夕闇の中で
結局、引っ越すことになった。
一人でここに残る、ということもできないわけではないが、一人暮らしをするのはまだ不安だった。圭史はまだ16歳なのだ。
「圭史い…本当に引っ越しちゃうの?」
亜侑美が涙目で圭史を見つめながら言った。亜侑美は鼻声になっていて、圭史はいつ亜侑美の瞳から涙が零れるか心配だった。
「ごめん、亜侑美。みんなも、本当にごめん。前々から話はしてたんだけど、みんなに伝えるのが遅くなった」
圭史が見渡すのは高校に入学してから1年半、一緒にバンドを組んで演奏してきた仲間たちだった。
中学生の頃に一生懸命勉強してなんとか合格した憧れの高校だし、高校生活は充実してるし、仲間たちのことは大好きだから、引っ越すなんて本当に嫌だった。
たった16歳で一人暮らしは不安だ。圭史もそう思うし、何より母が心配する。まだ親の保護下にあるのだから、親が引っ越すなら子供もそれについて行くのが普通だろう。
そういう理由がもちろん主なのだが、圭史が引越しを決意したのは、引っ越す先に"何か"ある気がしたからだ。
亜侑美の目からとうとう涙が溢れた。圭史は心が痛くなった。亜侑美と、離れたくない。亜侑美だけじゃない、今圭史の周りにいる、バンドの仲間たち全員と、離れたくない。 けれど…何かに惹かれている。新しい街の名前にも暮らす家にもこれと言った魅力があるわけではないが、圭史は引力に誘き寄せられるように、引っ越すことを決意したのだ。
亜侑美の涙を拭ってあげようとして、やめた。
仲間たちは何も言わなかった。
引っ越しの日、いろんな友達が見送りにきてくれた。
「圭史。これ、餞別だからね」
亜侑美が渡してくれたのは、手作りの小さなアルバムだった。一年生のときから順番に写真が並べられている。そういえば亜侑美は写真を撮るのが好きだったけれど、いつの間にこんなに撮ったんだ。あまり時間がないから、パラパラとめくってざっと目を通した。最後までいって、最後の1ページが空いているのに気づく。
「亜侑美、写真足りなかったのか?」
「違う。最後に入れたい写真が決められなかったの。……」
「ふうん…」
それなら最後から2ページ目の写真が最後になるじゃないか、と思った。亜侑美は圭史を見て、少し顔を赤らめた。何かを言うか言わないかで悩んでいるかのようだった。
亜侑美が意を決したような目をして言った。
「また、会えるよね?だから、最後の1枚は、次に一緒に撮った写真を入れるの。それで…いいでしょ…」
亜侑美が少し背伸びをして、圭史にくちづけをした。