第二話
カズヤが森の中を歩き出してから二時間弱が経った。
「何処まで続いているんだ?この森は」
しばらく歩いてはみたが、景色が一向に変わらない。歩いていれば森を抜けるだろうと最初は考えていたカズヤも少し心配になってきている。だいぶ森の奥にいたのか、自分が歩いている方向が間違っているのか分からないが、自分が何処にいるのか分からないカズヤにはどうしようもない。
しかし、分かった事もある。まずメニューが開けない。最初、マップを開こうとメニューを呼び出そうと色々ためしたが、全く反応しなかった。他にもやたら五感が鋭くなっている。特に痛覚は現実世界と同様になっていた。これは結構重要なことで、VRゲームでは痛覚を再現するのは禁止されている。ディヤヴォルオンラインもデスゲームになったとはいえ、そこはまともに機能しており、痛覚は最大でも爪楊枝でつつかれた程度の痛さで押さえられていた。しかし今現在、痛覚が現実世界と同程度に戻ってしまっている。これだけでも十分に可笑しいと言える。
カズヤもこれには疑問を持った。一見ディヤヴォルオンラインの世界と変わらない様に思えるが、ゲームにはない現実感がある。普通に考えればここはゲームの中だ。カズヤはディヤヴォルオンラインのアバターの姿であるし、さっき調べたところスキルも使えた。しかし、カズヤに伝わる現実感がそれを否定していた。そこでカズヤは一つの仮説を建てた。
ーーーーーここはゲームではなく現実ではないのか。
ゲームではないがディヤヴォルオンラインに似たゲームの様な現実の世界。自分はなんらかの理由でそんな世界に紛れこんでしまったのではないか。謂わば、異世界に。勿論これは仮説であって、普通ならそんなことはあり得ない。けれどこの異常な状況で絶対にないとも言えない。何よりカズヤの直感が告げていた。ここは異世界だと。
「どうしたもんかな......」
仮にここが異世界だとして、なんで自分がそんなところにいるのか。自分は魔王に殺されたんじゃなかったのか。いろいろ考えがカズヤの頭の中に浮かんでくるが、今考えても仕方がない、とカズヤは諦め森の中を歩く。
するとようやく森を抜け、粗末だが、人工的に作られた道があった。何処に繋がっているかは分からないが、取り敢えず人里には繋がっていると信じて、その道に沿って歩き出す。
「ん?あれは......馬車か?」
そうやってまたしばらく歩いていると、前方に人の姿が見えた。近づいて見ると馬車がゆっくりと走行し、その周りを三人の人が守る様に囲んでいた。すると向こうの一人がどうやらカズヤに気が付いた様で、何か話すと馬車が止まった。
「おい!そこの奴!何の用がある!お前が盗賊じゃないってんなら、両手を上げてこっちにこい!」
男がカズヤに向けて叫ぶ。カズヤと男の距離は三十メートル程しか離れておらず、どうやらカズヤのことを盗賊か何かと勘違いしているらしい。カズヤがどうしようかと迷っていると、男は腰に差していた剣を抜き更に警戒を強める。それを見たカズヤは慌てて両手を上げて、男に近づいた。
「なんだよ、ただの迷子だったのかお前」
カズヤは何とか身ぶり手振りで説明し、そのカズヤの様子に男は疑問を抱き、自分が勘違いしていたことに気が付いたのはそこまで時間は掛からなかった。カズヤもここに来て急な人との遭遇に慌てながらも、自分の事情を暈しつつ話した。カズヤとしては世間に疎い田舎者という設定で話したのだが、何故か向こうは迷子ということで伝わってしまった。実際そうだった訳で、カズヤはあまり否定出来なかった。結局のところは誤解がとけ、更にはすぐそこの街まで同行が認められたので、カズヤは良しとした。
「いや~悪いな。カズヤが離れた所からこっちをずっと見ていたから盗賊と勘違いしちまってな」
そう話すのは最初からカズヤと話した男で、名前はガイン。身体が大きく顔は強面だが、先程からカズヤには優しく接している所を見るといい人なのだろう。
「いえ、気にしないで下さい。もとはと言えばこそこそと近付いた俺が悪いんですし」
「いや、しかしなぁ......」
「ほらガイン、もうそこまでにしときな。カズヤ君も困ってるよ」
そうガインに話しかける女はキャシーといい、ガインとパーティーを組んでいるらしく、今は馬車の護衛をしているそうだ。キャシーはガインの頭を軽く叩くとカズヤの方を向く。
「悪いね困らしてしまって。こいつはいい奴だけど馬鹿だからさ」
「そんなことないですよ」
キャシーはカラカラと笑いながらガインの背中を叩き、ガインは怒ったようにキャシーを睨んだ。
「そういえばカズヤは何をしに田舎者から出てきたんだい?」
「はい?」
カズヤ何を言っているのか分からないという顔をして、自分がさっき話した設定を思いだし、慌てて考える。
「えっと......自分がいた村は裕福とはいえない状況でして、村に仕送りするために出稼ぎに来たんです」
「へぇー偉いねカズヤくん。その格好をみると冒険者になりに来たのかい?」
「え......あ、はい」
やっぱりあるんだと思いながらカズヤは返事を返す。ますますの異世界疑惑が深まってくる。カズヤはここが異世界であることを受け止め、どうしようかと考える。
「ふ~ん。冒険者を目指すのはいいけど、冒険者はそれほど簡単じゃないよ?魔物だっているし、命の危険だってある。それでも冒険者になるのかい?」
さっきあったばかりなのに自分を厳しい言葉で心配してくれるキャシーにカズヤは苦笑して、大丈夫です、と返す。この世界で冒険者がどれ程危険なのか分からないが、スキルさえ使えれば戦いに関してはある程度大丈夫だろう。仮にも自分はディヤヴォルオンラインで上位プレイヤーとして戦ってきた。多少の事は対処できるはずだ。カズヤはそう考えた。
「そうかい」
キャシーはそれ以上は何も言わず、前を向き歩く。ガインはそんなキャシーを見てカズヤに近付いた。
「キャシーの事は悪く思わないでくれ、あいつはお前のことを心配してるんだよ。若い奴でお前みたいに素直で礼儀正しい奴は珍しいから特にな」
ガインはキャシーの事情少し思い出し、顔をしかめる。
「俺が素直かどうかは置いとくとして、心配してくれているのは分かってますよ。それに......」
ふと、カズヤは気配を察知し後ろを向いた。
「どうした?」
「来るぞ」
カズヤは双刀を抜き、構える。
「おい何が......」
ガインはカズヤが見ている後方の森を向く。キャシーも首を傾げながら後ろを向いた。その瞬間、
「グオォォォォォ!!」
森の木々を薙ぎ倒し、巨大な鬼が姿を現す。
「なっ!オーガだと!?」
ガインとキャシーはオーガを見て驚く。ガインの記憶ではオーガはランクBの魔物だった筈だ。だとしたら、自分達には手が負えない。ガインとキャシーは護衛の依頼に就いているため逃げることは出来ないが、せめてカズヤだけでもと、ガインはカズヤの方を向く。
「カズヤ!逃げろ!」
「え?」
ガインはカズヤに逃げるよう促すが、カズヤは逃げる素振りを見せず、むしろ戦う気まんまんだった。それもその筈でディヤヴォルオンラインのオーガの適正レベルは三十五。対してカズヤのレベルは魔王に殺される前は百六十八だ。カズヤからしてみれば、オーガは雑魚でしかない。カズヤにはガインやキャシーが慌てる意味が分からなかった。
「大丈夫ですよ」
そう言ってカズヤはオーガに向かって走り出す。オーガも走ってくるカズヤを捉え、持っている棍棒を振り下ろした。
「危ない!」
ガインはカズヤがオーガに向かって走り出した事で失った我を取り戻すと、慌てて武器を取りカズヤに向かって走る。しかし既に間に合わない。オーガの棍棒がカズヤに迫り、ガインは棍棒にカズヤが潰されるのを想像した。
しかし、その前にカズヤが動いた。カズヤはヒュンッと音をたてて、刀を振る。オーガは全くカズヤに反応する事が出来ずに斬られ、首を落とした。オーガの頭が地面を転がり、身体は地に伏した。
「ふぅ......」
双刀に付いた血を払い、鞘に直す。そしてガイン達の方を向くと、ガインとキャシーが口を開け絶句している姿がそこにあった。
護衛でまだ名前すら出てきていな人が一人いますが気にしないで下さい(笑)