5-2 FかG……
「なら、一年後には家族にも迷惑をかけずに婚約を破棄できる。だったら、私は完ぺきなメイドさんになって、借金を返しますっ」
「そうか」
だが、卒業式以降に出した金は別だ。無論、アリアの最終学年でかかる学費は全て私持ちだ。彼女の実家への融資も変わらず行う。それらに関しては返済を求めないとは言っていないのだ。そんな簡単な策略になぜ気づかないのか……。
「私との結婚は強要しない。もし、アリアが好きな相手ができればこちらも鬼ではない。相手によっては考えてもいい」
「?」
アリアが理解できなかったのか首を傾げている。
「他に好きな男ができたから、婚約破棄を求めたのではないのか?」
「えっと、そんな人いないし。そもそも、友達すらいないのにいつ出会えと」
「……」
学校内でアリアに群がろうとする蠅は多かったが退けた。
同性に関しては、友達作りまでは邪魔していない。
アリアの馬鹿だがずば抜けて外見がいい。アリアは他者とあまり話す機会がなかった結果、馬鹿であることは知られていない。結果として異性だけでなく同性にも妙なファンが発生し、互いに牽制し合った結果、直接の接触を禁じるようになったらしい。結果、アリアに友達はいない。
そんな問題あり、アリアが二年に上がるときに私も入学した。早々に特別進級を果たして同級生の二年になり、アリアに勉強を教える立場になった。出来の悪いアリアの成績を保たせるために厳しく接していた自覚はある。
そして予定外にもう一段階特別進級をさせられてしまい、四年のところを二年で卒業してしまった。
後一年。ひとりで通わせることは正直怖い。いっそアリアを退学させたほうが安心だ。だが、アリアは嫌がるだろう。
生徒でなくなった以上、学内に安易に入ることはできなくなった。
夏季休暇の間に何とか態勢を整えられるか……。
「あっ、そうだ。他に大事なひとができたのはあなたの方じゃない。別に、婚約破棄してって言われれば私はしてあげたし、その人のためにしばらく婚約を継続したいっていうなら、そうしてあげた。なのに、なんで私に嫌がらせしたり、友達候補に酷い事したりしたのっ」
思い出したようにアリアが文句を言う。
アリアが魔力漏れを起こし、机に置いていた書類が舞った。魔法の発動が他の土地に比べて何倍も難しいのにこれだ。
「付き合っている相手も、他に好いた相手もいない」
アリアに付きまとうゴミムシの幾人かは退学や退職にさせたのはした。アリアに対する害意が酷いものも処理はした。それを友達候補への酷い事と言うならば否定はしない。
だが、アリア以外に大事な護るものがいると誤解されるのは癪で訂正を入れた。
私が大切なのはアリアだけだ。これまでもこれからも変わらない。
「でも、平民の女学生をいつも連れているって、マッカス公爵令息が言ってたし、確かに、近くに女の子がいた気がするし」
私が他の女性を帯同させていてもアリアの興味はこの程度だろう。わかっていながらどこかでむなしさを覚えてしまう。
「それは……はぁ、正式には公表していないし、公表するつもりもないが、腹違いの妹だ」
嘘ではない。
「ええっ、妹がいたのっ!」
「父親に認知されていないから平民だ。私の妹と分かれば色々と面倒に巻き込まれるだろうからと公表もしていないが、学内ではまだ貴族が幅を利かせているからな。保護のために一緒にいることもあっただけだ」
義母妹のユナには、学内の偵察をさせるために入学させたが、言う必要はない。
「なんだ。兄は妹が大事だものね。なるほど」
何か納得しているようだが、アリアの家のシスコンと一緒にされるのは心外だ。
「マッカスが言った事は私への悪意からだ。やつが始める商売に私が邪魔だからその嫌がらせにお前を使っただけだ。それに、お前に渡された証拠は全て推測で、私が直接行った事実や命じたと言う証拠もない」
「えっと、つまり、全部嘘、だと」
「………」
全てではない。こういうことは、わずかでも事実を織り交ぜることが重要だ。そして否定するときはそれらを直接否定してはならない。
「アリア、少なくとも私はお前に金も時間もかけてきた。嫌がらせをしたいならば実家への融資を止めれば済むことだ。騙されたとはいえ、その挙句卒業を祝う場で恥をかかされた身にもなってみろ」
「ゔぐぬ。ごめんな、さい」
騙されやすく、素直で影響を受けやすいアリアが素直に謝罪した。
こんな些細なすれ違いで婚約破棄をしてもいいと思う程度の関係だった。
それは、自分が作ってきた希薄な関係性で、対アリアでは思い通りいかない中、珍しく予定通りに進んだことだ。
なのに、寂しさを感じる勝手な自分がいる。
ふと、またアリアの胸元に目が行った。下で手を握ってしょんぼりとしている。胸が両サイドの腕で寄せて上げられ、谷間がより深く影を落としている。
気付け薬の茶を手に取り飲み干す。
目の奥に響くようなまずさが邪な視線を罰するようだ。
アリアを全ての害悪から護り、平穏で幸福な生活を送らせたい。だと言うのに、護るべき相手が一番の敵であり。護り手である私も敵かも知れない。




