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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第二章 王都にて
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2

エリーの婚約者登場です。

「ねぇ、サラは?」

 翌朝、朝食の準備をしていた妹達にケイトは尋ねた。

「水浴びに行くって言っていたわ。朝食遅れるって」

 スープを混ぜながらジェスが答える。

「こんな朝早くに?」

「人もいないし、水も冷たいからですって。帰りに木苺を採って来るように頼んでおいたわ」

 ほかほかに焼けたパンを取り出しながらセレナも答える。

 セレナが木苺を頼んだということは、ジェスに客人の為のパイを焼いてもらうつもりなのだろう。

「そっか…昨夜はエリーが夕食まで一緒だったから、お客様のことサラにはまだ話してないのよね。今朝のうちに言っておこうと思ったのに」

「え? まだだったの?」

 セレナが意外そうにケイトを見た。

「ん。やっぱり少し言いにくくて」

 食器の準備をしながらケイトは言い訳がましく呟く。

「今までずっと一緒だったから、離れて暮らすことになっただけでもショックだと思うと…」

「まぁね。エリーは訳ある身なんだろうなとは思ってたけど、まさか王女様とは私達も思わなかったものね」

「いっそサラにもエリーやマイリと同じ言い訳で通そうかしら」

「サラは知っておいた方がいいわよ。だって、エリーを巡って張り合ったりしたら大変だもの」

 ジェスの言葉に、ケイトとセレナは妙に納得した。

「…あり得る。王子様を目の敵にしてエリーを取り合いする姿が目に浮かぶようだわ」

 セレナが独りごちながらパンをテーブルに置く。

「最初から話しておけばサラも協力してくれるわ。中途半端に隠して真相が分かった時、サラがエリーを連れて森に逃げたりしたら厄介よ、きっと」

 的を射たジェスの意見に、姉二人は神妙に頷いた。


 小屋から少し離れた場所にある湖を見つけた時、サラはなんだか懐かしいような気がした。

 村のお気に入りの場所だった、綿の花コットンフラワーの草原のように木々や花が語りかけてくる。

 木や花の歌が聞こえる。

 そっと木の幹に触れると温かい。風が通るたびに枝葉が揺れ、さわさわと囁きが聞こえる。

 フローラの言う通り、草木はとてもお喋りだ。ただ、人に慣れて語りかけてくれるまでに少し時間がかかることの方が多い。

 しばらくの間、よろしく。

 心の中でサラはそう語りかけ、この場所をこの地のお気に入りに決めた。

 早朝に初めて湖を訪れたサラは、湖面のその美しさに感動した。

 朝日を浴びてきらきら輝き、時折、魚でも跳ねるのか、風がないのに湖面が揺れる。

 朝早いせいか、湖の水を飲みにくる動物達の姿も見かける。今度、ジェスやマイリも誘ってこの時間に一緒に来てみよう。

 サラは水際に服を濡らさないように置くと、湖に入っていった。

 少し冷たいけれど気持ちいい。湖で泳ぐなんて久し振り。

 すいすいと湖の中心まで泳いだサラは、その場所でたゆたう。透き通った湖底には水草と魚が見える。

「綺麗…」

 思わずサラは呟いていた。

 村にも湖はあるが、マイリが真似しないように深い場所まで泳がないようにしていた。

 水際ではこんな景色は見られない。

 ぴちゃん、と魚が跳ねる音がして、サラはその魚を追う。

 捕まえる気は全く無いが、魚と競争してみたいという気はあった。

 暫くそうして泳いでいると、少し体が冷えてきた。空腹になってきたことも手伝って、サラは岸に戻ることにした。

 岸に上がって布で体を拭き、鼻歌を歌いながら服を着る。

 爽快で楽しい気分を台無しにしたのが、ぱきり、と枝を踏みしめた音だった。

「誰っ!?」

 ついさっきまで裸だったサラは、反射的に体を庇うようにして振り向いた。

 サラのいる場所から少し離れた木陰に、一人の若者が立っている。

 亜麻色に金を溶かし込んだような髪の色に、鳶色の瞳をした青年は、サラが口をきいたことに驚いているようだった。

 尚も目で問い質すサラに気が付いて、青年は顔を真っ赤にする。

「ごめん。覗くつもりはなかっ…」

 そして最後まで言い終わらないうちに、頬にサラの平手打ちが落ちた。

「……」

 呆然としている青年を置いて、サラは無言で彼の横を通り過ぎる。

「お、おい、君…!」

 振り向きもせずに森の中に消えていく少女の姿を見送って、青年は狐につままれたような気分になる。

 あまりにも綺麗だから、女神か妖精のどちらかだと思っていたのに。

 ちゃんと口をきいて、おまけに叩かれた。

 叩かれた頬がまだじんじんする。

 …ということは、間違いなく人間だ。それも、とびきり気の強い。

「くっ…」

 思わず声が洩れ、青年は抑え切れなくなって大声で笑い出した。

 この地で初めて会った人間が女神と見紛うばかりの美しい少女で、まさかその少女に叩かれるとは。

 しかし、遠くからとはいえ、偶然彼女の裸を見てしまったのは事実だ。いくらこちらに非がなくとも、反論の余地はない。

 なかなかどうして。お姫様より興味深いじゃないか。

「皇子ー!」

 あの声は。

「ここだよ」

 途中ではぐれてしまった従者の声に、青年は応える。

 さっきの少女を見送った方角から、馬と一緒に少年が現れた。青年の肩まで届かない、まだ背の低い少年は青年の姿を見つけると安堵の息をついた。

「こんなところにおいででしたか」

「ああ。心配かけたね。デラ」

「勝手に動かれては困ります。いくら王の客人でも、森の女王はそれほど我々の国に好意的ではないのですから。軽率な行動はお控え下さい」

「分かってるよ。ごめんごめん」

 未だに笑いを止められない王子に、デラと呼ばれた少年は不思議そうな視線を投げた。

「さっきここに来るまでに、娘を見かけなかったかい?」

「後ろ姿しか見ませんでしたが…やけに急いでいましたよ。このあたりは王の私有地だと聞いていましたが、どうやら民が自由に出入り出来るみたいですね」

「デラも見たのなら、やはり精霊ではなく人間なのだな」

「その娘がどうかしたのですか?」

「いや、何も。綺麗な娘だったから、お前の言った通りだと言いたかったんだ」

「そうでしたか。…ところで、ここに湖があるなら、宿泊地はすぐですよ。ここよりもう少し先に国王の狩猟小屋があるはずです」

「いや、まだ予定よりも少し早い。ここで魚でも釣って、腹ごなししてから行こう」

 もともと、魚を釣る予定で水の匂いを頼りにここまで来たのだ。釣りは子供の時以来だから、楽しみにしていた。

「わざわざ釣らなくても、干し肉とパンがありますが…。とりあえず、ここで食事としましょうか」

 王子の魂胆などお見通しの従者は、馬から食糧の荷を下ろし、朝食の準備をすることにした。


サラは当然ショックです。

でも、「キャー」とか言って逃げないのがサラ。恥ずかしさより怒りの方が大きかった模様。

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