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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱16歳 ―
10/28

第十話 妖怪の生活

「萌葱、誕生日おめでとう!」


そう言われて鈍色さんがくれたプレゼントをワクワクしながら開ければ、高校生用の五教科の教科書だった。その場で倒れてしくしく泣いてやった。


「萌葱、これでもう少し勉強できるね?」

「嬉しくないです……」

「そんな事ではいけないねえ。勉強を疎かにしてはいけないよ?」

「俺馬鹿でもいいんですけど」

「やだなあ、萌葱が馬鹿だったら俺達まで馬鹿だと思われてしまうだろう?」


十六歳の誕生日を迎え俺は、早速鈍色さんと黒紅さんから勉強を見て貰うと言う栄誉を与えて貰った。十六歳だからしっかりやらなきゃねえって言われたけど、本当に、本気で嬉しくねえ、ちくしょう。

俺の誕生日は四月五日なんだよな。

なもんで、世間に合わせて勉強もバージョンアップするんだがこれがまたわかんねえの。

でも鈍色さんと黒紅さんが付きっ切りで教えてくれるもんで、サボるとか寝るとか出来ねえの。ああ……授業中に寝るって言う憧れの事やってみてえよ。


「じゃあ、ここまで宿題ね?」

「……宿題……なんでそこだけ世間並……」

「何かほら、ゆとり教育終ったって話しだから」

「ゆとりでいいです。むしろ推奨します」

「駄目だね。萌葱、きちんとやっておきなさい」

「……はい……わかりました……」


しくしく泣きながら頷いて片付けしてたら、黒紅さんが俺に携帯を渡して来る。


「ホントのプレゼントはこっちね」

「え……え?」

「全員分の電話番号とメアドは入ってるよ。悩みがあったら相談しなさい」

「そうだぞ。また弥彦に叱られたら格好悪いだろう?」


渡された携帯をじっと見ながら、何か、何て言えばいいのかわかんねえけど。こう、込み上げて来るもんがあったのは内緒だ。


「ありがとう、ございます」

「悩んでいいんだよ。でも、一人で抱えたら駄目だよ?」

「助けが必要な時は遠慮なく言いなさい」

「…………はい」


鈍色さんと黒紅さんにそう言われて、産まれて初めて携帯電話を触った俺はそれを開いてさ。ああ、そういや使い方も知らねえやって気付いて、説明書ちゃんと読もうって思った。


「千歳のも入ってるよ?」

「消します」


即答すれば、鈍色さんと黒紅さんが笑う。

絶対アイツ碌な事しねえもん。


「あ、それね、ロック掛かってるよ」

「……ロック?」

「そう。暗証番号必要でさ。千歳が決めてたから千歳に聞かないと消せないよ」

「はっ!?」

「まあ、それと引き換えに千歳の番号とメアドを聞き出したんだ。ありがとう」

「鈍色さん……俺の事売りましたね?」

「やだなあ、人聞きの悪い。子供が持つなら保護者の同意が必要でしょ?」

「アイツは俺の保護者じゃないですっ!」


ちくしょう、絶対遊ばれてるよっ!

何でだよ、まったく。


「まあ、悪いようにはしないだろう」

「……恨みます」


一気に萎えた気持ちを引き摺って自室に戻り、文机の前に座って説明書を読みながら何とか消去の仕方を覚えようと必死に弄ったんだが。

パスワードを入力しろって画面で苦戦し、結局消去できなかった。

くそう。


夕飯の膳を運んだ時に百入さんにも礼を伝えると『活用しろ』と言われたので、ちゃんと使い方を覚えたら活用しようと思う。


「萌葱、これでいつでも繋がれるね」

「お前がそれを言うと何かすげえ気持ち悪いから止めろ」

「やだなあ、そんなに嬉しかったのかい?」

「嬉しくねえよっ!大体何で妖怪のお前が携帯持ってんだよっ!」

「私はスマホだよ?」

「はあ?」


百入さんの部屋にいた千歳がそう言いながら、着物の袂をごそごそしてさ。

取り出したそれを見せられた俺はマジマジと眺め。


「え、何これ?携帯?」

「スマホ。今時はこれだね」

「……何がどう違うんだよ」

「色々と。毎日愛のメッセージを送るよ」

「読まずに消す!」

「萌葱も毎日送ってくれていいんだよ?」

「送るか、ど阿呆め」


つうか何で妖怪がそんな便利グッズ持ってんだよなあ?

おかしいだろ。


「何で妖怪がそんなもん必要なんだよ。あんまり人の世に関わりたくねえって言ってるのによ」

「やだなあ、女性はこういう物で愛を測るのが好きなんだよ?」

「ああ、そう言う事か。何か今すげえ腑に落ちたわ。なるほど」

「萌葱もまめに連絡しないと駄目だよ?」

「俺はそう言う面倒な事はしねえなあ」

「嫌われてしまうよ?」

「ならそれでいい。そう言うの縛られてるみたいで嫌だ」

「ふふふ、萌葱は若いねえ」


ホント、千歳の女好きには頭下がる。

つうか妖怪なのにまめ過ぎんだろ、それ。


「お前やっぱもげろ」


そう言いながら百入さんの部屋を出て、大広間へと向かう。

そうして全員が座ったらそれが合図で、それぞれの膳の上のおかずを奪い合いながら夕飯を取るのが決まりだ。まあ、妖怪共は楽しい事が大好きだからなあ。


ああ、チビ共は例外だ。

ちゃんと食わないと大きくなれないし、デカい妖怪に踏まれたら大変だからな。


「いただきますっ!」


手を合わせてそう言った後、俺は自分の膳をあっと言う間に平らげた後、おかずの奪い合いに参加しながら戦利品を貪った。

やっぱいいよな、賑やかなのってさ。


最近は風呂に入ってチビ共寝かしつけた後、庭を走り回るのが日課になった。


何かこう、動き足りなくて眠れないんだよなあ。

んで、百入さんに相談したら寝る前に走ればいいって言われて、庭を走る事にしたんだ。人の世に出て走るには、外が騒がしくなるから駄目だって言われて、屋敷の外は妖の世になるからそれもまた危険だって事で。


色々と制約があるっつうか面倒くさい事もあるけど、広い庭だからな。


で、走ってると屋敷に住んでる妖怪共が俺と一緒に走るようになったりしてさ。

わいわい騒ぎながら走ってると、千歳が庭の縁台に座って酒を飲みながらそれを見てるんだよ。偶に百入さんとか鈍色さんが一緒にいたりする。

錫が俺と一緒に走ってるのはたぶん、俺を守る為だろうって思ってる。

夜ってのはやっぱり、妖の領分だからな。


「錫って、そういや姿を自在に変えられるってのは本当か?」

「無論」

「じゃあ俺と同じくらいになれるのか?」

「……見せてやろう」


俺と並んで走ってる錫がそう答え、ひゅっと背が縮んで俺と同じ大きさになった。

ただ、赤ら顔なのは変わらねえし、何かおっかねえ所も変わってねえけど。


「……微妙?」


何かこう、同い年に見えんのかなって期待してたから、小さい大人にしか見えない錫にちょっとガッカリしてさ。つい口をついて言葉が出たら、錫がムッとした後元に戻ってしまった。


「まったく、お前は本当に失礼だ」

「ごめん。いや、何か子供に見えんのかなって思ってたんだよ。想像と違ってたけど」

「子供に戻る訳ではない。ただ大きさが変わるだけだ」

「ふうん……そうなのか」


そうして走り終えた俺達は、もう一度風呂に入るんだが。


「いっつも思うけど、千歳は入らなくてもいいだろ」

「いいじゃないか、こうして裸の付き合いをしても」

「お前が言うと違う意味にしか聞こえねえよなあ」


そう言いながら身体を洗っていると、風呂ん中で既に出来上がってる妖怪共の中から千歳が妖艶に笑って見せる。

錫は少し前に嫁さんを貰ったとかで、この屋敷の離れに自分の家があるんだと聞いた。

だから、そっちで風呂に入るんだと。千歳が言うには、紅鳶(べにとび)さんって人で綺麗な人らしい。

ああ、いや、人間じゃなくて勿論妖怪だ。どんな妖怪なのかは会った事もねえから知らねけど、錫の奥さんだからきっと、大きな妖怪なんだろうって思ってる。


風呂ん中に千歳がいるのは、これもまた、俺を守る為なんだろうなあってわかるからやっぱ悔しいぜ。何かやっぱり、まだまだなんだって分かっちまうからさ。


『萌葱は自分の香りがどんな物なのか、思い知った方が良いかもね』


って千歳に言われた事がある。

でも、妖が逆らえないような、そう言う香りなのだと言われても困るだろ、普通に。


「はー……」


チビ共と一緒に入る賑やかな風呂もいいけどさ、こうしてゆっくりと浸かる風呂もいいよなあ。空に浮かんだお月さんを見上げながら、まったりとさ。


「萌葱、飲んでみる?」

「いらねえよ。大体風呂で飲んだら酔うだろ」

「大丈夫だよ、私がきちんと面倒見て上げるよ」

「それが嫌だから飲まねえんだよ」


冗談じゃねえ、千歳の前で前後不覚になって堪るかってんだ。

何かやっぱ千歳は油断しちゃいけねえ奴だぜ。

怪しく笑う千歳を見ながらそう思う。


「なあ、俺の神気はそんなに良い香りなのか?」


何気なく聞いてみれば、千歳が妖艶に笑うから二度と聞かねえ事にしようと思う。

すげえ怖いわ。


「全てを喰らい付くしたくなるくらいに」

「もういい。何かすげえ怖いわ」


器が完成するのは二十歳らしい。

成人ってのはそう言う意味もあるんだと百入さんに聞いた。

まあ、大体それくらいで身体的な成長も終わるらしいからなあ。

それまでに背が伸びますように。


誕生日に背丈測ったら百五十七センチだった。

俺、一年で二センチしか伸びてねえの。何か本気で涙出たぜ。


「千歳はさ、何でこの屋敷に住み着いてんだ?」

「……暇つぶしかなあ?」

「ああそう……そういや、妖怪って普通は何して過ごしてんだ?」


今まで何にも思わなかったが、そういや妖怪にも生活ってもんがあるんだろうかと初めて気付いた。ここで一緒に過ごしてる奴らは変わった奴らって事にしても、普通はきっと、妖怪の生活ってもんがあるに違いない。


「そうだねえ……あまり人と変わらない気がするねえ」

「へえ……妖怪にも会社とかあったりすんのか?」

「会社と言うか……まあ、それぞれに好きな事をしていると言うか」

「好きな事?」

「そうだよ?酒が好きなら酒を造るし、着飾るのが好きならそういう物を作るし」

「マジでか。機会があったらそう言うの見てみたいなあ」

「そうだねえ……萌葱が大人になったら見られるかな?」

「やっぱ器か」

「そうだよ?とても大切で重要な物だよ」

「……わかってるよ」


早く大人になりてえって思うのはこういう時だ。

神気が安定しない限り、俺はこの屋敷を出る事もままならねえ。

でも、大人になった時、俺の器はどうなるんだろうなあって言う不安もある。


もし、小さくなったりするならばここにも俺の居場所はねえから。


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