7
馬車の中ではエリーとサラ、セレナとマイリが和やかに談笑していた。
座る位置は休憩毎に交代することにして、今はサラとエリーが進行方向に並んで座り、セレナとマイリがその向かい合わせに座っていたが、馬車に初めて乗るマイリはすっかり興奮してほとんど窓に張り付いていた。
いつもとは違う速さで流れる景色が珍しいらしく、すっかり見入っている。
「マイリ、あんまり夢中で眺めていると、気分が悪くなってしまうわよ。少し座って休みなさい」
セレナにそう言われても、マイリはその位置から動こうとしない。
「ねぇ、セレナ。後でケイト達の方にも乗せてもらえるかなぁ」
「平坦な道になったら、頼んでみたらどうかしら。今はまだ揺れるから中の席の方にいましょうね」
「はぁい」
マイリを座らせることを諦めたセレナは、ふと目の前の妹達を見て、その麗しさに感動する。
午前中の柔らかな光が差し込む中で二人の金髪は美しく輝いている。
エリーの明るい金髪は太陽のようで、サラの金髪は月のように美しい。いつも金と銀に例えられていた二人は、面差しは全く違っていても美しさに甲乙つけ難かった。
緑の木々が吸い込まれるように遠ざかっていく窓の外の景色の美しさなんて、最早どうでも良くなる。
しかしこの二人の会話の内容は、無邪気な普通の少女のものだ。
「ケイトに頼んだら、私にも御者をさせてくれるかなぁ」
「ずるい、サラばっかり」
「エリーもちょっとだけならいいかも。頼んでみる?」
ふふふ、と二人は昔からそうしていたように仲良く笑う。
「駄目に決まっているでしょう、サラ」
セレナは呆れてサラを窘めた。
「だってセレナだって馬車を扱えるのに。ジェスなんか成人前から扱えてたんだから、私も習いたい」
「サラ。乗馬を怖いと言って嫌がったのはあなたよ。馬に乗れるようになるまでは、父さんの許可が下りないわ。ジェスは馬の扱いが特別に上手だから成人前に馬車の扱いを教えてもらえたのよ」
サラが馬を怖がったせいで乗馬に興味を持たなかったエリーも、当然のように馬は扱えないから馬車も扱えなかった。
「私も習っておくんだったなぁ」
いずれは自分もサラと一緒に習うものだと思っていただけに、エリーは残念な気持ちになった。
「エリーはもしかしたら乗馬をお城で習うことになるかもね」
「あ、いいなー。エリー」
「サラも一緒に習ってみる?」
仲良しのサラと一緒にいられる口実を見つけたせいか、エリーの目は急にきらきらと輝いた。
「王様に頼んでみるわ。そうよ。そうしたら、お城との行き来も出来るようになるし!」
「あっ、じゃあマイリも!」
「マイリもね。頼んでみるわ。サラが保護者になれば父さんだって許してくれるはずよ」
それはどうかなぁ、とセレナは思ったが、それは言わないことにした。
エリーの戴冠式が終われば、エリーはもう一国の王女様だ。今のように普通に話せなくなる可能性の方が高い。
だけど仲の良い三人の、束の間の団欒をそういった事実で台無しにする必要もないだろう。
「…だといいわね」
セレナがそう言って間もなく、馬車が急に遅くなり、そしてとうとう停止した。
「あれー。止まっちゃったね」
マイリが前方を確認しようと窓に頬を擦り付けるが、マイリの位置から前方の確認は出来ないようだった。
マイリは諦めて、セレナの隣にすとんと座る。
「どうかしたのかしら?」
最初の休憩の予定よりも随分早い。それに、休憩ならケイトかジェスのどちらかがそう伝えに来るはずだ。
ケイトもジェスも前方で騒いでいる様子はないし、馬も暴れていないところをみると、賊である可能性は低い。
この国で馬車が襲われる場合、その目的は荷ではなく馬だった。お忍び用とはいえ国王の馬車に使われるような馬だから狙われる可能性がないとは言い切れないが、賊が出るのはほとんどの場合夜だ。その上、ほぼ一本道と言っていいこの道で日中に馬を盗めばすぐに追跡されて捕まってしまう。
でも今ここには、戴冠式を控えた王女様と小さなマイリがいる。
「セレナ」
「ええ」
セレナとサラは目配せした。そしてサラはエリーを見る。
エリーも黙って頷き、扉に近い位置にいるマイリに呼びかけた。
「マイリ。こっちからの景色も見てみない?」
「そうね。エリーの膝の上に座らせてもらいなさい」
「うん!」
セレナにそう言われ、マイリが喜んでエリーの膝の上に乗ると、サラはセレナに囁いた。
「とりあえず、私が外の様子を見ることにする。セレナ、エリーとマイリをお願い。私が呼ぶまで、内側からの鍵はかけたままにしておいて」
そしてサラは馬車の外に出た。




