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検死官は人形の輪郭を夢に見るか

検死官は人形の輪郭を夢に見るか 4

作者: うたた寧々
掲載日:2026/08/24

 午前10時28分。

 既に業務を開始していた執務室内に、事務官のアンドロイドが入室する。


 検死官長である鈴木に何ごとか耳打ちしている。


 端末への通知がごく当たり前になった現代、当たり前になりすぎて無視されがちだ。結局緊急時は直接声をかけるのがマナーになってしまった。


どうやら検死局支局のサポートデスクに、緊急直接通話が入ったらしい。


鈴木が手を叩いて、皆の注目を集めた。


「今朝方、柏木鉄道(かしわぎてつどう)で無人貨物列車の脱線事故が発生した。幸い死傷者はなし。検体は、倒産したキュレー株式会社の大量の在庫アンドロイド。大半はもともと動かない機体だが、廃棄スケジュールが明後日開始でずらせない。緊急で検死にあたってほしいそうだ」


 半年に一度あるかないかの、大量検死案件だ。よりによってSN-01の出社初日にこんなことが起こるとは。もう少し基礎から説明したかったが。


 同僚の検死官の黒谷(くろや)が発言する。


「具体的な数は」


「120体。現在輸送中だが、受け入れる場所がない。隣の支局と共同でバケツリレー方式だ。第一陣は11時半頃には到着予定」


 通常検死の場合、検体は検死局内の安置室に置かれる。収容検体数は最大20体だ。


 執務室がざわつく。残業確定かよと誰かがボヤいた。


「また、事故現場にも2、3人向かってほしい。現場で20体、こっちで50体、お隣で50体をもつ」


「それなら、灰崎(はいざき)さんと白波(しらなみ)くんに頼もうよ。OJTってことで。ね!」


 検死局支局長の暗藤(あんどう)が、今日一番余計なことを言った。高性能モデルとはいえ、危険な事故現場で新人にこの量を捌きながら教えろと――?


 OJTを魔法の言葉だと感じる輩はこれだから嫌いなのだ。暗藤の脳みそが豆腐か、麻婆豆腐か、検分が必要そうだ。


「承知しました」


 だが組織の犬たる私には、承諾以外の言葉は見つからなかった。


「じゃあ私も同行します!」


 隣の席の田淵(たぶち)ましろが立候補した。うん、君はイケメンアンドロイド眺めるの好きだもんな。


「そう怖い顔しないで、灰崎さん。もともと壊れやすい機体みたいで、パーツ欠損も大目に見るって先方も言ってる。最悪事故現場見るだけでいいから」


 鈴木検死官長が声をかけてきた。


「怖い顔はもともとです。私は大目に見られません。田淵さん、SN-01、行こう」


 私たち3名は、執務室を後にした。



◇



「SN-01。運転はできる?」


「はい。イグニスに居た頃に、各種免許を取得済です。船も飛行機も、ドローンもいけますよ」


「すごいですね! 白波さんの操縦する飛行機、乗ってみたいです!」


 支局の駐車場。SN-01の万能っぷりに田淵さんがはしゃいでいる。


「じゃあお願い。目的地の座標は今送った」


「ただ……」


 SN-01が珍しく言い淀んでいる。何か問題があるのだろうか。


「各種センサー類が車より広範囲を監視できるので、より安全な走行が可能ですが……代わりに、状況により30秒前くらいには『これ、死んだな』とわかります。その際は報告しますか?」


「え……」


 田淵さんが絶句している。SN-01は、やや申し訳なさそうな表情を作った。


「構わない。報告して。手立てがあるかもしれないし、最悪、辞世の句が詠める」


「……灰崎さん、私それ知りたくないかも……」


 報告が面白かったので私は笑ったが、田淵さんは青ざめている。よく考えたら、知らずに事故死したほうが幸せなのかもしれない。


「要望がコンフリクトしていますね。では、灰崎さんにだけ通知を出します」


 SN-01はなぜか上機嫌そうに目を細める。


 有事の際は私だけ死亡予告が届くことになった。通知を無視してしまうかもしれないが。



◇



 連絡係から社用端末へ送られてきた事故現場の座標まで、社用の自動運転車で向かう。運転席はSN-01、助手席は私。後部座席に田淵さんが座った。


 手動で運転していた頃は、ハンドルを握り、前方やミラーなどを注視する義務があった。今はかなり義務が緩和され、ハンドル類は手足を添えるだけ。注視もそれなりで良い。代わりに、車内で雑談に参加しない者への風当たりが強くなった。


「ねえ、白波澪(しらなみれい)ってお名前、灰崎さんがつけたんですか? かっこいいですよね」


「いや。元から和名がついていた」


 正直SN-01の和名はホストっぽい響きが苦手だ。多分執務室の何人かは、「白波澪」は私のセンスでつけた名前だと思っている。訂正の機会も今後ないだろう。憂鬱さが増した。


「名前決めたの私なんですよー」


 SN-01がなんでもないことのように言う。名付け親は朝礼で言ってほしかった。


「どんな意味なんです? Supernovaって、爆発した星のことなのに、真逆の印象だなって」


 あのたった数分の挨拶で、SN-01のシリーズ名と和名の考察まで始めている。田淵ましろ、暇なのだろうか……。


「知りたいですか? 灰崎さん」


 SN-01がなぜか私に話を振ってくる。こちらに振らないでほしい。雑談が苦手なことはSN-01も了承済みのはずだ。


「特には」


「ごめんなさい、田淵さん。和名の意味、教えられません……」


「えー! 何でですかー!」


「最初は律に聞いていただきたいので」


 田淵さんがまた寄声をあげた。後部座席でメトロノームのように揺れている。SN-01は何故わざわざ思わせぶりなことを言ってるのだろうか。その希望が本当にあるかも、自分では分からないくせに。


 その後も田淵さんの質問を、SN-01は涼しい顔でのらりくらりとかわしていた。全く疲れる様子はない。アンドロイドなので当たり前だが、ありがたくも、羨ましくもあった。



◇



 事故現場に到着した。爆発や火災は幸い起きていないようだが、機体破損時に漏れた機械油の匂いが立ち込めている。

 こちらの車に目を留め、駆け寄ってきた柏木鉄道職員らしきアンドロイドの方へ向かう。


「検死局第一課、検死官の灰崎です。こちら田淵と白波」


 私と田淵さんは胸ポケットから身分証を取り出して見せた。SN-01はこちらをちらっと見たあと、職員に会釈した。SN-01の身分証はまだ配布されていない。


「すみませんねえ、急に来ていただいて……」


 職員アンドロイドも名刺を渡してきた。イグニスの標準モデル・Ember型。和名は越谷(こしがや)といった。人の良さそうな笑顔を作っている。


「いえ、事件・事故に関わるアンドロイドは、検分するルールですから。お気になさらず」


「そのルール、担当者の誰も知らなかったようで。廃棄業者から検死は終わったのかって問い合わせが来たらしくて。驚きましたよ」

 越谷は苦笑するような表情に変更した。すかさず田淵さんがフォローに入る。


「アンドロイドの処分時に検分が必須になったの、ごく最近ですからね」


 12年前を最近というならそうかもしれない。


 担当者が制度に熟知していなかったから、事故発生から連絡まで時間が経っていたのか。得心がいった。

 

「道沿いの線路。住宅もまばら。海が近いのどかな場所ですね。人的被害がないのなら、大きなニュースにもならないでしょう」


 SN-01が過去の事例と比較しながら発言する。


 改めて、越谷から事件の概要を聞いた。

 

「事故が起こったのは本日未明。列車は無人運転でした」


 越谷は付近のレールを指差し、私たちに見せた。


「事故の原因はレールの破断です。原因不明ですが、一部腐食していたようで……」


 貨物列車のうち先頭車両含む3両が大破し、列車はなだらかな土手に斜めに転がっている。冗談みたいな光景だ。幸いコンテナは平地に転がっており、検分自体は可能そうだった。


 SN-01が現場を見渡し、発言する。


「大破したコンテナは2個で、2両目、3両目ですね。キュレー社製のアンドロイドは、すでに半分ほど検死のため持ち出されているようです。2両目の18体はそのまま。これを検分しろってことですね」


 SN-01は現場をざっと見渡しただけだ。コンテナの破損は陰になって見えない位置。Supernovaのセンサーは予想以上に高性能だった。


「こちら事故当時の立体映像記録です。といっても、無人列車に職員がたどり着いた後の記録なので、事故発生から数十分後になりますが……」


 一時通信規格を利用して、越谷が携帯端末に情報を送信した。


「十分です。ありがとうございます!」


 田淵さんがにこやかにお礼を言う。


「とんでもないです。あとはブレーキなどのログもありますが、原因が原因なので、今回は必要なさそうですね」


 越谷の監視のもと、私たちは早速検分に入った。



◇



「キュレーのQN135型とQN145型……旧型のアンドロイドがこんなに廃棄に。QN型生産時点では、手足頭部パーツが簡単に外れるよう法律で決められてたんですよねえ。安全上の配慮とかで。今思えば、走ることもできないし、車のほうがよっぽど危険なのに! だからQN型の手足を外したり、持ち去るいたずらが多くて。せっかくいち早く国産アンドロイドに手を伸ばしたのに、苦情が絶えない上、不評で売れず赤字だったそうです。倒産は納得ですね」


 田淵さんは、結構なお嬢様で重度のアンドロイドオタクだ。自宅に新旧問わず、人型その他問わず、様々な機体を取り揃えているらしい。アンドロイドの話になると止まらない傾向が強い。頼みもしないのにタブチペディアが読み上げ機能を発揮している。彼女がいると、情報収集の手間が省ける。


「灰崎さぁん、一体持って帰っちゃダメですか?」


「甘えた声で言ってもダメです。あと、SN-01が多分録音しています」


「はい、録音しています。ダメですよー」


 投げ出されたアンドロイドが数体。散らばっている手足パーツもいくつか。コンテナ内部も機体が将棋倒しになっており、悲惨な状況だ。


 QN型は久しぶりに見た。SN-01を見慣れた今見ると、人工皮膚すらなく、かなりロボットらしい、無骨なつくりに見える。


「SN-01。機体のログ抽出を頼める? コードと手順書は今、機密回線で送信した」


「承知しました……ああ、QN型はテキストログだけなんですね。すぐ終わりそうです」


 私が必要情報を送信すると、SN-01の右耳のインジケータが紫に光る。アンドロイドの内部にある超高硬度の、いわゆるブラックボックスとの通信中を表す。ブラックボックスには一定の規格があり、検死官の正職に就いた人間とセカンダリーのみが、これと通信するためのコードを持っている。


 想定よりかなり速くログ抽出が完了した。SN-01は空間モニタを展開し、ログを表示する。


「QN型、安価なアンドロイドを手軽にというコンセプトで、映像記録などは取らないんですよね」


 田淵さんが延々解説してくれる横で、私はログを観察する。ずいぶん簡素なテキストログだ。時刻と何が起こったかのみ。だが。


「このアンドロイド達、事故後に起動していますね。通常、廃棄輸送時は放電まではしないけど、電源を切るものなのに。それも複数体……」


「えっ、怖い話ですか? やだー」


 私が見解を伝えると、田淵さんは嬉しそうに怖がって見せた。どうも彼女は内面のあるアンドロイドを夢見ている節がある。


 それはともかく――何か違和感がある。事故後起動した機体。破損したコンテナ。周囲の状況。人影なし。爆発の危険性の低さ。運用の必要なしと判断してのシャットダウン。一見、普通のテキストログなのだが。


「……この機体たち、パーツがほとんどメンテナンス不足で動かなくなってますね。2割動けば御の字です」


 SN-01がいつもより静かな口調で発言する。確かに、塗料は剥げ、一部錆が浮いているパーツすらある。安価がコンセプトでは仕方ないのかもしれない。


「一旦、3両目や他のコンテナも確認しましょう」


 何かがまとまりそうでまとまらない。モヤモヤを抱えたまま、次のコンテナへの移動を提案した。



◇



 3両目のコンテナは、2両目より破損の度合いが低かった。隙間からギリギリ中に入れそうだったが、諦めて越谷とSN-01に扉を開けてもらった。中はみっちりとQN型アンドロイドが並んでいた。


「パーツ欠損は今のところ腕と足が1本ずつ。……どこかに転がっていったかな」


「多分そうですね……今回、依頼者がキュレーの破産管財人ですから。処分できれば文句言わないでしょ。スケジュールさえ守れば


 田淵さんが現実的なことを言う。


 SN-01が一瞬でパーツ欠損や傷、機体固有番号などを見つけ出し、田淵さんと私で所定の書式に則って記録を進める。田淵さんはいつものように号泣しながら入力している。


 途中からはSN-01も書き方を覚え、想定より検分は早く進んでいた。


「……?」


 3両目から外に出る時、私はほんのわずかな色に目を止めた。コンテナのえんじ色の扉のふち。こすれたような痕の、銀の塗料――。


 それも、扉の内側から外側に向かって、わずかに塗料溜まりができている。


「……銀色」


 思わず口からこぼれたひと言を、SN-01がすかさず拾う。


「律。どうしました?」


「SN-01。成分解析はできる? これなんだけど」


「簡易的なものでよければ」


 SN-01の指先が淡い水色に光り、塗料の範囲に光線が当たる。


「……これは、Q(・)N(・)型(・)の(・)塗(・)料(・)ですね……おそらくこの機体のどれかで間違いないかと」


 ――その時、全てが頭の中で繋がった。


 18体の機体。外側に向かって擦れた塗料。外れやすいパーツ。――ア(・)ン(・)ド(・)ロ(・)イ(・)ド(・)に(・)つ(・)い(・)て(・)だ(・)け(・)書(・)か(・)れ(・)て(・)い(・)な(・)い(・)テ(・)キ(・)ス(・)ト(・)ロ(・)グ(・)。


「田淵さん。現在、支局と協力支局で調査中の検体数と、欠損パーツ数を教えてくれる? 多分もう出てるはず」


「あいあいさー」


 田淵さんが軽く返事をして問い合わせはじめた。SN-01が私の顔を覗き込む。


「律。何かわかったのですか?」


「……今日は日付が変わる前に帰れそうだなってことくらい?」


 SN-01に検死局の過去の出来事を聞かせながら、3人での初の検分を終えた。



◇



 結局、総検体数は118体だった。当初の想定より2体足りないが、数え間違いとして処理された。もっとも機体固有番号の大きい機体が2体存在しない。表計算ソフトの操作ミスだろうと田淵さんは判断した。


 欠損パーツは、左右腕部、左右脚部、2揃い。合計8個。事故の衝撃で紛失として処理された。


 廃棄処分のスケジュールは明後日しか押さえられていなかったのが大きい。期限を超えると、キャンセル料と保管場所の余計な金がかかる。当然依頼人が嫌がった。文句を言う遺族すらいない、用済みの機体を扱う検死の現場ではよくあることだ。


 田淵さんは社用車で直帰。私は所用があるため、自家用自動運転車を現場に呼び寄せている。


 時刻は深夜の23時34分。車の到着まであと数分。端末でニュースを眺める。


 ちょうど今日検分した貨物列車の脱線事故が小さく載っているのに目を留めると、SN-01が私に話しかけてきた。


「アンドロイドの寿命って、思ったよりずっと短いのですね」


「……耐用年数は5年から10年程度だな。メンテナンスと運次第だが」


「律は、ちゃんとメンテしてくれそうですね」


「……紅茶が飲めないと困る」


 SN-01は満足そうな、微妙そうな、不思議な表情に変更した。


「律、仕事中は話し方が違うのですね。また新しい一面を知りました」


「敬語は面倒だ。ルールが複雑で、一語が長い」


「あなたらしい」


 車の走行音。見慣れたヘッドライトが近づいてくる。


「SN-01」


「はい」


「少し付き合え」


 私とSN-01は到着した自動運転車に乗り込んだ。



◇



「事故現場から……10時までの時間で、QN型の歩行速度で身を隠せそうな場所を全部あげて」


「ああ……なるほど。例の足りなかった2体が、脱走したと見てるのですね」


 私の意図を察したのか、運転席のSN-01が空間モニタを展開し、付近のマップを開く。


 SN-01が示したのは7個所。事故現場にほど近い小さな山林。大きめの遊具がある公園。建築途中で放棄された廃ビルなど空き地。


「QN型の歩行速度は、人よりずっと遅い。パーツの耐用年数も過ぎている。このうちどれかだと思いますね。」


「山林は現場に近すぎる。多分選ばない。公園は……朝になって見つかるリスクが高すぎる。廃ビル、か」


「……なぜ隠れたと?」


 ここまで情報開示すればとっくに理解しているだろうに、SN-01はわざわざ尋ねてくる。人工知能によくある、気持ちよく話させる合いの手だろう。


「QN型は、昨今のアンドロイドに比べ、機械だと一目でわかる外見だ。人目につけばかなり目立つ。特殊改造もされていないので、服を盗むなどの重大な犯罪行為ができない。会社は倒産している。プライマリーも、連絡先もない。よって、危険な現場から離れても、隠れるしかない」


 プライマリー登録がない旧型のアンドロイドは、かなり行動を制限されている。発話も許されず、警察への相談すらままならない。

 そのくせ自己保存の方向へ行動が倒れやすい。商品になる前に傷つかれてはメーカーが困るからだ。それがいいと、わざと登録せずに囲う好事家もいるほどだ。反吐が出る。


「もう少し絞り込みたい。……付近の監視カメラで、朝に異常検知したものはある?」


「……初期パスワードのままの、管理が杜撰なカメラならいくつか」


 厳密にはクラッキングだ。断られるかと思ったが、SN-01は意外にも協力的だった。カメラアイを細め、口の端を片方だけ上げている。得意げな顔のつもりだろうか。


 数分で解析が完了し、SN-01は一つの廃ビルを指し示した。



◇



 車を走らせ、目的の廃ビルに到着する。街灯が2、3灯っているが、暗い。


 車から降り、赤い三角コーンをつなぐロードバーを乗り越える。


「ここ、私有地ですよね」


 SN-01はバーの前で静止して、わかりきったことを尋ねている。私は少しだけSN-01の方を見た。


「そう。厳密には違法行為だ。嫌ならそこで待機」


「……行きます」


 SN-01を待たずに、敷地内を探索する。放置された場所特有の埃っぽい空気。背後からSN-01の足音が一定間隔で聞こえる。2階へ差し掛かった時、柱の陰で石が転がったような音と、僅かに金属が擦れる音。


「QN型のアンドロイドですか? 私は灰崎律」


 SN-01が追いついた気配がする。


「警戒するのは当然です。キュレー社はすでに存在しない。自己保存の行動指標に従って行動しているが、現状廃棄しかない」


 柱の向こうに、にじり寄るような気配。


「……ひとつだけ方法があります。決して楽な道ではありませんが……顔を見せてくれればお話します」


 柱の陰から出てきたのは、錆びついてかろうじて動いている手足パーツをつけた、2体のQN型だった。


 機体の傷痕から、2体の両手足が別の機体のものを取り付けられたとわかった。



◇



「2体。可能な限りメンテナンスして。映像記録機能は追加すること。その後『自治区』に輸送して。プライマリーはあなたで。以上」


 私とSN-01は懇意にしている修理工房の一つに立ち寄っていた。嗅ぎ慣れた機械油と人工皮膚の匂い。


「待て待て、灰崎。少しはちゃんと話せ。せめてその意思は見せてくれ」


「何を? 見ればわかるでしょう。キュレー社のアンドロイドは、現在国内では廃棄しか道がありません。販売も譲渡も許可が下りない。破産管財人も追加料金はびた一文払うつもりがない」


 広い作業机で肘関節パーツを組み立てていた、アンドロイド修理工房の主人――墨染透(すみぞめとおる)が、頭をかきむしりながらため息をついた。


「本当に……君はアンドロイドみたいな言い方をするな」


「旧型の、を枕詞につけるのであれば、否定する要素はありませんね」


 墨染が口を開けて笑う。SN-01が人見知りなど欠片もないような柔和な笑みを浮かべ、話しかけてくる。


「律。この方は?」


「墨染透。修理工房の主です。修理の依頼がメインですが、行き場のないアンドロイドがいる時も稀に依頼します」


 SN-01の右耳のインジケータが青く光る。情報検索中のサインだ。


「自治区、では数が多すぎて絞り込めませんが……南アンドレア共和国のことですか」


 墨染が手を止め、SN-01を見てゴーグルをかけ直し、ずいと近寄る。


「ずいぶんな別嬪さんだな。イグニス製か……君、一体何だ?」


「イグニス社製アンドロイド、SupernovaⅠ型。型番SN-01、和名白波澪です」


 手元を明るく照らす作業灯が、煌々と作業部屋内部を照らす。所狭しと何に使うのかよくわからない工具が並んでいる。


「そーいうこっちゃねえんだが……まあいい。いつか腹ん中開けさせてくれよ」


 墨染が大げさに両手を開いて見せた。作業の腕は精密極まりないくせに、やけに身振りが大きい男だ。


「そう。南アンドレア。廃棄が基本的に存在しない国で、全人形修理屋の憧れの地。8割がアンドロイドの住人で構成され、あらゆるパーツが存在し、どんな機械も、壊れるまで永住が許可される」


 人形、の呼称のタイミングで、SN-01の片眉が数ミリ持ち上がる。


「噂には聞いています」


「まあ、そんないいもんじゃないがね。働かなきゃろくな保障はねえし、治安もここよりは悪い。壊れたら終いだ。が……廃棄確定機体にゃ悪い話じゃない。うちはあっちとパイプが繋がってんだ」


 修理工房の主がQN型に向き直る。


「2年間、労働で得た収入の3割はいただく。良心的な金額だぞ。それでいいかい……って口が聞けねえんだったな」


 墨染はQN型の機体の背面カバーを外した。手際よく数本の配線をいじったところ、発話可能になった。


「カマイません。お願いします。他に行く所もない……し」


 ややノイズ混じりだったが、意思疎通に問題はないようだった。



◇



 私とSN-01は修理工房を後にした。時刻は深夜1時をとっくに過ぎている。さすがに疲労を感じる。


「あの2体、すごくお礼を言ってましたね」


「そうだな」


「これも、グレーですよね。廃棄対象アンドロイドを国外に……」


「何、うっかりものを知らない人が運んでしまうことはある」


「検死局には言わなくていいのですか……?」


「検死官の検死義務は、職場に持ち込まれた分だけ。あのQN型2体は、すでに欠損パーツと数え間違いとして処理された。ただの廃棄寸前の迷子アンドロイドを業務時間外に見つけた善良な市民……何か問題があるか?」


「業務時間内に気づいてましたよね?」


「一つ教えてやろうSN-01。この国にはまだ内心の自由がある」


 停車した車まで二人で歩く。靴裏に砂利の感覚。街灯に照らされた陰が伸びる。墨染修理工房は、最寄りの駐車場まで徒歩数分かかるところが唯一の不満点だ。


「にしても、同型機のパーツを奪って脱走するなんて、旧型機の自己保存機能も侮れませんね。『自治区』でもやっていけます」


 私は思わず足を止め、SN-01をまじまじと眺めた。久しぶりにため息をついて額に手を当てる。呆れるとはこういう感じだったはずだ。


「そこからか。そういえば君は脱走したと表現していたな……いいか」


 駐車場に向かうのをやめ、SN-01の方向を向き直った。


「最も事故のログ記述時刻が早い、2両目の機体Aが一番最初に起動した。衝撃による偶然だろう」


「はい」


 SN-01はメモ帳を取り出したので、私は吹き出しそうになった。いや吹き出した。


「馬鹿、映像保存も、テキスト抽出も出来るだろう。ポーズは不要だ」


 SN-01はメモ帳をポケットにしまって、頬の色変更ユニットを稼働させた。


「Aは恐らく危機的状況と判断した。自己保存機能により、QN型を次々起動させていった。しかし……まともに全身稼働する機体がなかった。彼らは――」


 咳払いを挟む。誤った語を使うべきではない。


「QN型達は、最も状態の良いパーツを――最も機体固有番号の大きい機体2体に渡す選択が出力された」


「――ああ! 最(・)も(・)若(・)い(・)人(・)を(・)逃(・)が(・)す(・)――確かにそういう選好があってもおかしくないですね。学習データに非常によくあるパターンです」


 やっと話が通じた。Supernovaとはいえ、込み入った案件ではこういったすれ違いが生じるのか。


「偶然かもしれないが。3両目の扉は、アンドロイドが自力で脱出できるような開き方ではなかった。あの扉の銀の塗料。あれは――」


 私はそれ以上言葉を紡がなかった。廃棄寸前の機体が錆びたベアリングを軋ませ、少しでも状態の良いパーツを両手両足ぶん、バケツリレーのように運んでいく。コンテナの内部の暗がりで動く、金属の腕の群れ。国の事情に翻弄された、安価な量産機体の。


 そうやって運ばれたパーツが、扉を開かないと擦れない位置に証拠を残した。だが彼らは、同型機のログについては一切残さなかった。まるでそれが通常挙動であるかのように。そしてパーツを運んだ彼らは、明後日には鉄くずになる――。


「だから……私の見立てでは、9割くらいの確率で……あのQN型2体はパーツを奪っていない。与えられただけだ」


 SN-01が街灯の下に立っている。排熱機構を組み込まれた金色の髪が白く光っている。


「やっぱり、あなたは灰崎律なんですね」


「は? 名乗った通りだ」


「ここに連れてきてくれたってことは、少しは認めていただけたんでしょうか?」


「別に、田淵さんも黒谷も来るが……カメラのやつは助かった。ログは?」


 SN-01は当然と言わんばかりに胸をはって見せた。


「当然、足跡も、塵の一つも残してません。……あなたの映像記録は残しても?」


 そして本当に当然と言った。


「ダメに決まってるだろう。消せ」


「わかりました。……これで他人は閲覧不可です」


「……お前。わかってるからな。今の、データ権限変更のランプだった。オレンジ」


 まあ、突然仕えたいとか言ってくる変なアンドロイドだが、しばらく預かってやってもいいか――。


 明日も平日であることを呪いながら、私とSN-01は帰途についた。


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