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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱16歳 ―
13/28

第十三話 兄ちゃんなんですっ!

その場からダッシュで逃げたんだけど、吸血鬼ってのは瞬間移動でも出来るんかね?

何故か目の前に立ち塞がって、赤い目で俺の事を見て来やがる。


「もう、時間が無いんだ。君が外に出てくれたのは好都合だよ」

「サー・ネストウェルの為に出たんじゃないですけどね」


言い返すと、サー・ネストウェルが可笑しそうに笑う。


「確かに、君は生意気なようだねえ」

「それは俺にとって褒め言葉ですよ」


ここに来て、変わる事が出来たって証だ。


「……萌葱君。名を教えてくれないか?」

「俺は萌葱ですよ」

「君の名ではないだろう」

「さあね。でも、サー・ネストウェルだって別の名を持っているでしょう?」


俺にしがみ付いたり、甘えたりするチビ共でも絶対に名を明かそうとはしない。

それは、とても大切な物だから。信用してねえとかそう言うんじゃねえのはわかってる。


ジリジリと距離を開けながら睨み合い、誰かが気付いてくれますようにと願うしかない。

俺にはまだ、何も出来ないから。


「君は、自分の価値を理解しているのかな?」

「価値?」

「ああ、そうだよ?君はこんな所にいちゃいけないなあ。良かったらこちらへ来ないか?」

「……こちらって?」

「我々の方だよ、萌葱君」


折角開いた距離を一瞬にして詰められた。

くそ。


「我々は、君を必要としている」

「……俺はあんたらを必要としない。これからもだ」


必死に睨み上げながらそう言えば、サー・ネストウェルが片眉を上げた後、クククと笑う。


「君は、こちら側に立ちたいのではないのか?」

「思った事もねえよ」

「そうかな?君がここにいるのは人の世からはみ出したからなのだろう?摘まみ出されたのではないのかな?」


心を抉ろうとするのは常套手段だと教えられている。

わかってる、そうしてぐらつかせるって事くらい。


「生憎と、しがみ付いてでも手放す気はねえんだよ」


赤い目が更に光を増した。

くそ、絶対お前になんか負けねえ、ちくしょうっ!


そう思った俺は、サー・ネストウェルを睨み上げながら声の限りに「わああああああっ!」っと叫んでやった。

耳を抑えて一歩後ろに下がったサー・ネストウェルを睨み上げる。


「テメエなんて怖くねえ。絶対負けねえよ」

「いいねえ、惚れ直すねえ」


いつの間にか隣に千歳が立ってて、笑いながら俺を見下ろしてた。


「萌葱、頑張ったね」

「……うるせえよ、ちくしょうめ」

「所で、それ。似合ってるよ」


千歳がそう言って笑いながら俺の左胸の辺りを指すから、ついと視線を降ろしてみれば、そこには『もえぎ』と平仮名で書かれた名札が縫い付けられていた。

あ、何だよこれ、全然気付かなかったっ!


「たんぽぽ組だって」

「うるせえっ!ちきしょう、誰だこんなの縫い付けたのっ!」

「俺。萌葱が喜んでくれるかなあって思って」

「黒紅さんっ!?何でここに」

「青藍もいるよ?」


黒紅さんの指が示す方へと顔を向ければ、サー・ネストウェルの腕を捻り上げている青藍さんが目に入り。


「頑張ったな」


何て言われてさ。

何だよ、皆隠れて見てたのかよっ!って、やっと気付いた。


「まだ修行中の萌葱を一人にするはずはないだろう?」


その声に振り返れば、置かれている縁台に座った百入さんと鈍色さんが二人で酒を飲んでて。え、いつの間にいたんだよって思ったんだ。


「……いつからいたんですか」


気になったから素直に聞いてみたらさ、鈍色さんがにっこり笑って。


「最初からだよ。萌葱、教えたはずだねえ?」

「え?」

「百入の神気に満ちた場所で身を隠す時は、何が有効だったかなあ?」

「え!?ええっと……神気が満ちた所ではその神気に同化する?」

「……萌葱、明日は朝からみっちり勉強しよう」

「えええっ!?」


抗議の声も虚しく、鈍色さんに喝を入れられた俺は涙目になりつつ、明日一日中勉強する事が決定した。ああ……くそうっ!


「萌葱、ご苦労だった。もう寝ると良い。明日は大変そうだからな」

「あの、サー・ネストウェルは」

「こちらでやっておくよ。既に行き先は決まったからね」

「……行き先?」

「ああ。海の向こうからやって来た者は、海の向こうへ送り返すのが決まりだ」

「そうしないと、世界が壊れてしまうんだよ」


百入さんの言葉に、千歳が補足してくれる。

意味分かんねえって思ったけど、ここで聞いたら鈍色さんのこめかみに血管浮くだろうなって思ったから黙ってた。

後で千歳に聞いておこう。


「萌葱、今日は走らずに眠りなさい」

「わかりました。じゃあ、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


全員に見送られるのも変な気分になるんだが。

何か、餌にされたのだけは良く分かった。まあいい、千歳を見るにやっぱり俺の神気の匂いってのは特殊なようだからな。


「で?何で千歳がくっ付いてくんだよ」

「一緒に布団に入って寝ようかと思って」

「ふざけんな。お前ホントいい加減にしろよ」

「でも怖い思いをしたから、泣いちゃうかなって」

「泣くか、ど阿呆めっ!」


正直な事を言えば、震えてたよ、俺。

あんな風に間近で妖力使われたのも初めてだったし、それを防ごうとしたのも初めてだったからな。でも、気をしっかり持って自分を見失ってはいけないと、鈍色さんに教えられてたお蔭で、吸血鬼にも対抗する事が出来た。

あの赤い目は、妖力を使っている証だからなあ。


「千歳、大人しく自分の部屋に戻れよ?」

「わかったよ。お休み、萌葱」

「ああ、お休み」


世話焼きの千歳が俺の事を部屋まで送ってくれたってのは理解してるさ。

大丈夫、俺、勝てたから。


自分に勝つ事が出来たから。


「……萌葱?」

「おっと、悪い起こしちまったか?」


一斤の声が暗闇の中から聞こえて、小さな声で答えればゴロゴロ転がって俺の所までやって来た。


「もう寝られる?」

「ああ、もう寝る」


一斤を抱え上げて、寝てるチビ共を踏まないように歩きながら自分の布団まで行ってさ。占領してる奴らを足で転がして避けてから、布団に腰を下ろす。

一斤はもう寝てるみたいで、くぴーって寝息が聞こえてた。

変な寝息の音だなって思いながら布団に寝かせた後、俺も転がって目を瞑ってさ。


何つうかこう、達成感って言うのか?

確かにすげえ怖かったし、逃げ出したかったけど。


それに勝つ事が出来たのは、何だかとても嬉しかった。


翌朝、小梅さんの手伝いをしながらそういや、退治屋の人が全員揃ったのって随分と久し振りだなあと思う。いっつも誰もいねえか、一人二人しかいねえからな。


「おはようございますっ!」


がらっと襖を開けながら挨拶して、朝飯の膳を置けばぼうっとした顔をした百入さんの顔を見て笑ってしまった。


「……若いな、萌葱」

「何ですかいきなり」

「いや……羨ましいと思ってな」

「俺は早く大人になりてえって思ってますけどね」

「ああ……若い時ってのは誰でも思うんだよ」


デッカイあくびをする百入さんを初めて見たなあと思いながら、頭下げて次の膳を運ぶ手伝いに戻った。鈍色さんも青藍さんも黒紅さんも、今日は皆と食べるって事だったから広間に全部運んでさ。

三人共百入さんと同じように、寝惚け眼でいるのを見て本当に珍しいもん見たぜと思いながら、朝飯を食べた。三人が雪姫に冷たい息を吐きかけられてたのを、妖怪共が見て笑ってたな。


「萌葱、梅干しあるかな?」


朝飯の片付けをしていたら、鈍色さんがそう聞いて来るので央太に言って壷から出させたら、それにお湯掛けて飲み始める。


「酒盛りでもしたんですか?」

「ちょっとだよ。大丈夫、萌葱の勉強くらいは見られる」

「え……いや、寝てた方が良いと思いますよ?」

「俺は寝てても萌葱がちゃんと勉強するってんならいいんだけどな」


く……覚えてたか。

寝惚けてるから忘れてくれてたらラッキーだと思ってたのに。


「後片付けが終わったら来い。小梅には言ってあるから」

「……わかりました」


仕方ねえ、今日は使ってねえ頭を使うしかなさそうだと諦め、片付けを終えた後鈍色さんの部屋へと行けば、鈍色さんの部屋では妖怪共が酒瓶持って転がってた。

おい……ちょっとって言ってなかったか?


「あー、悪い、窓開けてくれるか?」

「はい」


鈍色さんに言われて部屋の窓を開ければ、朝の新鮮な空気が入って来て部屋を満たして行く。酒の匂いが充満していた部屋が一気に爽やかさを取り戻したように感じて、気持ちが良かった。


「転がってるのは気にしないようにするか」


そう言った鈍色さんに苦笑しながら、俺も酒瓶持って寝てる妖怪共を横目に見ながら腰を下ろして、持って来た勉強道具を広げてさ。

宿題が終わってねえ事を叱られた後、鈍色さんの授業は本当に一日中あった。もう俺、今日は何も考えたくねえ……。


「さて。チビ共が母ちゃんを恋しがってるみたいだから止めるか」

「……兄ちゃんです」


だから頼むから兄ちゃんにしてくれよ。


「入っていいぞ」


鈍色さんがそう言うと、襖がガラリと勢いよく開いてチビ共が雪崩れ込んで来る。

その勢いのままに俺に飛びつくもんで、「うおおおっ」と叫びながら転がったら、そのまま俺の上に乗ってしがみ付いて来るから、背中撫でて宥めてさ。


「やっぱ母ちゃんだなあ」


って、鈍色さんがニヤニヤしながら言ったけど、チビ共の勢いに押されて『兄ちゃんです』と訂正する事が出来なかった。

何かもう、何でもいいかなって流されちまう所だったが。


「に、いちゃ、ん、ですっ!」


頬っぺたに摺り寄って来るチビ共を宥めながら、何とかそれだけは叫んでおいた。


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