第85話: 白龍 vs 市川――終局への選択
市川がカラーアイ(彩色眼)に覚醒してから、これがまだ二度目の実戦に過ぎない。しかし、彼の成長は止まることを知らず、単に早いという言葉では片付けられないほど、常人の到達し得る領域を遥かに凌駕していた。皮肉なことに、市川が直面してきた敵は、一瞬たりとも弱者ではなかった。純粋な能力値や殺傷力だけで見れば市川に及ばないかもしれないが、その代わり、彼らは皆、戦場という地獄で「いかに人を殺し、いかに生き延びるか」を骨の髄まで理解している手練れであった。
一度目は、アック。規格外の力を持ちながら、最初から市川を殺す気など微塵もなかった男。それは試練であり、導きであり、強者が才能を見出し、それを摘み取らぬことを選んだ教育的側面を持つ戦いだった。
そして、二度目――。 対峙するのは白龍。 容赦はなく。 退路もない。 わずかな綻びがすべてを終焉させる、正真正銘の死闘。
戦場を幾度も渡り歩いたわけでもない一人の青年にとって、それは狂気の沙汰だった。アックとの戦いの後、市川が受けた過酷な訓練――武術、肉体、エネルギー制御――骨の髄まで削られる日々を経てなお、問いは消えない。 果たして、それで十分だったのか? 市川はここで、戦い生き抜くことに全霊を捧げてきた白龍の手によって命を落とすのか? あるいは、絶望の淵にある人類に、風前の灯火のような微かな希望を持ち帰るのか? その重責は――あまりに大きく。 あまりに重い。 そしてそれは、戦場に現れて間もない青年の肩に、残酷なまでにのしかかっていた。
戦場に視線を戻す。 高空から俯瞰すれば、広大な闘技場はもはや二つの小さな影が、肉眼では追いきれぬ速度で衝突し続ける場と化していた。交差するたびに赤黒い電光が爆発し、光の刃が空気を切り裂く閃光と混ざり合う。 そう――戦いは続き、終わりを告げる気配すら見せない。 中央で始まった殴り合いは、観客席を駆け上がり、石の層を粉砕し、再び砂の床へと叩きつけられる。誰も譲らず、誰も遅れない。体力はとっくに限界を越えているはずだというのに、疲労の兆候すら見せなかった。高揚感、生存本能、そして闘争心が、肉体の悲鳴を完全に覆い隠していた。
観客席からは不満の声が上がり始める。 「いつまでやってんだよ? 最初は面白かったけど、もう飽きたぜ。俺の賭け金はどうなるんだ?」 「市川の野郎、白龍のあの破壊的な一撃を喰らった時に負けときゃ、綺麗に終わってたんだよ」 「しぶとい奴らだ。出せるもんがあるなら、さっさと全部出し切っちまえよ」
アコウは群衆の心理を冷徹に理解していた。だが、この戦いは観客の焦燥で幕を下ろせるようなものではない。この結末は、二つの種族の未来を直接左右する。だからこそ、市川が自らを追い込み続け、理不尽なまでの新たな力を覚醒させねばならないのは必然であった。そしてその道は、決して大衆のために用意されたものではない。
朝に始まった戦いは、夜の帳を下ろし、そして再び次の夜明けに席を譲ろうとしていた。二つの肉体は丸一日、一睡もせず、一瞬の停止もなく駆動し続けている。 観客は去り、そして戻ることができる。 視聴者は眠り、そして再び観戦できる。 だが、戦場に立つ二人に、その選択肢はない。 回復しては打ち合い、また戦い続ける。戦場に長く生きる者ほど知っている――拳の後に残るのは、体力などではなく精神(魂)のみであることを。肉体など、とっくに限界を超えて摩耗しきっているのだ。
アコウは拳を固く握りしめた。 「どうあっても……勝てよ、市川」
その刹那――。 闘技場において、二つの拳が再び激突し、衝撃が爆発した。電光が嘶き、地面は蜘蛛の巣状に割れる。二人はなおも肉薄し、危険なまでに蓄積した損傷を無視して、無理やり肉体を駆動させようとする。
激突の最中、白龍が咆哮した。 「人類の未来のために――そこまでして、君は進もうというのか、市川ッ!!」
白龍は衝撃波で市川を空中へと弾き飛ばすと、光速移動で即座にその真下へと回り込んだ。片手で市川の襟を掴み、眼下を見据える。筋肉が膨れ上がり、握力が跳ね上がる――そして、凄まじい威力で市川を地面へと叩きつけた。 「それとも――ただ死を恐れ……死に物狂いになっているだけか?!」
市川は砂の床へと叩き込まれた。衝撃が弾け、土煙が舞い上がる。白龍は着地し、手を掲げて無数の光点を生み出し、追撃の豪雨を放とうとした――。
その時だ――。
市川が、白龍の背後に現れた。 白龍は一瞬、思考を凍りつかせた。
市川は背後から白龍の首を絞め上げ、荒い息をつきながらも、いつもの冷静さと皮肉を交えた声を放った。 「……両方に決まってんだろ」 さらに力を込める。 「戦いすぎで頭がおかしくなったか? そんな当たり前のこと聞くなよ」
言い終えるや否や、市川はさらにその腕を締め上げた。 白龍は短く唸り、爆発的な推進力(斥力)を用いて市川を力ずくで引き剥がした。数歩後退し、その眼差しを沈める。
(私の肉体は無極空間の層で覆われているというのに……それすら無視して、ここまで接近したというのか。)
単なる接近ではない――「締め上げ」たのだ。 白龍の背筋を不快な予感が駆け抜ける。 どうやら、市川の高次元エネルギーはこの実戦の中で、さらなる昇華を遂げたらしい。
呼吸を整える暇もなく、市川が消えた。 突進ではない。 分身でもない。 直前まで立っていた場所に、塵一つ残さず。
次の瞬間、市川は白龍の真横に現れた――あまりに近く、あまりに唐突に。 「――!」 白龍は反射的に身を翻したが、脳はその現象を説明できなかった。
(速度か? いや違う。) いかに速くとも、移動には軌道があるはずだ。反射的に目標へ直進するか、死角を突くために旋回するはずだ。 だが、彼はそれをしていない。
(転移か?) もし「光速移動」であれば、光の尾を完全に消し去ることはできない。 しかし、今回は――何もなかった。
白龍の目が大きく見開かれる。 回避不能の一撃が来ると悟り、彼は即座に肉体を硬直させ、防御エネルギーを最大出力まで引き上げた。
遅すぎた。
市川の拳が、白龍の顔面を真っ向から捉えた。 赤黒い電光が雷鳴のごとく爆発し、衝撃が巨大な構造物全体を激しく揺さぶった。轟音が闘技場中に鳴り響く。 白龍は弾き飛ばされ、背後の観客席へと突き刺さった。 石造りの壁が崩落する。 巨大な岩塊がなだれ込み、彼を瓦礫の下へと埋め尽くした。
立ち込める煙の中で、白龍は必死に意識を繋ぎ止めていた。額から血が流れ、呼吸の一つ一つが肺を切り裂くように重い。 (痛みが……これまでと違う。) そして――彼は理解した。 なぜ市川にそれができたのか。
市川は戦場の中央に静止し、一歩、また一歩と瓦礫の山へと歩を進める。白龍がこの程度で倒れるはずがないと知っているのだ。 果たして、光が爆発した。 岩石が四方八方へと吹き飛ぶ。 白龍は満身創痍の体を引きずりながら立ち上がった。その瞳には、もはや隠しようのない「真剣味」が宿っていた。
「ついに……君をここまで追い詰めたというわけか」 彼の声が掠れる。 「今や、全世界が知ることになった。君がその赤い瞳の奥に隠していたものを」
市川は動じない。 冷徹なまでに平然とした声で応えた。 「隠す必要なんてないさ」 「見たいってんなら……見せてやるよ」
その瞬間、誰もが理解した。 市川はついに、第二の能力を発動させたのだ。 それが何であるか詳細は不明だが、一つだけ確かなことがあった――。 彼は相手の死角に、あらゆる常理を無視して出現することができるのだ。
観客席は一気に騒然となった。無数の仮説が飛び交い、長時間の観戦で疲れ切っていた群衆の間に熱狂が戻る。 しかし、傷だらけの白龍が口を開いた。 その声は、すべての推測を断ち切るように響いた。 今の衝撃を受け、彼は市川の第二の能力の正体を完全に看破していた。
白龍の分析によれば、市川の第二の能力は、直接的な戦闘力というよりは「移動」に特化した権能であった。 複雑ではなく、派手でもない。これまでの二つの能力のような破壊的な性質も持たない。だがそれゆえに、別の意味で恐るべきものだった。
その能力とは――「空間転移」。
言葉にすれば単純だ。だが、単なる転移であれば市川には必要なかったはずだ。彼はすでに、極めて速いリチャージ速度を持ち、ほとんどの敵を翻弄できる「光速移動」を手にしているのだから。 市川が今使っているのは、既存の型を遥かに超えた転移だった。
[Image showing a comparison between linear high-speed movement and instantaneous spatial displacement (teleportation)]
一定の半径内であれば、市川は視界内のあらゆる地点に「即座」に転移できる。予備動作も、音もなく、光の尾すら残さない。あたかも、直前までいた場所に最初から存在しなかったかのように、次の位置へと書き換えられる。 これにより、暗殺、肉薄、あるいは回避が「完璧」なものとなる。 光速移動が常に「兆候」を残すのと対照的に、この転移は完全に「無音」なのだ。
それだけではない。 転移の有効半径外であっても、市川は「ポータル(転移門)」を生成することで到達できる。目的の地点が視界になくとも、記憶の中にそのイメージさえあれば、門は開かれる。 たとえそれが、人工的な空間であっても。 たとえこの「デスゲーム」の内部であっても。
言い換えれば、市川はこの空間を自分の意志一つで自由に出入りできるということだ。 記憶と現実が一致しない場合――例えば、かつて更地だった場所が現在は山や海に変わっていたとしても、能力が自動的に修正を行い、市川を最も近い安全な地点へと導く。 山の頂、水面、あるいは現実空間における妥当な位置へ。
この能力は、敵を粉砕するような恐ろしさはない。 だが、あらゆる者に警戒を抱かせるには十分すぎるほど「便利」だった。 市川はどこへでも行き、いつでも立ち去れる。 今この瞬間にも、彼はゲームを放棄し、「十色座」の追跡を逃れ、戦場から消え去ることができるのだ。
だが、彼はそうしなかった。 彼はここに残り、白龍と戦い続けることを選んだ。 そしてそれこそが、白龍が先ほど問いを投げかけた理由でもあった。
白龍は、早い段階からこの能力の存在を疑っていたことを認めた。確証がなかっただけだ。 理由は単純。 市川はこれまで、彼を攻撃するために「光速移動」を完璧な形では使ってこなかった。 連続した光速移動の連鎖の中に、時折「光の明滅が全く発生しない瞬間」があったのだ。 当初は錯覚だと思っていた。 だが交戦を重ねるにつれ、確信に変わった――市川は二種類の転移を組み合わせることでクールタイムを補い、移動速度を理不尽な領域にまで引き上げていたのだ。
そして市川がゲームに自由に出入りできるという点――。 白龍は、市川がこの場に現れたその瞬間から推論していた。 市川は最初からゲームに参加していたわけではない。 彼は突如として現れた。恐ろしいほど急速に膨れ上がる高次元エネルギーの奔流とともに。 白龍は、戦う前に敵を徹底的に調査する男だ。その詳細な違和感を記憶に刻んでいた。 これらすべての手がかりから、彼は結論に達した。 彩色眼を通じて市川に授けられた力……それは「空間の超越」であると。
説明を聞き、市川は驚きを隠せなかった。 彼は短く笑い、応えた。 「推測が鋭いとは思っていたが」 「まさか……俺の能力のすべてを正確に言い当てるとはな」 市川の赤い瞳が、白龍を射抜くように捉える。 「一体、あんたは何者なんだ? 白龍」
白龍はただ静かに目を閉じ、深く息を吸ってから、ゆっくりと吐き出した。 その声は沈み、もはや微かな動揺もなかった。 「やはり……それが君の力か」 彼は目を開け、市川を真っ直ぐに見据えた。 「……となると、これから先、NGにとっては大きな災厄になるだろうね」 「我々の拠点さえ一度目にすれば……君はいつでも、好きな時に潜入できるわけだ」 「実に恐ろしいよ、市川君」
人生で初めて、白龍は理不尽なまでに「精髄」を一身に集めた存在を目にしていた。 圧倒的な攻撃力。 盤石の防御力。 戦うために生まれてきたような天賦の才。 肉体を包む覇者の権力が、常軌を逸した近接格闘を可能にする。 超越的な肉体強度と、完璧に近い耐性。 攻守において隙がない――戦場に君臨するために生み出されたかのようだ。 そして今、そこに世界で最も便利で危険な能力の一つである「空間門の開閉」まで加わった。
あまりに多くの恩恵を授けられた存在。 外の世界であれば、これらの一つを持っているだけで「天才」と呼ばれただろう。 だが、目の前の男は……そのすべてを手にしている。 白龍でさえ、驚愕を禁じ得なかった。 このような怪物と相対して、自分がまだ生きていること自体が信じられなかった。 唯一、彼が踏みとどまっている理由は、無数の死線を越えて積み上げてきた「戦闘経験」のみ。
(もし市川に、さらなる成長の時間が与えられたなら――) 白龍は確信していた。 間違いなく彼は、この世界で最も恐るべき存在の一人になるだろう。
彼は拳を静かに握りしめた。 「たとえ……そうであったとしても」 白龍の声が、思考を断ち切るように響く。 「私は、負けるわけにはいかない」
市川がわずかに息を呑んだ。 その瞬間、白龍の腕から「異形」が形成され始めた。 最初は空中に漂う塵のように、儚く小さな光の点に過ぎなかった。だが、瞬く間にその光点は内側へと崩壊し、周囲の光、空間、そして秩序そのものを強引に飲み込み、一体化させていく。
光が歪み。 空間が悲鳴を上げる。 周囲に歪んだ曲線が現れ、あたかも現実が不可視の手によって絞り上げられているかのようだった。 球体は徐々にその姿を現した――不完全な螺旋の球体。そこでは光は拡散することを許されず、磨り潰され、引き伸ばされ、深淵なる渦の核へと消えていく。その回転が刻むたびに、空気には目に見えない亀裂が生じ、周囲の空間は断末魔を上げるように重く脈動した。
音が消えた。 風が止まった。 光さえも近寄ることを恐れている。 砂塵、余剰エネルギー、砕け散った空間の破片――周囲のすべてがその球体へと吸い寄せられ、表面に触れる前に粉砕されていく。 それはもはや、単なる攻撃などではなかった。 この戦いすべての結晶。 白龍が最初からこの瞬間まで、蓄積し、抑え込み、待ち続けてきた全エネルギーの凝縮体。
彼の腕が震えていた。 恐怖ゆえではない――彼自身の肉体すらも耐え難い、限界を超えた圧力ゆえだ。 白龍の全身を包む無極空間が、不安定な振動を上げ始める。この一撃が放たれれば、もはや後戻りはできないことを悟っているかのようだった。
これは探りの一撃ではない。 圧倒するためのものでもない。 最後の一撃。 ただ一つの目的――「すべてを終わらせる」ために生み出された一撃。
螺旋の球体が限界に達した時、内側の光が完全に崩壊し、底なしの穴のような漆黒の核が露わになった。 その刹那、闘技場全体が絶対的な窒息感に包まれた。 誰もが理解したからだ。 もしこれが解き放たれれば、過ちの余地など残されない。 二度目はない。 生存の道はない。 あるのは、結末のみ。
しかし、闘技場を支配する緊張感とは対照的に――。 市川は、笑った。 微かな笑み。だが、その瞳は冷徹に冴え渡っていた。
「……そうか」 「ここですべてを終わらせようってんだな?」
市川の手のひらから、漆黒の稲妻が突如として這い出した。 喧騒はなく。 即座の爆発もない。 それは現実の「亀裂」として現れた。エネルギーが強引に凝縮され、もはや通常の光を発することすらできなくなった姿。その黒い稲妻の核に沿って、骨のように淡く白い筋が内側に紛れ込み、発光するひび割れのように走る――エネルギーが安定限界を遥かに超えて圧縮されている証左だ。
稲妻は市川の手に巻き付き、長く、鋭く、完全な「穂先」の形を成していく――武器ではない。具現化された「意志」そのものだ。 手の周囲の空気が磨り潰される。 圧力が急上昇する。 足元の砂は吹き飛ばされることさえ許されず――押し潰され、微細な塵と化して消滅していった。そこに在るものの存在感に、物質が耐えきれないのだ。
同時に、覇者の権力が燃え上がる。 激しい噴出ではない。絶対的なまでに重苦しい圧力が、緩やかに、しかし抗いようもなく広がっていく。市川の周囲の空間が沈み込む。あたかも世界全体が、その存在の前に跪くことを強いられているかのようだった。
それはもはや「エネルギー」ではない。 「威光」だ。 純粋な権力が、稲妻の核へと幾重にも、幾層にも詰め込まれ、それはもはや揺らぐことなく、恐ろしいほどに安定していた――執行を待つ判決文のように、冷厳に。
市川の手が、静かに握りしめられる。 黒と白の稲妻が即座に収縮し、より鋭く、より重く変貌した。ひとたび振るえば、前方に存在するあらゆるもの――光、空間、対峙する者の意志さえも――引き裂くことができるだろう。
彼の眼差しは、奇妙なほどに穏やかだった。 興奮はなく。 躊躇もない。 ただ、確信だけがあった。 この一撃を放てば、それが「終焉」になるという確信。
明らかに、二人は同じ決断を下していた――この最後の一撃ですべてを決着させるという決断を。もはや息の詰まるような格闘戦も、精緻なスキルの応酬も、予期せぬ覚醒も必要ない。すべては試練の段階を過ぎ、戦略や打算を超えた。残されたのは、結末のみ。
これは間違いなく、現時代において最大の政治的意味を持つ戦いの終幕となるだろう。 一方は、人類の若き戦士――現時点で世界最強の能力者であり、種族の未来を背負う者。 もう一方は、古代の龍誓――数多の永劫を生き延びた謎の生物であり、世界の頂点に立つ存在と肩を並べる力を持つ者。
退路はない。 すべては、来たるべき爆発と破壊の瞬間に決定される。 この瞬間から、戦略は意味を失った。囮も、計算も、迂回路もない。限界まで引き上げられた純粋な力のみが残る。強い方が、弱い方を粉砕する――そしてその瞬間こそが、世界に新たな時代を告げるのだ。
もし市川が勝てば、彼は人類最強の能力者となり、種族の未来と希望の象徴となる。 もし白龍が勝てば、NGはその復活を正式に刻むことになる――かつて時間に名を消された古代種族が、本来の地位を取り戻すために帰還したことを。
広大なローマのコロッセオには、現時点で最強の二つの実体だけが残された。
目前に迫った破滅的な規模を察知し、遠方にいたツバサが即座に中央へと飛び込んだ。最後の一撃が放たれようとしている、その中心地へ。 「周囲を隔離して、被害の拡散を防がないと……。でも、あの衝突の後、私は生きていられるの?」
別の方向からは、変形する悪魔と海賊の少女もまた、最高速度で急行していた。彼らは迷わず「環境」を起動し、持てる能力のすべてを注ぎ込んで闘技場を封鎖しようとした。もしこの衝突が制御不能になれば、「人間狩り」というゲームそのものが完全に崩壊し、取り返しのつかない結果を招くからだ。
遥か遠くの地点から、眼鏡をかけ、狩人の装束に身を包んだ一人の老人が、静かにすべてを見守っていた。オレンジ色のレンズ越しに、震える闘技場を凝視する。その手には、半分ほど燃えた煙草。
彼は微かに鼻で笑い、細い煙を吐き出して口を開いた。 「普通、こういうのは物語の『結末』にあるもんだがな……。まさか『始まり』だとはね」 彼は一拍置き、口角を意味深に吊り上げた。 「まあ、いいさ。結局のところ、最後に一番得をするのは我ら『狩人』だと、俺は踏んでるよ」




