第十二話 兄ちゃんなんです
チビ共と一緒に庭の掃除をしている時だった。
サー・ネストウェルがやって来て「萌葱君」何て声を掛けて来るから、チビ共にもう手伝いはいいから小梅さん所に行けと退避させる。
んでも、弥彦が俺に引っ付いて行こうとしねえから「弥彦」って声掛けたらさ。
「萌葱、お前アイツにあんまり近付くな」
ムッとしながらもそんな事言って来るもんで、もしかしたら俺の事心配してくれてんのかと思ってさ。弥彦の頭撫でて「そうするよ、ありがとな」って言ったら、ふんって鼻鳴らした後駆けて行った。
ホント、妖怪って面白い奴らだ。
「怖がらせてしまったかな?」
「手伝いが終わったんで褒美を貰いに行っただけですよ。お気を悪くされたなら謝ります」
「ああ、いや、いいんだ」
サー・ネストウェルはそう言うと、眼を眇め。
「萌葱君、ここは妖の世界だと聞いたよ。お蔭で陽の光りで焼かれずに済む」
「……みたいですね」
物語に出て来るように、太陽の光で灰になるんだったら外に出られないだろうけど。実際に吸血鬼が太陽の光で灰になるとは思ってない。あれは作り物の話しだ。
俺の返事に、サー・ネストウェルは片眉を上げた後、くくくと笑った。
「どうやら、君は用心深いようだ」
「まあ……こんな所で生活してるんで」
ざあっと風が吹き、その風にサー・ネストウェルが目を細めて風の香りを嗅ぐ。
「ああ……本当に、良い香りだ」
嬉しそうと言うか、あれだ、恍惚とした顔って言うのか?何か、そんな顔でそう言って来る。逃げなきゃ駄目かな?
そんな事考えてる内に、サー・ネストウェルがゆっくりと俺へと視線を動かし。
俺の前に壁が出来た。
「……牙は抜いたつもりだったんだが。まだ隠してたか?」
百入さんの背中は、やけに大きく見えた。
つうか、いつの間に来たのか全然わかんなかったぜ。
驚きながら瞬きをすれば、肩に置かれた大きな手が俺を後ろへと追いやる。
「錫までいたのか」
「萌葱、中へ」
「……わかった」
何かやっぱり危ねえ感じだったのかと思いながら、百入さんと錫にその場を任せて俺は屋敷の中へと戻ったんだが。
「萌葱っ!」
玄関を入った途端にチビ共が現れて俺に飛び付いて来たもんで、ふら付いて尻もち付いた。
くそ、いつか絶対全員受け止めてやるっ!なんて思いながら、下敷きになったりしてねえ事を確認してさ。
「何だ、心配してくれたのか」
そう言いながら背中叩いたり、頭撫でたりして宥めてた。
駄目だなあ、俺。チビ共に心配掛けるとか駄目過ぎる。
もっとこう、頑張らなきゃいけねえなあ。
「大丈夫だよ。お前らが百入さん呼んでくれたんだろ?」
「アイツ、悪い奴だ」
「萌葱の事食べようとしてるもん」
弥彦が言えば、一斤も同じような事を言い。央太と三郎がこくこくと頷いている。
そうか、やっぱり吸血鬼ってヤバいんだなあと思う。
「……萌葱、アイツは奥の奴らと同じ匂いがする」
三郎が真剣な顔でそう言って来た。
ああ、そういや百入さんも前に奥がどうとか言ってたけどなあ。詳しい事教えて貰ってねえし、この屋敷にいる分には心配ねえって思うんだよな。
だけど、知ろうともしなかったのは失敗だったかと思いながら、三郎の皿を撫でる。
「三郎、大丈夫だ。こうして皆がいてくれるからな」
笑いながらそう言ったら、三郎がぎゅっとしがみ付いて来てさ。
いっつものんびりしてる三郎がこんなになる程だから、もっと俺も用心するべきだったかと反省し。
「よし、今日は夕飯にちょっとだけ褒美をやろう」
「……沢庵一切れじゃねえだろうな?」
「弥彦、好き嫌いは駄目だぞ?」
「そうじゃねえよっ!沢庵が褒美な訳ねえよなって言ってんだよっ!」
「何言ってんだよ、沢庵だって立派な褒美じゃねえかよ」
「嬉しくねえっ!もっと良いもん寄越せっ!」
「何贅沢な事言ってんだお前。沢庵一切れ多かったらご飯一口多く食えるだろうが」
「もっと褒美らしい褒美を寄越せってんだ、このケチケチ魔人っ!」
「でも私、沢庵好きー」
「俺も」
「俺はあんまり好きじゃねえなあ」
一斤と央太がそう言うと、三郎が真剣な顔でそう言って来るのが笑えてさ。
取り敢えず中へ入ろうぜと促して、やっと中へと入った。
昼飯の手伝いもせずに玄関で俺を待ち構えてたらしく、小梅さんが一人で大変そうだったけど、小梅さんは「父ちゃんが心配だったんだよな?」と言って笑って許してくれた。
「兄ちゃんにして下さいよ」
「萌葱は父ちゃんだろ」
一応訂正して欲しくて言ったけど、小梅さんの中ではすっかり俺が父ちゃんって事になっているらしい。だから俺、十六だってえの。おかしいだろ。
「よし。手伝い始めるぞっ!」
「おうっ!」
気合い入れて昼飯の支度を手伝い始めた俺達は、つまみ食いしようとする弥彦を叱りながら皆の昼飯を用意して。
「約束だからな」
そう言いながら、唐揚げを一個ずつ分けてやった。
「萌葱のが無くなった」
「いいよ、お前らのお蔭で助かったからな」
「んーと、じゃあこれやるよ」
「お前、嫌いだからって俺の皿に置いただろ」
「ち、ちげえよっ!」
弥彦は煮物があんまり好きじゃない。特に人参が嫌いだって所があんまりにも人間と同じに思えて可笑しい。
「まあいいや。ありがとよ、弥彦」
そう言ったら、一斤がポテトサラダを寄越し、央太がトマトを寄越し、三郎が椎茸をくれてさ。何かいつもの賑やかなご飯もいいけど、こういうのもいいなあって思ったよ。
「ありがとよ」
礼を言って頂きますと言ってから食べ始めてさ。いつもより美味いと思ったのは、何でなんだろうな?
まあいいや、俺、やっぱりコイツラの事が好きだ。
三郎は寝る時は池ん中に戻るから、それを見送った後俺の部屋に集まって来た小さな妖怪共とチビ共を昼寝させて。そうして百入さんの部屋へと行ってみた。
襖の所で声を掛けたけど返事が無いもんで、そっと開けて覗いたら珍しい事に百入さんがいなくてさ。
困ったなあと思った時にやっと思い出したんだ。
そういや俺、携帯貰ってたわってな。
駄目だな、使った事もねえもん持ってても使い道がわからなくてよ。
もうちょっと手慣れた感じになりてえもんだと思いながら、百入さんに電話を掛けてみた。
つうかまだ電話しか出来ねえの、俺。
メールは宣言通りに毎日千歳から送られてくるんだが、返事を出した事もねえんだよな。今度からは練習の為に送ってみるかと反省しながら、呼び出し音を聞いていた。
「……出ねえ」
相手が出ない時はどうしたらいいんだろうなあ。
困ったなあと思いながら、仕方がねえから勉強でもするかと部屋へと歩き出せば、帯に挟んだ携帯が音を立てるもんで、慌てて出して通話ボタンを押した。
「萌葱か?どうした?」
「あの、いや、えと」
「落ち着け。大丈夫だから」
「……はい、スミマセン」
何だろう、初めて携帯で話しをしたからなのか、心臓がバクバク言ってた。
百入さんの声聞いて深呼吸してさ。よしと気合いを入れ直してから話しを始める。
「あの、サー・ネストウェルの事で聞きたい事があったんで」
「なんだ」
「あの……どう、なるのかなって」
何となく、俺に術を掛けようとしてたってのはわかってんだよな。
だからそう言う事企んだ奴がどうなるのかを知りたいって言うか。
「萌葱」
「はい」
「大丈夫、牙を抜くだけだ」
「……でも、吸血鬼の牙って、抜いたら死ぬんじゃないですか?」
「安心しろ。また生えるそうだ」
え……そうなの?
「二度とお前に手え出さねえよう、お灸をすえてる所だ」
「……俺、もっとちゃんと用心します。ごめんなさい」
「いや、信用し過ぎた俺達が悪かったんだ。お前が気に病まなくていい」
百入さんにそう言われて、何か返事も碌に出来なかった。
はあ、何て気の抜けた返事をした気がする。
「萌葱、お前は勉強してろ」
「……はい、わかりました」
そうして話しを終えた俺は、携帯をまた帯に挟み込んで部屋に戻ってさ。
そういや宿題やってねえっ!って事に気付いたもんで、それに没頭してた。目覚ましの音でチビ共が起き出して、夕飯の支度を手伝って。
風呂に入ってみれば、千歳がいなかった。
あの吸血鬼に手間取ってんのかなあなんて思いながら、チビ共が風呂ん中でバシャバシャと遊んでるのを見ててさ。
今度水鉄砲でも買って来てやろうかなあ、なんて思ったけどそんな事したらまた八重婆が喜んで来ちまうから止めておこうと思い直し。
部屋に戻った時に、何となく弥彦に枕を投げてみたらにっと笑いながら投げ返して来たもんで、そっから枕投げに発展して。
「こんな夜更けに騒いでる悪い子は誰だあああああっっっ!!!」
って、小梅さんが怒鳴り込んで来た時は全員が床に伏せて眠った振りをした。
笑いを堪えながらも、どうしても漏れちまう声は聞こえてんだろうけど、小梅さんは「あんまり騒ぐな」と言ってそのままにしてくれた。
そうして足音が遠ざかってから皆で声出して笑った。
「俺、修学旅行に行った事ねえから知らなかったけどさ。枕投げって楽しいな?」
「俺の方がたくさんぶつけたんだからなっ!」
「お前、ちょっとは遠慮しろよなあ」
弥彦の言葉に笑いながらそう言うと、弥彦も笑いながら「次も負けねえ」なんて言って来る。コイツラはいつも本気でぶつかって来るから、俺も負けちゃいられねえよな。
弥彦の頭を軽く小突いてやったら、仕返しとばかりに俺の頭を小突いて来る。
そうしてチビ共が寝入った後、いつもみたいに庭を走ろうかと思ったんだけど、そういや誰もいないのに庭を走ってもいいんだろうかと気付いてさ。
一応黒紅さんから貰ったジャージに着替えて外に出てみたけど、いつも一緒に走ってくれてる奴らもいねえし、錫もいねえからさ。
今日は止めておこうと、大人しく部屋に戻る事にして玄関に向かったんだ。
「萌葱君」
そう呼び掛けられたのは、庭に背を向けた時だった。