第十五話 チビ共と俺
央太が持って来てくれたお湯に切ったさらしを浸して絞り、流れてる血を綺麗にしながら、怪我をしている場所を探して行く。
額を真一文字に切られてるのと、腹の辺りに爪の痕、左前足の肉球は何かで怪我をしたのかそれとも何かにやられたのか、血が流れてて痛々しい。
「痛いか?ごめんな、今綺麗にしちまうからな?」
ぎゅっと瞼に力が入るもんで滲みたりすんのかなって思ったけど、血を綺麗に拭かないと手当ても出来ねえ。そんな感じで身体中を綺麗に拭った後、傷口に綺麗なさらしを当てて包帯を巻いてってさ。
それが終わって見下ろせば、何かもう満身創痍って感じで見てられねえの。
「水、飲むか?」
声掛けたら、閉じてた瞼がゆっくりと開いたけど、何も言わなくて。
「水、持って来る。後、牛乳粥なら食えるかなあ?なあ、猫又って何を食うんだ?」
そう聞いてみたら猫又は折角開いた瞼を、またゆっくりと閉じてしまった。
何を食うのかくらいは教えてくれてもいいじゃねえかと思いながらも、取り敢えず水の用意だけはしておこうと立ち上がる。
「何処へ行く?」
「水を持って来るんだ。一応手当は終わったからな」
「なら追い出せよ」
「駄目だ。この部屋は俺の部屋だ。俺がここに入れたんだ、文句言うな」
「はあっ!?」
言い切ると弥彦が生意気な顔でそう言って来るけど、それを無視してお勝手に行って水の用意をして戻る。
チビ共が四人で猫又を見下ろしているのは、何かちょっと怖かった。
「おい、お前ら怪我してる奴に何してんだよ」
ほら、場所開けろと言いながらチビ共を退かせ、猫又の口に水が付いた指を持って行けば、匂いを嗅いだ後ペロリと舐めた。
瞼は相変わらず閉じたままだけど、取り敢えずは何とかなりそうかなあ?
あ、誰かに言っておかないと騒ぎになるなあ、なんて思いながら何度か指を水に浸してそれを舐めさせた。
「もう、いい。大丈夫だ」
何度か繰り返した後猫又がそう言うので、ここには誰も来ねえから安心して寝ろと言った後、チビ共と部屋を出て庭掃除に戻った。
部屋に戻ったらいなくなってるかもしれねえけど、それでもいいと思う。
「まったく、萌葱は弱いくせに馬鹿だ」
「うるせえよ。いいじゃねえか、怪我の手当てくらい」
弥彦に呆れられながらもそう言い返してさ。
「萌葱はいつもそうだな」
「何だよ、三郎だって反対しなかったじゃねえかよ」
三郎までそう言って来るから、少しだけ落ち込んだぜ。
仕方がねえじゃねえか、放っておけねえんだからよ。
少し、ぶうたれながら箒を動かしていたら、ぺちっと尻を叩かれた。
「馬鹿萌葱」
「何だよ、三郎」
文句を言えばまた尻を叩かれ、振り返れば弥彦がにやりと笑っている。
「馬鹿萌葱」
「……この野郎、何だってんだよ!」
「馬鹿萌葱」
「馬鹿萌葱」
一斤と央太にまで同じように尻を叩かれ。
結局いつものように笑いながら追いかけっこをして、昼飯の手伝いの時間が近づいて来て慌てて掃除を終わらせてお勝手に向かう。
「なんだ、ご機嫌だな?」
「コイツラ酷いんですよ?俺の尻を叩いて馬鹿萌葱って言うんです」
「ああ、そうか。本当の事言ったら駄目なんだぞ?」
「小梅さん……」
小梅さんにチビ共がやったことを訴えれば、止め刺されてさ。
まあいいさ、俺はこれからの男なんだと気合いを入れる。
「おし。やるぞっ!」
声に出して自分に喝を入れ、そうして手伝いを始めた。
昼飯を食べた後、猫又を屋敷の中に入れて手当てした事を百入さんに報告しておく。
「ああ、あの気配は猫又だったのか」
「やっぱ気付いてますよねえ……」
そうじゃねえかとは思ってたから、こうして報告に来たんだけどさ。
まあ、当然だよな。
「まだお前の部屋にいるんだろ?」
「と、思います。チビ共に様子見るように言ってあるんで、いなくなってたなら直ぐに知らせて来るでしょうからね」
「なるほどな。まあいい。なあ、萌葱」
「はい」
「怪我が治ったらどうすんだ?」
「え?どう、すんだって?」
「ここに住まわせんのか?」
百入さんにそう聞かれて困ってしまった。
正直、そこまで考えてなかったし、その後のことも考えてなかった、俺。
やべえ、居候の身だってのにこれは駄目だな。
「……スミマセンでした。俺、何も考えてなかったです」
そう言って頭下げながらも、どうしようかって考えてた。
この屋敷から出て行けって追い出されたらどうしようとか、捨てて来いって言われたらどうしようとか、何か一瞬にして色んな事が頭を過って行ってさ。
何かもう、パニックになってたっつうか。
「萌葱、いいんだ、悪かった」
「……え?」
「責めてるんじゃねえんだ。猫又がここに住みたいってんなら住まわせて良いぜ?」
「……あの、でも」
「今更一匹二匹増えた所で変わらねえから、その辺は気にしなくていい」
百入さんが笑いながらそう言ってくれて、何かすごくほっとしてさ。
「まあ、猫又がいたいってんなら好きなだけいさせろ。怪我が治ったら出てくってんなら、ちゃんと送り出してやれよ?」
「……はい。あの、ありがとうございます!」
「いいさ。まあ、猫又の好きにさせろよ?」
そう言ってくれた百入さんに、もう一度礼を言って頭下げてさ。
そうして自分の部屋に戻ったら、チビ共がまた猫又を見下ろしてるっつう何故か怖い構図になってて。
「……なあ、何でそんなに見てんだよ」
声を掛ければ、チビ共がジロリと睨んで来る。
「萌葱が警戒しねえから、代わりに警戒してんだ」
「……なるほど。じゃあ俺はのんびりさせて貰うわ」
そう言って笑いながら猫又の所に行ってさ。
瞼閉じて動かねえ猫又を見てから、文机の前に座って教本を広げた。
確かここに猫又に着いて書かれてたはずなんだ。
ページを捲りながら探して行って、猫又の記述を見付けた。
長生きの猫が猫又になり、人を惑わせ神気を喰らう。
人に飼われていた事から人を襲いやすく、また、騙す事も自然に出来る、と。
ああ、何か猫って確かに小賢しいもんな。わかる気がするぜ。
可愛い見た目に反して肉食だからなあ。
……まあ、用心するに越した事はねえって事だよな、やっぱりさ。
どんな妖怪でもそれは同じ事だ。理が違う生き物なのだから、人の物差しで測ってはいけないと鈍色さんが言っていた。
人と、同じ感情があると思うなと、黒紅さんからも言われている。
でもなあ、チビ共と暮らしてるとさ。
そうして線を引くのが凄く難しいなあって思うんだよな。でも皆、その辺は凄くシビアなんだよなあ。俺もきっと、器が完成して神気が安定したら、もっとちゃんとしなきゃいけねえんだろうなあって思う。
ふと、振り返ってみたら猫又を囲んだまま寝入ったみたいで、何か一緒に寝てるみたいに見えて笑っちまった。
あんだけ警戒しろとか馬鹿だとか言われたけど、お前らも相当だぜなんて思う。
くすりと笑った後、チビ共にタオルを掛けてやった。
猫又の閉じていた瞼が開き俺をじっと見上げて来たが、そのまままた瞼を閉じた。
気配に凄く敏感なんだなあと思う。まあ、猫ってそう言うもんだよな、たぶん。
俺、自分があれだったから犬も猫も飼った事ねえけどさ。
そう思いながら、チビ共の頭撫でたついでに猫又の背中をそっと撫でてやったけど、今度は瞼は閉じたままだった。
少しは、信用してくれたのかなあと思うと嬉しくなる。
まあいい、ゆっくり休め。
そうしてもう一度文机の前に座り、鈍色さんから新たに出された宿題をやりながら時間が過ぎて。
夕飯の支度の手伝いに行ったらさ、小梅さん、猫又の飯まで用意してくれてた。
「柔らかく煮込んであるからさ」
「……ありがとうございます。スミマセン、余計な手間取らせて」
「いいよ、増えた所で今更だからさ。ちゃんと面倒見てやりな」
「はい」
お粥ってより重湯って感じのそれを受け取って、自分の膳も部屋に運んでさ。
当然のように着いて来るチビ共と一緒に部屋で飯を食べた。猫又は起き上がれるって言うんで、時間掛けていいからゆっくり食えと促す。
俺達が食べ終えても、まだ食ってる猫又を見て、ツラいならまた時間をおいてから食えばいいと言うと、猫又は座布団の上にゴロリと横になった。やっぱりまだ傷が痛むんだろうなあ。
「そういや、妖怪って傷口を消毒しなくても大丈夫なのか?」
「なんだそれは?」
「傷口からばい菌が入ると死ぬ事もあるって聞いてる」
「……ふうん。人ってのは弱いんだな」
「弱いのかな?妖怪ってどうやって傷を治してんのか知らねえからさ」
「当たり前だ。怪我してる何て事を、他の奴に知られたらその場で食われるだろうが」
「ああ……そう言う事か。なるほど、野性的な考え方をすればいいんだな?」
「野性的ってなんだよ?」
「んー、一人で生きて行く事が出来る種って事かな?」
そう言うと、チビ共が俺をじっと見て来てさ。
「なあ萌葱」
「なんだ?」
「お前、もっと勉強しろ。俺が鈍色に言っておいてやる」
「なんだと?テメエ、生意気言ってんじゃねえぞこの野郎」
「馬鹿か。お前もっと俺達の事を知っておかないと駄目だろうって言ってんだ」
「……何でだよ、何かおかしい事言ったか、俺?」
「気付けねえから勉強しろって言ってんだ。馬鹿萌葱」
「あ、また言いやがったなこの野郎!」
弥彦とそんな言い合いをした後、猫又の飯はこのままにしておく事にして、後片付けをした後風呂へと向かう。風呂から出たら猫又の身体を拭いてやろうと思いながら風呂へと入れば、酒盛りをしている妖怪共が猫又の事を聞いて来た。
「酷い怪我してたんだって?」
「庭にいたんだろ?」
「どっから逃げて来たんだ?」
矢継ぎ早に質問攻めにあい、面倒になって「大丈夫だ」と一言で済ませてしまった。
千歳がそれに笑うと、妖怪共も質問は後にしてくれるらしい。やっぱ千歳が一番強いって事なんだよな、これ。
何となくまた千歳に助けられた事が不満だが、まあいい。いつか絶対追い抜いて見せるぜ。
そうして身体を洗ってお湯に身体を浸せば、千歳がやって来て隣に落ち着く。
「用心だけは忘れないで欲しいね」
「……わかってるよ」
風呂から出て錫を探して、猫又の怪我が治るまでは走らない事を伝え。
部屋に戻れば、俺の布団の上で弥彦と央太と一斤が寝そべってて苦笑する。コイツラなりに俺の事守ろうって思ってくれてんだよなあ。ホント、変な奴ら。
『ここに寝ろ』とばかりに空いてる空間に身体を横たえ、そうして瞼を閉じた。