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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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16

 ステファン王子の剣を受け止めようとしたクレイは、複数の金属音と共に受けた衝撃に思わず剣を取り落とした。

 今度こそ殺される。

 手から剣が離れた瞬間、クレイは覚悟した。

 しかし次に待っている筈の痛みは全く感じられず、血腥ちなまぐさい匂いもせず、クレイは死とはこういうものなのだろうかと訝る。

 そして思わず閉じてしまっていた両目を再び開いた時、複数の金属音の正体が何だったのかをクレイは知った。

 地に落ちていたのは三本の剣。

 三本のうち二本は当然、クレイとステファン王子のものだ。

 そして三本目のこれは…。

「王子! クレイ王子っ、ご無事ですか?」

 聞き慣れたデラの声にクレイははっとした。同時に声がした方向から馬の足音も聞こえてくる。

 三本目は間違いなくデラの剣だった。

 どうやってこれを投げた?

 クレイが慌ててステファン王子の位置を確認すると、ステファン王子は意識を失った様子で地に倒れていた。

 クレイとステファン王子を覆うように取り囲んでいた、人間の背丈よりも高い草木の間から現れたデラの影が妙に大きいことに驚いたクレイは、すぐにその影は行方不明だった騎士のものでもあるということに気が付く。

 デラの代わりに手綱を握っていた騎士はその頑丈な体躯で、不安定な姿勢で鞍の上に立つデラの体をしっかりと支えていた。

「二人共、無事だったのか!」

「それはこちらの台詞です! 王子、お怪我はありませんか?」

「傷は…大した事無い。擦り傷だ」

「ご無事で良かった…」

 今までの勇猛さとは裏腹に、緊張が解けて膝から崩れ落ちそうになったデラを騎士が慌てて支え直す。

「しかし…よくここが分かったな」

 感心したように言うクレイにデラが呆れて答えた。

「こんな真夜中に炎が出れば、嫌でも分かります。鎮火の後は煙と水の匂いを追って、ここまで辿り着きました」

「言われてみればその通りだな。とにかく助かったよ、デラ。ありがとう」

 クレイの言葉を聞いて、デラはやっと笑みを浮かべた。しかしその笑顔もすぐに厳しいものに変わる。

「それにしても…ステファン王子がまさか、このような暴挙に出られるとは…」

「あまりステファン王子を責めるな。王子は妖魔に心を操られていたんだ。…しかし、王子は本当に気を失っているだけなのか?」

 身体が硬直して思うように動けないクレイの代わりに、デラは身軽に馬から降りてステファン王子に近付いた。

「…死んではいないようですね。気絶しているだけだと思います。柄か何かが頭を強打でもしたのでしょう。咄嗟の判断でしたから、手加減することが出来ませんでした」

「まさか剣を槍代わりに使うとは。仕留め損ねたらどうするつもりだったんだ」

「私は夜目が利きます。失敗したら、などとは考えませんでした。それに、仕留められなくても争いの気をげればそれで充分だったんです。あのままでは間違いなく、クレイ王子は殺されていたでしょうから」

 しれっと言うところを見ると、いざとなったらステファン王子を殺しても良いとデラは判断していたのだろう。

 デラにとっては、この結果の方が「仕留め損ねた」ということになるのだろうか。

 それにしても鮮やかな手際だった。

 結果的にステファン王子から受ける筈だった剣の重さをデラの剣がほぼ受け止めた格好で、三本とも誰も傷付ける事無く、地面に叩き落とされている。

 いつもクレイが卑怯な手を使うと責めてばかりいるデラが、普段使うことのない「卑怯な手」を披露してくれたことに、クレイの頬は思わず緩んだ。

「お前がここまで実戦に強い奴だとは思わなかった」

 ひとしきり大笑いしたクレイの身体から、やっと緊張が抜ける。

「ご存知無いのは王子だけでしょう。デラ様は騎士団の猛者達から、かなり荒っぽい…ありとあらゆる訓練を受けていらっしゃいます。君主を守る為なら、どのような方法もいとわれませんよ」

 騎士はそう言って馬から降り、倒れていたステファン王子を抱え上げると、その身体を馬の背に俯せに乗せた。ステファン王子は目覚めることなく、ぐったりと馬の背に身体を預けていた。

 その様子を二人は暫く眺めていたが、ふとデラがクレイに向き直って尋ねた。

「…ところで、サラさんは何処ですか? てっきり、サラさんがここにいるものだと思っていましたが」

「サラはずっと、僕の前に姿を見せていない。だが、間違いなくこの様子を見て(・ ・)いる。何度も見えない力で助けてもらっているんだ」

 クレイはそう言ってもう一度地面に落ちた自分の剣を拾う。念の為にステファン王子の剣も自分が持つことにして、残った剣はデラに返した。

 何度も…そうだ。結局、両国の王子は無傷に近い状態で事無きを得た。いくらデラが優秀だったとしても、ここまで都合良く事が運ぶだろうか?

「お戯れを。偶然が重なったのでしょう。王子は運がお強いのです。あの炎が起こらなければ、我々は王子がこの森にいらっしゃることにすら気付かず、真っ直ぐリブシャ王国へ向かうところでしたから」

 事情を知らない騎士の言葉に二人は黙って耳を傾け、それからお互いの状況を確認し合った。

「…ではデラ、お前はサラを見つけることが出来なかったのだな?」

「はい。その代わり、ずっと行方不明だった彼を見つけました。森に囚われて彷徨っていたのです。彼の疲労困憊が激しいので、一旦サラさんの捜索を打ち切ってリブシャ王城へ向かうことにしたのです」

「サラの手掛かりはないのか?」

「手掛かりならあります。サラさんの姿を彼が目撃していますから」

「デラ様、その話は…」

 騎士は慌てて二人の会話に割り込んだ。ワイルダー公国の騎士である以上、精霊達の存在を認めることは沽券に関わることだった。最悪の場合、騎士団から除隊されてもおかしくはない。

「いいんだ。クレイ王子は理解を示して下さる」

「しかし…」

「デラの言う通りだ。何でも構わないから話してくれ。最後に見たサラはどんな様子だった?」

「それが良く…覚えていなくて…」

 騎士がなかなか話そうとしない事に焦れて、デラはクレイに報告した。

「サラさんは落馬の直前、蔓に包まれて保護されたようなのです」

「デラ様!」

「蔓…。イバラの蔓か?」

 デラの発言に慌てていた騎士は、クレイの問いに戸惑う。

「え? ええ…いえ、何の蔓かは分かりませんでしたが…」

「それならきっと、サラは無事だ。その蔓はサラを守ったのだろう。サラは森の女王に保護されたんだ」

「ではどうして、サラさんは私達に無事な姿を見せないのでしょうか?」

「僕の方こそ知りたい。僕はエリー達に約束したんだ。お前とサラを必ず連れ帰ると。エリーのたっての願いを叶えるまでは、僕はこの森から動けない」

「それは無理な話です、クレイ王子。今すぐ、この森から出て行って下さい。女王であるわたくしからの命令です」

 その声に三人は驚いて辺りを見回した。

 新緑のカーテンの向こうに人影が見える。新緑は左右に揺れ、やがてその人影が三人の前に姿を現した。

 月明かりを受けて美しい金髪が淡く光っている。

 今度こそ見間違いなどでは無い。

 クレイは夢見るような気持ちでその姿を見つめた。

 本物の…サラだ。


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