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未来予知者のクリスマス

作者: 希矢

 

 クリスマスが来るたび、いつもうんざりする。


 知っているからだ。次の日の朝、目を覚ましたら靴下の中にぬいぐるみが入っていることを。

 去年は、高価な本だったから胸が高鳴ったものだが、その高鳴りは一週間以上前から味わっていたものだった。むしろ周りに気を遣って、素知らぬふりをするのが煩わしかった。

 一昨年は、家計が貧しかったのでお菓子が数個入っていただけだった。それをずっと前から知っていたので、げんなりしていた。


 クリスマスの楽しみは、プレゼントの中身が分からないことにある。知らないからどきどきできる。欲しいものを頼んでも、違うかもしれないと思う不安が逆に喜びを大きくする。


 けれど、私には無関係だった。私は『異能者』だからだ。


 未来予知という特殊な力が私に宿ったのは、まだ子供の頃だった。『異能者』という言葉さえ存在しない時代だ。私が世界で初めての『異能者』ではないかと思うほどに、周りにそれらしい人はいなかった。

 だから、異能だと特に意識もしていなかった。ただ未来が分かるだけだ。何もないところから火を出したり、鳥になったりするわけでもない。人に未来を当ててみせても、「凄いね」と言われるだけで特別何か問題になることもなかった。

 考えていることを口に出さない性格。これと言って目立たない容姿。平凡な成績。とにかく華やかさのない、地味な自分。

 そうした揃っていた養素も相まって、自分が特殊だと意識し、されることは、実を言うとそうなかった。

 夢を見る性格でも、大胆な性格でもなかったわけなので、進んで未来を変えるという選択肢もとらなかった。

 そもそも未来が予知できたところで、別に楽しいことは何もない。明日の学校の授業の内容を知ったところで、繰り返しになるだけだ。確認テストなんて二回目でも間違えるときは間違えるし、宿題は変わらずやり忘れる。予知とは違う発言を敢えて口にしたことはあるものの、大した変化は起きない。会話の流れさえ、すぐに元通りだ。

 それに、そもそもが、誰かが事故に遭うから助けようなどといった大きな出来事は、日常では滅多に起きない。だから未来予知ができたところで、正直なところ意味がないのだ。


 ただ、いうならば、つまらないだけだ。

 そして、そのつまらなさの代表が、クリスマスなのである。



 今年もまた、同じことの繰り返しだった。来年も、その先もずっと、似たようなことが延々と繰り返される。親からのプレゼントが、恋人からの贈り物に変わっても大差がない。いつも知っているものを素知らぬ顔で「何が入っているんだろう」と言いながら、開けてみせる。





 ――――そして、つまらないはずのクリスマスが今年もまたやってくる。



「ねぇ、お母さん。これも予想できた?」


 そう声を掛けてきたのは、娘だった。予知ができることは伝えていないものの、普段から娘の行動をよく当てるので、変に張り合おうとしているのだ。故の言葉である。

「……抱擁がプレゼントとはねぇ」

 娘の小さな手が腰に回って、ぎゅっとしがみついてくる。これもまた、知っていた光景だ。


 ――――だが、温かい。娘の体温が、寒さの厳しい外から帰って来た私を温める。


「今日は特に寒かったでしょう? ご飯も作ったの」


 嬉しそうな笑みに釣られる。得意気なのは、頑張ったからだろう。ちなみに、はじめて娘が作ったご飯とやらは、少し焦げている。それも知っていた。



 ―――けれど、きっと口にしたら美味しい。


 この年になって、ようやく分かってきたことだ。昔はもらったプレゼントは全て喜ぶふりをしないといけないと思っていた。だから、つまらなかった。

 けれど、最近は違う。

 知らないふりはやめた。そして、知っていても、このぬくもりははじめて味わうものだと気がついた。わかっていても、ご飯を口にすると温かくなるものだ。

 これは、この熱は――、どのような予知でも味わえない。その時その場にいる、自身だけの体験だ。


「ありがとう。知っていても、嬉しいよ」

 娘は予想されていたと知って、むくれてみせる。けれど、その顔はぱっと変わった。食卓に並ぶ料理を早く見せられるその機会がやってきたと気づいたからだ。

 可愛らしいテーブルクロスに用意された、人参とジャガイモがごろごろ入ったシチューと、ご飯。温かいミルクと、クリスマス用に焼いたクッキー。形が不揃いだったりするところに、娘の努力が滲み出ていた。

 シチュー鍋の底が焦げていることも知っているので、後から掃除が大変だと笑ってしまう。


「じゃあ、いただきますっ!」

「いただきます」


 娘の元気な声に合わせて、声を出す。匙でシチューを何度も掬う。温かさが身に沁みた。

 年をとったせいもあるかもしれない。だが、幾ら知っていても、心は感動するのだと気付くのだ。

 娘の成長を喜ばしく思いながら、今は亡き夫を偲ぶ。叶わないと知っていても、この娘の姿を見せたくなった。




 子供の頃はうんざりしていただけのその日が、いつしか愛おしくてたまらない。きっと、そこに異能だの未来予知だのは、関係ないのだと自覚する。

 だからだろう、つい笑みが溢れてしまうのは。

「メリークリスマス」

 そう言って、目の前の可愛い娘に祝杯をあげたくなるのだ。

「本当にお前さんは良い子だよ、セラ」


 ――――頑張って作った料理を振る舞う健気な彼女に、どうか幸せを。

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