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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第一章 娘たちの出発(たびだち)
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情けは人の為ならず、です。

「サラ。うたをうたうのは、ことりさんよ」

 ケイトにそう教えられて、サラは首を傾げる。

「おはなは、うたわないの…?」

「おはなも、くさも、きもうたわないわ。どうぶつしかこえはだせないのよ」

 そんなはずはない、とサラは思った。

 いつだって、外に出れば木が、花が、草が語りかけてくれる。

 優しい歌を歌ってくれる。

 とても素敵な気持ちになれるのに、自分以外の誰もそれを知らないなんて。

「セレナも、ジェスもきこえないの…」

 母さんに話した時は、優しく笑って聞いてくれたから母さんも聞こえていると思っていたのに。

 私だけ。

 その事実を知ったサラは、それからは姉の前で草木が歌ってくれた歌を歌わなくなった。



「お礼って、私はただ…」

 花冠を木の上の方の枝に置いただけなのだ。特別な事はしていない。

 そうサラは言おうとしていたが、フローラはサラの気持ちを知ってか知らずか、にっこりと微笑んだ。

「恩義を返さないことは精霊の女王のしきたりに反します。あなた方は皆、旅の途中なのですね。母の御名みなもとに、この旅を守りましょう。そしてわたくしからは、あなた方に力を授けます」

「力…?」

「そうです。サラ」

「どうして私の名を…」

「あなたも知っている通り、草花というのはとてもお喋りなのですよ、サラ。あなた方は長の娘として育ったエルマ皇女を王宮まで送り届ける途中なのですね」

「私の事まで知っているの…?」

 フローラの言葉に、今度はエリーが驚く番だった。

 サラが言っていた、花や木が歌ってくれるというのは本当だったのだ。

 家族以外の誰も知らないエリーの秘密を、この王女は草花を通して知ったと言う。にわかには信じられない話だったが、それ以外に納得のいく説明が考えられない。

「植物たちは噂好きでお喋りですが、あなた方の秘密をむやみに洩らすようなことはしません。ご安心下さい、エルマ皇女。それから…皆さん、お集りいただけたようですね」

 フローラがそう言ったので、エリーとサラはケイト達が近付いてきたことに気付いた。

「サラ。一体何が…」

 ケイトもセレナもジェスもマイリも、フローラの姿を見てぽかんとしている。

 全員が初めて精霊を見るのだから、この反応は当然とも言えた。

「ケイト。この人は花の精霊の王女様でフローラという名で…花冠の持ち主で…ええと…」

 サラがしどろもどろになって説明している間、ぼうっと王女を見つめていたマイリは王女の花冠の花に気付いた。

「おんなじお花だぁ…」

 フローラはマイリに微笑んだ。

「あなたがマイリですね。こんにちは。そう、同じ花たちです。あなたの花冠になれた花たちも、喜んでいますよ」

 フローラがそう言って微笑むと、二人の頭上にある花々が共鳴するようにぽうっと輝く。

「うわぁ…」

「お揃いですね」

「うん。これ、サラが作ってくれたの。すごいでしょう。でも、王女様の花冠も素敵」

「ありがとう、マイリ。この花冠も、わたくしの大切な仲間が作ってくれたものです。あなたの冠と同じですね」

「うん!」

「…あの、王女様。こんな人の多い場所に、どうして…」

 ケイトの言葉に王女は頷く。

「わたくしはまだ微力ですので、今は母と植物達の力を借りて姿を現しています。ケイト、セレナ、ジェス、そしてマイリ。あなた方は村長むらおさの娘ですね。今わたくしはサラとエリーに、花冠を守っていただいたお礼がしたいと話していました。一緒に旅をしているあなた方も含め全員に、妖精の女王そして王女より、力を授けます。長の第一の娘ケイトには智恵と知識を。第二の娘セレナには優しさと慈しみを。第三の娘ジェスには人を許す心を。末娘のマイリには物事を察し、見通す力を」

 フローラはサラとエリーに視線を戻す。

「サラ。あなたには勇気と力を。そしてエルマ皇女。あなたには人々の心を魅了する美しさを。…皆さん、この行程の安全はわたくしたちが保証します。ただ、あなた方の目的地まではわたくしの力は及びません。そこからは、わたくしの与えた力でご自身をお守り下さい。どうか安全な旅を…」

 そう言い終わると、フローラは霞のように姿を消した。

「…消えちゃった…」

 フローラの姿が消えると、マイリの頭上で光っていた花は光を失い、元の色に戻った。

 6人はしばし呆然としていた。

 生まれて初めて会った妖精にお礼を言われ、力を授けられ、旅の安全を保障された。

 とても喜ばしい話なのだが、展開があまりにも急すぎてついていけない。

「どう思う? セレナ」

「あなたの智恵に任せるわ、ケイト」

「とりあえず無事に着けるらしいから、馬車に戻りましょう。馬を繋ぐわ」

 馬が怯えて逃げていないことを確認してジェスはほっと安堵の息をつき、馬が繋いである木に向かう。

「あっ、ジェス。私、いつ御者台に…」

「お昼の後よ、サラ。今度は座る向きを交代するの。エリー、マイリも。馬車に戻りましょう」

 セレナに促されて、四人は馬車の方向へ向かった。

 一人残されたケイトは、もう一度フローラの言葉を頭の中で反芻していた。

 フローラから与えられた「力」というものは、それぞれがもともと持っている性質を更に強くしたもののようだ。

 それにしても、フローラのあの台詞…。

「ケイトー! 置いていっちゃうわよ!」

 ほとんど馬車の側にいるサラに呼ばれて、ケイトは我に返った。

 慌てて御者台に戻り、先に馬車に馬を繋ぎ終えて待っていたジェスに次の休憩まで手綱を任せる。

「私、妖精って初めて見たわ」

「私だって。みんな初めて見たわよ」

「そうよね。私、フローラと一緒にいた時のサラとエリーが、妖精と一緒に話していても全く違和感がなくってびっくりしたわ」

「ジェスもそう思った?」

「ええ。あの二人は特別に綺麗だけど、妖精と並んでも遜色ないほどとは思わなかったわ」

 ジェスの言葉に、ケイトの昔の記憶が引っ掛かる。

 妖精に見紛みまがわれるほどならば、草花もあの二人にはうっかり語りかけてしまうのかも知れない。

 サラはあの時から、ケイト達の前では歌を歌わなくなった。

 ケイトがサラに植物は歌ったりしないと言ったからだ。

 幼いサラに、可哀想なことを言ってしまった。

「でも、ちょっと驚いたけど、みんなに何事もなくて良かったわね」

 ジェスに話しかけられてケイトは現実に戻る。

「…ええ。目的地まで無事に着けるなら安心ね。到着も早くなりそう。そうしたら、お城の近くまで見学に行ってみましょう」

「食糧の確保が先じゃなかった?」

 ジェスにぷぷ、と笑われてケイトはふくれっ面を作る。

「言うわね、ジェス。覚えてらっしゃい」

「おお、こわ。すみませんでした、お姉様。ところでマイリとサラはいつ御者台に座らせてあげることになったの?」

「お昼の後にサラ、その次の休憩の後にマイリよ。距離を考えたら、そのタイミングが適当かなって話になったわ」

「私、サラに馬の扱いを教える約束をしたの。だからサラの時は私が手綱を取るわ」

「じゃあ私が先に馬車に乗るわ。サラを頼むわね」

「いいわよ。でもマイリを乗せる時には大人二人いた方がいいと思うの」

「マイリの時はセレナにこっちに座ってもらうわ。ジェスも中に乗ってみたいでしょう?」

「私はずっと御者台でもいいくらいなんだけど…できたらエリーもこっちに座らせてあげたいわね」

「残念だけど駄目よ、ジェス」

「…分かってるわ、ケイト」

 沈黙とともにしんみりとした空気が降り、二人はしばらく無言になる。

 その息苦しさに耐えられなくなり、とうとうケイトは口を開いた。

「…分かったわ。ただし、ちょっとだけよ」

「さすがケイト。そうこなくちゃ!」


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