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第77話: 意志と拳がぶつかる場所

※この章は、戦術よりも「肉体」と「意志」に焦点を当てた戦闘になります。


ここから先、戦いはさらに激しく、より泥臭く、より原始的になっていきます。


次の章以降も、読んでいて息が詰まるような展開が続く予定ですので、

よろしければ最後までお付き合いください。

「本当に……市川の敗北になるのか?」


観測室にいた一人の観客が、思わずそう口にした。

その声に、単なる好奇心はない。そこにあったのは――不安だった。


なぜなら、今明かされたものは、もはや一戦の勝敗という枠を超えていたからだ。

それは戦闘ではなく、概念と権能の衝突だった。


アコウは、そこに座ったままだった。


姿勢も変えず、

感情の揺れも見せず。


ただ一言、氷のように冷静な声で告げる。


「外部からの介入がなければ……この戦い、市川が勝つ」


誰一人として、その言葉の意味を理解できなかった。


だが――

アコウだけは、理解していた。


場面は、再び戦場へ。


白龍は今、自ら刻んだローマ数字の弱点を起点に、市川へ絶え間ない圧力をかけ続けていた。

派手な能力の応酬は、もはやない。


二人は――

純粋な武のぶつかり合いへと突入していた。


白龍は完全に戦闘のリズムを変えている。


無駄なスキルは使わない。

すべての動きが洗練され、正確で、近接戦闘に特化していた。


対して市川は――

何かを計算している。


その視線は、相手の呼吸、足運び、わずかな間さえ逃さず追っている。


白龍の一撃一撃が、市川へ重圧として叩きつけられる。


市川には、守らねばならない弱点がある。


だが白龍には――

守るべきものが、何一つない。


彼はローマ数字だけを狙っていなかった。

市川がわずかに晒したすべての隙間を、容赦なく突いてくる。


それはただ一つの事実を示していた。

白龍の戦闘経験は、幾多の生死を越えて積み重ねられたものだ。


市川は押し込まれていく。

観客席の端から、闘技場の中心へと。


反撃の拳は依然として凄まじい威力を誇っていたが――

今の白龍には、届かない。


不意に、白龍が空間能力を纏った直拳を放つ。


市川は首を傾けてかわしたが、

かすった衝撃で視界が一瞬揺らいだ。


その隙を逃さない。


白龍は即座に連打へ移行し、

最後の一撃には爆発的なエネルギーを乗せ、市川の中心へ叩き込んだ。


――ドンッ!!


市川は吹き飛ばされ、背後の壁へ激突する。

壁は震え、ひび割れ、砂埃が雨のように降り注いだ。


白龍は吸引を発動し、市川を引き戻す。


だがその瞬間――

市川は正面へ火球を放つ。


吸引によって火球は予想以上の速度で突進し、

白龍は完全には避けきれず、直撃を受けた。


一瞬の隙。


市川は深く息を吸い、思考を回転させ、新たな活路を探る。


しかし白龍は、時間を与えない。


光と共に転移し、焼け焦げた身体のまま、市川の背後へ。


市川は背中に浮かぶローマ数字に気づき、動揺する。

振り向きざま、氷の棘を連続生成し、白龍へ突き放つ。


――幻影。


本体の白龍は、正面にいた。


市川は反応できない。


光の雨が降り注ぎ、

無数の光の槍が市川の身体を貫く。


血が噴き出し、彼は吐血した。


直後、白龍の拳が放たれる。


だが市川は、光転移で背後へ。


白龍は本能的に反応し、攻撃を止め、肘を市川の胸へ叩き込む。


――だが、それは木属性の分身体だった。


偽の身体は崩れ、蔦となって白龍を拘束する。


遠く、観客席の上。


市川は弓を引き絞り、

最大出力の雷矢を放つ。


――ドォンッ!!!


凄まじい爆発が起こり、白龍は苦悶の声を上げ、数歩後退する。


市川は即座に連続転移。

拳を炎で包み、怒涛の連続打撃を叩き込む。


白龍が受け止めた――

その瞬間、市川は覇権の力を解放した。


白龍の身体が大きく揺れる。


拳が次々と命中し、彼は壁へ叩きつけられた。


市川は弓を引き、雷をさらに収束させ、

二射目を放つ――致命傷を狙って。


だが白龍は空間を歪め、矢道を逸らし、天へ弾き飛ばした。


彼は咆哮する。


巨大な光の奔流が、市川へ向かって放たれる。


市川は高く跳躍して回避。


その瞬間――


頭上に、銀河の渦が出現した。


市川が見上げる。


渦の中から、

巨大な隕石群が、滅びの雨のように降り注ぐ。


市川は即座に、頭上へ光の防壁を展開する。


だが――

隕石はあまりにも大きく、

あまりにも重い。


――ドォォンッ!!!


闘技場中央で、超規模の爆発が起きた。


光が、すべてを呑み込む。


市川は立っていた。


身体は焼け焦げ、皮膚の一部からはまだ煙が立ち昇っている。

口元から血が溢れ、熱い砂へ滴り落ちた。


胸は激しく上下し、

一息ごとに、命の重みを引きずるようだった。


白龍は、回復の猶予すら与えない。


光が閃く。


目の前へ転移し、真正面から拳を放つ。


市川は受け止める――

だが衝突の瞬間、目の前の白龍は消えた。


――幻影。


次の瞬間、背後。


空間を纏った拳が叩き下ろされる。


ローマ数字Ⅱ、発動。


空気がガラスのように砕け散る。

市川は吹き飛ばされ、砂地を転がり、血の軌跡を引いた。


白龍は、さらに一歩踏み出す。


――新たな状態が解放される。


新たな力が、彼の身体へと融合した。


市川はふらつきながらも立ち上がる。

脚は震えているが、それでも倒れない。


そして――

張り詰めた空気の中で、彼は……拍手した。


乾いた拍手の音が響き渡り、観客席がざわめく。


市川は大きく笑った。

掠れた声だが、どこか愉悦に満ちている。


「ここまで殴り合える相手が……

新人向けの任務に紛れてるとはな」


観客の多くは、困惑した。

――精神が壊れたのでは、と。


だが。


アコウだけは、違った。

アコウは、すべてを理解していた。


白龍がこれまでに見せた挙動から、

市川はすでに――白龍のエネルギー総量の限界を見抜いている。


当初、市川は白龍も自分と同じく、

膨大なエネルギーリザーブを持つ存在だと疑っていた。


だが――違った。


白龍が序盤から、あえて「無駄に見えるほど」スキルを乱発していたのは、

計算不足ではない。


戦闘のテンポを強制的に引き上げるためだ。


速度が極限まで高まれば、

相手の能力使用の癖は必ず露呈する。

どれほど隠そうとしても、誤魔化しきれなくなる。


白龍は見たかったのだ。


――市川が、どのように元素を使うのかを。


そのリズムを、完全に記憶するために。


一度リズムを掴めば、

もはや能力に頼る必要はない。

純粋な武で、対処できる。


だからこそ、市川は――

あえて元素の使用を控えた。


近接戦では明らかに不利になると分かっていても、だ。


選択肢がなかったわけではない。

ただ――白龍に“見たいもの”を見せなかっただけだ。


そして転機は、白龍が放った隕石。


莫大な消費を伴う技。


にもかかわらず、その直後も、

彼は幻影と光転移を連続して使用していた。


エネルギータンクが一つだけなら――

そんな芸当は不可能だ。


導き出される可能性は、二つ。


一つ。

隕石はエネルギーを消費しない技である。


二つ。

白龍は――二つの独立したエネルギータンクを持っている。


前者は、この世界そのものが完全に破綻していることを意味する。


市川は、それを信じなかった。


そして――

白龍が二重のエネルギー構造を持つことを、見事に見抜いた。


アコウは、その瞬間を察知した。


市川が、理解に至った瞬間を。


そして――

彼は、心の底から驚愕した。


もはや、これは新人ではない。


市川は、生き残り続けた戦場の中で――

本物へと成長していた。


戦場へ戻る。


市川は回復を発動した。

柔らかな光が身体を包み、傷がゆっくりと塞がっていく。


速くはない。

だが、立ち続けるには十分だ。


白龍は市川を見据え、低く問いかける。


「何が……そこまで貴様を自信づける?」


市川は口元の血を拭い、淡々と答えた。


「お前を、理解したからだ」


「……お前が、俺を理解したのと同じようにな」


白龍は、それを虚勢だと捉えた。


だが現実は違う。


市川はすでに――

白龍の次の一手を読んでいた。


白龍は知っている。

市川が環境展開を使わないことを。


なぜなら、市川はすでに

それを封じる手段を白龍が持っていると理解しているからだ。


ゆえに最適解は――

自身の環境と砂時計を重ね、この局面で市川を仕留めること。


だが、発動しようとした瞬間――

白龍は、動きを止めた。


もし環境を展開すれば、

市川も必ず展開する。


そしてそれは――

市川が白龍の環境を丸ごと喰らうことを意味する。


そうなれば白龍は、

スキルクールダウンに陥り、

二度目の空間歪曲は使えなくなる。


その事実に気づいた白龍は――

笑った。


闘技場に響く笑い声に、観客は困惑する。


そして市川も――

同じように、笑った。


この状況を理解しているのは、

この二人だけだからだ。


この戦いでは――


最強のスキルこそが、

使い手自身にとって最大の弱点となる。


短い沈黙ののち、

二人は同時に踏み込んだ。


能力なし。

環境なし。

概念すらもない。


残されたのは――


頂点に立つ二つの生命が、

意志と肉体だけを頼りに激突する光景。


市川は、笑った。


大声ではない。

狂気でもない。


血に濡れた歯を覗かせる、

――“生きている者”の笑み。


心臓が、戦鼓のように鳴り響く。


恐怖ではない。


高揚だ。


先ほどまでの衝突――

痛み、破壊、粉砕。


それらすべてが、

市川の全身に叫びかけていた。


――「お前は、まだ存在している」。

その感覚が、背筋を痺れさせた。


――A。


――A、ああ……。


市川の呼吸は荒く、熱を帯び、

肺の奥から炎を吐き出すかのようだった。


瞬きすらせず、

赤く染まった瞳孔が収縮し、

眼前の“存在”を捉えて離さない。


「……いいね」


掠れた声。

だがそこには――生きている何かがあった。


「こんなふうに、何も考えずに殴り合うのは……久しぶりだ」


白龍が、首を傾げる。


その体内を巡る銀河が震えた。

怒りではない。

反応だ。


まるで空間そのものが、

目の前の人間の異常性を認識し始めたかのように。


市川が、一歩踏み出す。


足元の瓦礫が砕け散る。


「スキルなし」


さらに一歩。


「計算なし」


三歩目――

肩を落とし、重心を低く。


「アコウも、もう頭にない」


顔を上げる。


笑みが、広がった。


「残るのは――俺と、お前だけだ」


ドン――


市川は自ら踏み込んだ。


跳躍ではない。

加速でもない。


ただ地面を踏み潰し、

全体重を右拳に乗せた――

荒々しく、醜く、防御も捨てた一撃。


白龍もまた、拳で応じる。


二つの拳が、衝突した。


――音が、消えた。


拳と拳の間の空気が、

一瞬で消失し――


次の瞬間、爆ぜた。


BOOOOM――!!!


衝撃波が残存していた観客席を吹き飛ばす。

石柱は曲がり、へし折れ、

闘技場の床は巨大なクレーターへと崩落した。


市川は、半歩だけ後退する。


――半歩だけ。


踏みとどまった。


鼻と耳から血が流れ、

腕の骨には長い亀裂が走る。


だが筋肉が噛み合い、

すべてをその場に留めた。


市川が、声を上げて笑った。


「そうだ――!」


瓦礫の中に響く笑い声。


「これだよ……この感覚!」


白龍が踏み込み、

空間を破壊する回し蹴りを放つ。


市川は――避けない。


肩で、真正面から受けた。


ガァン――!!!


肩骨が鈍く鳴る。

二人は弾かれたが――


市川は空中で身体を捻り、

先に着地する。


踵が地を削り、

再び突進。


退かない。

怯まない。


攻撃を受けるたびに――

市川の笑みは、さらに大きくなる。


打ち返す拳は――

より重く、より激しく、より執念深く。


「……分かった」


荒い息の合間に、市川が言う。


「お前は、怪物じゃない」


膝蹴りが、銀河の胴体を打ち抜く。


ドン――!


「お前は――」


左拳。


「――“壁”だ」


右拳。


ドォン――!!!


「そして、俺は――」


全体重、意志、戦闘の快楽を乗せた

最後の一撃。


「――そういう壁を、壊すために生まれた!」


拳が、叩き込まれた。


白龍の体内を巡る銀河が――

完全に乱れた。


星が爆ぜるように、

光が四方へ飛び散る。


その瞬間――


白龍は、初めて後退した。


――一歩だけ。


だが市川にとっては――


それで、十分だった。


形を失った闘技場の中央。

血に塗れ、

炎のような呼吸を吐き、

赤い瞳を輝かせる市川。


この戦いは――


もはや任務ではない。

生存でもない。


これは――

市川が、自分の名を刻みつけるための衝突だ。


市川は、地に手をついて立ち上がる。


指先が震え、

掌の下で岩が粉々に砕ける。


身体は――痛い。


皮膚の傷の痛みではない。

筋肉、血管、その一本一本が

限界を超えて悲鳴を上げている感覚。


肺は焼け、

心臓は檻を破ろうと暴れている。


それでも――


市川は、笑っていた。


先ほどの狂気じみた笑みではない。


痛みで歪みながらも、

そこに宿るのは――

静かな快楽。


「……なるほどな」


掠れた声は、

金属を擦る石のようだ。


「これが……

殺すために生まれた者の武術か」


白龍は、動かない。


追撃しない。

圧をかけない。


体内の銀河はゆっくりと回転を整え、

完璧に調整された戦闘機構へと戻っていく。


市川は、背筋を伸ばす。


左肩は落ち、

骨はまだ戻らない。


腹筋は痙攣し、

顎から血が滴り落ちる。


だが――

赤い瞳は、


先ほどよりも、強く光っていた。


「お前は、動きを読む」


市川が一歩踏み出す。


「技術も読む」


さらに一歩。


「呼吸も読む」


胸に手を当てる。

狂ったように打つ心臓の上。


「だが――」


顔を上げ、

白龍を真正面から見据える。


「これを読んだことは、ないだろ」


ドン――


市川は解放した。


スキルではない。

エネルギーでもない。


剥き出しの意志。


覇王の権能が再び溢れ出す。

だが今回は、爆発しない。


深海の水圧のように、

静かに、確実に、

存在そのものを押し潰す。


空間は凍らない。

――重くなる。


白龍の呼吸が、

一拍、遅れた。


恐怖ではない。


未知だ。


市川が、間合いに入る。


防御なし。

回避なし。


白龍が拳を放つ。


市川は――受け止めた。


肩に直撃。

骨が軋む。


それでも退かず、

力を身体に通し、

膝をわずかに落とし――


頭突きを叩き込む。


ドォン――!!!


銀河が激しく揺れ、

一つの星軌道がズレる。


白龍が半歩退く。


――半歩。


それで、市川には十分だった。


超近接。


最適解も、

完璧な動作もない。


あるのは――等価交換。


肘が肋を抉る。

市川は横殴りで返す。


腕を掴まれる。

市川は肩を外し、

銀河の中心へ拳を叩き込む。


一撃ごとに――

市川は、より大きく笑った。


勝っているからじゃない。


ここまで殴り返してくる存在に、

ようやく出会えたからだ。


「……はは」


途切れた息。

痛みと高揚で、声が割れる。


「そうだ……それでいい……」


白龍が、変わり始める。


最適化をやめ、

完璧な距離を捨てる。


銀河の回転が速まる。

衝突は、より荒々しくなる。


その存在は――


市川のリズムに、引きずり込まれていた。


拳が市川の胸を打つ。


骨が割れ、

血が噴き出す。


それでも――

市川は、倒れない。


震える手で白龍の手首を掴み、

力任せに引き下ろし、

額を押し付ける。


距離、ゼロ。


「お前は、強い」


市川が囁く。

どこか楽しげに。


「だが――」


残った覇王の権能を、

爆発させず、

押し付けず――


ただ、存在を主張する。


「――俺は、負けない」


拳が、振り下ろされた。


爆発はない。

光もない。


だが――

二人の足元の大地が完全に崩落し、

古代ローマ闘技場は巨大な奈落へと飲み込まれた。


まるで歴史そのものが、

人間の拳によって消し飛ばされたかのように。


その深淵の中で――


二つの存在は、なおも殴り合う。


戦うために生まれた者。


そして――

運命そのものを、意志で超えようとする者。


市川の腰部に――

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


今回はかなり長めの戦闘回になってしまいましたが、

「能力を捨てた先に残るもの」を描きたくて、削れませんでした。


次回以降も戦闘は続きますが、

ここからさらに“見せ方”が変わっていきます。


長すぎる、きついなどありましたら、遠慮なくご意見をいただけると助かります。

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