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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱16歳 ―
19/28

 番外編―千歳

萌葱はおっとりしてるように見えるけれど、実は物凄い頑固だねえ。

元々は勝ち気な性格だったみたいだし、ここに来たばかりの頃とは随分と表情も違って来たし、随分遠慮も無くなったと思う。


「千歳、そうやってニヤニヤしながら俺の事見るなって言ってんだろうがっ!」


妖怪が好きだとか家族だと思ってるなんて言うけれど、萌葱はちゃんと線引きしてる。

自分が人だと、きちんと理解しているからだと思うと、少し寂しくもあり、頼もしくもあるって所かな?


「萌葱はそうやってすぐに悪い方へとる」

「……違うってのか?」

「いや?今日はやけに萌葱の美味そうな香りがするなあと」

「やっぱりかっ!この変態妖怪めっ!」


風に乗って鼻に届くこの香りは、萌葱の神気の香りだ。この私が間違える訳がない。

香りだけで酔いそうになるくらいの、極上の美酒。


「萌葱って、そう言いながら逃げた事無いよね?」

「あ?だって逃げたって意味ねえだろうが」


クスクスと笑いながらそう言えば、むすっとしながら言い返して来る。

随分と気安くなってくれた物だ。


「まあ、逃がす気なんてないけれどね」


にこりと微笑みながらそう言えば、萌葱は心底嫌そうな顔をして私を見て来る。


「あのな、もうちょっと言葉を選んでくれよ。女口説いてるならまだしも、俺相手に何言ってんだって感じだろ?」

「やだなあ、私が萌葱を口説いているように聞こえているのかい?」

「逃がす気がねえとか口説いてる台詞だろうが」

「……そうか。じゃあ私は萌葱を口説いているのかもしれないねえ」


二人で縁台に座って月を見上げながら、その月明かりに照らされた萌葱の顔が物凄い嫌悪の表情に彩られる。


「だからそれ止めろって」


ふるりと震えながらそう言った萌葱に、再びクスクスと笑ってしまった。


本気で嫌なら香りを嗅ぐのは止めろと言えばいいのに、それは一度も口にしない。

藤次が聞いた事によれば、萌葱は『自分が強くなれば済む事だから』と言っていたと言う。

本当に、何て真っ直ぐで綺麗なんだろうと思うねえ。まあだからこそ、これだけ惹かれる香りがするのだろうねえ。


「なあ、千歳」

「なんだい?」

「あのな?……あー、答えたくなきゃ別にいいんだけどよ」


何となく、言い淀んでいる萌葱が何を聞きたいのかは理解しているつもりだった。


「千歳はさ、百入さんに縛られてる訳じゃねえんだろ?」

「そうだね、私は錫や雪姫とは違うね?」

「……なら、なんでここにいるんだ?あ、いや、ここにいるのが悪いってんじゃないからな?いたけりゃいればいいって思ってるし、それが悪いって訳じゃないからな?」


懸命に私に気を使いながら聞いて来る萌葱がおかしくて、愛おしいと思う。


「そうだね……ここにいるのは、萌葱がいるからだねえ」

「やっぱ俺か。あれだろ?神気の香りがどうとかって奴だよな?」


はははと笑いながら言う萌葱に、笑い返す。


「まあね、最初はそうだったね。機会があれば喰らおうと思ってたし」

「やっぱ食うのが目的か。だと思ってたよ」

「……でも、今は……」


ざあっと吹き抜けた風に言葉を切った。


言葉が途切れたまま、萌葱と見詰め合ってしまった。

初めて見た時は、やけに小さくてそれでいて不安定な大きな器を持った人の子だった。

最初の頃はこんなに良い香りもしなかったし、私を見ては怯えて泣きそうな顔をしていたと言うのに。


「……もっと、美味しくならないかなあって」

「やっぱりかっ!太らせて食うみたいな感じだよな、お前らってさ」


茶化した言葉は、そのまま萌葱に肯定されてしまったけれど。

そうだね、私自身、どうしてここにいるのかもわかっていないし、何故萌葱にこれだけ惹かれているのかもわかっていないからねえ。


「あ、そういやさ、この間お夕さんが来たじゃんか?」

「ああ、来たねえ?」

「そん時にさ、今度店に遊びにおいでって誘ってくれたんだ。千歳と一緒なら行ってもいいかな?」

「……どうして私なのかな?」

「だって、千歳なら慣れてるだろ?」


きょとんとした顔でさも当然のようにそう言われれば、ほんの少しだけガックリと気落ちしてしまったのは何故なのか。


「萌葱、私は別に女性を口説きまくっていたりする訳じゃ」

「はいはい。それでさ、千歳から百入さんに頼んでくれないかなって思ってんだよ」


言葉を遮って萌葱がそう言って来る。

照れているのか、ほんの少し頬を赤らめて頼んで来る萌葱は、小さな頃とあまり変わらない顔をしていた。


「私から百入に頼めって事かな?」

「頼む!いっぺんでいいからそう言う店に行ってみてえ。社会見学って事で!」


両手を合わせて私に向かって頭を下げる萌葱を見ながら、くすりと笑ってしまった。


「仕方が無いね。百入には私から言ってあげるよ」

「かたじけないっ!」


そう言ってはははと笑った萌葱に、私も笑い返した。



◆◇◆◇◆◇



「えー?萌葱君って言うんだあ。可愛いっ」

「は、あの、」


ぎくしゃくとした動きと、始終真っ赤になっている顔がおかしくて、お夕と二人でニヤ付きながら萌葱を眺めてた。


「いやあ、可愛らしいねえ」

「そうだねえ、萌葱は本当に可愛いねえ」


お夕の言葉に同意すれば、お夕は私を睨み付けて来る。


「千歳さんのせいで穢れたりしないだろうね?」

「やだなあ、そんな訳ないだろう?」


お夕に笑顔を向けながらそう答えたってのに、お夕はビクッと震えて少し顔を青褪めさせた。おっと、ちょっと妖気が漏れちゃったかな?


「まあ安心してよ。萌葱は私の特別なんだからね」


萌葱の照れまくっている姿を記憶させるべく、再び視線を戻しながらそう伝えれば、お夕は隣でほっと小さく息を漏らしていた。

クスクスと笑ってしまったけれど、まあ、私の妖気を浴びても平気でいられるのは数えるくらいしかいないのは、自分で良く分かっているつもりだ。


萌葱はまだ未成年だから酒では無くジュースを飲んでいるんだけれど、ただコップを持ち上げるだけのその仕草までロボットみたいで凄く笑える。

これは皆に見せてやろうと、スマホを取り出して撮影してた。


ギクシャクと動き、真っ赤な顔で組まれた腕を除けようとする萌葱。

おっぱいで腕を挟まれ、ジュースを吹き出してしまった萌葱。

股間がヤバい事になって立てなくなった萌葱。


ふふふ、私の萌葱コレクションも随分と充実した気がするねえ。


「ち、千歳」

「うん?なんだい、萌葱?」


今じゃ両手に花どころか、腿の上や背中にまで侍っている女達に、萌葱が困り果てていた。

助けろと目で訴えて来ている。


「仕方が無いねえ」


仕方が無いのでその情けない顔の萌葱の写真を撮った後、女達へと顔を向けた。

それだけで女達がいなくなったのは、お夕の躾がいいからかな?


「千歳さん、脅さないで下さいよ?」

「やだなあ、脅してないよ?」


女がいなくなった隙を見計らったかのように、私の隣へと移動してきた萌葱の頭を撫でてやった。


「女って怖い……」


まあ、妖怪と言うのは本能の赴くままに生きている所があるから、萌葱に近寄れば喰らい付きたくなるのは仕方が無いんだけれどね。面白いから黙っていよう。


「萌葱、満足したかい?」


笑いながらそう聞けば、ただ黙ってコクコクと頷いて返して来た。

まだ少し早かったみたいだけれど、これもまた勉強の一つだからねえ。


「お夕、また来るよ」

「お待ちしてますよ。萌葱君、また来てね?」

「は、い、あの、ありがとうございました」

「こちらこそ」


妖怪相手に礼を言うなんて、やっぱり萌葱は変わってるねえ。

店から出て夜気を浴びれば、ふるりと震えた萌葱に「寒いのかい?」と聞くと、違うと言う。


「俺、女の人が怖いと思ったのは初めてだぜ」


そう言って少し落ち込んでいた。


「……その割に、股間は元気だったみたいだけどね?」

「う、うるせえっ!若い証拠だろうがっ!」

「そうだねえ、萌葱は若いよねえ」


そう言ってからかうと、萌葱は再び顔を赤く染めて睨んで来た。


「何でそう千歳は余裕なんだよ」

「んー、慣れ、かなあ?」


萌葱のその必死な様子がどうにもおかしくて、笑いながら答える。


「あーっ!ちくしょうっ!」


夜空に向かって萌葱が吠えた。


「いつか見てろよっ!俺だってっ!!!」


ああ、こんなに良い瞬間を撮影できなかったなんて、私の生涯唯一の汚点になりそうだ。

残念だなあ。


「千歳っ!」

「なんだい?」

「いいか、俺は絶対お前を超えてやるからなっ!」


私に指を突き付けてそう宣言して来る萌葱に、クスクスと笑ってしまう。


「ああ、待っているよ」


そんな日が来ればいいと思うし、まだ来ないで欲しいとも思う。

だけど、そんな私を見た萌葱は自分の頭をガシガシと掻き毟った後、ちくしょうっ!ともう一度叫んで走り出した。


「萌葱、迷子になってしまうよ!?」


そう叫べば、真っ直ぐに走って行った萌葱は、ある程度まで走って行くとくるりと振り返って走って戻って来た。


「おし。帰るぞ、千歳」

「……はいはい」


クスクスと笑いながら萌葱と歩き出す。

どうして萌葱に惹かれてしまうのか、何となくわかった気がするけれど。


それはやっぱり、内緒にしておいた方が良さそうだね。


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