5-1 FかG……
朝の支度をメイドや侍従に手伝わせる貴族はまだいるが、最近の服は一人で着られるものが多い。夜会でもない限り着替えに人を使う必要はない。
シファヌは着替えが終わった頃に新聞と朝の確認に来るが、今日はいつもよりも遅くにやってきた。昨日やり残していた仕事に目を通していたので特に困らない。
「申し訳ございません、すぐにお茶を」
「いや、気にするな」
アリアの世話を任せている。そちらの仕事に問題なければいいと思っていた。後から入ってきたアリアに目を向け、頭を抱えたいのを堪えた。
シファヌは少し髪に寝ぐせがある程度だが、きっちりとメイド服を着ている。
だが、アリアは以前に切られた短いスカートのメイド服だ。エプロンと白いソックスはつけておらず、黒いワンピースの下には長い生足が伸びている。それなのに頭にはホワイトブリムがきっちりと乗っている。
シファヌはアリアのその恰好を一瞥し、こちらに目を向けた。それに気づいて私は視線の先を変える。
「アリアさん、お茶をお願いします。私は新聞を取って参ります」
短く指示をしてから、シファヌが生暖かい視線をこちらに向けて部屋を出て行った。妙な気遣いと的確な判断が今は辛い。
アリアはまだ状況が理解できていないながらもお茶を淹れる準備を始めた。まだ寝ぼけているらしく、目を擦りながら茶葉の入った瓶を読みずらそうなほど近くに持ってきていた。
「んにゅ……お茶?」
後ろ姿から、アリアの尻の形がよくわかる。中にパニエを履いていないのだ。
邪な視線を向けていることに気づいて頭を振る。
アリアは護るべき尊い存在だ。非道なことを行ったあの男達と同じ視線を向ける自分に酷い嫌悪を感じる。
あのままアリアを実家に返せば、婚約破棄発言を間に受けたゴミの誰かが手を出していた可能性もある。屋敷に連れてきたのは正しかった。だが、メイドの仕事をさせる必要はあったのか。自問するが他に策が出てこない。ただ説明して理解する相手ではない。
会社の新規企画でもここまで煮詰まった事はない。
陣車の魔法陣特許のおかげで高額所得が約束され、農産業に対しても貢献した。魔法が発動しにくいという特殊な土地であるサナリア国は他国に遅れをとっていたが、私のおかげで工業面でもかなりの強みを持てるようになった。
国王と交渉し、爵位も得た。
そう、全ては計画通りに進めている。前世の記憶のおかげもあるが、今生の私には商才と魔法陣学の才があった。
多少力技を使っても、望む結果にしてきた。
だが、アリアだけは思うように動かない。
学校に行きたいと言い出したのも、今回の婚約破棄も。今の艶めかしいメイド姿も。全て想定外だ。
「えっと、ご主人様。お茶になります」
アリアが少し前屈みで気をつけながらカップを私の目の前に置いた。
視線の先の胸部には、尻とはまた違う立派な双丘が揺れている。
E、いや、FかGはあるのではないか。そう考えていると、形が普段見慣れたものでないと気づいてしまった。
「……」
唾を飲み込む音を聞かれていないだろうか。
アリアは、胸につけるべき下着を付けていないと、確信してしまう。
たわわな胸が、黒い布を押し上げている。不躾な視線に、アリアは気づいていない。さらに、胸の一番高さがある場所のボタンがきっちり留まっていなかった。それがぴっと外れ、服に隙間を作り、谷の間を眼前に晒す。
気を落ち着けようと、カップに手を伸ばす。
「ぐぶふっ」
一口飲んで思わず咽込んだ。
口に広がる雑草を絞ったような青臭いエグ味ある風味、咽せたことで鼻にまで入り、鼻腔いっぱいに広がる青い臭み。なんとも形容し難くも、まずいと一言で言えない奥深い不快な味わいだ。
まるで正気を取り戻すための気つけ薬のようだった。そして効果は抜群だ。
「……アリア」
「はい」
お茶の感想を待っているのか、期待に満ちた顔でこちらを見ている。流石にもう目は醒めたようだが、自分の惨状には気づいていない。
「婚約者でありながら、メイドの仕事をさせられることに不満はないのか? 嫌ならば、対応は考えてもいいんだぞ」
もう婚約破棄などと言い出さなければいい。もしくは、私が納得できる相手を連れて来るならば私は喜んでアリアを送り出そう。
「一年働けば、融資とかの借金はなしになる?」
「……ああ。卒業式までのものに対しては、今後返済を求めることはない」
馬鹿なアリアでもわかるように匂わせたつもりだが、全く理解していないようで納得したように頷いている。




