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戦闘

 急激な方向転換のために大きな横Gが掛かり、波瑠(はる)はシートに強く押しつけられ細かく息を吐いた。キャノピィの外の暗黒にいくつめかのプラズマの爆炎が光り、何個かの小惑星デブリが宇宙の塵になる。

いまのは近かったと思いつつ、波瑠は少し安堵した。最初の接敵時の3DスキャンによるAIの戦力分析が正しいなら、今ので継ぎ剥ぎ屋(パッチワーカ)は弾切れになったはずだ。

「今ので弾切れよね、バーディ」

「解析によれば相手に近距離レンジの兵装しか残っていないことは確かだ」

 支援AIのバーディから、状況にそぐわない落ち着いた声が返ってくる。いつもはその朴念仁な調子に眠くなってしまう波瑠だったが、このような状況の中だと精神安定剤として効果があると評価ができた。もしかしたらバーディの音声データはこんな状況の時に搭乗者を落ち着かせるために、あんなに無味乾燥に聞こえるようにサンプリングされているのかも…と波瑠は想像した。

 しかしつぎの瞬間、敵船接近のビープ音が鳴り響いて波瑠は息をのんだ。どうやら相手は接近戦に持ち込むつもりらしい。まだ武装が残っているこちらに接近戦を仕掛けてくるなんて。よほど切羽詰まっているか、もしくは接近戦で優位な武装を持っているのかもしれない。

「ったくもう、しょうがない。やるっきゃないかー」

 大きく息を吸って複座式重力子推進船(ディグ)のかじを相手がいるであろう空間に向けて切る。こちらも長距離自動追尾装置がついた兵装は既になくなっていたが、パルス照準が出来る中距離用兵装がまだ残っているので、相手の射程内に入る前に撃墜できるはずだ。

「バーディ、相手位置の索敵お願い。パルス発信して」

 言い終わらないうちに、バーディから返信が入る。

「レーダによると、相手は前方45.12kmの距離にいる」

 まだ遠い、射程圏内に入るまであと7秒、と頭の中でカウントを始める。

 スラスタでランダム回避運動をとりつつ、相手の側面に回り込むルートを選択する。

 相手がなにか射出したようだ。

 この距離でつかえる武装は無かったはずだが……。

「なにを撃ったの、バーディ」

「質量兵器かもしれない。心配ない、この距離で当たる確率は限りなくゼロだ」

 カウントが終わり、TIHを座標ロックして発射する。船体に軽い振動。

 発射から2秒後フェイスバイザに映っていた敵影がロストした。数瞬後、バイザに撃墜を確認したとポップが表示される。念のため周囲をパルス索敵して反応がないのを確認してからようやく波瑠は肩の力を抜いた。


 各種メータ類をチェックして、機体に損傷がないか確認しながら、波瑠はバイザのなかで気が抜けたような息を漏らした。戦闘の緊張からぬけだすと、長時間の戦闘でパイロットスーツのなかは汗で不快だったし、バイザの中で髪が顔にはりついていて気になった。

「はぁ、こんな姿、人には見せられないなー」

誰もいないコックピットでポツリと呟いてみる。

藤壺に帰って熱いシャワーを浴びることだけを考えて、なんとか不快指数が振り切っている現状を頭の外に追い出して忘れようとしたが上手くいかなかった。そんなことを考えているうちに機体のチェックが終わった、目立った損傷はないようで波瑠は一安心した。


 機体に損傷がないのを確認すると、波瑠は周囲を警戒しながら、撃墜した継ぎ剥ぎ屋の機体を探した。接敵時にスキャンしたとはいえその精度は低く、そのデータからテクノロジーが再複製(リプリント)出来る可能性は低い。しかし機体の残骸を持ちかえって、高細度スキャンにかけることが出来れば、その技術を再複製できる確率が格段に高まるからだ。それに機体に使われている金属は再複製の原材料になる貴重な資源だ。回収できないと今回使用した弾薬や燃料代が赤字になってしまう。というわけで波瑠はわりと真剣に継ぎ剥ぎ屋の機体を探した。

 AIによる演算結果によって示されたエリアを走査していると、機体は思っていたよりあっさりと見つかった。

「周囲を警戒しつつ、ランダムストロークで近付いて」

その瞬間、波瑠は操縦桿を握る手が引きつるような感覚を覚えた。

他人に話せばオカルトだと笑い飛ばされる部類の話だとわかっているが、波瑠はその種の直観には従うことにしていた。今まで直観に従って成功したこともあれば、失敗したこともあった、けれど理由のない予感などないと考えていたし、それに従うことは安全側に立つことだと思っていた。

波瑠は直観に従い、タイミングをはかって、サイドスラスタで機体を急旋回させた。

その直後、船が移動しようとしていた先をレーザ光の束が通過する。

「……っっ」

予感はしていたものの、目に前で起こったことに頭の中が疑問で埋め尽くされる。さきほどパルス索敵したときには周囲に船影はなかったはずなのだ。

混乱したまま、半ば無意識に波瑠は最大戦速でディグを岩礁デブリ地帯に突っ込ませていた。

先ほど襲ってきた継ぎ接ぎ屋は一隻しかいなかったはずだ。最初から2隻のチームだったなら連携して襲撃してくるのが自然だし、そのほうがずっと勝率も高いだろう。そうでないにしても、仲間が倒されるまで出てこないというのはおかしい。もしかすると、全く関係のない別の勢力かもしれない。

そこまで考えた時、敵船接近のビープ音が鳴り響いて波瑠の思考は中断させられた。

「相手はどのくらいの距離にいるの」

こちらにはもう長距離レンジ兵装は残っていなかった。

「もう中距離レンジに捉えられている」

相変わらず緊張感がまったくない声でバーディが答える。

「まったく、呑気に言ってくれるわね」

「これが私の口調だ」

いまのは少し不機嫌そうなニュアンス。からかいがいがあるAIだ、と少し笑いそうになる。

そんな会話をしながら、岩礁デブリの隙間を縫いつつ敵船の位置を探る。どうやら後ろに付かれたらしい。こちらは既に全力で逃走している、そこに追いつかれるということは加速性能では負けていると判断できた。このままでは接近されて撃墜されるだろう。

波瑠は接近戦をする覚悟を決めると、それをすぐに行動に移した。

サイドスラスタを吹かして、岩礁に沿うようにターンするコースに入る。

細かく相手の距離を調整しつつ、付いてくるのを確認すると機体が壊れない限界速度でループに入った。

同時に残っていた中距離武装をジェットソンすると、その慣性モーメントを利用して旋回速度を稼ぐ。波瑠のディグはなんとか敵の後背に回り込むと、姿をとらえると同時に200mmレール砲をぶっぱなした。機体に衝撃が走り、数瞬あとに敵船が火を噴くのが見えた。

「まったく、無茶苦茶です」いつもより一層無機質な声が咎める。

「生きてなきゃ意味がないんだから、いいのよ」波瑠はどこ吹く風でそう言った。

自分で言ってまったくその通りだと波瑠は思った。たしかにジェットソンしたことで中距離武装をまるまる失ったのは大きな損失だ。しかし結局のところバーディは「生きている」ということがどういうことなのかまるで分かっていないのだ。


その後、撃破した2隻のパーツをなんとか回収した。3隻目が出てこないかしらと警戒したが、さすがにそんなことは無く大方のパーツを回収することが出来た。回収を済ませると波瑠はバーディの自動操縦に任せ、その後は何事もなく26時間後にフジツボに帰還した。


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