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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第七章 ひとつの選択
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 馬車に乗り込んできたのがセレナだけだということに気付いたエリーは、思わず眉間に皺を寄せた。

「セレナ。サラはどうしたの?」

「サラは後で合流するわ」

「何かあったの?」

「…ちょっとね。でも大丈夫よ、デラも付いているし。そんな顔しないの、エリー」

「隠さないで、セレナ。サラはどうして一緒に来なかったの?」

「それは…」

 言葉に窮したセレナの代わりに、ジェスがそっとエリーの肩に触れる。

「…エリー。サラはあなたを無事にお城へ送り届ける為に、囮になったのよ」

「囮?」

「あなたの青いドレスを着て、あなただと思わせ、相手の目を引きつけておくことにしたの。だから私達はサラが作ってくれた時間の分だけ…いえ、それよりも早くリブシャ王城へ到着しなくてはならないの。分かるわね?」

 エリーは信じられない思いで二人の顔を見た。

「そんな…そんなこと、クレイが認めるなんて!」

「これはサラの判断なの、エリー。クレイは当然反対するからと、サラは初めからクレイに話していないのよ。それに、私もケイトも直前になってサラから急に打ち明けられたの。当然、デラにも知らせなかったし、セレナには知らせる手段がなかった。サラを置いてここに来なければならなかったセレナだって辛かったと思うわ」

「ケイトは…ケイトは認めたの?」

「…サラの決心はとても固かったの。だからケイトも認めるしかなかったわ」

 エリーは大きく目を見開くと、がっくりと項垂れた。

「でもきっと大丈夫よ、エリー。サラには何か勝算があるみたいだったし…。きっと、森の国境からリブシャ王国に入るつもりだと思うわ。森の中なら、たとえサラ一人でも切り抜けられると思わない?」

「ええ…そうね」

 言葉とは裏腹にすっかり打ち拉がれているエリーを励ますかのようにジェスは言葉を続けたが、その言葉からエリーは希望を見出すことは出来なかった。

 サラは森に…帰るつもりなのかもしれない。たった一人で。

 そんな予感を、エリーはどうしても振り払うことが出来ない。

 すっかり落ち込んだ空気となった馬車の中の三人に、外の騎士から声がかけられる。

「ご準備はいいですか?」

 三人ははっとして、お互いの顔を見た。

 出発のときが来た。

 エリーを見つめるセレナとジェスの瞳に、エリーは頷いた。

「今の私に出来ることは、一刻も早くリブシャ王城へ帰ることね。…出発しましょう。サラの気持ちを尊重するわ」

 その言葉に、二人は頷き返す。エリーはセレナに馬車の扉を開けてもらい、外で待機していた騎士を見た。

「こちらの準備は出来ています。すぐに出発しましょう」

 威厳すら感じさせる冷静さでエリーがそう告げたその時、クレイが急に割り込んできた。

 不機嫌をあらわにした表情を取り繕おうともせず、不躾とも取れるクレイの態度にセレナとジェスは驚いた。

 しかしエリーは動じることなく、じっとクレイの言葉を待った。

「エリー」

 クレイは苦しげにエリーの名を呼んだ。その声音こわねから、クレイの心情が痛いほどエリーに伝わって来た。

 クレイはこの事態をエリー以上に認められないのだろう。

「クレイ…」

「君に許可を請いたい。僕はサラとデラをこのまま置いては行けない。僕はここで引き返すつもりだ。その代わり、二人は僕が必ず連れ帰る」

 その言葉を聞いた三人の心に希望の光が差す。

 告げたことで自分の覚悟も決まったのだろう。クレイの表情もいつもの穏やかなものに戻っていた。

 エリーは目を輝かせた。

「許可します。…いいえ、リブシャ王国の王女として正式にクレイ王子のご助力を乞います。二人を無事、リブシャ王城まで連れ帰ってきてください」

「御意」

 そう言ってクレイは少年のような笑顔で馬車の扉を閉じた。

 それから程なくして馬車がゆっくりと動き始め、やがて速度を上げて城へと向かった。


 馬車を見送った騎士達は、クレイを振り返ると真摯な瞳でクレイを見つめた。

「王子、ご指示を」

「我々もサラさんとデラ隊長を助けに行きます」

 口々に言う騎士達にクレイは満足げな笑みを浮かべたが、首を横に振った。

「ここから引き返すのは僕一人だ。ここにいる者達は全員、予定通り馬を休ませた後に馬車の後続の警護に当たってくれ。まだステファン王子がこれ以上追って来ないという保証はない」

「しかし王子…」

 騎士の一人が不満そうに呟くのをクレイは制した。

「サラとデラは恐らく森の中にいる。僕は森へ二人を捜しに行くだけだ。森側はリブシャ王国の領土内だから、心配は要らないとリブシャ国王にもそう伝えてくれ。そして、リブシャ王城に残っている騎士達にハーヴィス王国の現在の状況を知らせて欲しい。必要とあらば我々は然るべき手段に出なければならない」

 その言葉が何を意味しているのか分からない騎士は誰一人としていない。ワイルダー公国は戦で領土を拡げてきた国なのだ。

 クレイの迷いのない言葉に騎士達は従わざるを得なかった。


「リブシャ王国は大国でありながら、長きに亘ってワイルダー公国とハーヴィス王国の緩衝地帯でもあった。その中で…森という絶好の地理的条件も手伝って、リブシャ王国は独自の習慣を守り続け、平和を保ってきた。リブシャ王国が中立の立場であることが近隣の国々にとって平和のあかしだったのだ。しかし、婚姻に依ってこの均衡が崩れることになるとしたら…」

「ならないわ。エリーもクレイも、そんなことはしない。国の平和と一緒に森の平和も守ってくれるわ」

 素早く否定するサラにソニヤは皮肉な微笑みを浮かべる。

「其方の信頼は尊く美しいが…今の森の平和を保つには、あの二人の力だけでは心許ないのだ、サラ」

「だから私が…」

「どうするつもりなのだ? このままでは確実に戦が起きてしまう」

 再び映し鏡を一瞥して、ソニヤは小さく嗤った。

「クレイはそんなことしないわ…絶対に」

 そう言いながらもサラは不安げに映し鏡を眺める。リブシャ王国の中ならば大抵のことは映し出せるこの鏡は、ちょうどクレイがエリー達と別れ、独りで国境に引き返す姿を映し出していた。

「どうかな。あの王子達はともかく、森の女王に反目する精霊達がこの機会を逃すとは思えない。森の女王の失脚を狙う好機だ」

女王ははに反する精霊達さえ何とか出来れば…人間ひとの方はどうとでも出来るわ」

「サラ、其方はまさかエルマ王女を無事に国王の元に帰すだけで全てが解決するとは思っていまい?」

「思っているわ。リブシャ国王は戦を望んでいないのだもの。エリーも私もそうよ。戦はリブシャ王国が認めない。だから私は、誰も傷付けずに帰したいの。それぞれが、本来いるべき場所へ」

「其方は人間ひとなのだな…」

 ソニヤはそう言うと映し鏡を閉じた。水鏡として使われていた、庭園の湖面に小さなさざなみがさあっ、と戻る。

 クレイの姿を見失ったサラは、湖面に写る色と全く同じ空色のソニヤの瞳に視線を移した。

「聞かせて貰おう、王女よ。其方にはどのような考えがあるのだ?」


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