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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第二章 王都にて
16/111

3

「客? 何よそれ。聞いてないわ」

 怒りのあまり木苺を採って帰るのをすっかり忘れていたサラは、朝食後にセレナと一緒に木苺を採りに出ていた。

「あなた水浴びに行ってていないんだもの」

 そのことを思い出さないように湖とは反対側の場所を選んだのに、セレナの一言でサラは朝の出来事を思い出してしまう。

 絶対に見られた。

 一体、いつから見ていたのか。

 服を着た後だとしたら、ああまで赤くなるはずがない。

 そもそも、どうしてあんな時間にあの場所に人がいたんだろう。王が滞在していない時期に森へ衛兵や傭兵がやって来るのは、精霊が完全に警護を解く昼前からのはずだ。あんな早朝に人が来ることがあるなんて、聞いていない。

 でも…彼は兵士のようではなかった。だとしたら、王様の私有地にどうして普通の人がいたのだろう。

「それで…どういう人が来るの?」

「じゃーん。エリーの婚・約・者」

「王子様?」

「その通り」

 セレナは籠いっぱいになった木苺をサラに見せ、もう帰りましょう、と促した。

 サラと並んで小屋まで歩く間、セレナはケイトが言いそびれていた内容をサラに伝える。

「友好国である隣国のワイルダー公国の王子様よ。名前はクレイ王子。エリーが生まれた時から婚約者に、という話が出ていたらしいけど、エリーが亡くなったという噂のせいで話は立ち消えになってたの。でもエリーが無事に成人したから、また話が復活したようよ。エリーに求婚してくる国は他にも後を絶たないらしいけど、国王としてもワイルダー公国の方が友好国で安心だから、このお話には随分乗り気でいらっしゃるみたい」

「でもどうしてお城じゃなくて私達の処に滞在するの?」

「エリーがどんな女性か、身分を隠した上で知っておきたいんですって。お忍びだから、エリーには内緒ね。あくまでも父さんの客人ということにしておいて。あ、それからマイリにも気付かれないようにしてね。エリーにすぐ話しちゃうから」

「…それはいいけど、そんなことして何か王子様にメリットがあるの?」

 あんなに美しくて優しいお姫様を妻にして、豊かな国を手に入れて、何の文句があると言うのだろう。

 そんな申し出を受ける王様も王様だ。

 サラにそう言われて、セレナもふと考えた。

「ただの野次馬根性かと思っていたけど、まぁそうよね…。普段のエリーを知っておくメリットって何なんだろ。王様側のメリットを強いて言うなら、エリーは王女様としてやらなければならないことが山ほどあって、戴冠式の準備も必要で、友好国とはいえ隣国の王子に構っている場合ではないわね。その上、お城に滞在させたらエリーがこっちに入り浸りになるかもと考えたのかも。王様としても破談にしたくない話だろうから、お相手の我が儘を受けたフリして実は歓迎していたりして」

「セレナ、まるでケイトみたい」

「ケイトと話す時間が長くなったからかなぁ。そうねぇ。王子様のメリットかぁ…。いずれこの国に来ることになるから、今から民の生活を知っておきたいとか?」

「エリーは関係ないってこと?」

「国のことを知るのとエリーを知ることは王子様にとって同義なんじゃないかな」

「…そうかもね。でも、もう婚約者まで決まっているなんて…」

 そう言ったきり、サラは黙ってしまった。それほど長くない帰り道、セレナはサラの気持ちを察して口数少なく一緒に歩く。

 そしてそろそろ小屋が見えてくる小径に入った時だった。

「…あら?」

「どうしたの、セレナ?」

「お客様、もう来てるみたい。馬がいるわ」

 セレナがそう言う方向を見て、サラは訝った。

 朝、湖から帰る途中で見かけた馬だ。

 確か、あの馬を連れていたのはまだ少年だったはず。

 いくら何でも、あんなに小さい子がエリーの婚約者なはずはない。だとしたら…。

 近付くにつれ、何か話しているケイトの声がはっきり聞こえてくる。

 栗毛の馬の陰に、どうやら誰かがいるらしい。

 あの髪の色は…。

「馬はこのあたりに繋いでおいていいですか?」

 後ろ姿だけしか見えないけれど、あの髪の色と背格好で間違いないことは確信できる。

「ええ。外した馬具は家の中へ」

 そこへ、例の見覚えある少年がケイトに尋ねる。

「あのー。荷物はどこへ?」

「荷物も家の中へ。待って、今マイリに案内させるわ」

「マイリさんって、あの二人のうちのどちらかですか?」

 少年はそう言って、戻ってきたセレナとサラを指した。

「えっ…ああ、二人とも帰ってきたのね。これで全員を紹介出来るわ。セレナ、サラ!」

 ケイトがそう言って二人に手を振ると、馬具を外していた青年が振り返った。

 やっぱり。

 サラは出来ることならこの場から妖精のように姿を消してしまいたいと思った。

 よりにもよって、エリーの婚約者。

 でもそれなら、彼らが王様の私有地に入ることを許可されていたことも、あんな時間にこの辺りにいたことも全て説明がつく。

 だけどケイト、お願いだから嘘だと言って。

「紹介するのはもうあなた達だけよ。こちらの方はエリーの婚約者のクレイ皇子。こちらは従者のデラ」

 亜麻色の髪に鳶色の瞳の青年は、湖で見た時にも着ていたマントを脱いで、すらりとした体躯を現した。

 こうしてケイトと並ぶと、湖で見た時よりも一層背が高く見える。

「しばらくお世話になります。どうぞよろしく」

 平民の娘相手だというのに、王子は愛想良く微笑んだ。

 王子と従者の丁寧で柔和な物腰に、ケイトもセレナも好感を抱いているようだ。

「王子はジェスと同い年らしいの。だからサラよりひとつ年上ね」

「そ、そう…」

 ひとつ年上の王子様を引っ叩いてしまったが、幸いなことに、彼の頬は腫れていない。

「どうしたの? サラ。真っ青だけど大丈夫?」

「ち…ちょっと気分が」

「大変! 休んだ方がいいわ。湖で泳いだりなんかするから、風邪をひいたのかも」

 ここで湖の話を持ち出さないで、ケイト。

 サラの願いも空しく、その一言を聞いて王子は微かに笑った。

「僕が部屋までお連れしましょう」

「え」

 次の瞬間、サラはふわりと空中に浮いた。

 正確には、王子に抱え上げられていた。見上げると、近くに鳶色の瞳がある。

「部屋はどこです? 娘さん」

 間近にある瞳に固まっていると、何も知らないケイトは王子を家の中へと促した。

「そのがサラです。エリーと同い年の。そしてこちらがセレナ」

「サラ。いい名前だ。覚えておくよ」

 サラにだけ分かるように片目を瞑った王子は、どうやら湖での出来事を内緒にするつもりらしい。

 そんな秘密なんていらない。

 でも公表されて、王子への不敬について家族が咎められるのも困る。

 そうすると、やっぱりこのまま秘密に…。

 ぐるぐると考えすぎて、サラは本当に頭が痛くなってきた。


このお話の中では、二十歳というのは完全に大人です。

なので、成人(16歳)を過ぎた男性は「青年」、それ以下は「少年」という表記にしています。

サラは成人したばかりなので、まだまだ少女の域を行ったり来たりです。

でも、女性の表記については現代の感覚で読んでもらっていいような。

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