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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第二章 王都にて
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第二章 王都編の始まりです。

 エリーは城中の住人に歓迎された。

 生来の美しさに妖精からの祝福を授かったことで、エリーの美しさは溜息が出るほどだったが、城中の人々を魅了したのは村で育ったエリーの素直さと優しい心だった。

 ただでさえ美しい姫君に親切にされて、心を奪われない者などいない。

 エリーの明るく屈託のない笑顔のお陰で、長い間沈黙を守っていた城内には明るさと笑いが絶えなくなり、とりわけ国王夫妻はエリーと過ごせなかった16年間を取り戻すかのようにエリーにかかりきりとなっていた。

「まるで春が来たようだ。いや、実際、今は春なのだが…。娘と一緒に過ごす春がこれほど華やかで美しいものであるとは知らなかった」

 王妃の淹れたお茶を飲みながら、王は感慨深げに呟く。

 日当りの良い庭で庭園の花を愛でながらのお茶会が、国王一家の日課となった。

 王は王妃の見事な金髪と自分の青い瞳を受け継いだ娘を、花よりも長く眺めている。

「エルマ…いや、皆がエリーと呼んでいたのなら、ここでもそう呼ぶことにしよう。エリー、これからは王女として学ばなければならないことがたくさんある故に自由な時間は少なくなるだろう。しかし、自由な時間は好きなように使うがいい。遠慮は要らぬ。今、森に滞在している姉妹達に会いたいのならば好きなだけ会えるようにしよう」

「でもエリー、王とお話する時間も残してあげて頂戴ね」

「はい、お母様」

 城には毎日のように豪華なドレスが届けられ、戴冠式に必要な準備も進められている。

 村娘として育ったエリーには王女としての教育が必要だったが、これは教育係ではなく王妃が自ら執り行うこととなった。

 エリーは村育ちながら、王女に必要な教養をほとんど身につけていたからだ。

 国の歴史についてはケイトから色々教えてもらっていたし、お茶の淹れ方はジェスから、刺繍は長の妻から既に習っている。エリーが新たに学ばなければならないのはダンスに社交、そして強いて言うなら乗馬だった。

 しかしそれよりも、王女として暮らすこととなったエリーが苦労したのは、装飾の多いドレスを着ている時の身の捌き方だ。

 村では体の動きを邪魔しない簡素なドレスで走り回っていたので、華奢な靴を履いてのダンスがこれほどまでに大変だとはエリーは思いもしなかった。

 決してダンスが嫌いなわけではなかったが、村での踊りと城での踊りは全然違う。

 それに気付いた王妃はエリーに普段から豪華なドレスを着て、どんな動きにも慣れることを命じ、ダンスの相手は王に依頼した。

「王妃はダンスの名手なのだ。だから姫も王妃から教わればすぐに上達することであろう。余の足は何度踏んでも構わぬ。気にせず動きを覚えることだ」

 そう言って王はでれでれになりながら根気強くエリーの相手をし、エリーはそれほど王の足を踏みつけることもなく、ダンスを上達させていった。


「ねぇ、ケイト」

 狩猟小屋の裏で洗濯物を干しながら、セレナはケイトに尋ねた。

「なぁに?」

 シーツに皺がつかないよう、ぴんと張らせていたケイトは隣でマイリの服を干すセレナを見る。

「父さん達が来るまで、まだ時間があるでしょう? だから住まいを快適にしてもらえるのは有り難いんだけど…それにしては、少し贅沢すぎると思わない?」

「そうね」

 小屋という呼び名が不釣り合いなくらいに立派な宿は、簡素だが居心地が良い造りになっている。

 到着した当日は城に宿泊させてもらい、その翌日に再び小屋を訪れると、小屋は初日に見た寂れた雰囲気からは一転して、時間をかけて手入れされた民家のようになっていた。

 これが王の好意によるものと分かっていても、あまりに贅沢すぎると今度は気後れしてしまう。

 しかしそれを平然と受けているケイトの態度に、セレナは疑問を感じていた。

「大勢で押し掛けている側としては、有り難いの一言に尽きるわね。娘ばかり5人もいるし…。でも、エリーの寛ぐ場所と考えたら豪華にされても不思議ではないわ」

「それよ、ケイト」

「え?」

「エリーの為に私達がここに滞在するのはいいとして、エリーが頻繁にここを訪れることを許可されたのが、どう考えても不思議なの。いくら私達の滞在が戴冠式までの間だからって…ちょっと頻繁すぎない?」

 セレナはお忍びの姿で訪れているエリーが、庭先でマイリやサラと一緒に遊んでいる姿を眺めた。

「ケイト、あなたお城での食事の後に王様と王妃様に呼ばれてたわよね? 何か仰せつかったの?」

「別に。ただ、お客様がもう一人ここに滞在する予定だから、その方の世話をするようにと頼まれたくらいで」

「そんな話、聞いていないわ!」

「だって言っていないもの。正確には二人ね。従者がひとりいるって聞いたから」

「従者って、貴族なの?」

「声が大きいわ、セレナ」

「どうしたの、二人とも。そろそろお茶の時間にしましょう」

 二人を呼びに来たジェスは、姉達の不穏な空気を敏感に察知する。

「…何の相談?」

 セレナとジェスに見詰められて、ケイトはふぅ、と溜息をついた。

「本当は今夜みんなが揃った時に言おうと思っていたんだけど。いいわ。二人にだけ、先に話すわ。明日、エリーの婚約者がここに来るの。戴冠式が終わるまでは身分を隠してここに滞在するから、エリーに気付かれないようにしてね」

 セレナとジェスはお互いの顔を見る。

「…ということは、王子様なの?」

「どうしてお城に滞在しないの?」

「普段の王女の姿を見ておきたいと、たっての希望があったそうよ。エリーの普段の姿はここでしか見られないでしょう?」

 ケイトはセレナの質問に頷き、ジェスの質問にはそう答えた。

「今サラとマイリに話すと絶対に態度に出してしまうから、エリーがお城に帰るまで内緒にしておいてね」

「サラはともかく、マイリには話さない方がいいと思うわ」

 セレナの意見にジェスは頷く。

「賛成。正直、サラに話すのもどうかなぁと思う」

「でも教えない訳にはいかないでしょう? マイリとエリーには、父さん達の客人ということにしておくから」

「さすがケイト。知恵者ね」

 セレナのからかう口調に、ケイトは眉を顰めた。

「だからみんな、ちゃんと話を合わせてね」

「で、どこの国の王子様なの?」

 ジェスに問われてケイトは答えた。

「ワイルダー公国のクレイ皇子よ」


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