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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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 デラはどういう表情をしていいのか分からなかった。

 そんなことはありえないと一笑に付してしまいたいところだが、どうやら実際に起こっているのだ。

 この騎士が酔っ払っていたり、妙な薬草を口にしているような様子はない。幻や幽霊などはまともではない精神状態の輩が見るものだとデラは信じている。

 そんな状態の輩が見聞きする、幻覚や幻聴のようなものの多くは本人の強い願望が形を変えたものだったり、心の奥底にある恐怖に起因しているものだと王子は言っていた。

 それなのに目の前にいる騎士は、見てしまった本人ですら幻だと信じたいものを見たと言う。

 サラが無事であるという話は、デラは喜んで信じたいと思った。しかし、その後がいけない。

 植物の蔓がサラさんを包み込み、消えた?

 どうやって? いや、そもそもどうしてそんなことが起きるんだ?

「デラ様」

 この上なく心細そうな声にデラははっとした。

「やはり私は…どこかおかしくなってしまったのでしょうか?」

「疲れているだけだろう。森に幻覚を見せられただけだ」

 自分の返答こそ信じられない、とデラは自分の口を呪った。やはり彼と同じく動揺してしまっている。くだんの騎士は疲弊しているせいもあり、きっとそうですよね、と気のない言葉を返した。

「それで…逃げた馬はどこへ向かった?」

「森の外だと思います。あれから長い間彷徨さまよっていますが、他に人の気配も馬の気配もありません」

「そうか…」

 これといった気配が無いことはデラも感じていたので、それ以上はデラも追求しなかった。

 サラの行方が気がかりだったが、疲れ切った騎士と一緒にサラを捜すのはおよそ無理だとデラは判断した。

 セレナさんの期待を裏切ることになって申し訳ないが、この状況でいつまでも森を彷徨うわけにもいかない。サラさんの捜索はまた改めることにしよう。

「とりあえず、この森を出よう。この辺りの地形は把握しているから大丈夫だ。リブシャ王国へ帰ってから詳しい話を聞かせてくれ」

 デラはそう言うと、一緒に馬に乗るよう騎士に促した。


 来た道を引き返しながら、クレイは周りの様子を注意深く探る。

 デラの隊が使った道の方角を確認し、その向こうにある森の姿を見て、クレイは横道に入った。

 同じ峡谷沿いでもクレイ達が使った道とは違い、デラの隊が使った道はあまり広い道ではない。エリーを連れた隊は追っ手と戦うことを考慮に入れていたがデラの隊は戦わずに逃げることを優先していたので、追っ手を撒き易い、迷路のように通り辛い道をわざわざ選んでいた。

 横道から探していた道に辿り着き、クレイは記憶を確認しながら先へ進む。

 道を把握していないと迷うおそれがあった為、あらかじめ地形ごと頭の中に入れておくようにとデラが騎士達に厳命していた道だ。デラがサラを連れて来ることに成功していたら…いや、成功していなくても必ずこの道を使うだろう。この道から外れずに移動しさえすれば、途中で間違いなくデラに出会える。

 どうか二人一緒にいてくれ。

 クレイは祈るような気持ちで月を見上げた。

 どういうつもりで隊を離れた、サラ。

 クレイの頭の中では、何度目かのこの問いが巡っていた。

 サラの行動の殆どがエリーの為であることは分かっている。

 エリーもセレナも無事に合流地点まで到着したのだから、作戦自体は成功していたはずだ。それに、あのデラが途中で作戦を変更するなど考えられない。

 何をした? この期に及んでどうしてだ? サラ。

 …僕の目の前から消えるつもりか?

 一番考えたくない考えに囚われたクレイは、ぐっと歯を食いしばった。

 そんな勝手は許さない。これ以上の我侭も。

 思いを振り切るかのように手綱を引く手に力を込め、クレイは歩かせていた馬を少し走らせようとした。その時、何かが見えたような気がしてクレイは慌てて手綱を緩める。

「…サラ?」

 明るい髪の色だったような気がする。

「サラなのか?」

 再び月光に反射する長い金髪が視界に入り、クレイはその後を追った。

 明るさを増した月が、予定していた道を逸れて森の中に入っていくクレイの姿を静かに照らしていた。


 身支度を整えたステファン王子は、諌める大臣達の言葉も碌に聞かずに馬に乗った。

「王子、危険です。せめて騎士達に捜しに行かせるようにして下さい」

 縋り付くように訴える宰相を見下ろし、王子は告げる。

「リブシャ王国領内に我が国の騎士がこれといった理由も無く立ち入ることの方が問題だ。まだ私が単独で動いた方が安全だろう」

「いくらリブシャ王国が普段は穏健な態度を示していると言っても…さすがに今の状況では不利すぎます。親書が彼の国に届いてから時が経っています。彼の国が我が国を警戒し、対策を立てるには充分な時です。森にはリブシャ王国の兵が潜んでいるかも知れません。それに、この暗い森の中をお一人で、一体どうやって捜されるおつもりですか」

 その正論にステファン王子は暫し黙る。しかし、その緑の瞳に決意の揺らぎは見られなかった。

「…女の身で森の中に長時間いるのは無理だ。それに、もし怪我をしているのなら早急に手当てが必要だ」

「衛兵は姫に怪我は無かったと報告しておりました。もしかしたら森の女王の力なのかも知れません。そうだとしたら、とても敵う相手では…」

「条件としては互角だ。それに、森の女王の力がどれ程のものかを知るには、実際に対峙してみるしかない」

「王子、これ以上妖魔の力を借りてはなりません。エルマ王女をこの城に招く為の代償をお忘れですか? 代々、我が国の聖域とされていたあの谷を妖魔に明け渡したのですよ。あのような大切な土地を…」

「草木も育たず、伝承の面影すら残さないさびれた谷だ。我々にとって無益な土地を渡すことで食糧問題を解決出来るのなら、大した痛手ではない」

 必死に食い下がる宰相の努力も虚しく、ステファン王子は侍従に命じた。

「…早く剣を。夜明けまでに私が城に戻らなければ、国王ちちにこのことを報告しろ。それまでは誰の手出しも無用だ」


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