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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱17歳 ―
25/28

其の陸

「お前、学校は?」

「……兄貴は毎日が夏休みだろうが、俺は昨日からやっと夏休みに入った所だ」


朝から病院にやってきた弟を見て何があったんだろうと思えば夏休みか。

そういや、また泊りで遊びに来るって言ってたのに俺が入院してるから駄目になっちまったなあ。


「そっか、夏休みか」

「ああ。ま、今日から泊まり込みで邪魔してやるからさ」

「……泊まってくれんのか?」

「元々夏休み中泊りに行く予定だったし。いいだろ、別に」

「うん、嬉しいよ。毎日毎日色んな検査してんだけど、暇な時間の方が多いんだ」


俺の検査が多い理由は、退治屋の人達が必要以上の検査を願い出たかららしい。

ついでだから健康診断を受けろとか、人間ドックに入っておけとか。アレルギーの検査もしておくかなんて言われた時には、もう勘弁して下さいと頭を下げた。


「……百入さんが、ここに泊まる事が出来るよう手配してくれたんだ」

「そっか。帰ったら礼を言わなきゃなあ」

「つうかあの人って、実は金持ちなのか?」

「まあ、そうだと思う。百入さんが養ってるの、俺を含めてすげえ数だしさ」


あの数の飯をちゃんと毎日三度三度用意できるんだ、すげえ事だと思う。


「まあ……、確かに扶養家族の数はすげえよな。大っぴらに出来ねえだろうけど」

「しても誰も本気で聞いてくれねえだけさ」


そう、あの梨葉さんのようにバカな事と一笑に付して終わりになる。


「お、菖蒲(しょうぶ)じゃねえか、早速来たんだな?」

「お久し振りです。今日からお世話になります」


去年の夏に退治屋に泊まりに来た弟は、早速百入さんから呼び名を付けられたんだが、最初は『あやめ』って付けて貰ったんだ。けど半泣きになって女みたいな名は嫌だと懇願し、呼び名がしょうぶに変わったんだ。


ああ、漢字が同じだもんなって思ったんだが、あやめとしょうぶは別物だっつって鈍色さんがわざわざ摘んで来てくれて実際に見せてくれた。

しょうぶには、葉菖蒲と花菖蒲があるんだぜ?何て、そんな事も教えて貰ってさ。

あ、俺がどうでも良い事に詳しいのって、鈍色さんのお蔭だな。


「病院に泊まる事なんてねえから、楽しんで行けよ?」

「はい。ありがとうございます」


百入さんにそう言って頭を下げる弟を見て、随分変わったなあって思ったよな。

去年はすげえ突っかかってたのにさ。


「萌葱。また検査してその結果次第で退院だそうだ」

「やっとですかっ!?あー、長かった……」

「……筋力がかなり落ちたと思う。だが、お前は若いから回復も早いだろうと」

「はい、それは、かなり実感してます」

「そうか」


少し、細くなってしまった俺の腕を軽く握った百入さんは、また悲しそうな顔して笑う。


「……桃葉が、お前に会いたいそうだ」

「ああ、はい、俺も会いたいと」

「お前馬鹿だろっ!?」


桃葉さんには、会って俺の事を別にして百入さんの事を考えてくれないかと、そう伝えたかった。けど、弟が急に怒りだして戸惑ってしまう。


「おい、何だよ急に」

「なんで……、何でそう、お人好しにも程があるだろっ!」

「え、俺お人好しか?」

「そうじゃなきゃなんだってんだよっ!普通は自分をそんな目に遭わせた奴、死ねばいいのにって思うだろう?兄貴は死ぬ所だったんだぞっ!」


あ、また兄貴って呼んだな。

そう言えば小さな頃から弟に兄ちゃんなんて呼ばれた事無かったなあ。お前とかテメエとか……、ああ、あれって父親の真似してたのか。


「……何笑ってんだこの大ボケ野郎がっ」

「あ、いや、ごめんて。何か、お前が俺の為に怒ってくれてんのかって思ったら、嬉しかったからさ」


途端に真っ赤な顔をして俺に散々悪態吐いて、飲みもん買って来るからなっ!と言って部屋を出て行くまで、俺と百入さんはニヤニヤしながら弟を眺めてしまった。


「……昔の萌葱を思い出すな?」

「え!?俺、あんなでしたか?」

「まあな。何つうか、何しても可愛らしく見えて、黒紅なんてすげえ喜んでいじってたよなあ」

「ああ……、いじられましたねえ」

「うん。萌葱があまりにも可愛くてな。つい黒紅の好きなようにさせちまったな」


子供の頃の俺はガリっと痩せ型だったから、雪姫と黒紅さんが一緒になってよくからかわれたよなあ。女の子の格好をさせられたのは割りと屈辱だったけど、まあ、楽しかったのも事実なんだよな。

ああ、女装が楽しかったんじゃなくて、そのノリって言うか、そう言うバカな事を全力でやってる事が楽しかったっつうか。


「……帰って来たら、きっと小梅がまたせっせと食わせて鍛えてくれるだろう」

「はい。最初からやり直すつもりで頑張りますよ」


百入さんはニカッと笑った後俺の肩をポンと軽く叩き、「その意気だ」と言ってくれた。

そして、弟が戻って来て百入さんと俺にオレンジジュースを寄越した後、桃葉さんの話しを始めた。


「孝樹、頼む、一緒に聞いて欲しいんだ」


何であの女の話しなんてと言った弟に真剣にそう言って頼んだら、弟はぶすっと不貞腐れながらも背もたれに背中を預け、静かに話しを促した。


「孝樹、先に俺の気持ちって言うか、思ってる事を伝えておく」

「……ああ」

「俺、桃葉さんの事はこの怪我とは無関係の人だと思ってる。勿論、梨葉さんのお姉さんだって事も判ってるし、そう言う辺りなら無関係じゃないって事も判ってる」


眉間に皺を寄せながら俺を睨むようにじっと見つつも、黙ってそのまま続きを促して来る。


「梨葉さんの事は……、はっきり言うと二度と関わり合いたくねえと思ってる。出来れば、あの人が存在するって事を忘れたいぐらいだ。そして、そのまま俺の人生に関わらずに終わって欲しいと願ってる」


ずっと、暇な時間が出来た時に考えてた事だ。


「けどな、そう思った理由はさ。自分が怪我させられたからじゃなくて……、百入さんに、俺の家族に危害を加えようとしたからだ」


皺を寄せていた眉間にさらにぎゅっと皺を寄せた弟が、百入さんへと視線を向けるので、つられるように俺も視線を動かせば、百入さんも弟と同じように眉間にぎゅっと皺を寄せていた。


「……萌葱は、それでいいのか?」

「いいって言うか、今の俺にはこれが精一杯です。後、謝罪はいりませんと伝えて下さい。謝られたら、今度は俺、許さなきゃいけないんだろうかって悩むし、謝ってるのに許してくれないって言われんのも嫌なんです」

「うん。それは判る」

「だから、桃葉さんに会って話したいのは、百入さんの事だけなんですよね。百入さんにはもう何度も言ってますけど、俺の事は別にして考えて欲しいんです。だって、桃葉さんがいなくなったら百入さん、二度とチャンスないかもしれないじゃないですか?」

「おい……、それが本音か?」

「だって、十回目ですよ、見合い?」

「百回も見合いすれば出会えるかもしれないだろう?」

「あの条件じゃ無理ですよ。お願いですから桃葉さん個人を見て下さい。俺、あの人百入さんと似合うかもって思ったんです」

「………………そうか?」

「そうです!あの有無を言わさず我を通す笑顔を見た時に」


俺のその言葉に固まった百入さんは、じっと俺を見て来た後こくりと頷いた。


「うん、そうだな。何か一つくらい良い事が欲しいよなあ?」

「はい。百入さんが結婚して、俺にも可能性があるって事を示して下さい」

「おっと。これは責任重大だな?」


そうして百入さんと笑い合った後、今度は弟と向き合う。


「孝樹、あの後ずっと心配してた」

「…………うん」

「大丈夫だったか?」


そう聞いたら、弟は椅子にぐったりと身を預けて天井を振り仰いで溜息を吐いた。


「元々、バラバラな家族だったんだ。別に、心配する事じゃねえよ」

「孝樹、バラバラって?」

「…………兄貴は、知らなくて当たり前だけど。母さんは何かあるとすぐに泣く人だろ?それで、俺が……、俺が、殴られてて」


泣きだした弟は、堰を切ったように語り出す。

俺を退治屋に預けた後、母親が退院して来た途端ほんの少しの間違いを論って母親が泣き、躾と言って父親に殴られていたと。


「……俺、進学で遠くへ行こうと思う」


結局、父親も母親も、子供を作るべき人間じゃなかったって事が解っただけだ。

胸糞悪い。


「百入さん、俺、アルバイトしてもいいですか?」

「雇おう」

「どっか近くで……、え?」

「折角だから萌葱にしか出来ない仕事を紹介してやる」

「まだ中学生ですけど、俺も雇って貰えませんか?」

「……いいだろう。それと、菖蒲の学校の成績を教えろや」

「え?成績?」

「ああ。遠方へ行こうって決めてんのなら、成績は良い方だと見たが?」


どうなんだ?と重ねて聞いた百入さんに、弟は右袖でぐいっと涙を拭った後真剣な顔して頷いた。


「俺はずっと、人の世と関わるのを避けて生きて来た。だから金を貰っても意味がねえって思ってたんだがな。投資って手もあるよな?」

「……けど、投資ってのは儲けを予測して金を出す事だって千歳が」

「アイツ、投資までしてんのかよ。驚きだな」


そう言って声を上げて笑った百入さんは、弟と真剣な話しがあるからって黒紅さんが来た途端に一緒に帰ってしまった。

孝樹……、兄ちゃんちょっと寂しい。


「随分良くなったみたいだね?」

「はい、お陰様で」


最初の頃は、動くな!何て言われてたけど、今は筋肉を戻す為にゆっくりでいいから動けと言われている。


「百入さんが、萌葱の弟に投資するんだって?」

「あー、何かそんな話しになってます。アイツ、そんなに成績良いのかなあ?」

「頑張ってるんじゃないかな?たぶんだけど」

「……どうしよう、負けてたらかっこ悪いですよね」

「おや、やる気になったかな?」

「なりました。つうかずっと勉強してないんで、全部忘れてる気がします」


俺、負けてる?なんて思ったら、急に焦りが出て来た。


「あー、早く退院してえ」

「明日検査して、その結果次第なんだろ?」

「はい、百入さんがそう言ってました」

「……ついでに頭が良くなる薬でも出して貰う?」

「あるんですか!?」

「ある訳ないじゃないか、相変わらず可愛いねえ、萌葱は」


くそ。

何でこう、黒紅さんは演技派なんだろう。


「そう言えば千歳がいないなんて珍しいね?」

「今日は鈴音さんとデートだそうです」

「鈴音さん?」

「はい、そう言ってましたよ?まったく、何であんな妖怪に騙されるんでしょうねえ?あれ?黒紅さん?」


眉間に皺を寄せてどこか遠くを見ていた黒紅さんが我に返り、鈴音さんの事を聞いて来た。


「えっと、確か鈴音さんはトイプードル?っていう犬を良く散歩させてる人でって、え、黒紅さんっ!?」

「ごめん、青藍か鈍色さんを寄越すからっ!」


病室から駆け出しながら黒紅さんが怒鳴り、そのままバタバタと走って行ってしまった。

あー。

これは、千歳が黒紅さんの思い人に手え出したって事かと理解し。


思わず笑ってしまいながら、黒紅さん頑張れとエールを送る。


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