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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第一章 娘たちの出発(たびだち)
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8

「どうしたの?」

 御者台に座っている二人に声をかけたサラは、二人の視線に促されるように道の前方を見た。

 見ると、道の前方に僅かにぼうっと光る何かがある。

 馬が怯えて前に進もうとしないことから、かなり強い妖精の力がかかったものなのだろう。

「この道に悪戯をするような妖精はいないはずよね。きっと、落とし物か何かだわ」

「待って、サラ。一人では危険だから私も行くわ」

 ケイトは手綱をジェスに預けて御者台を降りた。

 二人で一緒にそれに近付いて行く。大きさはちょうど子供の帽子くらいで、金属で出来た何かのようにも見えるが、遠目からでははっきりと分からない。

「…何かしら」

「冠…花冠だわ」

 ケイトより一歩先に近付いたサラはそう言うと、それを手に取った。ケイトは恐る恐る、サラの手で輝いている冠を見る。

 野の花で編んで作る花冠のようにつたで編まれたそれは、人の作る王冠のような型をして、所々に美しい白い花が咲き乱れていた。光っていたのは蔦の部分で、その光が花びらに反射して淡い光を放っている。

「見事な細工ねぇ」

 ケイトは感心して呟いた。

「花の精しか作れないものだわ。きっと力の強い精霊に献上するつもりだったのね。一生懸命作ったでしょうに、こんな所に落としてしまうなんて…」

「道の外れに置いておく?」

「木の枝に掛けておきましょう。一度人の手に触れた物だから、取りに来るかどうか分からないけど」

「後で森の女王に届けた方がいいのかしら?」

「馬が怯えるんじゃ、馬車に持ち込めないわ」

「あ、そっか。そうよね。じゃあこの枝に…」

「簡単に手が届く位置はマズいから、少し登ってくる」

「少しって…サラ!」

 ケイトが止める暇もなく、サラは花冠を持ったまま木に登って葉の陰に隠れてしまう。

「サラ、成人したんだから少しは…」

 女性らしくしなさい、と言いかけてケイトは止め、その代わりに溜息をつく。

 サラより上手く木に登れる妹達も、それどころか男達もここにはいないことに気付いたからだ。

「ケイト、その位置から私が見える?」

 上からサラの声が降りてくる。

「いいえ」

 がさがさという音とともに方向を変える木漏れ陽しか見えない。

「じゃあ、この辺りにしておくわ。ケイト、ここから湖が見える。次の休憩はあのあたり?」

「そうよ。早く降りていらっしゃい」

「はぁい」

 そう言って間もなく、サラが身軽に降りてきた。

 この子はドレスのままなのに、なんて器用に木に登れるのかしら。そう言えばエリーとマイリが成人式のドレスのままで木の上で眠っていたって言っていたけど。

 サラには面と向かって言わないが、ケイトはそんなサラが少し羨ましくもある。

「今回は仕方ないけど、なるべくマイリの前では木に登らないでね」

 サラに憧れるマイリが真似をしては大変だ。しかし、それはサラも承知している。

「分かってる。馬車に戻りましょう、ケイト」

「ええ」

 二人が無事に戻ってきた姿を見て、ジェスはほっとした笑顔で二人を迎えた。

「あれは何だったの?」

「花冠だったわ。妖精が落としたみたいなの。道に置いたままだと人に拾われちゃうから、木の枝にサラが掛けてきたのよ」

「ああ、それでサラが木に登ったのね。私、鳥の雛か何かだと思ったわ。サラ、ご苦労様。二人とも無事で良かった」

「心配かけたわね、ジェス」

「心配してくれてありがとう、ジェス。じゃあ私、中に戻るね」

 サラはそう言うと馬車の扉を叩いた。


「妖精さんの花冠って、どんなの? マイリ、見てみたかったなぁ」

 馬車に戻ってきたサラを、中で待っていた三人は無事を喜んで迎え入れた。

 サラが道に落ちていた花冠の話をすると、三人とも興味津々で話を聞く。

 どうして道の真ん中にそんな物が落ちていたのだろうかという話題で盛り上がっていると、突如マイリがそう言ったのだ。

「そうね。私も」

 セレナがそう言うと、エリーも頷いた。

 三人の視線を受けたサラは、どう言ったものかと考える。

「花で編む冠を、豪華にした感じ…かなぁ? うまく言えないけど、植物で出来た王冠みたいな。で、それがエリーの髪みたいにキラキラ光ってて」

 よく分からない説明に三人は顔を見合わせ、マイリはやはり分からないという顔をした。

「サラは王冠を見たことがあるの?」

「ないけど、もうすぐエリーが見るはずよ」

「あ、そっか。エリーは王女様だもんね。エリー、マイリにも王冠を見せてね!」

 妖精の花冠の説明から解放されて、サラはほっと溜息を吐いた。

「もちろんよ」

 エリーににっこりと微笑まれたマイリは満足そうに頷くと、サラにも笑顔を向けた。

「サラ。今度見つけたら、妖精さんに返す前にマイリにもちょっとだけ見せてね!」

「うん」

「あー、ズルい。マイリばっかり。サラ、私にも」

 エリーが茶目っ気たっぷりにサラに言い募る。

「あ、私も」

 とセレナ。

「分かったわよ。今度見つけるようなことがあったら、みんなに見せる。マイリ、もうすぐしたら湖の近くで休憩するから、その時に花冠を編んであげるわ」

「やったー!」

「でも、さっき見たのとは全然別の物よ」

「サラの作る花冠、好き」

「そうねぇ。私も好きだわ。サラの作る花冠って綺麗だもの。マイリ、いっぱい作ってもらいなさい」

「うん!」

 まるで親子のような会話にサラもエリーも微笑む。

 母親に良く似たセレナは、きっと母の若い頃そのままなのだろう。

 母の同行していない旅にマイリが不安を感じないのも、セレナがいるお陰だ。

「…サラ」

「何? エリー」

 小さな声で囁かれて、サラはエリーに身を寄せる。

「父さんと母さんも、一緒だったら良かったのになぁ…」

 セレナを見るうちに、ふと村に残った母に思いを馳せてしまったのだろう。

 少し瞳を潤ませてしみじみとそう言ったエリーの手に、サラは自分の手を重ねた。

「…本当ね」

 エリーが今度両親に会う時には、もう父とも母とも呼べないのだと思うと、サラは自分の事のように寂しくなった。


花冠がどんなものかは、読者の皆様のご想像にお任せします。

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