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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱16歳 ―
16/28

第十六話 シンの選択

翌朝、どうやら夜中に何度か起き上がって飯を食べたらしく、猫又の飯は綺麗に無くなってた。また水と飯を置いておこうと思い、瞼を閉じたままの猫又にそう伝えてから部屋を出る。いつものように朝飯を食べた後、猫又の飯を持って行って傍に置き、家の手伝いを済ませたら様子を見に来ると言い残して再び部屋を出た。


どうやらまだいてくれるらしい。

怪我が治ったら、身体を撫でさせてもらえないかなあと思いながら午前中の仕事を終え、昼飯の片付けを終わらせえ部屋に戻って、猫又がまだいてくれる事に安堵した。

何か喋る訳でもねえし、ただそこにいるだけなんだけどさ。

それでも、情ってのは沸いちまうらしい。


まあいい、これも縁を結んだって事なんだと思う。


猫又が起き上がれるようになったのは、手当てしてから五日後の事だった。

深い傷って訳じゃなかったんだが、どうやら妖気を消失してたみたいでかなり衰弱してたらしい。


「痛むならまだ無理するなよ?」


左前脚の、肉球の所にあった怪我はまだ痛いんじゃねえかと思うんだよな。

額の所の一文字にあった傷もまだ治り掛けだしさ。妖怪ってのは妖気で怪我を治す事も出来るって、弥彦が教えてくれたんだ。

だから、猫又はその怪我を治すだけの妖気さえない状態であったって事だ。


黒紅さんが教えてくれたんだけど、怪我して衰弱してる所に来て百入さんの神気の壁を抜けたから、余計に妖気が無くなったんだろうって事だった。


神気の壁ってのを聞いた事が無かったから、それは何だと問えば黒紅さんが教えてくれた。


要するに、この屋敷は百入さんの神気で作られた箱に入ってるみたいなもんだと思えばいいらしい。そうして妖怪の世界で漂っているのだと言われた。

漂ってるって何ですかと更に問えば、そうとしか言えないんだよねえと笑いながら言われたが、結局明確な事は見なきゃわからねえって事だったから、ちゃんと外に出られるようになったら見てみたいと思う。


猫又は、相変わらずあんまり喋らない。


だけど俺達に対する警戒は解いてくれたみたいで、飯も食うようになったし、身体撫でても睨んだりする事も無くなってた。

チビ共も猫又に対する警戒は最小限にしたらしく、互いに微妙な距離ではあるけど最初の頃よりは近くにいる気がする。


「なあ、お前、何て名前だ?」


水を舐めていた猫又に声掛けたけど、答えが返って来るとは思ってなかったっつうか。

他に話し掛ける言葉を思い付かなかっただけっつうか。


「……シンだ」


答えが返って来てビックリしたのは悪かったと思ってる。

でも、睨む事ねえだろう。


「答えてくれると思ってなかったんだよ。悪かった。俺は萌葱だ」

「知ってる。皆がお前をそう呼ぶのを聞いていた」

「あー、うん、それもそうだな」


やっと、互いに自己紹介が出来たのは、猫又が俺の部屋にいるようになってから、十三日目の事だった。


「シンってのは、お前の飼い主が付けてくれた名か?」

「……ああ」

「そっか。何となく、人の名だなあと思ったんだよ」


まあ、ここにいる妖怪共は皆、人の名を持っているんだけどな。

そういやあれ、誰が付けたんだろう?


今、部屋ん中にはチビ共が昼寝をしてる寝息が響いてて、俺とシンだけが会話をしている。一斤がゴロゴロと転がるもんで、アイツが寝た時は俺の文机の上にシンの飯と水を置いてたから、俺が勉強してる所に来て食い始めたのをじっと見てたんだ。


猫又っても、猫と食い方変わんねえし大きさもちょっと大き目ってくらいだ。


「なあ、お前、行くとこあんのか?」


ほんの一瞬、シンの動きが止まったけどそのまままた飯を食べ始めてさ。想像通り、答えは返って来なかった。


「百入さんがさ、ここにいてもいいって言ってくれたんだ。良かったらここで一緒に暮らさないか?」


そう言ったら、シンはまた動きを止めたけど、何も言わずに飯を食べてさ。満足したのか顔上げてペロリと口の周りを舐めた後、俺の顔をじっと見て来た。


「……腹は一杯になったか?」


白地に黒いぶちのシンは、すいっと目を細めて俺を見る。


「お前、何でそこまでするんだ?」

「……だって、一人ぼっちって寂しいだろ?」


そう言いながらそっと右手を伸ばして、シンの顔へと近付けてみたら、シンは眼を閉じて受け入れてくれたので、何か嬉しくなって髭の辺りを撫でた。

おおお、俺、初めて猫撫でた!


滑らかな手触りは、何かこう、気持ち良いって言うか癖になるって言うか。

何度も何度も撫でていたら、ふいっと離されてしまう。

ちっ。


「気が済むまででもいい。一緒に暮らそうぜ」


もう一度そう言ったけど、シンは何も答えずに俺をじっと見た後、文机から降りて座布団に丸まってしまった。ほんの少しだけど、仲良くなれた気がして嬉しかったな。

チビ共の寝息を聞きながら、鈍色さんに出された宿題を終わらせるべく、教科書や参考書を捲りながら頭を掻きむしり。

そうして時間が来て夕飯の手伝いに入る。


いつものように騒がしい夕飯の後、風呂に入ってふいーっと息を吐き出してさ。


「萌葱、猫又の具合はどうだい?」

「だいぶ良くなったぜ?」

「そう、それは良かったね」


手に持ったお猪口を傾けながら、千歳がそう言って来る。

何だかその言葉がどうにも引っ掛かった俺は、何となく千歳を睨み付けてさ。


「なんだよ、何かあんのか?」


と聞いてみれば、「失礼だねえ」なんて返って来る。

何だろうな、やっぱ千歳だけはいつまでたっても信用できねえっつうか。


「手え出すなよ?」

「やだなあ、出す訳ないだろう?」


これだけ信用できない言葉ってのを初めて聞いた気がするぜ。

まあいい、俺の部屋にいる限り、アイツは守られてるはずだ。


「そういや、ここで生活できる妖怪ってのは割りと特別だってのを聞いたんだが、どういう事だ?」


黒紅さんに屋敷が百入さんの神気で包まれてるって聞いた時にそれを聞いたんだ。妖怪の世界にあるから出入り自由なのかと思ってたが、どうやら違ったみたいだ。


「百入の神気に堪えられるだけの強さが無いと駄目だね」

「……じゃあ、もしかして皆強い奴ばっかりって事か?」

「そうだね、そうなるね」


初めて知った事実は、割りと衝撃だった。


「え……じゃあチビ共もか?」

「その通りだよ」


そう言ってニタリと笑う千歳に、何となくゾクリとする。


「形の無い妖がいるだろう?」

「……俺の部屋で寝てるような奴らか?」

「そう。それはこの屋敷内だけの形だね。百入の神気で弱い姿になってしまっているけれど、この屋敷から出ればいっぱしの妖なんだよ」


チビ共と一括りにしていたが、どうやら別格なのかもしれないとこの時初めて知った。


「んー……あの小っこい奴らは、普通の妖怪って事でいいのか?」

「まあそうだね、そう思っていいかな?」


なるほど……この屋敷の中にいる限り、制限掛けられるって事か。


「なあ、千歳。お前は何でここにいるんだ?」


そう聞くと千歳は俺をじっと見た後妖艶に笑って見せた。


「熟成するのを待つって、楽しいよねえ」


……くそ、やっぱコイツ本当に油断ならねえ。何となく答えは分かってた気がするが、これで確信したぜ。


「やっぱ俺、お前の事超える」


そう言うとにっこりと笑って「待ってるよ」と返して来る千歳を睨み上げ、風呂ん中で遊んでたチビ共と一緒に部屋に戻ってさ。

シンが座布団の上にちょこんと座ってんの見てチビ共が警戒したけど、シンは俺達に向かって頭を下げて来た。


「帰る所もねえし、何も持ってはいねえが、受けた恩は忘れない」


シンはそう言った後俺の事を見上げて来た。


「シン、恩とかそんなの別にいいんだ。いたいだけいればいいし、出て行きたくなったらそう言ってくれよ?」

「……わかった」


シンの二本の尻尾が揺れて、そうしてシンはこん時から仲間になった。

念の為、百入さんに報告だけはしねえとなあと思い至り、弥彦に聞きながら初めてメールを打ってみれば、送信してすぐに携帯が鳴ってビックリする。


「なにっ!?なんだ、俺なんか間違えたかっ!?」


そう言いながら携帯の画面を確認すれば、百入さんからの返事が来てるって弥彦に言われてさ。その確認画面をどう出すのかを聞いた後、そのメールを読めば『わかった』と一言だけ返って来てた。


「おおおおお……俺、初めてメール出来たんだなあ……」

「千歳はいっつも女の人から来てるよ?」

「一斤、お前はああいう男に引っ掛かんなよ?」

「引っ掛かる?」

「あー、騙されんなって事だよ」

「うん、わかった」


感動して思わず言葉が出れば、一斤が笑いながら教えてくれたけど。

本当に千歳って奴は男の風上にもおけねえ奴だ。別に羨ましい訳じゃねえけど。

不特定多数にモテても大変なだけだし、俺にはそんな器用な真似は出来ねえって思うし?だから羨ましい訳じゃねえ。


「千歳がね、萌葱が恥ずかしがってメールを送ってくれないんだよって言ってた」

「恥ずかしいんじゃねえよ、アイツにメールを送るって事が嫌なんだよ」


チビ共がクスクスと笑うのを眺めながらごろりと横になり、シンが目を細めて俺達を見ていたのを確認して。

そうして眠りに付いた。


携帯って、確かに便利だけど覚えるのが面倒だな、これ。

色んなボタンが付いてるのはいいんだが、どういじったらいいのかがわかんねえよ。

……俺達の年代って、皆こういうの使い慣れてんだろうなあ。


そう思うと、なんか自分が世界から取り残されてる気がしないでもねえんだけどさ。


俺、自分が強い神気を持って生まれたせいでどんな目にあったのか良く分かってるからさ。だから、良いって言われるまでここを出るつもりもねえし、無茶な事をやるつもりもねえんだよな。偶に人の世界に出た方がいいんだろうかと思う事もあるけど、どうもそれは良くねえみてえだってくらいは、百入さんの反応見りゃわかるんだよな。


たぶんだけど、俺が屋敷から出ると怖い事になる気がしてんだよ。


身を守る事も出来ねえし、対抗する手段も知らねえし。

のんびりとここで修業するのが精一杯って事なんだろうなあって思う。


……そういや、退治屋の仕事って具体的にどんな事してんだろうなあ?


捕まえてこっちの世界に戻すってのは聞いた事あるけど、人の世に出ると戻りたがらなくなるって事も聞いた事あるんだ。

そう言う奴は、どうしてんだろうなあ……。


何て思いながら眠りに付いた俺を、シンがじっと眺めていたってのは後から弥彦に聞いた。


「萌葱は駄目駄目だな」

「……お前に言われると本当に駄目に聞こえるから勘弁してくれ」


翌朝起きた時に弥彦にそう言われた俺は、何だか朝からガックリと来てさ。

早く大人になりてえって思ったよなあ。


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