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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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 クレイ達がハーヴィス王国に向かって進む間、クレイとステファン王子が乗っていた馬が街道の途中で見つかり、一行は徒歩から馬での移動に切り替えた。

 そのお陰で夜明け前に城に到着したステファン王子は、ほっとした表情の臣下達に恭しく迎えられた。

 しかし敵国でもあるワイルダー公国の第三王子とその侍従達を連れての帰還は、臣下達にとって予想外のことだった。ましてやそれが水面下で行う両国の友好の為だと聞かされると、晴天の霹靂とはこのことか、と臣下達は周章狼狽しながらクレイとデラ達の為に休憩の部屋を用意した。

 部屋へ案内されてからも興奮冷めやらぬクレイはなかなか寝付けず、体は寝台に預けたまま、既に明るくなり始めていた夜空に残っていた月が太陽が昇るにつれて白く薄くなっていく姿をただ眺めていた。

「よく眠れましたか?」

 翌朝、遅い朝食を終えたクレイの部屋にステファン王子が訪れた。

「ええ。ぐっすりと」

 寝不足の様子は微塵も見せずに、クレイはステファン王子に椅子を勧める。

 ステファン王子はクレイに勧められるまま椅子に座ると、まるで昨夜は何もなかったかのように話し始めた。

「本来ならば謁見の間にお招きするべきですが、国王ちちに無断で貴殿を招いている以上、今の私にはこのような無作法な真似しか出来ません。お許し下さい。いずれ日を改めて、貴殿をこの国に…その時は国賓としてお迎えしましょう」

「お心遣い、痛み入ります」

 昨夜はもっと無作法な真似を国王含め城の住民にしていたクレイにとっても、王子の対応は有り難いものだった。既にデラが間諜達に命じて証拠を隠滅させているとはいえ、この城であまり目立つ行動は取りたくない。

「それで、昨夜の話の続きですが…」

 丁寧な口調で促されて、クレイはサラから聞いた一部始終をステファン王子に話し聞かせた。ステファン王子は話の内容に驚き、喜び、時々神妙な表情になってクレイの話に最後まで耳を傾けた。

「話は大体分かりました。父王は、妹姫の為なら聖地を祀ることは厭わないでしょう。しかしエルマ王女は…リブシャ王国はあんなことをした我が国を赦して、その上援助までして下さるでしょうか」

「大丈夫です。僕も口添えをしましょう。リブシャ国王は心の広い方ですし、賢明な方でもありますから、お互いの国の為になるのならば援助を惜しまないと思います。それに、ハーヴィス王国の食糧問題の深刻さはどの国も知るところです。民を思ってのことなのですから、必要以上にあなたが責められることはないでしょう」

「そう言って頂けると心が休まります。有り難う、クレイ王子」

 二人は固く握手を交わし、それから間もなくしてクレイは暇乞いをした。

「流石に朝食を口にするのは憚られるような気分になりました。もし昨夜の残りを使われていたらと思うと…。結局、出されたものは全部食べてしまいましたが」

「僕もだよ。その時は昨夜の疲れが出たとでも言えばいいんだと自分に言い聞かせて、しっかりと空腹を満たした」

 城門を出てからそう言ったデラにクレイは笑い、一人だけ事情が分からない騎士は首を傾げる。

 ステファン王子の好意によって、騎士にはハーヴィス王国の馬が与えられていた。軍事国では馬を贈り合うことが友好の証となっている。それはこの二国が近いうちに同盟を結ぶということを意味していた。

 三人は馬をゆっくりと歩かせながら、賑わう城下町の様子を眺める。

「このまま、城下町を抜けてまっすぐリブシャ王城へ向かいますか?」

 デラがクレイに尋ねると、クレイは首を横に振った。

「いや、実は殆ど眠っていないんだ。ケイト達の所へ寄って、少し休憩させて貰おう」

「賛成です。実は私も…」

 大きな欠伸をしたデラに、騎士は済まなさそうに詫びる。

「すみません、デラ様。私の鼾が五月蝿くて眠れなかったのですね」

「いや…そうじゃない。神経が昂ってて…」

「嘘はいけません、デラ様。騎士団でも、私と一緒の部屋で休みたがる奴は一人だっていません。私の方は久し振りに寝台でぐっすり寝て、朝食もたっぷり食べましたから、しごく元気です。ご命令とあらば、私は先にリブシャ王城へ向かいます。お二人はゆっくりとお寛ぎ下さい」

 嘘を見破られて苦笑いをしているデラを見てクレイは微笑む。

「エリーは夜明け過ぎに城に無事到着したと間諜から報告があったから、僕達が急いで城へ帰る必要もないだろう。一緒に来い。ケイトの淹れる茶は美味いんだ」

 クレイにそう言われて、騎士は嬉しそうに頷いた。

「あの美人姉妹にまたお会い出来るとは。楽しみです」


 既にハーヴィス王国を出た筈のクレイとデラに再会して驚いたケイトも、クレイから事情を聞き、デラと騎士に遊び相手になってもらって喜ぶマイリを見ているうちに何か思うところがあったらしく、ぼんやりとその様子を眺めているクレイにジェスが焼いた菓子を勧めながらぽつりぽつりと話し始めた。

「ああして楽しそうにしているマイリを見ると、サラとエリーがまだ小さかった頃を思い出すわ」

「いつもあんなにはしゃいでいたんですか?」

 ケイトは頷く。

「それはもう…仲の良い子犬のように、いつもじゃれ合っていたわ。でも、あの頃からサラはエリーを守ることに敏感だったわね」

「そんなに幼い頃から使命感が芽生えていたのでしょうか?」

「サラはエリーのことが本当に好きなだけなのよ。幼いなりに、エリーを大切にしていたわ。だからそう…森に行く時以外は、エリーを一人にした事は無かったわね」

「エリーを置いて?」

「サラにとってはそうではなくても、エリーにとって森は危険かもしれないということは分かっていたみたい。エリーを守る為に置いて行ったの」

「徹底しているな…」

 クレイはふうっ、と溜息を吐く。

「だからクレイ、あなたの話を聞いた時…私は何故かサラが森へ遊びに行く時のことを思い出したのよ」

「ケイト。サラはもう、森から帰って来ない」

「そうだけど…そうじゃなくて。何て言うか…」

 今度はケイトが溜息を吐く番だった。

「エリーを守る役目を僕に譲ることが最良だと考えたと?」

 助け舟を出すつもりでそう言ったクレイに、ケイトは首を横に振る。

「いいえ…でも、それもあるわ。それもあるけど…サラは本当はあなたを守ろうとしたんじゃないかしら」

「僕を?」

 クレイは驚いてケイトを見つめた。

「だって、サラがあなたにした話が本当なら、今後ハーヴィス王国は食糧について困ることは無くなるのでしょう? その問題で困るのはワイルダー公国だけよね」

「ええ。もう僕の国に聖地は残っていないんです。だからサラは、僕の国には婚姻による同盟の道しか残されていないと言いました」

「だからこそあなたは、リブシャ王国とハーヴィス王国との仲を取り持つ役目を買って出ようと思ったのよね。…気付いている? 歴代の賢王達が為し得なかったことを、あなたは遂に為したのよ。それぞれの国が独立し、対等な関係でいられる為のいしずえを築いたの」

「え…?」

「あの馬、見たわ。とても立派な馬だったわね。次にワイルダー公国がハーヴィス王国へ馬を贈れば同盟が成立するとデラから聞いたわ。将来的にはハーヴィス王国からの食糧援助も得られるようになるわね。…ところでクレイ、第三王子は普通、国ではどういう扱いを受けているのかしら? 外交や政治的なことについて、思う存分手腕を発揮させて貰えている? もし、今はそうではなかったとしても…敵国視していた国と友好を結ぶほどの手腕がある王子にならば、ワイルダー公国王はこれから様々な機会をあなたに与えることでしょうね。リブシャ国王のあなたに対する評価も、確実に好意的なものに変わるわ」

「…ケイト」

「おめでとう、クレイ王子。あなたは歴史に名を残す王族の一人になったのよ」


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