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とある王女の恋物語  作者: 藍田 恵
第一章 娘たちの出発(たびだち)
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はじめまして。

中学生の頃に書きためていた自作の漫画を、今更になって文章化してみようという気になりました。

お付き合いいただけたら幸いです。

 春。

 綿の花(コットンフラワー)が一斉に芽吹く頃、16になった娘たちの成人式が行われる。

 この村で、今年成人式を迎えるのは村長(むらおさ)の二人の娘だった。

 二人は血が繋がっていなかったが、どの姉妹よりも姉妹らしく、双子のように仲睦まじく暮らしていた。


 おさには五人の娘がいる。

 長女のケイト、次女のセレナ、三女のジェス、四女のサラ、そして末娘のマイリ。

 今日成人を迎えたのは、四女のサラと、同い年のエリーだった。

 サラも他の姉妹たちも、どのような経緯いきさつでエリーが自分達と一緒に暮らしているのかは知らない。

 ただ、長の家に預けられた娘だから、何か特別な理由があってのことだろうということは解っていた。

 何故なら、エリーはこの世の全ての祝福を受けたような、とても美しい娘だったからだ。

 今は村で質素な身なりをしているが、着飾ればどのような美姫びきにも負けない美しさであろう、と誰もが噂するほどエリーは美しかった。

 黄金に輝くまっすぐな長い髪に、雪のように白い肌。薔薇色に輝く頬と唇。碧と蒼を溶かしたような美しい瞳の色。しかし、何よりも美しいのは充分な愛情を受けて育った者が振りまくことのできる、その笑顔だった。

 対してサラも、誰もが振り返る美少女だ。

 エリーよりも明るい、銀のかかったまっすぐな長い髪。美しいかおだちはどこか少年のような凛々しさを伴って、村の娘達はサラの中性的な美しさに恋い焦がれる。エリーとサラが並ぶと、まるで夢物語に出てくる王子と王女のようだと、娘達は嘆息するのだ。


 少女とはいえ、エリーの末恐ろしいほどの美貌を危惧する者は実は少なくない。

 この国は、近隣諸国も含め圧倒的に女性の数が少なく、とりわけ若く美しい女性は戦の種になる可能性が高かった。

 だからこそ、6人もの美しい娘を有する長の家や娘を持つ家は国から手厚い保護を受けている。

 無論、こんな田舎で戦は起こらないし、それに、長の娘においそれと手を出してくる男はいない。

 長の娘は特別だ。

 長の妻は遠い昔に王族と縁があった家柄で、王女のいないこの国の王侯貴族の妻に請われてもおかしくない立場にあった。

 そういった背景のせいか、どこか男勝りなところがある長の娘達は、とっくに適齢期を迎えているのに呑気に楽しく暮らしていた。


 サラはその中でも一番、男勝りを通り越して腕白と言っていい娘だ。

 子供の頃から長にちょろちょろと付き纏い、男の子同様に駆けっこや木登りに興じ、男の子と取っ組み合いの喧嘩をする。もう少しおしとやかに、と母親に諭されてむうっと膨れている姿を見て、長は叱ることもなく楽しそうに笑った。

「頼もしいじゃないか」

「貴方はそんなことばかり言って」

 非難の矛先が長に変わったと感じると、サラは素知らぬ顔をしてエリーと遊び始める。二匹の仔犬がじゃれ合うかのような仲の良さと愛らしさに、長の妻の頬も緩む。結局、長の妻も娘達に甘かった。

「サラ。成人したら、あなたもちゃんと女性らしくするのよ」

 その言葉を免罪符にして母親のお説教が終わるのが、いつもの習わしだった。


「サラー。サラーっ!」

 エリーが呼ぶ声に、微睡んでいたサラはふと目を覚ます。

 死ぬほど退屈な成人式と、年寄り達のお説教としか聞こえない祝辞にうんざりしたサラは式を途中で抜け出して、お気に入りの草原で寛いでいた。

 綿の花(コットンフラワー)が一面に咲き誇るこの草原はとても美しい。

 今年はいつもより満開になるのが早く、まるで二人の成人を祝ってくれているようだった。

 綿毛のような花から紡がれる糸は不思議な光沢を持ち、その滑らかな肌触りは全ての人に愛されている。

 それはとても高価な生地なので、普段のドレスに仕立てられることはまずないが、成人式の正装は国王から下賜されたこの生地で仕立てられることになっていた。

 サラも今、眼下に広がる花で紡がれたドレスに身を包んでいる。

「エリー!」

 サラを呼ぶエリーの声に、マイリの幼い声が被る。

 サラより10も年下の妹は当然のように姉達に可愛がられたが、やはり一番年の近い姉達に親しみを感じるらしく、普段からサラとエリーの側を離れようとしない。

 既に正装から普段着に着替えたエリーを追うようにちょこちょこと走っている。その姿に気付いたエリーは立ち止まると、幼い妹が自分に追いつくのを待った。

「マイリ」

 はあはあと息を切らしている妹の汗ばんだ額を撫で、落ち着くまでじっと見守ってくれる優しい眼差しに、マイリは嬉しそうに微笑んだ。

「サラは見つかった? エリー」

「それがまだなのよ。絶対にここにいると思ったんだけどなぁ…」

 草原を見渡すエリーのその読みは当たっている。

 実際にサラはそこにいるのだ。

「サラは、成人式の途中で抜け出しちゃったの?」

「ええそう。お父様達カンカンよ。ほんとに、サラったら…」

 成人式は神事でもあるため、家族は同席出来ない。長であるが故に同席を許された父と式に向かう姉達の美しい晴れ姿を玄関で見送り、そのまま一緒に帰ってくると信じていたマイリは、太陽のように美しい方の姉しか父と帰ってこなかったことを訝り、上の3人の姉達に聞き回って情報を得たようだった。

 それを聞いたサラは少し眉根を寄せる。

 お父様も、年寄り達も怒らせるつもりはなかった。

 最初の予定では、祝辞が終わる頃に戻ってエリーと一緒に帰宅するつもりだったのだ。

 この場所があまりにも気持ち良すぎて、うっかり眠って、その機会を逃してしまっただけで…。

「う…うわわっ!」

 ボキッ、という音と共に、サラの体がぐらりと傾ぐ。

 そう。サラはずっと木の枝の上で微睡んでいたのだ。

「きゃあああああああっ!」

 けっこうな高さから落ちたサラを、柔らかな綿の花(コットンフラワー)がバフッと受け止める。

「サラ!」

 目の前に落ちてきたサラに、エリーとマイリは目を丸くした。

 エリーは自分達の位置の斜め上に視線を上げて折れた枝の高さを確認し、それからサラに恐る恐る近付く。

 気を失っているのだろうか。サラは微動だにしない。

 怪我をしていなければいいのだけれど。

「サラ…?」

 もう一歩近付くと、サラは少し身じろぎした。

 良かった。意識はある。

「サラ」

 サラはごろり、と仰向けになった。

綿の花(コットンフラワー)で助かったぁ…」

 花の布団の上で気持ち良さそうに呟くサラに、エリーはほっと胸を撫で下ろした。

メインキャストが複数なので、しばらくの間は人物紹介に紙面(画面?)を取られそうです…。

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