6話「忍び寄るヒゲ」
スベルニア王都、その中層に存在する地下をザギルと十一番隊隊長の女を先頭に、後ろには少数の兵士達が足並みを揃え歩いている。
地下は殺風景な広い空間で両端にある壁には淡い緑色の様な光を放つ大きな石が等間隔で見渡す限りに設置され地下を照らしている。
地下の存在は騎士団の中でも極一部の者以外には秘匿にされており、その情報を知るザギルは地上を逃走中のラウル、ラズメリアより先回りして迎え撃つ為に地下を進んでいる。当初はザギルの隣で女が物珍しそうな様子で地下を眺めていたが、現在はじーっと口元に手を添えザギルをまじまじと眺めている。
「実は、一番気になってたんだけど、貴方のその格好……歩き難くないの?」
女が言う様にザギルは隊長の中でも珍しく制服ではなくシンプルな鎧を身に纏い、その両肩にはザギルの身長と同等に大きな厳ついた盾が備え付け、その背中にも一回り小さな似たような盾が右左に装着されている。その為ザギルが歩く度に時折、肩の盾が地面が擦れ地面が削られている様な音が地下に響き渡る。その見た目は他の隊長や兵士と比べても異彩を放っている。
「……そうでもない」
「……そう。でも貴方がなんで鉄壁のザギルなのか、わかった気がするわ……でも、そこまでしてるのに兜は被らないの?」
「兜を被ると髭が崩れるのでな」
何処か呆れた様に女は「そう」と呟く。ザギルは黙々と髭を弄りながら歩いている。
「でも、あの小娘がここを通ってたら私達ってマヌケじゃない?」
「それはない。貴様も此処を知らなかった様に通常の任務を受ける者に地下の存在は知らされない」
「通常の任務?」
「世間一般に知られている魔物の討伐、王都外の調査や生き残りの人命保護が通常任務だろう。それとは別にもう一つ……まあ、貴様も吾輩の黒い噂は知っていよう? 吾輩は冒涜者の抹殺及び捕獲を主な任務としている。つまり地下を知る者は大抵、人を殺している…………まぁ、ラズメリアも能力的に一時期候補に上がったらしいが代わりにライセン、最強の剣聖が任務をこなしていたと総隊長に聞いたことがある。本人は知らんだろうがな」
そもそも、人々は自分達と違う異能な力を持つ者を忌み嫌い冒涜者、神を冒涜する者、等と呼ぶのはある意味では信仰心が厚い表れであり、その為なのか人と人が衝突する機会は滅多に無く、騎士団の中でも人を殺した経験がある者など一部を除けば無いに等しい。
「へぇー。やっぱりムカつくわね、あの小娘。剣聖様の手を煩わせていたなんて…………やっぱり私があの小娘を殺すしかないわね。公衆の面前であの顔を羞恥に歪ませるのも悪くないわね」
冷笑に歪んだ表情で女はラズメリアに想いを募らせる。その表情をチラリとザギルは横目で確認し暫く歩いた後、重い口を開く。
「…………貴様はラズメリアに手を出すな」
「急に、なに? ひょっとしてあの小娘を殺すなとかでも言うつもり?」
女は徐々に怒りを募らせ、ザギルを鋭く睨む。
「確かに吾輩は、過去にライセンやラズメリアと同じ隊に所属していたが、別に貴様がラズメリアを殺そうがどうでもいい。それが命令なのだ吾輩がとやかく言う筋合いはない」
「じゃ、なによ?」
「……はっきり言おう。貴様ではラズメリアには勝てない」
女は立ち止まり腰に巻いてあるムチを勢い良く地面に叩きつける。その音に後ろを歩いていた兵士達も思わず立ち止まる。
「はっ? もしかして、この私があの小娘よりも劣る? 貴方、本気で言ってるの? 冗談でしょ?」
「ピンクの吸血姫と呼ばれるラズメリアは冒涜者の中でも極めて希少な能力を持つ。基本的に冒涜者と呼ばれる者は何かを代償に神の御技を顕現させる事が出来るとされているが、ラズメリアの代償は血だ。血と引き換えに火を操る」
「血? 体内の血の量なんて限られてるじゃない? 使いすぎたら自滅してくんじゃないの? 楽勝じゃない」
「あれの真に恐るべきはその血の代償が自身の血である必要がないと言うことだ」
「な……確かに厄介そうね」
「要はラズメリアの攻撃を完璧に回避するか防げばよい。鉄壁である吾輩とラズメリアは相性がいい……がもし吾輩が敗れた場合、ラズメリアも相当弱っているだろう、貴様はそこを狙うがいい」
「ふうん。貴方がそれでいいなら別にいいわ」
ザギルは不意に立ち止まり壁の扉を見ている。
「着いたようだな。この扉から階段を登れば地上に出れる」
兵士達が扉を開け、女は階段を進みそれに続き兵士達も階段を上り始める。その様子をザギルは見ているだけで動く気配はない。やがてザギルが一人の兵士をの肩を掴む。
「待て、リーダー。貴様に話がある」
肩を掴まれた兵士は怯えた様子で頷いていた。
昔書いてた6話をなんとなくそのまま投稿してみました。7話を書くなら修正しようかな