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いらっしゃい、ここは妖怪『退治屋』です  作者: よる
退治屋の生活 ― 萌葱15歳 ―
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第一話 退治屋の面々

俺はどうも妖怪に好かれる質だったらしい。

婆さんが言うには、そのせいで死に掛けた事があったとか何とか。そんでまあ、家族はだいぶ神経やられたみたいでな。

まあ仕方がねえさ、妖怪なんて普通は見えないんだからよ。


そんな感じで、俺は、十歳の時に退治屋って所に預けられたって訳だ。


婆さんに連れられて来たんだが、そこがまあまた不思議な所で。

まず玄関に入って出迎えてくれたのは、物凄くデカい赤ら顔の大男だった。婆さん「ひぃっ」とか悲鳴上げて腰抜かしちゃったんだよな。で、その大男の後ろからニタニタ笑ってる気持ち悪い男が出て来て、婆さんの事立たせてくれたんだけどよ。

婆さん、頬赤らめてんの。

あれは本当に気持ち悪かったぜ?子供心に言ったら駄目だってのはわかってたから言わなかったけどさ。


そんでまあ、その大男とニタニタ野郎に連れられてこの退治屋の偉い人って所に連れてかれたんだ。


迷路みたいに入り組んだ屋敷の中、迷子にならねえように必死に着いてったよ。

そんで偉い人の部屋ってのがさ、何かほら、すげえ部屋想像すんだろ?普通さ?

でもさ、六畳一間に箪笥が二棹置いてあって、丸いちゃぶ台と座布団が置かれた部屋だったんだ。着流しに煙管咥えてこっちを睨むように見てた。


その人とあんまし目を合わせたくねえなって思ったんだけど、婆さんと喋った後婆さんはよろしくお願いしますっつって帰っちゃったし、俺、一人で残されてさ。

色々不安だし、この人怖いって思ってたんだけど。


「なあ、お前にとって重要な話しがあんだよ。聞きてえか?」


そう言った声が優しくて。

俺、座布団の上に正座しててさ、両手をぎゅっと握り込んでたんだけど更にぎゅっと握り込んで顔上げたんだよ。

真正面のその人はさ、何かにっこり笑って俺を見てたんだ。

だから、うんて頷いた訳よ。


「よし、教えてやろう。ここで暮らす条件なんだけどな」


条件なんてあんのかよって何かガッカリした覚えがある。

金とか言われても、俺お金なんて持ってねえしなって。


「お前の名前は今から萌葱(もえぎ)だ」

「………………は?」

「お前、妖怪に名を聞かれた事あんだろ?」

「うん……ある」

「教えた事は?」


ぶんぶんと頭を横に振った。そんな怖い事出来なかったよ。


「あのな、妖怪ってのは名前でそいつの魂を縛っちまうのさ。どうやらお前、賢いみたいだから今まで無事だったんだろうな」


そう言ってにかっと笑ってくれた。

脇息に肘付いて笑いながら俺の事見てるって言うか。


「だからお前の名前は今から萌葱だ。忘れんなよ?」

「………………はい」

「ああ、俺は百入(ももしお)って言うんだ。ま、よろしく頼むわ」

「はあ……百入さん、ですか」

「ああ。それとな、この家には同居してる奴がいっぱいいるが、まあ仲良くしてくれ」

「は、い……よろしくお願いします」

「ああ。小梅!」


百入さんが大きな声でそう言うと、廊下の向こうからだだだだだっと走ってくる音が聞こえて来て、襖がガラッと開いた。

小さな女の人が立っていて「呼んだか?」と声を掛けて来る。


「ああ、呼んだぞ。コイツを部屋に案内してやってくれ」

「はいはい、わかったよ。おいで」


百入さんも着物だけど、小梅って呼ばれたこの小さな女の人も着物を着てた。

帯からエプロンぶら下げてて、ああ、ここで働いてる人なんだなってすぐにわかった。

だから、百入さんにお辞儀した後小梅さんにくっ付いて行ってさ。

空いてる部屋に案内して貰ったのはいいんだけど、家の中が入り組んでて何処が何処やらさっぱりわかんねえってのは、本当に困ったな。


六畳の部屋に案内して貰ってさ。

箪笥が一棹と、文机が一つ置かれただけの部屋だった。


「お前、名前は?」

「俺は……萌葱です」

「萌葱、夕飯食べるだろ?」

「……はい、頂きます」

「時間になったら声掛けてやるよ。今日は部屋にいな」

「ありがとうございます」


そう言って小梅さんはまたパタパタと走って行ってしまった。

俺は部屋に入って荷物降ろして。下着とか持って来た服とか箪笥に仕舞ってさ。

どうしたらいいのかわかんなくて、文机の前に座ってぼうっと庭を眺めてたんだよ。丁度目の前の窓から中庭なのか、大きめの池があんのが見えてさ。

キラキラ陽の光が反射して綺麗だった。

あー、綺麗だなあ、すっげえ手入れされてんなあって思いながら見てたらさ。


その大きめの池から河童が出て来たんだよな。


何かもうやべえ、やべえよって思ってんのに目が離せねえの。

不思議だよなあ。変なもんは見慣れてるつもりだったけど、こんなあからさまにスゲエのが出て来ると本当に困るんだなって思った。

じいいいいいっと俺が見てたらたぶん、視線を感じたんだろうな。その河童は俺に気付いてにこっと笑ってさ、水かきの付いた手を挙げて見せたんだよ。


それにつられるみたいに俺も片手を上げて合図したのが悪かったのか何なのか。


「いやあ、どうもどうも。もしかして新しく来るって言ってた子かな?」

「は……はいっ、そ、うです」

「あ、ビックリしちゃったよね?ごめんね?大丈夫、ここでは悪い事しないからさ」

「は、はい……」


にこにこしたまま窓からそう言って来る河童に、本気でどうしたらいいのかなんてわからなかった。


「父ちゃーんっ!!!」


河童の後ろから小さな河童が走って来て、窓の所にいる河童にしがみ付いた。

その小さい河童を抱き上げて窓から見えるようにして、こう言ったんだ。


「これね、息子の三郎って言うんだ。君と友達になれると思うよ?」

「お、お前やっと来たのかよ!俺待ってたんだぞ?」

「こら、三郎。よろしくって言うんだよって教えただろう?」

「あ、そうだった!俺三郎って言うんだ。よろしくな?」

「よ、よろしく……」

「なあ、入ってもいいか?」


そう聞いて来る河童に、こくりと頷く事しか出来なかった。

河童の父ちゃんは「仲良くしろよ」って言いながら池に帰って行っちゃった。


「なあ、お前名前は?」

「あ、あー、も、萌葱」

「萌葱?」

「ああ」

「そっか。よろしくな?」

「うん、よろしく」


そうして俺は、河童の水掻きが付いてる手と握手を交わしたんだ。

見た目でぬるっとしてんのかと思ってたんだけど、意外にもつるっとした感触に戸惑った。


俺、こんな間近でまともに妖怪見たのは初めてだと思ってたんだけどさ。


実は玄関で出迎えてくれた赤ら顔の大男は、烏天狗だったし、ニタニタ笑ってた変な奴は鵺って言う妖怪だったし、小梅さんは夜雀って言う妖怪だったって、後で知った。

そう、この家は妖怪も一緒に住んでる家だったんだよなあ。


もちろん、人間も一緒に住んでんだけど、何か人間の方が妖怪に見える時がある。


大体は退治屋の仕事で外に出てて家にいない方が多いんだけどさ。

俺はまだ成長途中だからってんで退治屋の仕事をした事は無いけど、小梅さんと一緒に家の中の事を手伝ってた。

人間より妖怪の方が人数が多いもんで、飯の支度が大変なんだって小梅さんがよくぼやいてるのを耳にしている。



◇◆◇◆◇◆



迷路みたいな家の中の事を覚えるならまず、雑巾掛けをするといいぞ!と言う小梅さんの持論によって、俺は翌朝から扱き使われていたんだが。

河童の三郎が付き合いのいい奴で、いっつも朝から一緒に掃除してくれた。

お蔭で、何か泣いてる暇ないって言うか。


そんでも、やっぱ夜に目が覚める時があってさ、その時には何かすごく寂しくなっちゃってさ。布団の中で丸くなって泣いちゃったんだよな。


「何だお前、寂しいのか?」

「大丈夫だぞ、俺達がいるからな」


そんな声が聞こえて、恐る恐る布団から顔を出したらさ、よくわかんない小さい妖怪達が俺の事覗き込んでて、夜中だってのに「わあああああっ!」なんて大声出しちまった。

俺の声にビックリした妖怪達と部屋の中で見詰め合って。

ケタケタ笑い合って一緒に寝るようになったんだ。何かもう、何だろうな、あん時のあの気持ち。そん時以来、俺の部屋には妖怪が寝てる。

うっかりすると自分の寝る場所を奪われるくらいの勢いで寝てるから、段々俺も慣れて来てさ。足で転がしてどかしてから寝そべったりするようになった。


慣れって怖いよなあ。


飯の用意はまず百入さんの膳を運んで、次が錫。ああ、錫ってのはあの烏天狗の大男の事だ。あいつ、飯は大喰らいだわ大酒飲みだわ、本当にすげえの。

まあ小梅さんが言うには天狗ってのはそう言うもんだって事みたいなんだけどさ。

その次が千歳。コイツはニタニタ笑ってた奴な?

焦げ茶色の髪に翡翠色の綺麗な色の眼をしててさ。確かに顔は整ってると思うけど、千歳は女を誑かしちゃ泣かせてる悪い奴だ。

こういう大人にはなりたくねえ。


大人達の膳を運び終わったら、子供達は別の部屋で食べててさ。

三郎とか、(いたち)の子供の弥彦(やひこ)とか、狸の央太とかが俺と一緒に食べてた。小梅さんは子供部屋に来て一緒に食べてたな。食べ方の指導をするって言ってさ、これが厳しいのなんの。

でも、小梅さんはおっかないけど、優しい人だ。


ここに来て一年も経った頃には、ちゃんと便所の場所も憶えて間に合わなくて漏らすって事が無くなってたな。

いや、廊下を一本間違えただけでとんでもねえ所に出るもんでさ、覚えてねえ内は何度か漏らしちまった。その度に小梅さんがさ、気にすんなって言いながら一緒に片付けてくれたんだよな。

小梅さん、母ちゃんみたいな人だよな。


二年目に入った時に、百入さんから新しい仲間が来るって教えて貰ったんだ。

俺みたいな子供が他にもいるんだなって思ってさ、仲良くやろうぜって皆で言ってたんだ。

入って来たその子は、まだ五歳の女の子だった。


これがまたすげえ可愛い顔しててさ。


俺、この子にいきなりキスされたんだよ。

ぶちゅーっと、そりゃあもう遠慮なく。驚く暇も無くて、でも頭ん中はすげえ動揺起こしてて。そしたらさ、俺、気絶してた。

情けねえって思いながら起き出した時には何かガックリ来てたんだけどさ。


百入さんに呼ばれて行ったら、百入さんと千歳がいて、そこで話聞いて更にビックリしたんだけど。


あの女の子、人と妖怪の子供なんだって言うんだよ。


思わず千歳の顔をじとっと見ちまったら、千歳はにこっと笑って「僕はそんなヘマしないよ?」って言ってた。

絶対怪しい、アイツ。


キスされると、神気を食われるから気を付けろって言われた。


神気ってのは、強弱の違いはあれど日本人なら誰もが持ってるもんなんだと。妖怪共が持ってる妖気の反対だと思えばいいと思う。

これが強いと妖怪が寄って来るらしいんだよな。百入さんもそうだし、俺もそうだったって訳だ。そんな見えないもんわかんねえよなあ。


「あの娘は一斤(いっこん)と名付けたからね。仲良くしてやってくれ」


ああ、結局俺が面倒見んのかって思いながら頷いて。

気が付いたら俺の部屋に住み着いてたから、まあ、小さい内はいいかって思ったんだ。

コイツだって家族が恋しいだろうしさ。


「一斤、俺萌葱って言うんだ。よろしくな?」

「……萌葱?」

「ああ」

「萌葱、ごめん、ごめんね」


ぼうっと俺の部屋に座ってた一斤がさ、そう言って泣いた。

たぶん、俺が気絶しちまったこと謝ってんだろうなって思ってさ。


「一斤、気にしなくていいよ。知らなかったんだろ?」


きっとあの後、百入さんから何か言われたんだろうって思ったから、頭撫でてやったんだ。ま、こん時から俺は、一斤とか三郎とか弥彦とかそう言うチビ共集めて家の中の仕事を手伝わせるようになったんだ。


そうそう。


人間の紹介忘れてたよな?

ええと、百入さんの下、二番目が鈍色(にびいろ)さんって言って、見た目四十代前半くらいか?面白いおっさんで、必ず土産を買って来てくれる。

次は青藍(せいらん)さんって言って、無口で左の眉毛の真ん中辺りから目尻に掛けて切り傷があって、眉毛が切れてる。目つきが鋭い人で見た目はすげえ怖いけど、青藍さんなりに俺達の事可愛がってくれてるのはよくわかる。怖いけど。

次は黒紅(くろべに)さんって言って、千歳とキャラ被ってる人だ。

この人は悪ふざけが大好きで、俺に女装しろとか命令してくる。雪姫って言う雪女の妖怪と組んで俺に女装させて酌させる変わった人だ。

青藍さんとは違う意味で恐ろしい。


でまあ、ここまで紹介してわかったと思うんだが、人間は皆色の名前で呼ばれてるんだ。

全員、百入さんが名付けてるからたぶん、百入さんの中でのイメージなんだろうなって思う。よくわかんねえけどさ。


これが、今俺が世話になってる退治屋の面々だ。


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