第十八話 六年振り
シンが仲間に入ってから一月も経てば、チビ共もシンがいるのが当たり前みたいになっててさ。シンが良く笑うようになったのは、何か嬉しかったな。
「萌葱、家族から手紙が来てる」
百入さんに呼ばれてそう言われたのは、そんな頃だった。
何で今更って思いながら手紙を受け取ったんだけど、開けて読む気になれなくてさ。
どうしたもんかなあと思いながら、ずっと文机の引き出しにしまったまんまになってたんだ。
ずっと色んな事考えたり悩んだりしながら、やっと手紙を開けたのは受け取ってから十日経ってからだった。
チビ共が昼寝してる最中にごそごそと引っ張り出して読んでみたら、母親からでさ。
入院してる最中に俺を勝手に預けた詫びと、どこに預けたのか教えて貰えなかったって事が書かれてた。何で今更手紙が来たのかってのは、ばあさんが死んだもんで、やっと俺の居場所を教えて貰えたって。
会いたいって、そう書かれてた。
……俺、母親を思い浮かべる時ってさ、泣いてる姿なんだよな。
笑った顔なんてそういや見た事ねえかもしれねえって思うんだ。
そんな俺がさ、会いに行ってもいいんだろうかって思うし、ホント、今更なんだよなあ。
正直、どうしたらいいのかわかんなくてさ。
結局文机の引き出しに戻して、返事も書かずに放っておいた。
勿論、悩みはしたけど結局答えは出なくてさ。何つうか、ホント、今更何言ってんだよって思っちまったっつうか。
『許して下さい』って書かれてたけど、そりゃ俺の方だと思うしな。
結局、どうしたらいいのかわかんなくてさ。
夜になって思い切り走り回った後、縁台に座ってぼうっとしてたら千歳が来て、二人でぼうっとしながら月を眺めてた。
こんな時だけど、千歳が何でモテるのか理解できた気がしてムカつく。
「なあ、千歳」
「なんだい?」
「妖気、放ってみろ」
「いいよ」
あっさりと承諾した千歳は、にんまりと笑いながら妖気を放ってくれた。
一瞬にして闇に閉ざされ、捕らわれた気分になって焦る。
闇の中で、金色の千歳の瞳だけが良く見えた。
「……絶対負けねえよ、ちくしょうっ!」
声を出して闇を払い、そうして金色の瞳と睨み合う。
俺、きっと千歳に認められたいんだなって、こん時初めて思ったっつうか、気が付いた。
くそ。
「……強く、なったよね」
「うるせえよ。俺はまだまだ成長するし、お前より強くなれるんだ」
「そうだね……そう思うよ」
にっこりと笑う千歳が憎らしい。
千歳の眼はもう、綺麗な翡翠色に戻っててさ。
本当に余裕かましやがってと、更にムカつく。
「風呂、入るぞ」
「付き合うよ」
クスクスと笑いながらそう言う千歳を睨みながら、腕を叩けば「酷いな」なんて言われたが、どうせ痛くもねえくせにとふんっと鼻息を荒くした。
風呂の中で月を見上げながらゆっくりと身を浸し、部屋に戻って返事を書いた。
たぶん、ちゃんと話しをしなきゃ駄目だって思ったんだ、俺。
今の俺を理解してもらいたいって思ったし、受け入れて欲しいって思ったんだ。
返事を出したら、あっという間に会いに行く日が決まってさ。
百入さんと一緒に行く事が決まったんだ。
皆が、玄関で見送ってくれたのはちょっと笑えた。
そうして、俺は六年振りに自宅に戻った訳だ。
俺を見た母親が、眼に涙溜めた後ぎゅっと抱き着いて来たのは、さすがにどうしたらいいのか悩んじまった。
「息子さんを預かっている、百入と申します」
中に入って百入さんと並んで座ってさ。まずは挨拶とばかりに百入さんがそう言うのを聞きながら、何か色々と変わったリビングの中を眺めてた。
弟が俺を睨んでたが、まあアイツはアイツで色々と苦労しただろうからな、仕方がねえさ。
母親と百入さんは挨拶を交わした後、百入さんが立ち上がって「連絡しろよ?」と言って出て行った。
何か、置いて行かれた気分になるのはどうしてなんだろうな?
「大きく、なったわね」
母親がそう言ってまた涙目になってさ。
やっぱり俺は泣かせるのかって思うと、会いに来なかった方が良かったかもしれねえって思う。
「なあ、お前何で生きてんの?」
「孝樹っ!」
「うるせえっ!俺は、コイツのせいで酷い目にあったんだっ!」
弟がそう言って俺を睨んで来るのを、真っ直ぐに受け止めた。
「……ごめんな?」
確かに、俺が普通じゃなかったから弟はそのせいで虐められてた。
何で人ってのは、誰かを虐めるんだろう。
「和樹が悪いんじゃないのよ、お母さんが悪いの」
「違うだろっ!もういい加減にしてくれよっ!」
弟はそう言いながら、凄く悲しそうな顔をして母親を見てた。
確かに、もういい加減きちんとしなきゃ駄目だと思う。
「俺の話しを、聞いて下さい。お願いします」
そう言って頭を下げたら、母親が勿論よと答え、弟は怒りながらもそれでも黙って俺に視線を寄越して来る。
正直、信じて貰えるとは思ってないけど、それでもこれが俺なんだと話しを始めれば、弟は鼻を鳴らし、母親はただ黙って話を聞いてくれてた。
人とは違うものが見えている事、声が聞こえる事、それが妖怪である事。
今、俺は妖怪の世界で生活をしている事。
それを、認めて欲しいと思っていると伝える。
「……和樹、貴方が嘘を言っているとは思わない。思わないけれど……」
「ちゃんと言ってやれよ。妖怪だのなんだの、いい加減にしろって」
「孝樹、貴方こそいい加減にしなさいっ!」
「何でだよっ、預けたら余計酷くなってんじゃねえかっ!」
睨み合う母親と弟を見て、やっぱり信じて貰えないかと思うと悲しくなってくる。
「ねえ、和樹。ここに戻って来る気はない?」
何か、泣きたくなって来た。
やっぱり俺、駄目だ。何で信じてくれないんだ。
「ありません」
必死で声出して拒否したら、また母親が泣きそうな顔をしてさ。
そう言うの、見てるだけで辛いよ。
「……和樹……」
止めてくれ、頼む、止めてくれっ!
何でわかってくれない。何で、わかろうともしてくれない。
だって見えるんだ、聞こえるんだよ。俺にはちゃんと、アイツらが生きてるのがわかるんだ。だって、アイツらだって笑うし怒るし、悲しむ事も出来るのに。
呼び鈴の音が鳴ったのは丁度この時で、そのタイミングの良さにたぶん百入さんだと当たりを付けると、やっぱり百入さんだった。
「そろそろ、帰ろうか」
「……はい」
元々直ぐに帰るつもりだったから、荷物なんて持って来てなかったし、そのままお辞儀して家を出ようとしたら、百入さんがとんでもねえ事言い出した。
「息子さんの言う事が信用できないならば、一度家に来てみてはいかがです?」
何言っちゃってんだよと思いながら見上げれば、百入さんはにっと笑いながら俺を見下ろして来る。
「何事も、一目瞭然って言うだろ?」
「……いや、でも」
「大丈夫。まあ約束として『萌葱』って呼ぶのを忘れないでくれれば大丈夫だろう」
「あの、でもですね」
「そういや丁度ゴールデンウィークだし、どうです?」
百入さんの言葉をぽかんとした顔で聞いてた母親と弟が顔を見合わせ、そうして百入さんをもう一度見てくる。
「弟君は来たらすぐに逃げ出すだろうね」
クスクスと笑いながらそう言われた弟が、ムッとした顔をした後。
「行ってやるよ。そうすりゃ嘘だってわかるんだろう?」
何て言って乗って来た。
「いや、止めた方が良いって、本当に」
「うるせえよ。テメエが嘘吐いてるってバレルのが怖いんだろ」
「違うって。絶対ヤバイから言ってんだよ」
「何がヤバいって?ああ、妖怪がいるってか?いる訳ねえだろうが、バカが」
「いるんだよっ!だから」
「うるせえっ!テメエが嘘付きだって証明してやるっ!」
「ははは、歓迎するよ、弟君。あちらに行ったらお兄ちゃんの事は萌葱って呼んで欲しいな」
「馬鹿って呼ぶからいい」
「そうかい。本名は決して言ってはいけないよ?」
「はいはい。ったく、嘘付きの集団ってのは凝ってるんだな」
「お前、俺の事ならともかく、百入さんまで馬鹿にするのはよせ」
そう言ったけど、弟は鼻で笑った後、本当にくっ付いて来た。
本気かよと思いながらも、心配になってあれこれと注意してやってたら「うるせえ」と一言言われて睨まれてさ。
面倒になってもういいやって思っちまった。
車に揺られて戻ってみれば、玄関で出迎えてくれたチビ共を見た弟が「ひっ」と短く悲鳴を上げ、逃げようとしたのを百入さんに捕まえられて折角だから飯を食べて行けと連れて行かれるのを見送った。
まあ、これも勉強だと思え。
そうして夕飯の時間になれば、既に怯えきった弟が俺に助けろと視線で言って来たが、親指を立ててにかっと笑ってやった。
百入さん、天狗の姿の錫、雪女の姿の雪姫に囲まれた弟は、生意気を言う度に雪姫に冷たい息を吹きかけられ、天狗の錫にバシバシと叩かれ。
「折角だから泊まって行け」と言われ、俺と一緒に風呂に入った弟が、風呂の中で酒を飲んでいた妖怪共にもみくちゃにされながら、必死で俺の所に逃げて来た。
「これが萌葱の弟ねえ」
「手え出すなよ?」
「出さないよ。不味そうだし」
「そこで区別すんなよ。不味そうってなんだよ」
千歳がじっと見れば弟は俺の陰に隠れて逃げようとしてた。
まあ、一応信じて貰えたみたいだなあと思う。
「お前如きが萌葱の弟とはね」
「千歳、弟を馬鹿にすんな」
どうやら俺の弟は神気が弱いらしいってのはわかったけどさ。不味そうってのはおかしいだろ。
「……お前、本当にここで暮らしてんのかよ」
「ああ。楽しいだろ」
風呂から出てチビ共が寝た後、二人で外に出てさ。
縁台に座って月を見上げながら弟と話しをしたんだ。
「あれが、見えてたのか?」
「ああ……まあ、な」
黙り込んだ弟へ顔を向ければ、気まずげに顔を逸らすからさ。
「ごめんな?お前、俺のせいで色々言われてたもんな」
やっと、弟に謝る事が出来た。
ずっと、謝りたかったんだ、俺。
「なあ……夏休みに、遊びに来てもいいか?」
「んー、百入さんに聞いてみるよ」
弟は次の日、「またな」と言って帰って行った。
何となくだけど、アイツもここが気に入ったのかもしれないと思ったら、何だか嬉しくなる。少しだけでもいい、理解しようとしてくれるのは嬉しい。
「萌葱、もう大丈夫か?」
三郎がそう言いながら俺を見上げて来たもんで、ああ、心配掛けてたのかってやっとわかってさ。
「ごめんな、心配掛けて。もう大丈夫だ」
「そうか」
にっと笑いながら答えれば、三郎も笑いながら答えてくれた。
きっと、これからは良い方へ行くと思う。
そう願ってる。
「さて。仕事するぞっ!」
「おうっ!」
そうしていつもの日常へと戻って行った。
宣言通り、夏休みに泊まりで遊びに来た弟と、様子を見に来た両親が妖怪共の大歓迎を受けて目を白黒させてたのは、まあ、色んな意味で面白かった。




