街へ行こう
もぐもぐ パク もぐもぐ ごくん
咀嚼音だけがする。
誰かと誰かの会話は昼食だというのに聞こえない。
たった一人で昼食をとる7歳児がそこにいた。
まあ当たり前なんですけどねー。
だってこの家には俺と母さんと侍女のカーミアしか住んでませんし、勉強だって母さんがいれば教師を雇う必要もないしカーミアがだいたい何でも出来るから剣術指南も間に合ってるし。
もぐもぐ ごくん ゴキュゴキュ
家は侍女を雇えるくらいには金を持ってるから貧乏ってわけじゃないしなー。
カタッ パン
「御馳走様でした」
手を合わせて今食べた命に感謝した後、食器を下げる。
食器は下げといておけばカーミアが後で洗ってくれるからだ。
「さてと」
何をしようかな。
河の主を討伐もといぶっ倒したからすることがない。
「んー暇だ〜」
とある英雄が口にした一言がある。
『俺は冒険者だ、冒険者ってのは毎日全ての時間が生と死の狭間で成り立ってる。普通なら怖いことだと思うかもしんねぇがこりゃ生きてるって気がして、スッゲー面白いんだぜ』
その英雄はある伝説の化物を討伐する時にこの言葉を口にした。
今では何故こんな言葉を発したのか分からないが諸説ある中の一つではこう捉えられている。
というか俺はこう捉えている。
彼の人生は一度たりとも生と死の狭間から抜け出たことなどなく、ずっと抗い続けていたのだ。
気が狂いそうなほど死にふれて、死に最も近いとこまで行ったことだろう。
普通なら気が触れても可笑しくない。
だがそれこそが彼を化物を前にしても怯まぬ英雄たらしめ、化物と闘い撃退に成功させたのだと。
そして彼はそれが出来るだけの強さを与えてくれた今までの世界に感謝していたのではないのか、と。
まあ彼の人生は強き彼にとって最も楽しい遊び場だったのだと語る人もいるが。
その辺は置いとこう。
何故この言葉を出してきたかと言うと、今絶賛暇してるからだ。
俺は少なからず彼に憧憬の念を抱いている。
彼のようになりたいなら彼のような人生を歩むべきではないか。
なのに俺は今暇してるのだ。
それは何故だ?
することがないからだっ!
「これはある意味危機的状況ではなかろうかっ!!」
ガタタッ
どうやら俺は興奮していたようだ。
気がついたら椅子の上に立ちテーブルに片足を乗せて拳を上げて叫んでいた。
「ふっ…」
恥ずかしくなったので降りることにした。
「うーん、これはもうどうしようもないのかもしれないな」
ずっと同じ場所にいてもしょうがないので家の中をブラブラしてみる。
ブラブラ〜ブラブラ〜
ブラブラ〜
ブラブラ…
「暇だ……」
何故だろう、何故何も起こらないのだろう。
そして何故過去の俺は家の中をブラブラすれば何かが起こると思ったのだろう。
解せぬ。
それでもなおブラブラしているとなんとなくで体が母さんとカーミアのいる部屋についてしまった。
「何故だ…詰まらないと母さんの所に足が進むのは子供の行動じゃないかー!」
自分が子供であることなど棚上げにして自らの行動を嘆いていると部屋のドアが開いた。
「レシウス様もう少し静かにしていただかないと奥様が起きてしまいます」
「うぅ、だってカーミア〜」
カーミアの注意の言葉に対して涙声になって言い返す。
「どうしたのですかレシウス様」
「暇なのだ」
さもありなんと、当然の如く暇であることを侍女のカーミアに言う。
こうやって告げればカーミアは絶対何か提案してくれるからだ。
さあ、さあこいカーミア!この俺の暇をぶち壊してくれ!カーーミアーーーーー!!
「そうですか、何やら凄い期待の眼差しを向けられていることに対して突っ込むべきか突っ込まぬべきか迷いますが、暇なようでしたら街にでも出掛けてみてはいかがかと」
「街?」
「はい、この家は少々街より離れております故レシウス様はまだ街に行ったことはありませんでしたよね?」
「うん、街は行っても詰まらないと母さんが言ってたから行かなかったかな」
そうなのだ、母さんが街なんてしょうもないとこ行っても意味ないから行きたくないわ〜っと言っていたのを聞いたことがあり、行く気になれなかったから俺はまだ一度も行ったことがない。
しかしカーミアが言うには街には色んな店や建物が建っており、大通りを抜けると子供もよく遊んでいると言う。
子供がいる。
その言葉が俺の心を鷲掴みした。
俺は今まで一度たりとも自分以外の子供に出会ったことがない。
何故なら家の近くには森と河しかなく近所の幼馴染みなどいようはずもなく、兄弟なんてものは父さんが産まれてくる前に死んでしまっているので望みようもない。
だから何時も森か河で俺は動物たち相手に遊んできた。
正直な話をすると寂しかった。
「子供かー、子供がいるなら行ってみたいな街に」
その言葉を待っていたとばかりカーミアは笑って俺の手を握る。
「それでは向かいましょうかレシウス様!」
ぐいぐい手を引っ張っていくカーミア。
何故カーミアがこんなに喜んでいるのだろうか?分からないがまあ良いか。
「あ、でも母さんのことはどうするのカーミア」
「大丈夫です、街まで歩いてほんの数分ですので。心配なさらずとも私が走れば5秒とかかりません」
当たり前のように話しているがそれって意外と凄いことでは?
よくは知らないが数分も歩く距離ということは100メートルはありますよね?
え、100メートルってだいたい俺が全力疾走したとしても12秒はかかるんですけど。
あ、そうか大人だからか。
子供としては早い方だと思っていた自分の足の速さがカーミアには当たり前のように敵わなかったのが少し悲しくなった。
…明日からまた森で鍛えよ。
そう心に誓ったレシウス君でした。
◇◇◇◇◇
カーミアに言われて行く用意を整えた俺は家の門で待っていた。
「お待ちなられましたかレシウス様」
たぶん俺が待っていることに気づいて急いで用意してきたのだろう、カーミアは少し汗をかいてた。
「いや…大丈…夫」
驚いて少したどたどしい言葉になってしまった。
驚いた理由はカーミアの格好だ。
いつもは母さんが用意したメイド服という物を着ているのだが今は何と言うか軽装の旅人って感じの衣装だ。
マントの奥にチラリと見えた曲剣と急所を守る革鎧、紺色の髪によく似合った鮮やかな緑の髪留めが仕込み刃だということを俺は知っている。
なんというかイメージが反転してしまう。
優しげなメイドがいきなり夜の蝶と呼ばれる暗殺者になった気分だ。
しかもその格好が似合っているというか堂に入ってるというか、気迫という物がある気がする。
「?どうかいたしましたかレシウス様」
「うん?あぁいや、良いよ。うん行こうか」
「では僭越ながら街までご案内させていただきます」
そう言ってカーミアが自分の手を差し伸べてきた。
たぶん手を繋いで行こうということだろう。
あまりなんとも思わずにその手を握って一緒に門を出る。
(今思えば家を門から出たのは初めてだったりするな)