第二話 風呂に入る時は注意しろ
「おい千歳、ちったあ手伝えよ!」
「やだなあ、そんな重い物持ったら疲れちゃうじゃないか」
「嘘吐くんじゃねえ。いいからこっち持てよ」
「まったく、可愛げのない男になっちゃったよねえ」
「男に可愛げがあってどうすんだよ」
俺はあの妖怪共の中ですくすくと順調に成長し、今十五歳になって、身長も百五十五になった。ははは、どうだ、デカくなっただろう。って誰だ、小せえ言った奴!いいんだよ、これでもデカくなったんだから。まあ、デカくなってもこうして小梅さんの使い走りをしてるんだけどな。
身体が大きくなって力が着いて来たのは素直に嬉しかったんだが、これ幸いと、小梅さんに買い物に行くよう言い付けられる事が増えた。
勿論、それは構わないんだが、山の上に家がある為に荷物を持って上がるのは一苦労である。今までどうしてたんだろうって思って聞いたみたら、小梅さんは錫の方を見やったもんで、深く聞かない方がいいかと思ってさ。そっからは何も言わずに買い物に行くようにしてる。
大体、買い物に出るようになって初めて知ったんだけど、あの家、幽霊屋敷って扱いされてんじゃねえか。全然知らなかったぜ。
まあ俺、学校も通ってなかったからな、噂も何も仕入れ用が無かったんだけどさ。
ああ、学校に通ってねえのは本当の『特例』って奴だ。
何でも百入さんが御偉い人と仲が良いとか何とかでさ。その代わり、鈍色さんとか黒紅さんにビシビシ教えられたからなあ。学校行ってた方が良かったかもな。
まあお蔭でたぶん、俺の頭は良い方だと自負してるぜ。
俺が買い物に出るようになってから、意外な事にこうして千歳がくっ付いて来る事が多い。まあくっ付いて来ても傍にいる女性を口説いてたりする事が多くて、油断すると消えてたりするから目え離せねえんだけどさ。
「萌葱は、女性に興味は無いのかい?」
「あるに決まってんだろ?でも千歳みてえに所構わずサカってる方がおかしいだろ」
「やだなあ、人間ほどサカってないよ?」
「お前はAVの見過ぎだよ。あれは異常だからな?」
「そう?人間の本能がぎゅっと詰まってると思ってるんだけど?」
「そりゃそうだが、何時でも何処でもサカってると思うなって」
「でも耽る時期が一年中なんて、人間だけだよね」
「うるせえよ。そんだけ強い種なんだよ」
「ああ、そう言う捉え方なのか、なるほどなるほど」
まったく、女と見りゃ声掛けてる千歳に言われたくねえんだよ。
コイツ、何時でも何処でも色気振りまきやがって。だから変な男に目え付けられんだよ。
「お前、そろそろもげんじゃねえか?」
「やだなあ、そんな訳ないだろう?」
「え?お前知らねえの?百八回やるともげるんだってよ」
「…………そんな話しは聞いた事が無いよ?」
「そりゃ誰にも言えねえだろうが。でも実際もげた奴がいるそうだぜ?」
そう言うと、千歳は意外にも神妙な顔になって見せた。
ふうん、コイツでも騙される事あんのか。知らなかったぜ。
「もげるのか。じゃあもげる前にもっとやっておかないと」
「って違うだろっ!間違ってんだろ、それ!」
ちっ、何だよ、騙されたのかと思ったのに。やっぱ妖怪なだけはあんのか。
「仕方が無いなあ。萌葱のは初めての時にもげる呪いを掛けておくよ」
「本気で止めろっ!」
何か妖怪に言われると本当になりそうで嫌だ。
まあ、そんな風に騒ぎながら山道登って、やっと屋敷に辿り着いた。
「ただいまあ」
声を掛けると、屋敷の奥からだだだだだっと廊下を走ってくる音が聞こえ、ささーっと滑る音がすると、左側の廊下から滑りながら一斤が現れた。
「お帰り、萌葱!」
「おう、ただいま、一斤」
抱き着いて来るからその頭を撫でてやる。
一斤から遅れる事少し。ペタペタと走ってくる音がして、今度は三郎がやって来て飛び付いて来る。
「お帰り、萌葱」
「おう、ただいま、三郎」
「相変わらず萌葱は人気者だねえ」
「まあな」
千歳のからかいをさらっと流し、荷物を持って台所に行くと小梅さんが「ありがとよ」と言いながらテーブルの上に置いた荷物を出して冷蔵庫に入れて行った。
「何か手伝える事はありますか?」
「今の所は大丈夫だよ。どうもね」
「はい」
そうして台所を出て庭に降りて。
「ほら、土産だ」
着物の袂に隠しておいた飴を取り出して見せると、一斤たちがきゃあきゃあと騒いでる。まあ、小梅さんも解ってんだろうけど、これくらいなら文句は言われないからな。一斤と三郎の口の中に飴玉を放り込んでやったら、すごく嬉しそうに笑うんだ。
「美味しいねえ」
つってさ、自分が蕩けそうな顔すんだよ。
一斤の頭撫でて、三郎の皿をつるっと撫でてやった。
まあ、餌付けって言うんだけどな。
弥彦と央太にも飴玉上げた後、皆で庭の掃除をした。
そうして腹を空かして台所に行って夕飯の支度を手伝って、皆で腹いっぱいに夕飯食べて。
全員で風呂に入るんだが。
「なあ一斤」
「ん?」
「お前、そろそろ女風呂に入った方がいいんじゃねえか?」
そういや全く気にしてなかったけど、一斤て八歳になるんだよなあって気付いちまったんだよな。何時までも男と一緒に風呂に入るって、やっぱ駄目なんじゃねえの?って、やっと気付いたんだが。
一斤は人と妖の合いの子だからなのか、成長速度がゆっくりなんだ。身長は俺の太腿の辺りに頭が来るから、たぶん七十センチくらいだと思うし、大体三歳くらいの子と変わんねえ気がするんだよな。まあ、小っちゃいから何とも思ってなかったんだが、年齢的にはまずいよなって感じでさ。
「なんで?」
だけど一斤に、本当に普通に、不思議そうに聞き返されて答えに困ったぜ。
「あー、あのな?ほら、女と男って身体が違うだろ?」
「ん?」
「ほら、色々とよお」
「一斤、ちんちんねえだろ?」
「ば、馬鹿っ!そんな露骨に言うなよ!」
「うん……私ちんちんない」
「一斤、女がちんちんって言うな」
「え?じゃあ何て言うの?」
「え?あー、そりゃ……あれ、とか?」
そういや女ってなんて言ってんだろうなあ?
その内誰かに……千歳にでも聞いてみるか。
「まあいいや。取り敢えず百入さんにでも言っておくからよ、そうしたらちゃんと女風呂に入るんだぞ?」
「わかった」
頷いた一斤の頭を撫でて風呂に入る。
ここの風呂は露天風呂になってて、温泉宿みたいなそんな感じのデカい風呂でさ。
大勢がいっぺんに入れるようになってるから、こうしてチビ共も一緒に連れて来られて楽なんだが。
「おい、お前らもう酒盛り始めてんのかよっ!」
「当たり前だよ。陽が落ちたらそれが合図だからね」
千歳を始めとした妖怪共が、この風呂で酒を飲みながら入っているのが常である。
ここに住み着いてる妖怪共が風呂で酒を飲むのが楽しみとやらで、こうして毎晩飲んでいたりする。三郎の父ちゃんがその時間が大好きだとか言ってたなあ。
「あんまり騒ぐなよな?俺、八重婆に見られんのやだからな?」
「おや、萌葱は恥ずかしい物が付いているのかい?」
「うるせえよっ!見られて喜んでんのはお前らだけだろうがっ!」
「千歳さん、萌葱は『これからの男』ですから」
「ああ、そうだったね、萌葱は『これからの男』なんだったね」
そう言って妖怪共がどっと笑った。
くそ、皆で俺を馬鹿にしやがって。
これからの男ってのは、まだ退治屋としての仕事が出来ない俺をからかう妖怪共に、俺が言った言い訳なんだ。
知識もないし、術が使える訳でもねえって事で、そんな言い訳をしたわけだが。
言わなきゃ良かったぜ、畜生め。
「一斤、頭洗ってやるよ」
「うんっ!」
素直に頷いて俺の前に座り込む一斤の頭にお湯を掛けて洗って行く。
「弥彦、次はテメエだ」
「ふ、ふざけんなっ!俺はちゃんと自分で洗えるんだっつうのっ!」
「いいから身体洗って待ってろ」
「やだよっ!お前が洗うと痛いから嫌だ」
「ぐずぐず言ってんじゃねえぞこら?汚れてんのは見りゃわかんだからな?」
「ぐ……くそう、萌葱のいけずっ!!!」
弥彦の叫びに一瞬風呂場が静まり、そうしてどっと笑いが起こる。
何だよ、いけずってさ。誰に教わったんだよ。
「いいねえ、弥彦、素晴らしいよ」
「ああ、良かった良かった」
「やだねえ、萌葱は確かに『いけず』だねえ」
皆で笑った後、一斤に頭からお湯掛けて泡を流してから、今度はちゃんと身体を洗うように言い付けた。三郎と二人で、真剣な顔で洗い始めるのが笑える。
「弥彦ー?待たせたな?」
「待ってねえよっ!」
逃げようとする弥彦をさっと捕まえて頭からじゃばじゃばとお湯を掛けてやった。
「くそー……いつか見てろよ、こんちきしょうめ」
「はいはい。そう言うのは自分でちゃんと頭洗えるようになってから言えよ」
「うるせえ」
「なあ、弥彦」
「なんだよっ!」
「お前、いつから洗ってねえんだ?」
弥彦の頭から茶色の泡が出て来てさ。なんだこりゃって思うよな?
「テメエ、また蚤が発生して、部屋ん中大変な事になんだろうがっ!ふざけんなっ!」
「うるせえっ!皆で喰われりゃ痒いのもお揃いでいいじゃねえかっ!」
「嬉しくねえんだよっ!」
泡の付いている頭をばしっと思い切り叩いた後、これでもかってくらいに力入れて洗ってやった。そうなんだよな、結局弥彦の頭っていっつもこうなるから『痛い』っつって中々洗わせて貰えなくなるんだよな。
あれだ、悪循環って奴だな。
弥彦の頭を洗い終え、今度は自分の頭や体を洗って行く。
そうしてやっと湯船に浸かると、弥彦と一斤が湯の中に潜っては『ぷはっ』と言いながら顔を出してケタケタと笑っていた。
なんだ?何かあったか?と思いながら湯に目を凝らしたが、よくわかんなかった。
まあ、仲良く遊んでるならいいんだけどよ。
三郎は湯船の中を浮かんで漂ってるし、央太はあんまり風呂が好きじゃねえとか言うから、尻尾捕まえて浸からせてた。
まあ、いつもの事だ。
そうして、ぷはっと出て来た弥彦と一斤がまたケタケタ笑うもんで聞いてみたのさ。
「なあ、何がそんなに面白いんだ?」
「あのな、風呂の中でな?」
「ああ」
「皆のちんちんがふよふよしてんだ」
そう言って腹を抱えて笑い出した二人に「何を見てんだ何をっ!」って怒鳴ってさ。
「弥彦、テメエ一斤になんて物見せやがるっ!」
「まあまあ、いいじゃないか萌葱。いつかは見る物なんだし」
「何言ってんだこのエロ妖怪めっ!大切な男のだけ見てりゃいいんだよっ!」
「おやおや、比べられるのが恥ずかしいのかい?」
「違うだろっ!そうじゃねえだろうっ!?」
「あはははははは、やっぱり千歳の一番大きいーっ!」
そう言って弥彦がまた腹を抱えて笑い出した。
いや、いきり立ったついでに立ち上がった俺も悪いけどよ。それに付き合って立ち上がった千歳はただ単に見せたがりなだけだからな?俺は違うからな?
「弥彦、テメエぶっ飛ばすっ!」
手近に置いてあった桶を持って投げると、スコーンと良い音を立てて弥彦の頭にぶつかった。おっしゃ、一人撃沈したぜ。
「千歳、テメエもちょっとは隠せこの野郎っ!」
「やだなあ、負けたからってそんな事言わなくてもいいじゃないか」
「違うだろ、恥じらいを持てって言ってんだよっ!」
そう言いながら千歳に向かって桶を投げたら千歳はあっさりと躱して、後ろにいた青坊主の藤次の頭に当たった。あ、やべえ。
「悪い、藤次。大丈夫か?」
慌ててそう聞くと、藤次がふふふと笑って見せた後、手近にあった桶を投げまくり始めた。
「うお、おい止めろ藤次っ!」
「おらあ、ざけんなこらあっ!」
「いって、誰だこの野郎っ!」
って感じで、風呂の中はすげえ事になっちまってさ。
全員が立ち上がって桶の投げ合いに発展したんだが、いきなりびしゃあああああっとホースで水掛けられてさ。
「おいおいおいおい、あんたら、このあたしによっぽど立派な物を見せたいんだねえ?」
騒ぎになった風呂に、川女郎の八重婆が突撃して来て水を掛けられた俺達は、結局余す所なく八重婆に観察されて。八重婆は満足そうに『にたあっ』と笑った後出て行った。
くそ、また今日もこんな屈辱を……。