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やっと出発です。
エリーの身元は、無事に王宮に送り届けるまで他言してはならないことになっていた。
だからすぐに村を出なくてはならないことは、ある意味幸運とも言える。
長の最初の予定では、エリーはケイト一人に付き添われて城へ帰る予定だった。
村の外の世界を見ることは、ケイトのたっての希望だった。
成人したことを機に村を出て行く者もいないことはないが、大抵は記念に物見遊山で街へ旅行する者が多い。
ケイトも他の若者達のように王城近くまで行ってみたいと言っていたが、連れもつけずに娘一人を旅に出すわけにもいかず、ケイトの成人のお祝いは先延ばしにされていたのだ。
だからケイトと同じお祝いを望んだセレナやジェスも、成人のお祝いはお預けにされている。
エリーが無事に城へ戻れば、長の一家はエリーの戴冠式に正式に招待されることになっていた。
だから長はこの機会を、サラも含めて成人のお祝いにしようと思っていたのだ。
家族全員が一緒に滞在出来るように、城の近くの森に小さな家を用意してもらっている。
王様が狩りをされる時の休憩用に用意された小屋だが、その「小屋」は村に住む長達から見れば立派な住宅だった。
エリーとケイトは一日かけて馬車でその小屋に向かい、到着後は城の者が迎えに行くまでそこで待つことになっていた。
ケイトが一緒にいる方が、エリーも知らない人の中で心細い思いをせずにすむ。
急に王女扱いされて戸惑うであろうエリーの心情を思うと、長の胸は痛んだ。国王夫妻以外の全ての者に仕えられることになるのだから、村で鷹揚に育てられたエリーには窮屈なことが待っているに違いない。
せめてケイトが一緒にいてやれば、いくらか気分も和むだろう。
だからこれは完璧な計画だ。
長はそう考えケイトを部屋に呼んだが、逆にケイトに言いくるめられることになる。
「いくら成人していても、娘が二人きりでは不用心すぎます。そう遠い距離でもないですし、森を抜けるまでは森の女王が守って下さるでしょうから、姉妹全員で旅に出ればいいのではないでしょうか。その方が、村人に説明した時も受け入れられやすいと思います。それに、エリーが今、サラも一緒に来てくれなければ嫌だと泣いているところです」
「何を言うか、ケイト」
「お父様。出発が遅れて困るのはお父様ではないのですか? それに、エリーは王女なのですよ。長を継ぐ立場である者から言わせて頂きます。いくら長でも、王女の意向を無視することは出来ない筈です」
ケイトの言葉に、長はううむと唸るしかなった。
そしてもうひとつ、長の誤算があった。
母親から離れたがらないであろうと思っていたマイリが、一緒に行くと言って譲らなかったのだ。
こうなると分かっていれば、最初から妻とエリーの二人で行かせたのに。
長は頭を抱えたが、後の祭りだった。
娘達は嬉々として旅の準備を始めている。
その様子を複雑そうに見ている長を見て、妻は笑った。
「後から合流するのですから、そんなに心配なさらなくても大丈夫です。それに、ケイトとジェスが御者をしていれば、誰も中に王女がいるなんて思いません。まさか、娘達がお転婆に育って良かったと思う日が来るとは思いませんでしたわ」
迎えの馬車は長の家ではなく、母の実家に用意されていた。
成人式が終わるとすぐ、母は実家に戻って王への親書を言付け、馬車の手配をしたらしい。
エリーが母の姿を途中で見失ったのは、こうした理由からだった。
貴族のお忍び用の馬車は質素な外見だったが内装はかなり快適に造られており、森の狩小屋までの道のりも疲れることなく楽しめそうだ。
出発の日の朝はじめて当初の予定に若干の変更があったことを伝えられた御者は、王宮へ報告するために母の実家の馬を借りて城に向かった。
「早駆けだから、お昼までには王宮へ伝わっているはずよね」
御者の代わりに手綱を引くことになったケイトとジェスは、麗らかな天気の中、御者台からの風景を楽しんでいた。
王宮まで続く森の中の一本道で迷う筈もなく、似たような景色を眺めながら鳥の声や春の花の美しさを楽しむ。
「食糧がちゃんと準備されてるかなぁ」
「いざという時はサラが森から見つけてくれるわよ。ケイト、なんだか父さんみたいな心配するのね」
「やめてよね、ジェス。父さんみたいだなんて。ここでは私が一番年上だから…」
「分かってるわ、ケイト。父さんを説得してくれてありがとう。本当に皆で行けることになるなんて思わなかった」
「そうね、本当に皆で行けることになって良かった。最初、父さんは私とエリーだけで行かせるつもりだったの。だけど、みんなだってエリーと一緒にいたいでしょ? それに…」
「それに?」
「エリーと離れた後、皆が来るまで一人で待つことになるのは寂しいな、って思ったの」
「それもそうよね。でももう一人となると誰を付き添わせるべきか、迷うことになるものね」
「年の順ならセレナだけど、やっぱりサラが行きたがるだろうし」
「そうするとマイリも駄々をこねそうだし」
「だったら皆で行っちゃえばいいじゃない、って思ったの。父さんと母さんが2人でゆっくりできるいい機会だとも思ったしね」
ケイトがそう言った時、馬が急に歩みを止めた。
「…なんだろう、あれ」
村からお城までの距離は、馬車を使った場合は朝イチで出発して夕方には到着します。ただ、このお話の世界では旅の基本は徒歩ということになっています。
お嫁入りでもしない限り、平民が馬車で移動することはあまりありません。
成人の「お祝い」は、イメージ的には現代の卒業旅行といったところでしょうか。
なので、村人からはかなり贅沢な卒業旅行と思われるハズ…。