平凡顔の王子さま
イケメンじゃない王子様を書いてみたかったのです。
※手直ししました。
僕には、10歳年下の従姉妹がいた。彼女は5歳でまだ幼いというのにとてもませていて好きな絵本を読みながらこういうのだ。
「クレイスは王子様だから、大きくなったらきれいなお姫様とけっこんするのよ!」
と。
彼女の愛読書は、囚われの姫を王子が救うというよくある御伽噺の絵本でそんなお話が大好きなのだった。
キャルロット、僕はケリーと呼んでいる、が澄んだロイヤルブルーの瞳をキラキラさせて言うもんだからあまり強くは言えないのだが、それでも僕はつい言ってしまう。
「僕はこの絵本の王子のようには美しくないから、こんな美しいお姫様と結婚なんて出来ないよ」
絵本の王子と姫は美男美女と相場は決まっている。自分でも平凡だと自覚している僕を気にも留めずケリーは語気を強めて言う。
「大丈夫よ!クレイスは王子様なんだから!」
なんの根拠もなくそう言うケリーはこれから美しい、それこそ絵本のようなお姫様になること間違いなしのその片鱗が伺える。
しかし僕は凡庸な容姿だ。偉そうな服でなんとか王子っぽさを出しているものの市井の格好をすれば僕はいい具合に混じってしまうことだろう。
この容姿は父似だ。母はかつて社交界を賑わせた美しい方で、またその一族も皆美貌の持ち主ですごく有名だ。
母の兄の子であるケリーもまたその血をしっかりと受け継いでいる。今はまだ愛らしいだけの顔も数年すれば母や伯父上のように麗しく魅力的なものになるのだろう。
「でもね、ケリー。僕はこういうきれいなお姫様より侍女のマリーンのような地味な人が好きなんだよ」
「いいえダメっ!あなたの相手は美しいお姫様に決まってるんだから!」
そんな僕は派手なものが苦手だ。この幼い従姉妹のことは好ましいと思うが時折うっとおしく思うこともある。それはこのかしましさであったり強引なところであったり、その輝く金の髪だったりする。
だからか静かで大人しく目立たない侍女のマリーンに惹かれるのかもしれない。
彼女は行儀見習いに来ている伯爵家の令嬢だ。何れはどこかの家に嫁ぎここから去っていくのが決定されている。だから僕はその恋情を出すつもりはなく、静かにひっそりと気持ちを温め彼女が嫁いだ暁には一人裏庭で涙にくれる予定だ。
何故芽生えた恋を枯らすのかって?そんなの決まってる。
僕は凡庸な王子だからだ。
彼女たちのような年頃の娘が憧れるような容姿端麗な王子様ではないから、きっとこんな僕が口説いたって答えてはくれないことは想像に難くない。
僕がどんなに否定したって拒否したってケリーは主張を曲げなかった。どういう意思があるのかわからないがケリーは頑なだった。だからいつしか僕は諦め彼女の言いたいように言わせることにした。どうせ大人になればすぐに分かること。それは僕の凡庸さだったり、大人の事情ってやつだったりだが。
彼女が10になるころには、やはり僕の思った通り幼いのころの主張を引っ張り出すことはなかった。きっとケリーも現実を知ったのだろう。他のイトコたちよりも僕を慕ってくれていたのは知っていたがそれも今は違う。もう目も合わすこともない。ケリーを苦手としていたが目も合わされないと少しさみしいものがある。まあ仕方のないことか。
それから時間は過ぎ僕は25になった。あの侍女のマリーンは二年前に同じ伯爵家の男に嫁いでいった。
晴れやかなその後ろ姿を僕は今でも覚えている。今年に入って身篭ったと風の噂で聞いた。きっと彼女はステキな家庭を作ることだろう。平凡ながら温かい家庭を。
僕は泣かなかった。その頃には彼女を思う気持ちはもうなかったから。ただその幸せが続くことを祈った。そしてその幸せを守るためにもいっそう執務に励んだ。
マリーンの手にした幸せに羨ましさを覚えるが僕は王子だ。政略による婚姻も余儀なくされる。今のところそんな影も形もないのはあまりにも僕が凡庸すぎるからではないと思いたい。これでも僕は王子だからね。仕事はできる方だよ、容姿はイマイチだけれど。
「クレイス!!」
突然執務室に美しい女性が入ってきた。いきなりのことに僕も僕付きの政務官も書類を片手に目を白黒させてしまう。
えーと、これは一体……? こんな美女の知り合いはいないはず……。
「クレイス!私、綺麗になったわ!だからあなたと結婚できるのよ!!
ねえ、だから結婚しましょう?」
突然現れ、いきなりプロポーズされた。
「き、君はいったい…?」
「まぁ私がわからないの? クレイスったらひどい人…そりゃあれから全然会っていないからあなたが忘れてしまうのも仕方ないのかも知れないけれど……」
女性はどうやら僕の知り合いらしい。美しいかんばせを悲しげに歪ませ彼女は地面を睨んだ。そのロイヤルブルーの大きな瞳からは今にも雫が落ちそうだ。それを阻止すべく僕は慌てて言い募る。
「申し訳ない、よければ名前を─」
聞かせてくれないか、そう言いかけた僕の脳裏をよぎる幼い日のこと。大粒のアクアマリンのような瞳をした愛らしい従妹姫は今、この女性くらいの歳になっているのではなかったか──
それに気づいた瞬間、僕の体に電撃が走った。
「キャルロット、君なのかい……?」
「キャルロットなんて呼ばないで。あの頃のようにケリーと呼んでちょうだい」
息を呑むほど美しく笑ったキャルロットは確かにあのケリーで、笑った顔には幼いころの面影をわずかに残していた。
「ケリー…綺麗になったね」
「ふふ、ありがとうクレイス。あなたに言われるのが一番嬉しいわ」
「そうかい?…というか君、さっきのはいったいどういうことだ」
「どういうもなにも、そのままの通りよ」
固まってしまった政務官に暇をやり侍女に用意させたお茶を二人で啜る。事情を聞こうと彼女に椅子を勧め落ち着いたところで話を振った。
「君は、僕と結婚するなんて言っていたけれど…君ほど美しければよりどりみどりだろう。それに君は侯爵家のお姫様だ」
「クレイスは忘れてしまったの?」
「なにをかな…?」
「『王子様はきれいなお姫様とけっこんするの!』……昔そう話したこと」
口を尖らせむくれた顔をするケリーに僕は驚いていた。なんでかって幼いころ彼女が主張していたこと、未だに覚えているなんて思っていなかったからだ。そもそもあの主張は10歳ごろには聞かなくなって僕はとうに諦めたか忘れたかと思っていた。
「やっと大人になって、みんなが認めてくれる美しい姫になれたのよ。だからどうしてもクレイスに会いたくて、会って言いたくて、突然訪れてしまったの。──怒ってる?」
「……すごく驚いたけど、怒ってはいないよ。むしろ会いに来てくれて嬉しい」
「ホント!?じゃあ私と結婚してくれる!?」
だから何故そうなる!!?
思わず叫んだ僕に、ケリーは誰もを魅了する美しい笑みを浮かべていった。
「クレイスは王子様だから!
王子様はきれいなお姫様とけっこんする運命なのよ」
ね、私の王子様?
小首を傾げていうケリーに、僕は一生叶う気がしないのだった。赤くなった顔を見せたくなくて逸らしてしまったのは仕方のないことだと思う。
「わかったよ、僕の──お姫様」
彼女が嬉しそうに笑ったのを僕は視界の端でしっかりと捉えたのだった。
お読みくださりありがとうございました。