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風が運んだ、二つのサプライズ

次の日の朝、燃たちが起きる前にかれんは起きていた。

超低血圧だったはずだが、その姿は清々しい。

燃は(心配事が無くなってたっぷり眠る事が出来たのだろう)と解釈し、今は細かなことを気にしないことにした。


朝食はかれんが用意してくれていた。

あり合わせにもかかわらず、その出来栄えは見事だった。

「ここに来て朝飯を作って頂けるとは……だしの取り方は完璧。ご飯もおいしい。ところで、かれんさんの予定は」

朝食に感激しながら雷がかれんに尋ねた。

「そうそう予定は。ここでよかったらずっといて下さい」

シャケも問い詰める。

雷の「それは俺の台詞」というツッコミ(肘打ち)がシャケに入ったのは言うまでもない。


「今日の午後の電車で帰ります。もえちゃんはどうする?」

かれんは燃に聞いてきた。

「俺はもう少しここに居ることにする。一緒に帰るとまずいし」

燃は答えた。


「そうね、それがいいわ。私もゆっくりしたいんだけど、いろいろ準備があるから……そうそうみんな、夏休みが明けたらびっくりするわ、きっと」

へ、一体何が起こるんだ。燃がそう思っていると、かれんはうふふと悪戯っぽく笑った。

(何かある。きっと何かある)

燃は確信したが、見当がつかなかった。

シャケは、わくわくしているようで目を輝かせていた。


後片づけも一通り終わり、いよいよかれんが帰る時間になった。

「そろそろ行きましょう。バイクで駅まで送ります。シャケは俺の後。いいな」

雷が言った。


(ん、まてよ。雷の後がシャケと言うことは、登夢の後がかれん。俺はどうする?)

「誰が俺を乗せてくれるんだ」燃が尋ねると、雷が当然のように言った。

「自分で運転すんの。かれんさんのせて」


(なんだそう言うことか、なるほど……ってをい、ま、まじですかあ)

「大丈夫。帰りは俺が運転するから」

シャケはそう言うが、燃にはシャケの後ろに乗るという選択肢はなかった。


固まってしまった燃に、登夢が言った。

「……シャケに送ってもらうか」

シャケとかれんが二人乗り――燃はそれを断固拒否する。

「仕方がない、一丁やるか」

「そのいき、そのいき」シャケが燃を冷やかした。


燃は飛び込みで免許をとるため、草薙家でバイクに乗る練習をしていた。

その教習車が、目の前にあるバイクだった。

こんな所で練習したことが役に立つとは思わなかった。


かれんを後に乗せ、燃は駅に向かう。

下り坂ばかりなので自然とスピードが上がる。

スピードに耐えきれ無くなったかれんは、燃に抱きついてきた。


(み、密着している……)

爆発しそうな鼓動を沈めながら、燃は何とか駅にたどり着いた。


「着いたぞ」燃はかれんをバイクから降ろし、改めて尋ねた。

「ところでさあ、マスターってお前の兄さん?」

「うん。そうだよ」

彼女は笑って答えてくれた。


笑っている彼女を見て、燃は思い切って聞いた。

「……好きだったのか」

「……うん」

今度は多少間が空いたが、答えてくれた。


「マスターはこの事知ってるのか」

「ええ。ずいぶん前から。あそこにお店を出したの、私を見守るためだったそうよ。私がおばあちゃんに会いましたって言ったら、とても嬉しそうに喜んでくれたわ」


「薄々気がついていたんだと思う。きっと告白されたらどうやって断ろうか、真剣になやんでいたんでしょうね」

彼女は憂鬱で、それでいてどこか楽しそうだった。


「そうか……でも心配すんなよ。これだけ辛い思いしたんだから、これからきっといいことあるさ」

「そ、そうかしら」

「そうさ。そうに違いない。マスターを好きになったのも偶然じゃない。きっと血のつながりが呼んだんだ。おまえはそれを、そうだ、きっと恋と間違えたんだ。

そうに違いない。恋人同士なら分かれるかもしれんが、兄妹は一生兄妹なんだぜ」


「あなたを彼氏にもつ女の子って幸せね。だってとっても泣きやすいんだもの」 その台詞に燃はドキリとした。

そんな燃を見て、かれんはまたうふふと笑っていた。

(ま、またからかっているのか、全く)


ホームに電車が入ってきた。

「じゃあ、気を付けて」燃がそう言うと、かれんは言った。

「いろいろ、ほんとにいろいろありがとう。おかげですっきりしちゃった。なんだか憑き物が落ちたみたい」


「そいつはよかった。今度からはちゃんと俺に相談しろよ」

「はいはい、わかってます。でもあなたって本当に不思議な子ねえ」

「へ、なんで」

「だって年下なのにあなたなら何でも相談できそう」


「それはきっと……きっと家族だからさ」

とっさに出たのは**「家族」**という言葉だった。

そう、今は家族で十分だ。燃はそう言い聞かせた。


「そうかもね。これからもよろしくね。そうそう、あの子たちにもよろしくね」

「ああ」

「あなたいいお友達をもって幸せね。大切になさい」

「いいお友達……違うな。ただおせっかいなだけだ」

「それをいいお友達って言うのよ」


電車がホームについて扉が開く。

かれんは電車の中へ入る前に、燃を呼び止めた。

「そうだ忘れてた。ちょっと燃ちゃん」


燃が振り向くと、かれんは……燃の頬にそっとキスしてくれた。

優しくて、とてもいい香りだった。


「ご褒美よ。……それにありがとう。覚えていてくれて。私、とっても嬉しかった」

そう付け足して、かれんは去って行った。


燃は、かれんの香りの余韻を感じながら、しばらくホームで固まっていた。


(親戚でもなく、マスターの恋人でもないかれん)


燃は、かれんの秘密、それにまつわる悲しい想いを知ってしまった。しかし、燃の心に後悔はなかった。


(遅かれ早かれこうなっていたに違いない。もしその時かれん一人だったら、何もしてやれなかったら、俺はきっと後悔していたに違いない)


**「必ず助ける」**そう自分で決めたから。好きになったから。


かれんの言葉が耳に残る。

「それをいいお友達って言うのよ」。

(いつも当たり前のようにもめごとを解決していくあいつら。正直なところ貧乏籤を引くことも多いのになぜだと思うこともあった。しかし、自分が当事者になってわかったような気がする。)

(……「覚えていてくれて」は、あの約束のことなんだろうか。彼女もあれを覚えていたんだろうか)


そんなことを考えている燃を無視して電車は走っていく。

燃は電車が見えなくなるまで、彼女を見送っていた。


「燃ちゃん首尾は」

開口一番、シャケが尋ねてきた。

「ああバッチリだ」燃はキス以外のことを話した。

「なんでー、もったいない」とシャケ。

「……それでいいのか」と登夢。


燃は、余裕をもって答えた。

「まあな。家族から始めようと思って。それに家族っていいもんだって進めたのはお前だろ」

「……違いない」そう言って登夢は苦笑していた。


それを見ていた雷が言った。

「ようし、残り少ない夏休み、悔いが残らないよう身を粉にして遊ぼうではないか」

「「「賛成」」」ぴったり3人息の合った返事だった。


そう、彼らの夏はようやく始まったのだ。


身を粉にして遊んだあげく、始業式の1週間前に帰ることにした。

登夢の兄である大がトラック1台を引き連れ、愛車のレンジローバーで迎えに来てくれた。


「そうそう燃。たまには家に顔を出せ。うちのかあさんが心配しているぞ」大が言った。

「うん、わかった。今度高校の帰りにでもよって晩御飯ごちそうになるよ」燃は素直に答えた。

「どうした。今日はやけに素直じゃないか」大が少し驚き気味に言った。

「家族っていいもんだなあって思って。それに心配かけたくないから」


荷物を積み終えた燃たちは、大に駅まで送ってもらい帰路に就いた。


帰りの電車の中、シャケが燃に聞いてきた。

「そう言えば燃ちゃん、なぜ口説かなかったの」

「そうそう。なぜだ」雷も同じように聞いてくる。

「毎日顔をあわせるんだ。チャンスはいくらでもあるさ」

燃は余裕をもって答えた。

「……と言うことは俺にもチャンスは……」

「ふっ、お前には負けん」

シャケが最後まで言う前に、燃は言い放った。

「ようし、勝負だ燃ちゃん」

シャケがそう言うと、なんとなくみんなで笑ってしまった。


不思議な事に、そこにみんなが来ていて、そしてまたみんなのおかげでうまく事が運んだ。

燃はもう前のように負い目みたいなものは感じなかった。

素直にみんなに**「ありがとう」**と言えるようになった。


思えば、いつもとは違う夏休みだった。

……その夏も……もう終わる。


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