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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第一章 娘たちの出発(たびだち)
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3

予定より説明が長くなってしまいました。

あとしばらく、説明が続きます。

 長の妻は、娘達の憧れでもあった。

 いつも優しく微笑んでいて、6人もの子供達を育てているのに怒鳴り声を一度たりとも聞いたことがない。

 そんな両親のロマンスは、この村の者なら誰でも知っている。


 この国には、成人式を迎えた娘は一年以内に結婚するという風習がある。

 成人するまでに結婚の約束をしていればその相手と、そうでなければ親が決めた裕福な相手と。

 だからこそ、娘の成人式はこの国では特別な意味を持つ。

 これは無用な争いを起こさないための先人の智恵であった。

 若い娘がいつまでも独身でいることは、国の内外を問わず男達に争いの機会(チャンス)を与えることである。

 そう考えた何代も前の国王がそのように取り決めてから、諍いは激減した。

 だから国民はこの風習に何の疑問も持つこともなく、決まった相手のいない成人した娘は、親の取り決めに素直に従っていた。


 長の妻の名はベルという。

 村中の青年から引く手あまただったベルは、しかし成人式までに結婚を誓い合った相手がいなかった。

 だから親の言いつけ通りに、決められた相手のところに嫁ぐ準備をしていた。

 嫁ぐ先は、王宮近くの貴族の家だった。

 代々美人が多いと言われている彼女の家系で生まれた娘は、ほとんどが王侯貴族に嫁いでいる。

 ベルとて恋心を抱く相手がいなかった訳ではない。ベルよりふたつ年上の、長の一人息子であるダンに、ベルは恋をしていた。

 だが誰からも人気のあるダンは恋よりも仲間達と狩りに興じる方が楽しいらしく、大人しいベルとダンの接点はほとんどない。

 子供の頃はわりとよく一緒に遊んでいたが、大きくなってからは喧嘩をしたわけではないのにお互いに口をきかなくなった。

 ベルは落ち込み、ダンは自分に興味がないのだと自分に言い聞かせた。

 ベルに甘い言葉を囁く青年がいるにもかかわらずベルはその言葉を信じようとはせず(その言葉が本当ならば、ダンは私と口をきいてくれる筈ではないか)、ベルはそのまま成人式を迎えた。

 婚約相手のいなかったベルに、両親は王宮近くで暮らしている貴族との縁談をまとめてきた。

 両親や想い人が暮らす村を離れるのは悲しかったが、この村に親が決めた結婚相手はいないのだから仕方がない。

 そして村を出る前日、荷物を纏めた彼女の目の前にダンが求婚に現れた時、ベルは自分の目を疑った。

 心密かに想いを寄せていたダンが、厳格な伝統を守ることを義務づけられている長の息子が、婚約者のいる自分に求婚してくるなんて誰が考えるだろう。


 ベルは予想することすらできなかったが、ダンも実は子供の頃からずっとベルが好きだった。

 それなのになぜダンがベルの成人式までに求婚しなかったかと言うと、村の権力者の息子という立場から、あらかじめ婚約しなくても彼女が自動的に自分の手に入るものだと勘違いしていたからだった。

 村人達はダンとベルが両想いであることをうすうす知っていたが、とっくに成人していた長の息子に忠告するほど身の程知らずではない。

 唯一ダンの父親が、ベルの成人式の前にダンに求婚をそっと促したことがあった。

 ダンの気持ちは父親にもとうに知られていた。

 いつの時代も、こういうことが分かっていないのは当の本人達だけだ。

「求婚と言っても大げさに考える必要はない。ただの口約束だけでいい。婚約したからといって娘が17になるまでに急いで結婚する義務もない。とりあえず親の決めた結婚を避けるためだけに幼馴染みと口約束をする娘もいるくらいだ。ただ、親の了承を得た上での婚約や親が決めた縁組みの場合は伝統を守ることが絶対とされ、解消することも結婚時期を先延ばしにすることも許されないことはお前も知っているだろう。争いを避けるために作られた風習なだけに、正統な婚約だと認められたものの解消には王の許可が必要になる。面倒なことになる前に心を決めたらどうだ」

 普段は息子に厳しい長が、父親として息子を心から心配しての言葉だったが、ダンにはその心配が通じなかった。

 ダンはベルとの結婚のことを考えただけですっかり照れてしまい、ベルなら然るべき相手(ダンのことだ)と結婚することになるさ、と父にうそぶき、結局何もしなかった。

 長はそれ以上は何も言わなかった。息子はもう成人していたし、それとなく求婚の意思があるのかと確認してきたベルの両親に、そんな息子の不甲斐なさを伝えるわけにはいかない。

 長は成人式までにダンが行動を起こすことを心から願ったが、ダンは式が過ぎてもなお、少年のように能天気に狩りをしている。

 そのうちベルの両親がベルの婚約が決まったことを長に報告し、娘の気持ちが揺らがないように早いうちに村を出発させると伝えてきた。

 だからダンは、ベルが村を出て行き、裕福な貴族と結婚することになったと父から聞いてはじめて慌てた。

 ダンにとって、晴天の霹靂へきれきとはこのことだった。

 この時になるまで長の家よりも王侯貴族に縁のある彼女の家の方がずっと位が高いのだということを知らず、知らないことをいいことに呑気に構えていた自分のお目出度さ加減を、ダンは心から呪った。

 覚悟を決めたダンは慌てて両親を説得し、祖父に慣例を破る許しを乞い、彼女の許に駆けつけた。


 それから色々大変だったらしいが、二人はめでたく結婚することになった。

 ダンの結婚を機に父は長を引退し、ダンは若くして父の後を継いだ。

 翌年には長女のケイトが生まれ、次々と子宝に恵まれた。


 姉妹の中で母に一番そっくりなのは次女のセレナだろう。どこかおっとりした性格まで母親に似ている。

 ダンもセレナに接する時は、まるで初恋の少女を見つめているかのような表情をして、当の(ベル)を呆れさせていた。



 ベルは料理が上手いだけでなく裁縫も得意で、陛下から賜った高価な生地で成人の衣装を仕立ててもらえるのが娘達の楽しみであり自慢だった。

 サラとエリーの成人式の衣装は、ベルからの手ほどきを受けた3人の姉達が手伝っている。

 高価な生地を裁つのは熟練された経験が必要な仕事だったから母から任せてもらうことはできなかったが、金糸と銀糸で帯を織ることは姉達にも出来た。

 今回は一度に二人分作らなくてはならなかったから、4人で一生懸命に作ったのだ。

 サラとエリーが自分の衣装を手伝わなかったのは、成人式の衣装を本人が手掛けることは縁起が悪いこととされていたからだった。

 こうして出来上がった二人の衣装は近年にない出来映えの良さで、ベルは成人を控えた娘を持つ母親達に捕まって、布の裁ち方や帯の織り方をどうすれば良いかという質問攻めにあっていた。

 その一方で、長はサラの不始末について村中を駆け回って頭を下げていた訳だ。

 走り回る長の姿を見て、ダンがああまで必死な姿は婚約騒ぎの時以来だと村の女達は笑い、エリーをいたたまれない気分にさせるほどベルを赤面させた。

 その母の帰宅が父より遅くなったことを、エリーは不思議に思っていた。

 サラの姿が消えたと聞いた時点で、ドレスの講習会はお開きになっていた筈だ。

 それなのに、母はサラを探すことに参加もせずに、一体何をしていたのだろう。


 その答は、思いがけないかたちでエリーに知らされることになった。

個人的にはとんでもない風習だと思いますが、このお話においては「結婚は早い者勝ち」という世界観が採用されています。

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