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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱17歳 ―
20/28

其の壱

「うおおおおおおっ!後少し、後少しだったのにいいいいいっ!!!」


いつものように、誕生日に背丈を計ったら百六十九センチだった。

いや、ニョキニョキ伸びてるのはちゃんと自覚してたからさ、もしかしたら百七十センチ超えたかもしれねえって内心喜んでたんだよなあ。


「残念だったね、萌葱」

「……黒紅さんは、まだ身長伸びてますか」

「んー、まあ、一センチくらいは……?」

「あああああ、俺の成長期来いよちくしょうっ!」


蹲って悔しがる俺に、黒紅さんが笑う。


「まあでも、十二センチも伸びたんだ、新記録じゃないか」

「なんで十三センチ伸びなかった俺のバカッ!」


まあ、自在に身長を伸ばせるなんて、それこそ人間じゃなくなっちまうけどさあ。

そんでもやっぱ悔しいもんは悔しい。


「萌葱。何も背の高さで能力が決まる訳じゃねえんだ、気にするな」

「……百入(ももしお)さん、俺は背の高さも能力も欲しいです……」

「昔から言うだろう?二兎追う者は一兎も得ずってな」

「持って産まれた物を大切にしなきゃね」


百入さんと黒紅さんにそんな事を言われながら、やっぱりせめて百七十五センチは超えたいよなあと思った。


「そういや、萌葱は自分の器がデカくなった事、わかってるか?」

「…………え?」

「どうやら家族の事が枷になってたみてえだな?随分落ち着いて来てもいるようだし、良かったな?」

「え……、そうなんですか?」

「ああ。だが、色々教えるのは来年になってからだな」

「……はい。頑張ります」

「おう、頑張れ」


そうして、新しい教科書をどっさり渡され、さらにガックリと肩を落としながら部屋へと戻った。俺の部屋の中でチビ共がぐうすかと昼寝をしているのを眺めながら、そっと足音を立てないように歩きつつ机に向かう。

シンがくっ付いて来て、俺の隣に腰を下ろした。


「……シンは、あんまし大きくならないのか?」

「大きく?」

「ああ。ほら、チビ共がなんかデカくなって来てるだろ?」


俺がにょきにょきと伸び始めた頃、チビ共も何故か伸び始めたんだよな。

一斤なんてすげえ勢いで伸びて、今じゃ俺の胸元まで来てる。弥彦なんて肩の辺りに頭があるし、央太も一斤と同じぐらいまで成長した。

つうか妖怪って、伸び率高過ぎじゃねえの?


「そう言う事か。私は小さな身体でなければ動きづらくなってしまうからな」

「……ああ、そっか、そうだよなあ。デカくなったら猫じゃなくて虎になっちまうよな」

「虎……」

「うん、いや、いいんだ」


シンの頭を撫でながらそう言うと、気持ち良さげに目を細めた。

随分、俺に慣れてくれたなあと思うと凄く嬉しい。最初の頃は何かやっぱり、お互いに警戒しながらだったからなあ。


「萌葱、今日も頼む」

「ああ。仕方がない、やるか」


俺の勉強の時間にシンに文字を教えている。

教えてるって言っても、シンは平仮名は全部読み書きできるようになったから、今は小学生の漢字を覚えている最中だ。鈍色さんと黒紅さんが、小学生用のドリルを買って来てくれたお蔭で、俺でも教えやすい。


シンと二人、黙々と勉強をしていると窓から見える池がキラキラ輝いてた。


「……そういや、あの池っていつも水が綺麗だよな?」

「あそこは、三郎の父君が手入れされているようだ」

「ああ、三郎の父ちゃんか。って、河童ってそんな事も出来んのか?」

「ここへの出入りが許可されているから、その代わりにここの水は全て綺麗にしてくれているようだが」

「え、そうなのか?知らなかったな……」


河童ってのは、綺麗な水にしか生息してないって書いてあったけど、水を綺麗にする事も可能なんて書いてあったかな?

気になったので、妖怪の事が掛かれている本を取り出し、河童の項目を見るべく捲って行き。


「……河童は清水の中でしか生きられない」

「水の中で生きるなんて信じられないな」

「いや、お前はそうだろうけどさ」


シンが顰め面をしながら言うので思わず笑ってしまう。

相変わらず水が嫌いで、毎日風呂に入るのはやっぱり抵抗があるらしいが、ここで暮らして行く為に我慢して入っている。


「清水ってのは、そのまま飲んでも問題ない水って事か?」

「そうだろうと思うが」

「泥水を清水に変える事も可能って事か?」

「……極端ではあるが、そうだと思う。生きて行く為に必要な事なのだろうから」

「あー、そっか、生きて行く為か。だよなあ、うん、そうだよな」


俺の答えにシンが首を捻ったが、突っ込んで聞いては来なかった。

正直に言えば、俺、恥ずかしい事考えてたんだよ。河童がいれば、水を綺麗にして貰えるなら楽でいいなってさ。

利己的って言うんだったか、何か、手前勝手な事考えてた自分が恥ずかしいと思ったんだ。


……そう言う考え方が『恥ずかしい』事だとわかるようになったのは、チビ共のお蔭だったりする。


コイツらは、俺よっか小さいからチビ共なんて呼んでるけど、実は俺より年上なんだよな。

だから、色々と教えられたり諭されたりもする。

俺と一斤は、そうして遊びの中でもコイツラに教えて貰う事ばっかりだ。


「なあ、シン」

「どうした?」

「あのな……。俺、背が高くなりてえって思ってた……、いや、思ってるんだよ」

「ああ、そうだな、いつも言っているな?」


クツクツと喉の奥で笑いながら俺を見上げるシンに、ちっと舌打ちをして見せる。


「それと同時にさ、何か……、何て言ったらいいか……」

「……ああ」

「あー……。もっと大きくなりてえ」


そう言ってゴロリと転がり天井を仰ぐ。

ここに来てから随分成長したと思ってたけど、やっぱ俺、まだまだなんだなあ。


「萌葱」

「……んー?」

「皆がいつも言っているように、慌てずとも良いのではないのか?」

「うん……、解ってる。ありがとな」

「……ああ」


シンが言いたい事は解るつもりだ。

だからこそ余計に悔しい。

俺、もっと頑張ろう。


「さて。続きやるか」

「ああ」


そうしてチビ共が寝息を立てる中、シンと二人で勉強してた。

まあ要するに、全く変わらない毎日を送ってるって事なんだが。


「百入さんが、見合いっ!?」

「ああ。ちょっと行って来るから留守を頼むな?」

「え、今からですか!?」

「まあな。何か土産買って来るよ」

「は……、えっと、行ってらっしゃい?」

「ははは、行って来る」


そうして片手を上げてヒラヒラ降りながら、玄関から出て行く百入さんを見送った。


「………………見合いってなんだよおおおおおおおおっ!?」

「おや、聞いていなかったのかい?」

「何も聞いてねえよおおおっ、え、千歳は聞いてたのかよっ!?」

「残念、私も何も聞いていなかったよ」

「……本当だろうなあ?」


クツクツ笑う千歳を睨み上げながらも、何故か心がざわざわしてた。

いや、別に百入さんが見合いをしようが結婚しようがそれは良い事だと思うし、大歓迎だ。と思う。

自分でも良く解らない心のざわめきに気を取られ、一日中ぼんやりとして過ごしてしまった。


「んー、父親が取られるようなそんな感覚なのかなあ?」

「父親って。百入さん、そんな歳じゃねえだろ」

「でも、萌葱にとって百入は父親代わりだろう?」

「…………まあ、そうなんだけどさ」


風呂に入って千歳と並んで月を見上げながらそんな会話をする。

百入さんは今日は戻って来ないって連絡があったらしくて、雪姫の機嫌が悪かった。


「いきなり泊りとはね。百入もやるねえ」

「いやあ、お前とは違うだろ。それに、錫も一緒に行ったんだし」


弥彦が風呂の中で泳いでいるのを眺め、央太が顎まで湯に浸かって目を閉じているのを見て笑い、シンが眉間に皺を寄せて必死に三百数えているのを聞いて笑い。

随分静かに風呂に入れるようになったもんだと思いながら、湯に揺蕩う三郎を見て和んでた。


「百入が結婚するとなったら、どうなるんだろうね?」

「……さあな」


ここで一緒にって訳には行かないって事は理解出来るんだが。

そうなると仕事と言ってここに通う事になるんだろうか?

と言う事は、ここを留守にする事があるって事で……。


「なあ、千歳」

「なんだい?」

「この家は、百入さんがいなくても大丈夫なのか?」

「さあ?」

「……本当に知らないのか?」

「知らないねえ。私は元々、ここにいた訳ではないからねえ」

「あー、そういやそうだったな」


いっつもいるから忘れちまうけど、千歳は俺の事を狙ってるからここにいるんだった。

……訂正。

俺の神気を狙ってるからここにいるんだった。


「萌葱?どうしたの?のぼせてしまったのかい?」

「な、なんでもねえよっ!」

「だけど顔が赤い。もう出た方が良いんじゃないかな?」

「赤くねえよっ!でも出るっ!」


ザバッと音を立てて湯から立ち上がり、さっさと身体を拭いて脱衣所へと入れば、弥彦と央太とシンもくっ付いて来た。


「萌葱っ!まだ三百になってないぞっ!」

「なったよ。なあ、シン?」

「ああ、なった」

「嘘言ってんじゃねえっ!俺はちゃんと数えてたんだからなっ!」

「ちっ、バレたか。まあ偶にはこんな日があってもいいだろ?」

「何だよ、いつもちゃんと浸かれってうるせえくせにっ!」


そう言って俺の足を蹴ろうとした弥彦の足を避け、じっと見下ろせば負けじと睨み上げて来る。


「……ごめん、弥彦。けど俺、何か今日は入っていられなかったんだ」


そう言い訳した後もう一度ごめんと言って頭を下げた。

真っ直ぐなコイツラに、嘘で誤魔化そうとしちゃ駄目だって気付いたから。


「偶には、そう言う日があっても良いと思う」

「あ……、ぼ、僕も」


シンの言葉に央太が答えると、弥彦に全員の視線が集まり。


「……しょうがねえ、特別に許してやる」


少し、照れた顔をした弥彦が視線を逸らしながらそう言った事で、ほっとして息を吐いた。

コイツラは本当に、何時だって真っ直ぐだ。

飾りも偽りも無い、真っ直ぐな気持ちを見せてくれる。


それが心地良くて、凄く安心して。

俺はここにいても良いのだと、そう言ってくれている気がして。


「ありがとな、弥彦」

「と、特別だからなっ!あんまり無いんだからなっ!」


「判ってるよ」と笑いながら答えた後、誰が一番早く着替え終えるかの競争をし、誰が一番先に部屋に戻るかの競争をし。


「夜は静かにするもんだ」


廊下を走っていたら小梅さんに転がされ、全員廊下に正座させられ、順繰りに拳骨を貰った。ちくしょう……。


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