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兄さん

   6


 後日談になる。

 音衣に思いっきり泣きついた後、ぼくたちは呆れた顔の宏哉さんに迎えられた。

「何があってそうなったんだ?」

 と言われて音衣はあさっての方向を向いて無視した。

 しかし、それで宏哉さんは何も訊かずにいてくれた。器の大きい人だと思う。

 それからぼくらは図書室でよく過ごした。

 勉強もしたし、本も読んだし、偶に図書委員の手伝いもした。

 前よりも図書室は過ごしやすい空間になっていた。

 音衣とは宏哉さん抜きで買い物なんかに行くようになっていた。

 二人っきりの時、音衣は時々ぼくの様子を窺うようにじっと見つめたのだけど、ぼくは決まって「大丈夫だよ」と言う。

 彼女は疑うことなく「うん」と頷き、そのまま買い物を続けた。

 事実ぼくは前のような圧迫感や嫌悪感に苛まれることもなく、おおむね一般的に過ごすことができていた。

 クラスメイトからは憑き物が落ちたようだとよく言われたけど、まあほとんどそれに近いし、否定はできない。そういう時は曖昧に笑って過ごした。


 そんな風に日常を過ごして、現在、ぼくは図書室の前に立っている。

 宏哉さんはもう三年だ。受験を控えている彼に、ぼくは言いたいことがあった。

 音衣に内緒でという接頭詞がつく必要があるかもしれない。

 だって音衣に言ったらちょっと面白くない展開が待っていそうだったからだ。

 ぼくは隙を見て一人図書室で勉強する宏哉さんの前に立った。

「隆司?どうした?」

 彼は相も変わらず人を委縮させる鋭い視線を向けてくるが、それが意図的ではないので少し笑えてくる。

「いえ、ちょっと話したいことがあったんです」

「ふ~ん。まあ座れ」

 出会ったあの日のように彼の前に座ったぼくは深呼吸をしてから一気に告げる。

「宏哉さんをこれから兄さんって呼ばしてもらってもいいですか?」

「……はっ?」

 あまり見たことのない唖然とした間抜け表情を浮かべた宏哉さんはそのまま固まってしまった。

「え~っといろいろ理由はあるんですが……」

「待て、それはあれか。ついに、というか漸くというか、アレする気になったのか?」

「アレがなんなのかがはっきりしませんけど。

 はい。そろそろ音衣に告白しようかと思いました」

「だから義兄さんってか?」

 呆れたというか明らかに不機嫌になった宏哉さんは、今度は意図的に睨んでくる。

「人が受験勉強でイライラしているというのに、なんだそれは」

「それに関してはすいません」

 本当に申し訳なく思えてぼくは頭を掻いた。

「その、漸くぼくもぼくが、好きに思えてきたんです」

 彼は不意に冷たく感じられるほどに目を細めた。

「そうしたら、急に音衣が、その、い、愛おしく思えてきたんです」

 その人の兄に言うには恥ずかしすぎる言葉だった。けど、きっと有りのままに話さないと、彼には届かない。

「そうか。……、ま、好きにすればいいだろう」

 彼はホントに馬鹿どもはと呟いて、すっきりした笑みを浮かべる。

「こういうのを、なんていうですかね。人を好きになるには自分を好きになる必要があるってことなんですかね」

 ぼくは照れくさくて兄さんとは顔を合わせられそうになかった。

 頬が熱く、心臓が暴れていた。

「違うと思うぞ」

 ほとんど無意識の言葉を彼は否定した。

「人を好きになったから、自分も好きになれたんじゃないか?」

 ……。

 今度はぼくが呆気に取られた。

「どうしてそう思うんですか?」

 本当になんとなく聞いてしまった。

 彼は微笑みながら、

「だって、そっちのほうがなんかいいだろう?」

 漠然としすぎた理由だった。だけど、それはなんかいいなってぼくも思えた。

 そうしてぼくは音衣に告白するわけなんだけど。その結果はまた別の話。


 そういえばもう一つ、兄さんを兄と呼びたくなった理由がある。

 それは、彼がぼくの本当の兄のように感じられたからだ。

 彼はあの日、悩んでいたぼくにそっと道を示してくれた。

 ぼくはそれがあったから、音衣にぼくの本心を伝えられたように思える。

 そんなつもりは兄さんにはなかったのだろうけど、それでもぼくはすべて兄さんのおかげだと思う。

 直接伝えるのは恥ずかしいから、此処で言う。

 ありがとう。兄さん。


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