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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱17歳 ―
27/28

其の捌

夏休みの間、弟は百入さんの世話になる事が決定してて、俺の代わりにずっと手伝いに入ってくれてた。俺はと言えば、毎日チビ共に付き合って貰いながら庭を歩き回って体力と筋力の回復に専念してて。

まあ、弟のお蔭でそれだけに専念できたし、お蔭で随分体力が戻ったと思う。


そして、弟の夏休みがあと三日で終るって日。

俺達兄弟は百入さんの車で両親がいるあの家に向かっている所だ。

デケエ車なのに錫がのってるせいか、やけに息苦しい気がする。


「そういや、今日の夕飯は外で食って帰ろうぜ」

「俺、肉食べたいですっ!」

「おう、そのつもりだ」

「えっ!?本当にっ!?」

「ああ。予約してあんだよ、美味い店にさ」


無言でガッツポーズを取ったのは心の叫びの現れだ。

肉、しかも美味い肉なんて食った事ねえよ、俺っ!


「すげえ、俺今日初めての肉を食べられるんですね!?」

「勿論だ。分厚くてデカくて美味い肉だぜ?」

「おい聞いたか?お前そんなの食った事あるか?」

「……けど、」

「菖蒲、お前余計な事考えてんだろ?」

「余計って。だって、俺は」

「けっ、子供のくせに小せえ事気にしてんじゃねえよ。萌葱みたいに心の底から喜んでりゃいいのさ」

「ですよねえ?あー、ヤバイ、俺すごい唾出て来たんですけどっ!?」

「おいおい、まだ早過ぎるだろう。昼飯食ったばっかりだぜ?」

「何言ってんですか、肉は別腹ですっ!」

「おー、俺も若い内はそう思ってたなあ」


ご機嫌になって笑い合う百入さんと俺は、弟も巻き込んで三人で美味い肉へと思いを馳せつつ。


「行くぞ」


まずは嫌な事を片付けようとばかりに、両親がいるあの家のインターホンを押した。

出て来たのは能面みたいに無表情の母親で。

弟と顔を見合わせてから、玄関に入り案内されるままにリビングへと踏み入れたんだけど。


なんで、段ボールの山が?


異様なその雰囲気に、また弟と顔を見合わせた後用意されていた座布団に腰を下ろした。

目の前に座る両親は俺達を見ようともせず、父親はずっとそっぽ向いてるし、母親は俯いてるまま、百入さんが口を開く。


「さて。私と連れはドアの外にいます」


ええっ!?と思い切り驚いて百入さんを見てしまうと、百入さんは大丈夫だと言って笑った。


「勿論、約束を守ってくれると信じていますから」


ジロリとアイツを睨んだ百入さんは、俺達に「大丈夫だから」ともう一度言ってから、錫と一緒に部屋の外へと出た。

それから、誰も何も話さない状態で一時間、ずっと正座していた俺はいい加減切れて来た。


「この段ボールの山、どうしたの?」

「………………出て行くんだ」

「誰が?」


アイツが答えたその言葉に即反応したのは、まさか、俺と同じように弟の事まで捨てる気じゃねえだろうなって思ったからだ。


「離婚するのよ……、私達……」


そうして泣きだしたあの人に、またかと思いながら目を眇め、うんざりしながら眺めてた。


「……お前達はどうするんだ?」

「どうする気なんだよ」


俺は十七、弟は十五だ。

こっから離れたいのは山々だが、未成年だからどうしようもねえのは解ってる。


「勝手にすればいいじゃない、どうせ、私の事なんて」

「黙ってろっ!」

「貴方がそんな風だから、この子達はこうなったのよっ!?」

「俺だけが悪いって言うのかっ!?」


そうして睨み合った途端、ガチャリとドアが開いて錫が顔を出すと、アイツもあの人も急におとなしくなって黙り込んだ。


「穏便に話しをしましょうよ」

「……わかってる」


軽く浮かせた尻をもう一度下ろし、そして俺達から視線を逸らす二人をじっと観察してしまった。


「離婚するのはどうでもいい。けど、俺と孝樹の親権はどっちが持つんだよ?」

「……普通母親だろ」

「いらないわ」

「俺もいらない」


なるほど。

それで俺達が連れて来られたのか。


「なんで、親と縁を切る事が出来ねえんだろうな」

「私だってアンタを産んだ事を取り消したかったわよっ!」


叫ばれた言葉は、ぐっさりと深く俺を刺した気がする。

もう、何も期待してないし、母親だとも思ってないってのに。


「お前らが避妊もしないでセックスした結果が俺達だろ。気持ち良くなった結果がどうなるかなんて、今時小学生でも知ってるっつうの」

「お、おま、おま、セッ、セック……、スって」

「何だよ、何動揺してんだよ?」

「どど、どう、どう、よう?」


顔が熱くなったり血の気が引いたり忙しい俺は、もう両親の事なんて頭からすっ飛んでた。だって、弟がセ、セック、スとか言っちゃうとかええっ!?


「……そんなに変な事言ったか、俺?」

「あ、い、いや、へへ、変って言うかっ!」


眉間に縦ジワ寄せて訝しそうに俺の方を見てた弟は、ひょいっと肩を竦めて両親へと視線を戻す。その仕草に、駄目だ、俺が頑張らなきゃって思ってみたんだけど、どうにもさっきの弟の爆弾発言が頭にこびりついて上手く行かない。


「子供育てるなんて猿でもやってんのに、アンタらはそれさえも出来ねえって認めるんだな?」

「おい、あんまり調子に乗るなよ?」

「そして脅しか。次は殴るか蹴るか。猿以下だ」

「そ、そうだ、猿以下だっ!」


何か言わなきゃって焦った結果だ。

すまん、俺を見ないでくれ、弟よ。


「ずっと気になってたんだけどさ。アンタらは百入さんにちゃんと兄貴の養育費を払ってんのか?」

「あっ!」

「……今気付いたのか」

「い、いや、だって俺、十歳で預けられたんだぞ?それから外に出てねえから世事には疎いんだ」

「……わかった。もう兄貴は黙ってろ」


弟にそう言われた俺は、「ごめん」と言うのが精一杯で。

弟の苦言と言うか、心の内の吐露は俺の時よりずっと酷くて悲しくて、俺は隣でボロボロ泣く事しか出来なかった。

途中、「ほら」と言ってボックスティッシュを差し出され、それを受け取って安心したからか更に涙と鼻水に塗れてた。


「こ、孝樹、その、ごめんな?俺、知らなくて」

「……いいよ」


そして、弟が提示した条件は、親権はどっちでもいいけど今すぐ目の前に五百万ずつ積めって事だった。一千万もあれば俺の今までの養育費と、弟のこれからの学費にはなるだろうって事らしい。


「そんな大金がある訳ないだろうっ!?」

「なら互いに押し付けようとせず、俺達の親権と養育費をきちんと話し合えよ」

「……ならここで死ぬか?」

「だからなんでそう短絡的なんだ。そしてどうして俺達がアンタの身勝手な考えで生き死にを決められなきゃいけないんだ」

「製造元だから責任を取れと言ったのはお前だろうっ!」

「確かに製造元はアンタらだけど、俺達はアンタらとは別個の人間なんだよ!」


どうしてそんな事も判らないんだと、そう言ってとうとう泣きだした。

ずっと我慢してたのは判ってたから、俺はさっき貰ったボックスティッシュを弟に渡す。


「……はっきり言うけど、俺はアンタらとは全くの赤の他人になりたい」

「俺だってそうだ」

「うん、そこは一致してるんだ。だから、俺は孝樹の案に乗る事にする」

「テメエも金かっ!」

「当然の権利だと、さっき孝樹が言ってただろ?」

「……うして……、どうして、そんな事を言うようになっちゃったの?やっぱり、あの人達に変な事教えられてるんじゃないの?」

「アンタのせいだよ」


また泣きながらそう言って来た母親に、うんざりしながらはっきりそう言えば、また泣きだした。


「静かに泣けよ。俺達はそうして一人で泣いて来た」


自分でも驚くぐらい、冷たい声だった。

一瞬にして顔が白くなった母親は、ピタリと泣くのを止めてまた俯いてしまう。


「お互いにお互いをどうでもいいって思ってるんだ。そして残念な事に俺達はまだ未成年で、保護者が必要だ」

「世の中には中卒で働いてる奴だっている。甘えた事言ってないで働けばいい」

「勝手に作っておいて後は知らぬ存ぜぬか。すげえクズだな、アンタ」


顔を怒りで赤く染め、血走った目の父親はあっと言う間に俺に殴り掛かり、それに触発されたのか弟がいきり立って父親を殴り飛ばし。

慌てて錫が入って来て父親を羽交い絞めにし、弟を俺が宥めてた。

黙り込んでた母親はここぞとばかりに声を張り上げて泣いてたけど、全員に「うるせえっ!」と怒鳴られた事に気を悪くしたのか、むっつりして黙り込んだ。


「約束を違えましたね?」


百入さんのその静かな問い掛けは、何故か空気がピリピリするくらいに緊張感を孕んで部屋を支配する。


「最初の制約通りにしましょうか。お二人共、解ってますよね?」


最初の制約ってなんだ?と思いながらも、殴られた左頬が痛くて黙っていると、両親が顔を青褪めさせてそれだけは勘弁して下さいと頭を必死に下げていたけど、百入さんはそれを受け入れず、ただ制約通りにさせて貰うとそれだけを伝え。


「錫、二人を先に連れて行ってくれ」


百入さんの言葉に頷いた錫に、問答無用で外に運ばれた。

車の中に放り込まれ、あちこちぶつけた俺達は痛い痛いといいながら座席に座り直し。

顔を見合わせてぷっと吹き出し、大声を上げて笑った。


「あー。何か、スッキリした」

「だな」


弟が笑顔で言うからさ、俺も何だか嬉しくなってまた笑い合って。


「……なあ、俺達親に捨てられちまったな?」

「違う、俺達が親を捨てたんだ」

「ああ、そうか、そうだな」

「そうだ」


さて、どうやって生きて行くかな?


「二人で生きて行けるかな?」

「……そうしたいけど、俺はまだ中学生だぞ?」

「そこはほら、俺が働いてさ」


割と本気で言ったんだけど、弟に鼻で笑われた所を見るに、荒唐無稽な話だったか。


「……俺、本当に外の世界の事を知らないんだな」

「まったくな」


呆れた声でそう言われたけどさ。

何となく、何となくだけど二人なら何とかなる気がしたんだ。


「なあ、一緒にいれば何とかなると思わないか?」

「俺が兄貴の面倒を見るようになるよな、それ?」

「えっ!?逆だろ、逆!」

「何言ってんだよ、この世間知らずが」

「こ、これからなんだよ、これからっ!心配すんじゃねえ、俺が着いてるんだから大丈夫だっ!」

「あ、そういや左頬大丈夫か?」

「え?あ、ああ、ちょっと痛むけど避けたから大丈夫だ」

「これから美味い肉食うだろ?」

「あっ!」

「うん、忘れてるだろうって思ってたよ。俺が引き受けるから心配すんな」

「冗談じゃねえ、幾ら可愛い弟でも肉だけは譲れねえなっ!」

「殴られたとこ痛むんだろ?無理すんなよ」

「食えるって言ってんだろ?」

「……俺も分厚くてデカくて美味い肉なんて初めてでさ」

「だよな、どんなのかすげえ楽しみだよな?」

「どんな味がするんだろうなあ?兄ちゃん?」

「っ!?お、まえ、それは、」

「兄ちゃん、俺、すごく楽しみだよ」

「ぐ……」

「お腹いっぱい食べてみたいなあ」


く……、何て、何て策士なんだっ!

頭を抱えて悩み始めた俺は、百入さんが戻って来た事にも気付かずに自分で全部食べてもいいか、それとも弟に半分……、三分の一……、いや、五分の一ぐらいは譲るべきかと悩み続けた。


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