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Cupid-Reaper

雪が舞い降りる聖夜。

俺は……


死んだ。


線路の下に横たわるマグロのお刺身は、とても小さく細切れにされていて、所々食すにはふさわしくないような部位もあった。線路、およびその下に引いてある木にこびりついている真っ赤な液体が、その物体が新鮮"だった"事を物語っていた。


「……で、もうこの世への未練は無くなったかなぁ?」

「うわー、マジかー、アレ俺なのかー」

霊って本当にいるんだな。だって、今、実際に俺は俺の死体を見ているわけで。しかもなんだかちょっとだけ浮いちゃってるし、体がちょっと透けている感じもするし。


「もう、大丈夫?」

「えっと、あのぶよぶよしてる奴が脳? うわ、えっぐいなー」

基本的にグロ画像に免疫が無く、某巨大掲示板で間違ってグロ画像を開いた瞬間に脳内に完全インプット、その画像がフラッシュバックして夜も眠れない日が続くような俺でも見ていられるのは、自分のからだだからなんだろうか。それとも、知らないうちに免疫が憑いたのかしら。


「もしも〜し?」

「あ、マグロのお刺身回収って警察とJRの職員がするのかー。専門のバイトがいるって都市伝説なんだなー」

やっぱり都市伝説だったんだなぁ、と感心する。そうだよねー。確かにそうだよねー。だって、こんな年に数回起きるか起きないかのためだけにバイトを雇うなんて非効率的だもんねー。それに、現場検証とか、そういうのがあるから勝手に動かせないだろうし。


「きこえてますか〜?」

「でも、これでどれだけ損害出てるんだろ? 乗客は遅延証明もらうだけで、損害補償してもらえるって事は滅多に無いけど、これでJRはかなりの額が入るんだもんなぁ。ぼろいよなぁ」

雪で、人身事故で、どれだけ電車が遅れようと、講義に遅刻ならいざ知らず、1限目に間に合わないぐらいに遅延しておいて、出されるのは小さい遅延証明1枚だけ。ソレを受け付けてくれるかどうかは教授にかかってるわけで、ひどい教授の場合はそういうのを受け入れてくれなかったりする。そう思うと、なんかイライラしてき

「ちょっとはこっちの話聞けよゴラァ!(ドッ!)」


腹部に受ける衝撃。

クリーンヒットしたその足は、俺を吹っ飛ばすには十分すぎる力だったわけで。霊体であり、重力に対して垂直抗力を地面から受けないことで摩擦力によるグリップ力が無い俺の(霊)体がどうなるかは想像に難くないわけで……。


「や、やっと捕まえた……」

目の前に息を切らしながら立っている女の子が一人。それにしても捕まえたって。自分が俺を蹴ったからそうなったんだろうに。自業自得だろ。そもそも誰なんだおまえ。そもそも、俺が見え、ソレでいて俺を蹴ることができるって言うのは結局……。


「あ、 私はあきら。この地域担当の死神なのね」

おいてけぼりな俺を無視してしゃべる少女。まあ、こんな幽霊なんていうものが存在してるんだから、死神がいてもおかしくはないだろうが。

「で、あなたが修一くん…… でいいのかな?」

「そ、そうだけど……」

目の前にいるのはちょいロリ気味の少女が一人。なるほど、死神と言うだけあって、身長より長い鎌が……。

「鎌、無いじゃん」

無い。極々一般的な死神に必要なもの、鎌がない。某サイトの画像検索とかで調べてもヒット率80%を超えるようなこのアイテムを持っていないとは。信用しろと言われても困るではないか。

「あー、今は、これなんだよ」

少女の手元で鈍く光るトカレフTT-33。

「鎌なんて時代遅れだからねー。今でも本当に長老レベルの死神だったら使ってるかもしれないけど、ほとんどの死神は使ってないよ」

とかぬかしながら手元の鈍い光を見せつけてくる。ただでさえ安全装置のかかってないピストルだから、そうやって見せられ「クシュン!」

軽い破裂音と、飛んでいく鉛玉。若干球足は遅いものの、初速が早いことで有名なトカレフである。くしゃみの時に手が若干ではあるが上に向いたのが不幸中の幸いだった。玉は俺の体を貫くことなく、頬に一筋の赤い線を作るだけで済んだ。よかったよかった……。


「んな訳があるかぁ! 何しやがるんだこのアマ!」

一筋の線をなぞりながら、少女に詰め寄る。

「ちょ、ちょっとしたミスじゃない! そんな細かいこと気にする男の人って……」

「細かくねえ! 死にかけたんだぞ!」

「いや、もう死んでるじゃん」

あー、そうだっけ。死んでるんだっけ。そういえばさっき駅員さんが片付けていたマグロのお刺身、実は俺だったんだっけ……。


「んで、その"死神"様が俺になんのようだ?」

「用も何も、死んだんだから現世から出てってもらわないと。あなたはここにいてもいい存在じゃないんだよ?」

いてもいい存在じゃないんだよ? と言われても。気がついたらここにいたんだし、どこに行けばいいのかも分からないのだからしょうがないだろう。

「いい? 死んだら、その霊魂はここではない、黄泉の国。そこで閻魔様の裁きを受け、適切な場所に配属される。本来、この世界は霊魂がいてもいい世界ではないし、いられるようなところでもない。この世界にいる霊魂は少しずつ霊力を失い、最後には……」

少女は目をわずかにそらす。なにか、言いにくいなにかがあるかのように。なにか、伝えなければならないのに、伝えられないようなことがあるように。

「最後には……?」

「消滅する」

「……はぁ?」

「何が"はぁ?"よ! 消滅するのよ? 怖くないの? 消えちゃうのよ?」

いや、そうだろうよ。霊魂がどうのこうのとか、霊力がどうのこうのっていってる段階でそんなことだろうな〜、とは思ってたよ。もう死んでる段階で存在は消えてるわけだし。そこら辺はもういいかなー、とか思ってる。霊魂なんだし。

「何で怖がらないのよムキー! 消えちゃうのよ! 存在が消えちゃうのよ!」

「いや、もう死んでるじゃん」

「死ぬのと存在が消えるのは違うのー!」

「じゃあ何が違うんだよ」

「それは…… えっと…… そう……」

歯切れの悪いロリ少女をとりあえずスルーしておく。向こうも完全に理解してないみたいだし。

しかし、そんなのは今は関係ない。

死んでしまった。これは覆しようがない事実。それに、死んでもなおこの世界にいる。あの娘のことも心配だし……。


「ん? 何? 何か未練でもあるの?」

俺の様子をロリ死神がのぞき込んでくる。

「あ、もしかして…… 彼女?」

な、ななななななぁ?

「図星〜☆ ……まあ、彼女の様子見るぐらいなら大丈夫かな……?」

「え? そんなに融通聞くもんなのか?」

「まあ、最近三途の川の船頭がサボりがちで神判進んでないみたいだし、ちょっとぐらい遅れても大丈夫でしょ」

ゆるいなおい! そんなんで大丈夫なのかホントに!

「時間もないしさっさと行くよ〜? それじゃしゅっぱ〜つ!」


魔法のほうきに乗るわけでもなく。死神の鎌が乗り物になるわけでもなく。霊体とは便利なもので、道具も能力もなく空を飛ぶことができる。飛んでいる故に横からの攻撃には弱いが、風も体を通り抜けるのだから横からの衝撃も皆無。実態がないってこんなに楽なのかー。ずっとこのままでも良いなー……。

「ねー、彼女って、どんなの〜?」

無邪気に尋ねてくるロリボイスでふと我に返る。このまま時の流れに身を任せてもしょうがない。足下には有象無象が所狭しと動き回っている。こうしてみていると、蟻を踏みつぶしたくなる気持ちがよく分かる。


「ね〜ぇ〜、ど〜ん〜な〜の〜?」

ロリボイスがどんどん迫ってくる。足下のみを追っている俺にはその声しか聞こえない。どこにいるんだろう。さっきは本当に何が何だか分からなかったけど、改めて死んだんだなぁ、と思う。足下の蟻のような人間たちを見下ろしている。歩いている人の中に、いるのだ「ど〜ん〜な〜の〜って〜き〜い〜て〜る〜の〜!」


さっきからほっぺたを指でつつかれ続けている。正直ウザイ。「細身なんだけど、綺麗な黒髪ロングで、胸はでかめ、でかめと言っても爆乳、巨乳と言うよりはまぁほどよいサイズの美乳? と言うか、たれていない感じ? と言うか、なんだかんだでグラビアもいけるぐらいの感じじゃね? と言うか具体的にはギリDぐらいの感じ、ソレでいて顔はどこかの座敷童とかハッピーターンみたいじゃなくってソレこそ容姿端麗、っていうの? みたいな? 容姿端麗? 漢字で書けないですけど? パソコンでなら? 出てくるみたいな? 言うなれば二次元でよくあるサンタのコスプレが似合う? ほしのみゆ? みたいな? でも? むしろ? 巴 マミ? みたいな? 軽くお姉さんキャラ? みたいな? ものを少し取り入れつつ? でも? 軽くロリが入ってる? 見たいな? しかし? ロリコンって? 実際には12歳から14歳ぐらいを指す言葉で? 8歳から12歳はアリコン? 6歳から8歳はハイコンって言って? 区別される? 見たいな? でも? 俺が言ってるのは? この実際の意味でのロリでって? だいたい13歳ぐらいっぽい感じなんだよね?」と彼女のことを軽く説明してやったは良いものの、調べたりしてくれるわけでもなく。ただただ俺のほっぺたを突っついているだけ。

「あーもう! 突っついてくんな!」

「えー でもー、きーもちいーよー?」

「どこが?」

「えーっとねー、このー、やわらかいねー、プニプニとしたねー、この谷間がー」

「でも気持ちいいから突くっていうのはや「あ、あれ!」」

遮られた言葉の向こうに、細身だけど綺麗な黒髪ロング以下略が歩いている。その目の先は、まっすぐ前を見据えている。

「あの子でしょ? ほら、最後の挨拶でも行ってきなって!」

「え、ちょ、おま……」

「今、実体化させてあげるから! さっさと行く!」

「無理だよ!」

張り上げた言葉に、肩をすくませる少女。何で? と言う顔をこちらに向けつつ、ぶーたれている。俺の未練が無くなれば、俺を連れて黄泉の国へ行ける。自分の仕事が終わる。まぁ、終わらせたいんだろうね。

「だって…… まだ…… 告白すら……」

まだだった。あこがれのあの子、つかさ。自分の気持ちを伝える前だった。クリスマス、放課後に会う約束をして、告白する予定だった。そしてその日の夜、マグロのお刺身になった。彼女との待ち合わせ場所に行くため。電車に乗るためのホーム。気がついたら飛び込んでくる電車に飛び込んでいた。

「なーんだ、そんなことなのー?」

そんなこととはなんだ。そんなこととは。

「それじゃ、私の出番ね♪」

そう言いながら鈍い銀色が真っ平らな胸元からちらつく。明らかに見せびらかしているような感じがするが、そんな真平らな胸を見ても欲情なんて

「見るのはそこじゃない!」

ツッコまれた。

「トカレフにこのピンクの弾を入れて……と♪」

こっちがなにか言いたいのを無視して勝手に作業をしている死神ヤロウ。鼻歌交じりに、トカレフの銃口を磨いたり、弾を準備していたりする。

「これでよし……と♪」

「ちょ、コラおいこっち向けるな!」

安全装置のないその銃を笑顔で向ける死神少女。一回死んでいるとはいえ、ここで殺されたくない! 

「えっとね、この銃で相手を撃つと、その直後に見た人のことを好きになっちゃうのだ♪」

えー何そのご都合趣味。死神って言う存在の時点である程度はあるかもなぁ、とは思っていたけども。どこかにありそうな設定だし! ご都合趣味だし!

「よ〜し、早速……ヘクチッ(パン!)」

俺がなにか言う前に彼女に向けられていた銃口から、そのくしゃみと共に弾が飛び出していた。わずかに外れたその弾はその横を歩いている青年をかすって飛んでいった。その青年の頬からは赤い一筋の糸が現れていた。この青年はかまいたちかなにかにあったと思うのだろうか。

「……あっれー?」

「なにが『あっれー?』だ! 危なすぎだろこれ! さっさとやめ「よーし、どんどん行くよー!」」

乱射されるピンクの銃弾。そのまき散らされたポップな鉛玉が歩行者あふれるクリスマスの街に食い込んでいく。外れた弾は街を破壊し。弾がヒットした人は破壊されない代わりに、道行く人々に求愛活動を行っている。

「え、な、なんなのぉ〜!」

急に狂ったように求愛し合う男女。クリスマスでカップルが多かったと言う事もあって、最初のカップルで求愛し合っているものがあり、ソロ同士の男女で告白し合っているものあり、男子同士、女子同士というのも珍しくない。


つかさの元にも求愛しようとしてくる男子、女子が群がってくる。メインストリートには、求愛相手が見つからない人々が追っかけてきていた。


「おい! これ! どうすんだよ!」

「どうするって言われても…… 私のせいじゃ「おまえのせいだろ!」」

明らかに責任逃れをしようとする死神を問いただす。

「どうする? どうするよ俺!」

「しょうがないなー、ちょっとの間だけ、実体化させてあげるよ。これで、なんとかなるでしょ」

ポン、と言う小気味いい音とともに、足下へ地面の感触がよみがえった。ソレと同時に、重力による引力を同時に感じた。実体。半透明でもなく。普通の人間と同じ、実体。そして、ソレはつまり、あの銃弾を受けた人の目にも触れると言うわけで……。

「お、男だぁあああぁぁぁああぁぁあぁ!」

俺の元に突っ込んでくる女、女、男、女。

一部追っかけてきてはおかしい性別の人がいるが、気にしてはダメだろう。そもそも気にしてたら。

「追いつかれる……!」

気にする暇もなく敵前大逆走をかましていた。捕まると、終わる……!


どれだけ走っただろうか。何百メートルか、何キロか。はたまた、何十メートルかもしれない。数分かもしれないし、数時間かもしれない。また、数秒しか走ってないのかもしれない。ただ、追っ手に追いつかれないように、全力で大地を蹴っていた。くそ、これほど霊体の方が良いと思ったことは無かった。重力とはなんと体力を奪うものなのか。死んでない人には分からないだろうなぁ、と重いながらその体を動かしている。


息が切れる。肩で息をする。心臓が止まらない。脈動が収まらない。しかし、立ち止まってはいられない。立ち止まったら、喰われる。いろんな意味で。主に服をはぎ取られ、全裸にされ、あんなところやコンなところを……! ああ! ダメ! そんなところいじったら! イっちゃう!


「撒いたか……」

路地裏。身を隠し、あの濁流をやり過ごした。やり過ごしたと言っても、もうほとんど効果が切れたようで、ほとんどの人が惰性で追いかけているようだった。追いかけていた人のほとんどが男だったというのもなにかあるのだろうか。それに関してはあってもらったら困るのだが。


「あ……」

路地の向こう、小さな公園。その姿はあった。俺が待ち合わせしていた公園。一人の黒髪ロングの少女が立っていた。時間はまもなく夜7時。俺が待ち合わせをした時間……ではなかった。俺の待ち合わせの30分前。


雪が舞い降りる聖夜。


その少女の前には……。


男がいた。


俺とは違うイケメン。ソレこそ、どんな女性にももてそうなイケメン。俺なんか、手も届かないような容姿である。そしてそのイケメンはつかさの手を取って、夜の街に消えて行く。




「……こんなところにいたの? 探したよ♪」

頭上から脳天気な声が嗚咽と混じってふってきた。嗚咽はどこから来てるんだろう。誰が泣いてるんだろう。近所の子どもかな。公園だし、子どもが転んだのだろうか。目の前は、真っ暗。

「もしかして、泣いてるの?」

そうか。俺が泣いてるのか。何で? 何で泣くんだろう。分からない。フラレタから? でも、もう、死んでるんだぞ。どうせつきあえたとしても、すぐに死んでいなくなるだけだ。それなら、彼女が好きな人とつきあえた方が彼女にとって幸せだろう。俺とつきあって、すぐにいなくなる悲しみを味会わせてしまうだけだというのに。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。これで良かった。


そう思ってるはずなのに。ソレが一番だと分かっているのに。涙が止まらなかった。


泣くな。泣くな泣くな泣くな泣くな泣くな。泣かなくても良いのに。泣いてもなんにもならないのに。

「……あの子、だね。よし……」

つかさの後ろ姿が見える。そこに、標準があうトカレフ。引き金に指がかかる。

「いい加減にしろよ」

低く声が響く。

「何が未練だ。こんなモン、どうせかなわないんじゃない。そのためにこんな、騒動起こしやがって。そもそもおまえ、死神だろ? 死神がそんな恋愛の事にからんでんじゃねえよ。恋愛って言ったらキューピッドだろうよ。生と死って正反対じゃねえか。おまえは自分の仕事をしてれば良いんじゃねえのかよ。何でそんなことするんだよ」


「わ、私は…… 私は……」


沈黙。


沈黙。


沈黙。


舞い降りる雪とは裏腹に。胸の中は漆黒の闇。自分の言葉に後悔しつつ、その場でうずくまるしかなかった。自己嫌悪。自己嫌悪。自己嫌悪。


寒い。


どれだけ時間が経ったのだろう。1時間だろうか。10分だろうか。それとも数十秒かもしれないし、数日経っているのかもしれない。ただ、寒かった。寒いとしか感じなかった。


泣き疲れた。寒い。寒い。もう、死ぬだろう。生きていてもしょうがない。そうだ、死んでしまおう。このまま寝てしまえば、良い具合に死ねるできるだろう。僕はダメな人間だ。死んだ方が良いんだ。眠い。ねぇ、パトラッシュ……。


「アンタ、もう死んでんじゃん」

声の方向へ頭を向ける。鈍く光る胸元。目の前に光るその鈍色に目が奪われていた。

「ほら、時間。さすがにもう、連れて行かないと」

体は軽く透けはじめ、手から軽く向こうの景色が見えている。そうか。俺、死んでたんだっけ。死ぬ手間が省けたじゃないか。このまま、どこにでも行けばいいじゃないか。


体が浮き始める。風に飛ばされる……事もなかった。もはや、この世界の人間、いや、生物では無いと言う事を実感した。

ただただ暗く、無限に続く空を飛んでいた。


沈黙。無音。静寂。


いたたまれない空間。いつの間にか、無限に続く漆黒の中を飛んでいた。ただ、舞い散る白い粉末がその場を色づけていた。


「私……さ」

その沈黙を破るのはロリ死神少女。

「本当は…… 愛の、キューピッドに、なりたかったんだよね……」

そのか弱いつぶやきは、舞い散る雪のように、薄く紡いでいく。

「死神とか、キューピッドって、一級神試験に合格したら、選べるんだけどね……。私、ドジだから。ドジだし、銃の扱いも下手だから、なれなかったの。ほら、さっきの銃を使って、恋をかなえたりするのがキューピッドの仕事だから……」

「そうか、あの銃が……」

「うん、本当はキューピッドの弓矢の代わり。まぁ、死神も殺すのに使うんだけどね。だから、恋愛成就の弾も持ってた。……なれなかったけど、あきらめられなかった。女の子の、男の子の、男の娘の、淡い恋を応援したかった。でも、死神だし。私は死神。死んだ人の魂しか私のことを見ることはできない。ソレでね、君を見て思ったの。助けてあげたいって。死んじゃったけど、最後に、恋愛成就させてあげたいなって。ソレができたら、自信を持って死神をやっていけるなって。何の負い目もなく、死神生活をエンジョイできるなって」

小さく、つぶやいていた。少女の胸に光るトカレフは、薄く濡れていた。ソレが降っている雪によるものなのか、それとも少女が生成した液体なのか。そこまでは確認できなかった。

「でも、できなかった。結局、また、失敗しちゃった。当たらないし、他の人に当てちゃった。失敗した。失敗しちゃった。君に最後の恋を、あげたかったのに……」

頬には、今までと違う透明な一筋が伸びている。

「やっぱり、私、ダメな神さまだね…… 失敗ばっかりだ。私は……「おい」」

「俺にはさ、そう言う、キューピッドがどうとか、死神がどうとかは分からないけどさ」

口を開いている自分に気がついた。口を出して良いのかは分からない。けど、言わずにはいられなかった。

「頑張ってるよ、おまえはさ。確かに失敗だらけだけど、頑張ってるのは分かるよ。だからさ、おまえは、おまえなりに、やってけば……」

「よし、元気になったね♪」

「え?」

「うん、元気元気! 元気が一番!」

泣きそうだったその顔は跡形もなく。ただただ元気な少女が一人。

「え、ちょ、おま……」

「なに、今の話、信じてたのぉ?」

な、つまり、それ……。

「嘘よ、う・そ! アンタがしょぼくれてたから、そんなアンタと三途の川までとはいえ一緒にいると気が滅入るのよ! だからよ! だから!」

「て、てめぇ…… コラ待て逃げるな!」

「おーにさーんこーちらー! てーのなるほーうへー!」

目の前、全力で逃げていくロリ死神少女。その少女が行く先に、雪とは違う、そして雨とも違う液体が流れていったのを、俺は見逃さなかった。


~fin~

さて、クリスマスですね。今年のクリスマス、読んでいただいた皆様に幸あらんことを。

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