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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第二章 王都にて
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7

 翌日の午後、エリーは食堂でジェスの作ったパイを頬張りながら、サラに城での出来事を話していた。

 普段から装飾の多いドレスを着こなさねばならず歩くだけでも大変なことや、ダンスの練習で父王の足を踏まなくても上手に踊れるようになったこと、王妃の淹れるお茶はとても美味しいといった、他愛ない内容ばかりだ。

 しかしサラはエリーが実の両親と仲良くし、城の生活に慣れてきていることを心から喜んでいた。

「やっぱりジェスの作るパイが一番美味しいわ」

「今度お城に持って帰ったら?」

「頼んでもいいかしら」

「いつも珍しいお菓子をお土産に持ってきてくれるお礼がしたいって言ってたから、引き受けてくれるわよ」

「…実は、王様も王妃様も、ジェスのパイを楽しみにしていらっしゃるの」

 エリーはいたずらっ子のように舌を出す。

「じゃあ、森に行って美味しい木苺を見つけなきゃね。マイリに手伝ってもらって探してくるわ」

「そう言えばマイリの姿が見えないのはどうして?」

 いつも一番にエリーを迎えに出るマイリがいないことに、エリーも気が付いていたらしい。

「ケイトについて行って、お客人に城下町を案内しているの」

「お客さんって、父さんの知り合いの息子さん?」

「そうよ」

「どんな人?」

「私達よりひとつ年上らしいわ」

「へぇ。セレナからワイルダー公国の騎士だって聞いたけど、やっぱり強いの?」

「どうかなぁ。今は療養中らしいし」

「サラの練習相手になってくれるんじゃない?」

「まさか」

 そう言いながらも、サラはふと思う。

 一国の王子なのだから、剣くらいは使えるだろう。デラは本物の騎士見習いだし、二人の荷物の中に剣もあった。強くはなくても、本格的な訓練は積んでいるに違いない。

 ただ…本物の王子相手に練習と言えども剣を向けるわけにはいかないだろう。

「サラ。どうしたの?」

「あっ…ああ。ごめん、エリー。ちょっと考え事してた」

 サラはエリーのカップにお茶を注ぎ足す。

「いい人?」

「多分…」

「まだ一日しか経っていないものね」

 一日しか経っていないけど、自分にとって「いい人」ではないことは分かる。

 サラの心の中の声に気付く筈もなく、エリーはにこやかに笑った。

「でも、ワイルダー公国ってリブシャ王国の友好国で、とても大きな国よ。騎士なら国の色々な場所を訪れるでしょうから、色々な話が聞けるわね。羨ましいわ」

「良かったらお話ししますよ。エルマ王女」

 その声に二人は振り向く。

 食堂の入口にはクレイが凭れ掛かっていた。

「クレイ。ケイト達と一緒にお城に行ってたんじゃ…」

「僕だけ途中で帰ってきたんだ」

 クレイはそう言うと食堂に入り、エリーに跪いた。

「エルマ王女、初めまして。クレイと申します」

 エリーの手の甲に接吻し、クレイは騎士らしく振舞う。

「初めまして。エルマと申します。でもここではエリーと呼んで下さい。王女と言っても、今まで村で暮らしていたのでまだ不慣れなのです。他の国の王女様とあまり比べないで下さいね」

「比べるなと仰られても無理です。貴方ほど美しい王女は見たことがありませんから」

「お世辞だと分かっていても嬉しいです、クレイ。どうぞよろしく」

 子供の頃から言われ慣れているせいか、本人がその意味を全く理解していないのか、どこか自分の美しさに無頓着なところがあるエリーはクレイの賛辞を完全な社交辞令と判断したようだった。

 クレイは立ち上がって面白そうに二人を見比べると、にっこりと笑った。


「サラ。エリーは?」

 一人食堂に座っているサラを見つけて、ジェスが尋ねる。

「王子様に攫われた」

 ふぅ、と溜息を吐いたサラにジェスは微笑んだ。

「何? うかない顔してるわね」

「…こんな風にね、これからずっとエリーがクレイに連れて行かれると思うと…とても複雑なの。クレイに不満があるわけじゃないけど…」

「あなた達って本当に仲が良かったものね。寂しいのは分かるわ。でもエリーが本当にクレイを好きになれば、あなたもきっと二人を祝福できるようになるわよ」

 励ますように肩に触れられて、サラは思わずジェスを見上げた。

「エリーが…?」

 エリーがクレイを好きに…なる?

「そうよ。もしそうなれば、喜ばしいことだわ。あなた達はお互いのことが好きすぎて、男の子に目が行かなかったみたいだから仕方ないけど…。成人するってそういうことなのよ。それに、誰よりも親しい人の恋を祝福するのって、嬉しいものよ」

 ジェスが実感をこめてそう言うのは、去年結婚した親友のことがあるからだろう。

 その親友は親の決めた婚約相手と結婚したが、結婚前は微笑ましいほど仲の良い恋人同士になっていた。

 しかしサラは、エリーが幸せになるのは嬉しくても、それがこの寂しさを補って余りあるものとは到底思えなかった。

「そうだといいけど…。ところでジェス、エリーがパイを焼いて欲しいって」

「いいわよ」

「王様と王妃様に食べさせたいって」

「いいけど…って、誰が?」

 うっかり了解したジェスは、目を見開いて聞き返す。

「だから王様と王妃様よ。木苺は私が探してくるから、お願いね。本当は昨日の残りのパイも持って帰りたがっていたけど、マイリが帰って来てから食べるのを楽しみにしてるから新しいのを作ってもらうまで待って、って言っておいたの」

「そ…そう」

「いつもお菓子をいただいているお礼がしたいって言ってたでしょ、ジェス」

「そうだけど…」

 ジェスは心なしか青ざめていく。

「駄目だった?」

 しかしジェスはぶんぶんと首を横に振った。

「クレイとデラにも褒めてもらって、ちょっと自信がついたから…。いいわ、頑張ってみる。木苺よろしくね、サラ」

 ちょっぴり嬉しそうなジェスの表情に、サラはほっとした。

「でも今日は無理よ。王子様と王女様が森をお散歩しているから」

「じゃあ明日にでも」

「分かった。…ところでケイト達、まだ帰って来ないの? クレイは先に帰って来たのに」

「クレイとエリーにゆっくり話してもらう為におちびさん達を連れ出してもらっているんだから、夕方まで帰らないわよ」

 そういうことだったのか。

 今更ながら、サラは二人が婚約関係にあるのだということを思い知った。


エリーは当然、サラが剣の達人であることを知っています。

ただ、そうなった動機は知らないという…。


それにしてもデラが子供扱いされて可哀想。

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