4話「冒涜者」
二人は森の中にいた。ラウルを片手で担ぎ、ラズメリアは木々が生い茂った森の中を硬い枝をはぴょんぴょんと軽やかな動きで跳んで移動している。
始めは二人で並ぶ様に走っていたのだが、ラウルの走る速度の遅さにラズメリアは痺れを切らし今の抱える形となっていた。今のラウルはラズメリア程の美人に担がれ、男性なら羨ましがる者も多いだろうが、現実はラズメリアが物凄い速度で跳んだりしている為、激しい揺れと激しいスピードに襲われ、ラウルは酔いにも似た症状を発症していた。一刻も早く降ろして欲しい、そんな表情をラウルはしている。
「あ……うっ、そろそろ限界です。吐きます」
そう告げた直後、ラウルは一人、空を飛んでいた。ラズメリアが急に手を離し、その勢いのまま空を飛ぶ形となったラウルは絶叫にも似た叫び声を上げながら数メートル先の見渡す限りに広がる分厚い金属の壁と衝突し、壁にへばり付きながら地面に落ちていく。数十秒後、意識が戻った時には吐き気は収まっていた。
「何するんですか? ラズさん」
きょとんとしていたラズメリアに向けて言う。
「だって、急に吐くって言ったら普通、捨てるでしょ?」
さも当然と言わんばかりのラズメリアの様子にラウルは壁に手を付き、諦めた様子。
二人の行く手を遮る様に立ちはだかる分厚い金属の壁。広大な敷地を有する王都スベルニアの各区画の境界に設置されてる代物で、本来は魔物から一般人を守る為に設置された壁なのだが、今の二人にとっては、ただの厄介な壁でしかなかった。
通常、壁を通るには東西南北の四箇所のゲートを介す必要があるのだが、二人は騎士団を警戒して人が余り立ち寄らない森を進んでいた。
「……これは登れないですよね?」
ラウルは軽く壁を叩きながら困った様子でラズメリアに視線を送ると、そこには唇に手を添え何かを考えている様子のラズメリアの姿があった。
「……あんまりアレ使うと貧血になるのよね」
夜明けの木漏れ日が差し込む中、分厚い金属の壁の前でラズメリアは立ち止まり、静かに腰の剣を抜く、その刀身は黒く輝きを放っている。
次第にラズメリアを中心に周囲に熱風が立ち込め、ラウルはその場から後ずさる。ラズメリアの手にある黒い剣の刀身は徐々に赤みを帯びていき、やがて燃え盛る炎の様に刀身は烈火の如き輝きを放つ。直後、ラズメリアは、まるで紙に線を描くかの様に軽やかに金属の壁を斬っていた。壁には、人が余裕で通れそうな穴が空いていた。
穴の空いた周囲の金属は赤く染まり熱を帯びている。ラズメリアは剣を静かに鞘に収める。
その人外な力を目の当たりにしていたラウルは、ラズメリアが冒涜者であると気づき、咄嗟にラズメリアの後ろ姿に向かい声をかける。
「俺は冒涜者に偏見とかないです」
冒涜者とは、人の身でありながら神の如き力を行使する、その行いは神への冒涜行為と世間一般に忌み嫌われた存在とされている。冒涜者だと分かった途端、軽蔑され苛まれる事も少なくない。ただスベルニアでは騎士団に所属する事で冒涜者は崇拝者と呼ばれ称えられる。ただその呼び名が変わるだけで人は簡単に移ろう、その根源は同じであるにも拘らず、故に騎士団に冒涜者と呼ばれる者が集まりやすい傾向にある。
「ばーか。別にそんなこと聞いてないわよ」
そのままラズメリアは壁の穴を抜け、それを追う形でラウルも後に続き、二人は壁を抜けるとそこには森はなく民家が密集して立ち並んでいた。
「此処は?」
「居住区、中層五区辺だと思います」
「えっ? まだ五区なの。やばいわね」
「えっと、何がですか?」
何を今更と言わんばかりの表情でラズメリアはラウルを睨む。
「あんた馬鹿でしょ。だ か ら 七時までに王都スベルニアから脱出しないと私たちは最悪の状況に陥るのよ!」
「今より最悪な状況ってあるんですか?」
「あぁ、もうー。だ か ら あんたが七時までに捕まらない場合、国王はあいつ、剣聖ライセン・リリックの死を公表するの、あんたがラウル・リリックが殺しましたってね。そうなると、この王都に住む全ての人を敵に回すことになる。やばいでしょ?」
「えっ。初めて聞きました」
「えっ。じゃない。それくらい察しなさいよ」
「やばいですね」
「やばいのよ」
直後二人は目を見合わせ同時に頷くと走り出していた。
広大な山からなる王都スベルニアという国を出るには最低でも下層区と呼ばれるエリアに行く必要がある。その為に二人は、僅か数時間の間に中層一区を超え下層区にたどり着かなくてはならない。因みに、この国、王都スベルニアで下を目指す者などいない、下に向かえば向かう程に魔物に襲われる危険が伴うのである。
走りながらラズメリアは両手をパンと叩き、何かを思いついたような笑顔になる。
「そう言えば、最近どっかの中層区に魔物が突然現れたって騎士団内で結構な騒ぎになってたけど、あんた知ってる?」
「あぁ。確か中層四区の西ゲートだった筈です。中層区の人なら、みんな知ってますよ」
王都スベルニアは各区画が壁で覆われている為、魔物が下層区からではなくいきなり中層区に現れることなど極めて稀である。
走りながら二人は再び目を見合わせ同時に頷く。
「そこよ。魔物がいきなり現れるならそこから一気に脱出……」
そこまで言いかけラズメリアは急に立ち止まる。それに並ぶ様にラウルも立ち止まりラズメリアの様子を伺うとその表情は苦笑を浮かべていた。
直後、不意に男の声が聞こえた。
「そこまでだ」