ。
芯の通ったGの音。閉ざす鍵のイメージは古き良き日本家屋の蔵を守るがっしりずっしり重厚な鍵。壊すなら相応の破壊力の得物が必要です、的な。
「…はふ」
なにはともあれ、あわや爆発四散かと恐れ慄く事態から逃れられたことに脱力。
床にぺちょりとうつ伏せている幼児は光景的に如何かと思われるが知ったことではない。肺活量があれば「ふっはあああ」と詰まっていた息を吐き出してるところだ。ほっと一息。あ、床がひんやりしててちょっと気持ちいい。
「あー、ほっとしてるところ悪いんだがリトネウィア?」
頭上から声が降ってくる。いやこの場合は背後からというのも付け加えるべきかな。
それは正直いただけない。誰だ?
「…」
重い頭を持ち上げるのではなく体自体を横に転がしてうつ伏せから仰向ける方法で視点を変えれば、予想外な行動だったのだろう微妙な表情でこちらを見下ろしている美人がいた。
真珠をより合わせたかのように淡く光りを返す白銀の髪、鳩の血と呼ばれる紅玉の如く輝く深紅の瞳。
本来卵で誕生する天魔の中、母親の胎内で胎児として生まれ育つ者だけが有する特徴的な色彩。
他にない圧倒的な力を持つことから恐れられ、天魔戦争という争い以降その数を減らしいつしかたった一人になった“禁忌の子”、そう呼ばれる存在。
側近火悪魔リフォルド・シェル・フェイルス。
ボクが主要人物として描いていた悪魔の姿がそこに在った。
お互い全く別方向に驚いていたのだが、何故かリフォルドは難しい顔になり、私は片手で労わるように耳を押さえているリフォルドの手に目が動く。
「…っ」
言葉を発しようと口を開いたが、きくんと言葉の代わりに引っ掛かりを味わい眉間に皺を寄せるボクを見てはっとなるリフォルドが慌てた様子で両耳を塞いだ。何故だ。そしてどういうつもりだ。
「ストップ、頼むから心声は勘弁してくれ。さっきので耳が痛くてだな…。伝えられないことは不満だろうがちょっとだけ我慢してくれないか?」
麗しいご尊顔を渋い顔にして、生まれたての下っ端にお願いをする高位者ってどうなの?
なんて思うのは物語として彼の悪魔を知っていることと卵の中で大樹が教えてくれたこの世界の在り方故だろうな。
基本縦社会。地位の重さは責任の重さ。まともそうなのに残念なのも多いのが世の常。
そんな世界の代表格と言ってもいいまともな悪魔様。
話が逸れた。でも納得した。どうやら私は騒音兵器とディルに言われてしまった残念な心声で先程の叫びを表現していたらしい。で、その騒音をまともに食らっちゃって耳が被害を受けたということだ。
おー、そーりー。
ん?となるとマリエルとディルも被害を受けたということか。ゴメンよ。悪気はない。
「で、我慢させたままで悪いんだが…支配下に置いた精霊を放してくれないか?」
支配下?精霊?何のことざんしょ?と首を傾げながらわかりませんと表情を作りかけていたら視界に別の顔が入ってきた。
赤薔薇を思い出させる見事に真っ赤な髪、お日様のような橙の瞳。
態々しゃがみ込み近い位置で視線を合わせてくる彼の天魔は記憶違いでなければ四大火天使イルファ・ソル・フライトシェネレス。
しかし、どうしてか笑っている。しかも笑いを治めようとしているらしく肩が震えている。何がそんなに面白かったのだろうか。
「お前が従え、反逆起こすな、下克上、革命は許さん!とか命令したからリトネウィアの力に集まった精霊が全員指示待ちで帰ってくれないんだよ」
くつくつと結局笑っているのはボクの発言の所為でしたか。受けがよろしくて何より。
「…そんなこと言ってたのかあの音」
両耳を塞いでいた手は外したが、まだ痛むのか耳を撫でているリフォルドは苦笑っていた。
ちゃんと言語として聞こえるイルファも不思議だが他の天魔にどう聞こえているのかも気になる。
なにせ騒音兵器扱いだからな。
「はい。場違いなのに吹き出すかと思いました」
まだ笑いは治まりそうにないがリフォルドの呟きに丁寧に応じるイルファだが…。
「っだ!」
ごつっといい音がイルファの頭に発生した。
ボクはちゃんと見た。リフォルドも見ていた。何か生温い目をイルファの向こうに放ってたもの。
何事かと言われたなら、思いっきり顔を歪めて耳を押さえたとっても不機嫌なディルがしゃがみ込んで笑っているイルファの頭に拳を落としたと答えよう。
「笑ってないで事態を収束させろ翻訳機。これ以上騒音を聞く気は俺にはないぞ」
…基本的に天魔は見目麗しい。むしろ容姿が見られない顔っていうのは存在しないらしい。
そんな美人の凄む顔。あおりの逆光配置のおかげで余計に迫力があります。怖っ。
「ってぇなぁ…。何だよ翻訳機って、あーあーわかってるから拳を握るな」
殴られた個所を撫でながら顔を上げたイルファが文句を口にしたが、無言で拳を握って示したディルを見て取りやめにしたようだ。懸命な判断だと思う。顔も笑っていないが空色の目はさらに冷ややかな色をしていたので。
身が竦む程度には迫力のある顔でいらっしゃったディルを見慣れているのか平然としたご様子でイルファは明るい色の瞳をボクへと戻した。
「よっと」
「っ!?」
視線を向けられて何だろうかと思いつつも少々身が竦んだままだったボクの体は急な動作について行きません。というよりも幼児体型特有のバランスに適応できておらずまともに動けませんが正しいのかもしれない。
イルファの手がこちらへ伸ばされたかと思うとひょいっと体を持ち上げられてしまった。
予期せぬ動作にあわあわと焦りながら重い頭のバランスを取っていれば、片腕にボクを座らせるような体制で抱き上げ、もう一方の手で倒れそうなボクを支えてくれるイルファ。
そうして視点が変わりやや上からイルファの橙の瞳と視線が合う。
「悪いな。ちょっと話し辛いからこっちの視線に合わせてくれ」
にっと好青年を思い起こさせる笑顔をくれるイルファに声が出ないのに「はあ」と肯定でも否定でもない言葉を反射的に返しかけ、またきくりと引きつりを感じて眉間に皺を寄せる。
そんなボクを見てどうしたわけかイルファが困った顔になった。
「俺ならリトネウィアの心声を聞きとってやれるみたいだが、いまは力の制御の為に封印石で法自体を使えないようにしてあるから心声も使えない。不満だと思うがリトネウィアの安全の為でもあるんだ。少し我慢してくれ」
何故イルファが申し訳なさそうにするのやら。むしろ封印石のおかげで爆発四散を免れたことを咽び泣きながら感謝すべきだろうボクは。
そう思いながら新たに残念を通り越した心声を封じた封印石があるらしい耳へ手を伸ばせばつるりとした感触に触れた。どうやら先程の台座自体に石を嵌め込むタイプではなく鎖か何かで石を下げるタイプのようだ。触れるとリンッと小さく音が聞こえる。音が鳴るような形ではないのに不思議だ。
それにさっきのはサークル状に炎が揺らぐ印象だったが、こちらは球体だ。暖かなシャボン玉に包まれてゆらゆらとあやされている、そんな揺り籠のイメージ。
同じ火の印象は感じるのに片や火力ありの炎と認識し、片や温度としての感覚しか認識できない。
ひょっとして作り手によって異なるものなのか?それとも術式的なもので効果が異なる仕様なのだろうか?
「…」
「…」
疑問に思いながらも付け替えられた新しい封印石の感触から意識を戻せば、こちらを凝視してさらにはぱちりと瞬いているイルファと目が合う。
何か驚くようなことがありましたか?あなたの視界にあるのは恐らくボクの顔面などだと思われますので特段驚くような事柄はないと思うのですが。
なんて言葉に出せないし、イルファには通じるらしい残念以下略心声も使えないので動作で示すしかない私は小首を傾げることで疑問を表現してみる。注意点は頭が重いのでバランスを取らないとそのまま落下するかもしれないことだ。支えてくれている様子からその心配はいらないだろうけれど。
「あ~…うん。取りあえず」
疑問の意図に気付いてくれた様子だが、驚いた何かの説明は後回しもしくはしないことにしたらしいイルファがボクを腕に抱いたまま百八十度反転回れ右、ディルがいる方向へと体を向け前方下方向を視線で示す。
「アレはわかるか?」
アレ、とは「ねえまだ?何したらいいの?」と妄想音が聞こえてきそうなキラキラ輝く属性ですか?
…おかしいな。Fの青とHの白だけだと思っていたのにハイCの虹色以外全部そろってるぞ。
比率はFが最も多く、次いでH、その下にEとAが同じくらいでG、D、Cが続く。
これは多分ボクの属性比率で、圧倒的にF、水が多いのはボクが水天使だから。
自分が何処の何に属してるかくらいはちゃんと知っているぞ。
うん。で、わかるかと問われているのはこれで間違ってないのだろうか?
ついでに聞きたいのだがさっき精霊って言ってませんでしたか?
それでいくとこのキラキラしているボクが属性と認識しているものは各属性の精霊で間違いないのだろうか。
発光体にしか見えませんが人型に見える子はいないのですか?精霊なんてときめく単語ですよ。
「…一応認識してるみたい、かな?」
疑問を乗せながら声を発したのはマリエル。あらら、キミも耳が痛そうですね。すまん。
「下級精霊とはいえこれだけ集まってれば余程鈍くなければわかるだろう。騒音兵器、こいつらはお前の指示待ちだ。帰れと伝えてこの場から散らせろ」
うん。ディルには敵わないかな。同じ耳を押さえる動作なのに受け取る印象が全然違うんですね。
表情こそやや眉間に皺が寄せられている程度の変化ですが、不機嫌オーラは垂れ流し状態。これで気が付けなかったらそいつは鈍いをぶっちぎった空気を読めない奴だ。ひょっとすると空気そのものかもしれない。
流されているので残された場のものがどうなっているのかなど知る由もない的な。
「ディル、騒音兵器じゃないってば」
「うるさい。まともな心声が使える様になったら改めてやる」
訂正してくれるマリエルに舌打ちせんばかりのご様子のディルは取り合わない。
余程耳と気分を害したらしいな。どうしようか。謝罪したくとも生憎声は出ず、心声は使用不可状態。
まあ仮に使用できたとしても騒音兵器と繰り返されている音になるので余計に気分を害するだろうから却下せざるを得ないわけだが…。
ひとまず事態の収束を試みたいと思います。現実逃避ではないと思いたいんだ。
しかし、伝えろと言われても先に述べた通りの現状でどう意思表示しろと?念じるの?
応えてくれてありがとう。でもいま用事がないから集まって貰って悪いけれどご帰宅願えますか?
こんな感じで?
只管疑問符をつけながらキラキラしい発光体もとい精霊たちを見ながら考えていたら、何だかしょんぼりした感じに明度を落とした光が徐々に消えていく。
「お、よく出来ました」
不思議な光景を眺めているボクの頭をよしよしとイルファが撫でる。煌いていた精霊たちがいなくなった床を見つめてぼんやり思うのは、声に出さなくても伝わるのかである。
どうやって聞き取っているんだ?いや、感じ取っているとか読み取っているとかなのだろうか?
…いかん、疑問で塗れそうだ。
それにしても、本当に精霊がいるのだな。力の強いものはその分精霊を引き付けると大樹が教えてくれたがこういうことなのか。
「はあ…取りあえず話はできそうか」
やれやれといった様子でリフォルドが手を振るとEが揺らめいて風を起こした。
何をしているのかと思えば壁際に寄っていた…いや、たぶんボクの所為で弾き飛ばされたんだと思われるテーブルやソファを風で浮かせて元の位置に配置し直していた。そういうこともできるんですね。
そしてやらかした自覚ありませんが迷惑おかけして申し訳ないです。
「一方的な話ならな。会話にならないだろう」
リフォルドの呟きに応じたディルの視線はボク、の耳に揺れる封印石へと向けられているのだと思う。
ご不興ばかり買っているので視線一つ、お言葉一つでドキドキです。
「かといって封印石のランクは落とせないでしょ。イルファ、アレどのレベルだったの?」
問いながらリフォルドと同じように風を用いて雑多に散ってしまったらしいもろもろを整えているマリエルの姿が見えてしまった。本当にゴメン。
「四大でも使えるレベル。…というより俺が時々使ってたやつなんだけどな。まさか目を覚まして数分で砕けるとは思わなかった」
はははと笑うイルファの笑いは音だけで、同じ四大の二人は無言でリフォルドへとほぼ同時に視線を向けた。
つられてボクも視線を向ければリフォルドは台座だけになったピアスの金具を手にしている。
「石も台座も質のいいものだったみたいだがリトネウィアには容量不足だな。いまのはちゃんと機能してるようで何よりだ」
「あれで機能してなけりゃこいつの力は制御不能だ。暴走して俺たちもろともこの場は吹き飛ぶ」
欠片も残していない石があったはずの台座を眺めるリフォルドに苦虫噛み潰した顔をしているディルが即座に反応し、盛大に溜息を吐いた。
「はは…確かに吹き飛んでるよね。いまつけてるのってリフォルドの霊泪石でしょ?」
ディルと似たり寄ったりの表情になっているマリエルが現在ボクの耳に揺れている封印石のことを問いかける。
霊泪石というのは確か力が有り余ってる天魔の涙が結晶化したもの。石の色はその天魔の瞳の色を写し、結晶化した石は純粋な力の塊となり属性に縛られることもないので様々な用途に用いることができる。
体内に取り込めば消費した力を回復することもできるのだが、生成できる天魔は少なく希少品扱い…のはず。物語上の設定と差異がなければ。
そんな希少品が現在ボクの耳で揺れているそうですよ。生成者はリフォルドなので霊泪石の色は深紅らしい。
「片方で二個分だな。試しに作ってみたものだから作りが甘い。持って十日ってところか。それも負荷を強いなきゃの話だが」
ピアスの金具を何処からか取り出した箱へと仕舞い込むリフォルドの発言に四大の三人が固まった。
「「は?」」
そして同時に発した言葉にリフォルドが瞬くボクへと視線を寄越した。いや、正確にはボクの耳元で揺れている封印石へ、だ。
「十日後にはあの封印石も景気よく木端微塵だ。おまけに飛散した力はリトネウィアに吸い上げられる」
「…これがですか?」
イルファの手が触れ、リンッと小さな音を奏でた封印石。こちらリフォルド作で、十日後には壊れる予定のようです。さらに石に内包されている力は壊れたときにボクが吸い上げちゃうんだってさ。
何だその時限爆弾機能、誰が得するんだよ。大損どころか下手すれば周辺一帯が物理的に消失するわ。
引きつった声音でリフォルドに問うイルファの心境に激しく同意だ。なのに問われる方はあっさりと答える。
「相性が悪いんだろう。加工したものだから属性が付いてる。それも火属性だ」
ん?霊泪石自体には属性はないけれど手を加えることで属性が付くのか。ということは加工と同時にただの力の塊に用途が割り振られてその属性に染まってしまうということだろうか。
と、いかんいかん。次々と面白そうな内容が放り込まれる所為で脳内がかなり暴走してすぐ思考が現実を疎かにしがちだが、話の中心は私のことですよ。
聞いておかないと後悔するに決まってんですよ。心を改めて会話を拝聴するのですが…。
「力的には問題ないと思うんだが、反属性である水の反発が予想以上に強い。さっきだって俺の呼びかけ完全に無視されたからな」
「「ああ」」
なんだかわからないが三人とも納得されている。さっきというとボクの爆散危機のことだと思うのだが、何?
リフォルドの呼びかけ無視されたの?天魔最強の力保有者の声に耳を傾けない精霊って何だそれ。
「…」
そう考えてふと脳裏を過る一つの可能性。思い出されるのは大樹の言っていた気になる発言だ。
“少しあの子に似ている”“凍てつく地はきっと拒まない”。
特異性の話と共に繰り返された単語は何処かで聞いたことのある言い回しですねと思っていたが、まさか覚えのある世界と知る由のない卵の時と知ってしまったいまでは事情が違う。ちょっとどころかかなり問題がある力を嫌でも想像させる言葉を思い出して、さあっと血の気が引いていきそうなボクを深紅の瞳が見ていた。
「…心当たりがありそうだな」
「っ」
真っ直ぐに真意を読み取ろうとする目に身が竦む。同時に繰り返されていた大樹の言葉が蘇る。
“それは危うい”“知られてはいけない”“相手を選ぶ”“気をつけなさい”。
想像が間違いでないのなら、その可能性がほんの少しでもあるのだとすれば、気付いてしまったこの事実は自他ともに命に関わる。洒落にならない。
だからこそ、恐いと身が竦んだ。
「げ、落ち着けリトネウィア!別に脅してるわけじゃないからっ」
きゅうっとイルファに抱き上げられている腕の上で小さくなるボクを見て、リフォルドが慌てて両手を振り否定を言動で示してくる。深紅の瞳から真剣な様子が消えたことにほっとはするが何故そんなに慌てるのだろうか?
疑問が浮かんだ頭にぽすりと触れた温もり。視線を向ければ困った顔のイルファがボクを見ていた。
「リトネウィアが恐がったから加護精が揺れてるんだよ。精神的に不安定になると抑えた力も揺れる。あまり揺らぐと封印石にも負担がかかる。それがどういう事態になるかはもう知ってるだろ?」
宥める手が頭を撫でる。諭す声がやはり何処かお兄ちゃんを思い出させて、不覚にも安心した体からゆっくりと力が抜ける。
それにしてもボクにもちゃんと加護精霊がいるんですね。驚きです。
「そう、いい子だ」
にこりと笑うイルファの手はやさしくて温かい。ほぅと息を吐けば一層笑みを深くした。
…眼福なのでよろしいが、何故だ。
「…はあぁ…焦った」
胸を撫で下ろしているのは私だけでなくひやりとさせたリフォルドもだった。
意味が分からなくて視線を向ければ、ほっと息を吐いたところから苦笑へと表情を変化させた深紅とかち合って、先程の目を思い出しほんの少し身構える自分がいた。
「恐がらせて悪かった。そんなつもりはなかったんだが…ってのは言い訳だな。悪い」
いや、勘ぐって怯えた私にも非はあるだろう。そう思って小さく首を横に振ればリフォルドの表情が少し緩む。
美人ですよね本当に。
「これだけ力があれば大樹も警戒を促すだろうから身構えて当然なんだ。だからリトネウィアの反応は正しい。…正しいんだが、頼む」
緩んだはずの表情は随分と苦いものになっている。険しい顔して下っ端も下っ端、生まれたての新生に何を頼む気ですか側近。
「いま俺の手持ちに封印石はそれしかない。つまりそれが壊れれば俺じゃあリトネウィアの力を完全に制御はできない。言っている意味はわかるな?」
封印石で閉じることによって力を私という器の中に抑え込んでいるのが現状。
自分自身の力とはいえ現時点で制御できるだけの力はない。封印石が壊れれば抑えるものがなくなり、制御もできない力は最終的に暴走する。
力の保有量が多いとはいえ底はあり、先程暴走まではいかなかったが現在私の内包している力はいくらか消費されている。
ただ、封印石に使われているリフォルドの霊泪石は砕けると同時に霊泪石特有の純粋な力を発散させ、その力はどういう仕組なのか私が吸い上げてしまうとのご説明があった。
…膨大な力の保有者でなければ作ることが適わない霊泪石はたった一粒でも十分すぎる力を内包している。
それが、この封印石には片方二粒の計四粒。それも天魔最強を誇るリフォルドの霊泪石。内包される力の総量、推して知るべし。そんな力を吸い上げて、制御できないとか良い予感は欠片どころか塵もしない。
無意識の想像にぞくりと背筋が震える。
ただ力が噴き出すだけなら恐らくどうにかできるだろう。この場にいるのは皆高位者。私と同属性の水属性こそいないがそれを補って余りあるのがリフォルドだ。天魔最強は伊達でも酔狂でもない事実。
基本的に弱い力は強い力によって抑え込むことができる。精霊だってより上位の存在から支配下に入ってくれと命じられれば従う。問題は何事にも例外があるということだ。
基本は先に述べた通り弱い力より強い力に従ってくれる。ただし精霊が意図して留まることを望めばいくら初めに呼びかけたものより力が強くても支配下に置くことはできない。
不思議な話天魔は精霊に対して絶対的な命令権や支配権を持たない。それ故精霊側がこちらの要請に明確な拒否や無視を決め込まれればどうしようもなくなる。
そして先程ボクの周囲に集ってくれた水精霊は現時点のボクよりはるかに上位存在であるリフォルドの要請を無視したらしい。それも完全に。
それが意味するところはもう察しが付くだろう。
リフォルドは完全に制御はできないと言った。自他ともに認める天魔最強の力の保有者であるリフォルドは、仮に封印石が壊れてボクが霊泪石の力を吸い上げた挙句に暴走したとしても、ほぼ完全にボクの力を制御してくれる。
“水属性”以外を。
ボクの属性は水。つまり他の何より水精霊を多く呼び込む。それは自覚していてもいなくても同じこと。
絶対に水精霊が最も多く集うのだ。
なのに支配下に置けるのは最も多く集まる水精霊以外。
暴走を起こしているボクが水精霊を支配下に置いていることはないだろう。そうなると誰の支配下にも入っていない水精霊は自発的な行動をとる。行動の良し悪しはその時々でなければわからないが、物語上の内容と相違がなければ精霊たちは他を排する傾向にある。力を暴走させているなんていう事情は精霊たちの関知するところではない。
ただ気にかけている子が苦しんでいる。
苦しんでいる子を守らなければいけない。
何が苦しむ原因なのか判別できないならば、疑わしいものは全て邪魔なものとして認識、排除する。
といった感じに救いの手すら弾き飛ばす。その力は集った精霊の数とその存在の位によって変動するが、霊泪石二粒分の封印石を何もしなくても十日で粉砕するなんていうありえない力が引き寄せる精霊の数だ。
少ない訳がない。
「難しいことを言うが可能な限り感情を揺らさないよう気をつけてくれ。強い感情は必然的に力を動かす。力が動けば加護精が動き封印石に負荷がかかる。負荷がかかれば力が漏れる。力が漏れれば精霊が集う。さらに封印石に負荷がかかる。限界を超えれば…だ」
血の気が引く音が聞こえた気がします。
「できるだけ早くリトネウィアに適した封印石を準備するつもりだ。だからそれまでは我慢してくれ。間違っても心声を使おうとか法を使おうとかしないでくれよ。確実に十日持たない。リトネウィアだって自分の首を絞めたくはないだろう?」
大変真面目な顔で注意ではなく説得しているリフォルドに引きつった顔で頷く以外にどうしろというのだろうね。
感情を揺らすなと言われましたがびびりは絶賛揺らいでます。平常心?何それ状態ですよ。
「っ!?」
ははははは、なんて意味も音もない笑いを発しそうになっていたのだが、ぽむぽむと背を叩かれてびくっと体が跳ねた。
ゆるゆると引きつったままの顔で視線を向ければ、イルファが微笑んでいる。
「大丈夫。どーんと構えてれば平気だから、な?」
何の根拠があるのだと言いたくなるだろうに、柔らかい包むような声はどうしてか温かく感じた。
イルファが火属性者だからなのだろうか。
宥める動作で背を打たれるのに力が抜けていくとイルファの笑みが深くなる。
「ようは声が出せるようになるまでの間ちょっとばかり我慢していればいいってだけだ。それまでは俺が頑張って読み取るつもりだ。読み書きを先に修得してもいいしな」
読み書きの単語にぱちりと瞬いたのが自分でわかった。
大樹の詰め込み教育に言語及び読み書き修得がありはしたが、実際に目で見て手で書いているわけではないため絵空事状態の知識だったためポンッと頭から抜け落ちていた。
発音することすらできないのであれば書けばいいのではないか、と目から鱗の心境。
「お、前向きな反応だな。その調子その調子」
にこりではなくにかっという感じの爽やか系青年の笑みを浮かべるイルファに頭を撫でられる。
力加減は十分されているが生まれたてらしいこの体にはもう少しばかりやんわりしたものをお願い致したく。
首が揺れる。
「…呼び出しか?」
唐突に放られたディルの言葉は何処から取り出されたのか単行本サイズほどの大きさの端末機器を手にして微妙な顔をしたリフォルドへと向けられていた。
「暴走とは異なるが四大室で力の異常感知だから当然と言えば当然なんだが、なんで四大室でもお前らでもなく俺に連絡が来るんだろうな」
首を傾ぎながら何もない空中へと端末を持った手を伸ばしたリフォルドのその手の先、空間がまるで水面の如く波打ちリフォルドの手を飲み込んだのに目を見張る。
引き戻された手には端末が無く、揺らいだ空間も何事もなかったかのように元に戻った。
絶句だ。いまは声が出ない状態だがそれでもそう表現するしかない。夢見がち妄想脳みそ故に即座に引き出された単語は亜空間への物品収納。確かにそんな設定作っていたが日常の中で普通に用いられる使用頻度だったのか、それ。
地味にボクが驚いているとリフォルドの発言にディルが呆れの息を吐いていた。
「ついさっき保護申請を四大室からお前の名で挙げたからだろう。報告を受けたばかりの四大室で問題が起こったんだ。一番使える相手に連絡を取るのが普通で、付け加えれば上位者は揃ってお前に甘い。さらにお前がらみでの面倒事は後が悲惨だからな、無事の確認も込みだろう。丁度いい、俺たちの代わりに報告しておいてくれ側近様」
側近様、と強調して呼んだ位に何か含みがあるようにしか聞こえないのは私の耳の性能の問題なのだろうか。
四大のディルと側近のリフォルドじゃ位が異なるのに設定と同じくあなたは上位者であるリフォルドには何故か物怖じしない話し方ですよねディルさんや。最早どうしてなのか記憶してません。
「…面倒事が多いのは否定しないが人を疫病神みたいに言うな」
やや恨めし気にディルを見て反論するリフォルドだが、はっと鼻で笑う強者がいました。
「お前みたいな神がいてたまるか面倒極まりない。ほらとっとと報告に行け。そして最優先で騒音兵器の封印石を見繕え。お前ならヴィシスの家に直談判しても歓迎してもらえるだろう。やれ」
…ねえ、過去の私よ教えてくれまいか。ディルとリフォルドの間には何があるんだ?天魔の基本構造は縦社会、これは大樹のくれた知識にもあるし物語上の設定にもあった。
ディルは全ての他者に対して態度がでかいわけではないし礼儀を知らない無礼者でもないはずなのだが、最後の一言とか命令ですよ?!こうなった理由がいま知りたい!
「……自分が側近なんだということを違う意味で思い出させてくれるよなお前は。言葉と態度を改められても不気味だから遠慮するが、もう少し言い繕え、歯に衣着せろ」
怒ってもいいはずのリフォルドも呆れながら一応程度の注意ではい終了。本当にどういうことですのん?
「気が向いたらな」
「向ける気のない返答どうも。ったく、暴走未遂の報告は当事者として俺が上げるが新生の地での一件はイルファが報告を上げろよ。あれはその場にいても当事者にはなれないから俺じゃあ報告の仕様がない」
「はい、承知しています」
「あと先に破砕した封印石の詳細を側近室に挙げといてくれ。内容によっては聖魔殿に呼び出すからそのつもりでいろよ」
あ、報告するんだなんて他人事感覚で聞いていたのだが、新生の地の報告では当然の様子で返答したイルファが微妙な反応をした。
具体的にはぴくっと腕に力が入った。抱き上げられているからこそ伝わる動きだが、爽やか青年な容貌を眺めたい放題な至近距離で見たイルファの目がちょっと遠くを見ていた。何がそんなに微妙だったんだ?
「…承知、致しました」
「…」
やや間が空いた返答に思い至ることがあるのかリフォルドは苦笑を浮かべている。
うーむ、封印石の詳細が微妙と聖魔殿行きのどちらがイルファ的に微妙なのだろうな。リフォルドが苦笑したところを見ると後者っぽい。
聖魔殿は側近と天魔両王の執務室がある地のこと。側近は下から報告される膨大な情報を精査しながら両王へと続く場への番人の役割もこなす。
そのため聖魔殿は両王への拝謁を目的とした高位者と鉢合わせする場でもある。
天魔両王の直属配下に当たるのは側近、四大、司令、さらに下位の天魔でそれ以外は両王を頂点として動いてはいるが厳密には配下とは呼び辛い位置関係にある。特に側近位と同等の位を持つ元老と呼ばれる天魔は。
そうだな、小説やゲームで見る貴族が近いものかもしれない。直轄領を持ち、配下を従え、己が矜持と良心に基づき領地領民を守る貴族。
ただし謹厳実直真っ当な者と私利私欲にまみれたこの野郎様と良し悪しが明確に分かれている。
天魔両王はそのまま王様、元老は貴族、側近を始めとする両王直属配下は参謀とか近衛とかになるのかな。
貴族は王から領地を任されているので頂点は王、だが領地を治めるため平素は自身の領地から出ない。
何らかの問題が起きた時王の元を訪ね嘆願や直訴、場合によっては不平不満も奏上する。
よからぬ輩はご機嫌取りにすり寄っても来るし、王を軽んじ下に見る不遜な輩も存在する。
立場的には王の下であることから貴族も参謀、近衛も大きな差異はなく、個人の能力もしくはその人物の背景にある発言力などで暗黙の了解的な差が存在している。そんな感じが近いだろうか。
何を思うところがあったのかボクの書いていた元老位ってのはろくなことしない輩が多いこんちくしょい集団だからな。その所為か両王を筆頭に四大・側近位に就いた天魔は皆例外なしと言っていいほどに元老位と険悪だった。…血で血を洗いそうな勢いで。
そういうばったりが敬遠されてなのか、それとも四大の上位である側近や両王のいる聖魔殿に足を踏み入れていることにひどく緊張するとか?
物語上と現実の差異が何処まであるのかわかっていないので判別が利かないな。そういった情勢は是非とも知っておきたいところなのだが、なかなかに困難そうだ。
と、バタバタと忙しない足音が聞こえてボクも含めた全員の視線が全開になっているドアへと向かう。
「外出組が戻って来たな。俺も報告に戻るが、問題が起こりそうだったら迷わず呼べ、躊躇うな」
強制力すら感じそうな様子で言い含めるリフォルドにイルファはしっかりと頷いた。
「重々承知致しております」
「ん」
満足そうに頷き返すリフォルドをなんとなく眺めていたのだが、深紅の瞳と視線がぶつかってきゅっと身が竦む。な、何もしでかしてないよ?
視線を向けられ身構えてしまっているボクに気が付いて一瞬愁う色が見えたリフォルドだが、にこりと笑みを浮かべひらりと手を振ってくれた。
「またな、リトネウィア」
次回の御目通りが決定している別れ際の言葉ですね。
美人の笑みを見ておいて即座に叩き出されたのが何故この一文なのかと考え、同時に今後多種多様に迷惑かけることが確定事項の織り込み済みだからじゃないですかねと結論に至って悲しくなる。
少なくとも十日以内には時限爆弾機能のない封印石と交換予定が入っているので一迷惑確定済みです。
脳内では明るく「てへっ」的な表現で上記の一文を想像したが心境が天と地ほども差があるため余計に凹む羽目になった。無駄な想像力のお馬鹿。
地の底にめり込みそうな溜息を吐きたい気持ちを抱えながら白銀の髪をなびかせ立ち去るリフォルドの後ろ姿を見つめ、キラキラと美しい髪触りたいなーなんて能天気な現実逃避をしている自分に呆れる。
ぱかりと外から卵を割って貰って誕生してどのくらい?目まぐるしく脳内に叩き込まれていく情報にそろそろ思考放棄が始まりそうなのに、
「ちょっとちょっと何があったの!?」
リフォルドが出て行ったドアから名乗って貰わなくても名前がフルで出てきそうな人物が増えて脳内で「させないよ」なんてにやっとした笑い声が妄想再生されました。
ああ…新しい世界も世知辛い。