第75話: 勝利の錯覚
※これまでの章の翻訳に一部不足がありました。ご理解いただけますと幸いです。
本章は、できる限り分かりやすい日本語に書き直しました。
私は外国人で、日本語で小説を執筆しています。
表現などに不自然な点がありましたら、ぜひご意見・ご指摘をお寄せください。
参考にして修正させていただきます。
「――この戦いで、市川が勝てば、人類は安全圏を維持できる。
だが、もし白龍が勝てば……NGは、人類抹殺を“現実的な選択肢”として考え始めるだろう」
観客席の一角で、周囲と意見を交わしていた人物の声が響いた。
この時点で、もはや勝敗は個人の問題ではなかった。
それは――
一つの種族の運命を、巨大な政治の盤上に載せる行為だった。
「もし市川が死ねば……新時代は、正式に終わるんじゃないか?
そうなれば人類は停滞するか……あるいは、NGが“何か”を見つけた瞬間に、踏み潰される」
別の観客が、声を低くして割り込む。
「“何か”って……何のことだ?」
「――黙示録の四騎士。
あるいは……魔女だ」
その推測は、あまりにも筋が通っていた。
人類側に市川という存在が現れた以上、NG側にも同等、あるいはそれ以上の個体が存在していても不思議ではない。
仮に同格でなくとも、
少なくとも“数の上で”凌駕する存在は必ず現れる。
それが、避けられない均衡の法則だった。
だからこそ、人類には市川が必要だった。
戦士としてだけではない――
**支柱として。**
なぜなら、現時点ですでに力の天秤は、明確にNG側へと傾いているからだ。
「でも、市川は死なないんだろ?
それなら、最終的には必ず勝つんじゃないのか?」
その問いに、アコウがようやく口を開いた。
「市川は死ねない。
――そして白龍も、それを十分に理解している。
それでもなお戦い続けている……その意味、もう分かるだろ?」
空気が、凍りついた。
そうだ。
白龍は知っている。
**市川を“終わらせる方法”を。**
あるいは――
**戦える存在として、成立しなくする方法を。**
アコウは冷静に分析を続ける。
「殺せないなら、戦士として生きられなくすればいい。
重度の後遺障害、植物状態……あるいは、完全封印。
方法はいくらでもある」
市川は死ねない。
だが、それは勝利を意味しない。
別の観客が反論する。
「でも、致命傷を負っても……自殺して能力を再起動できるんじゃ?」
アコウは首を横に振った。
「それを封じる方法も無数に存在する。
この能力世界では、意思や行動そのものをロックする力が必ずある。
“死ねない”ことに、すべてを賭けるな」
もし白龍が勝機を見出せなかったなら、
とっくに撤退しているはずだ。
それでもなお戦い続けている――
それ自体が、**準備が整っている証拠**だった。
この戦いは、もはや娯楽ではない。
それは――
**新時代の戦争に火を点ける導火線**だった。
### 戦場へ戻る
この時点で、市川は明確に優勢に立っていた。
彼の能力における――**新たな状態**が発動し、その瞬間、白龍はわずかに動きを止める。
「霊獣の召喚……それだけじゃない。
環境そのものを、完全に変質させているのか?」
白龍はそう口にし、そしてすぐに、さらに恐るべき事実に気づいた。
この環境下では――
**彼の回復能力が、ほとんど機能しないほどまで低下している。**
市川は平然と答える。
「正直に言えば、俺自身も最近になって気づいた。
――お前が、最初の実験台だ」
白龍は笑い、次の瞬間には弾丸のように距離を詰めた。
市川は即座に**火の元素**を起動し、巨大な火球を放つ。
白龍は一瞬、目を見開いた。
――市川が、**自らの環境内部で元素を行使している。**
それは、これまで一度も起きなかった現象だった。
白龍は弾き飛ばされる。
直後、数百本の剣が弾幕のように降り注ぐ。
白龍は空間球を展開し、剣をすべて吸い込み――
そのまま**数百の光刃**として、市川へと撃ち返した。
市川は回避しきれない。
光の斬撃が、身体を貫く。
白龍は即座に踏み込み、拳を叩き込む。
市川は両腕で受け止めるが――その瞬間、白龍は軌道を変え、背後から蹴りを放つ。
市川は大きく吹き飛ばされた。
反撃の剣が飛ぶが、白龍はすべて回避する。
優位に立ったかに見えた、その瞬間――
**フェニックス**が突進し、正面から火球を吐いた。
爆炎が炸裂し、周囲一帯を焼き尽くす。
白龍は重傷を負いながらも、倒れなかった。
安全距離から、市川は命じ続ける。
炎を纏った剣が、絶え間なく放たれる。
白龍は身体の周囲に、**逆回転する空間層**を形成する。
不可視の装甲のように、接近した剣の威力を削ぎ、反転させ、落下させた。
だが――それも、長くは続かない。
数と威力が限界を超え、装甲は貫通される。
無数の傷が刻まれ、炎が焼き付き、回復は完全に封じられた。
市川は近づかない。
徹底した遠距離制圧で、白龍を追い詰める。
白龍はフェニックスを避け、剣を防ぎ、回復阻害に耐えながら――
それでもなお、距離を詰めようとする。
「しぶといな、白龍」
言葉が終わると同時に、白龍は市川の隣に現れ、光の蹴りを放った。
市川は防いだ――が、それでも遥か後方へと吹き飛ばされる。
距離の優位は、崩された。
白龍は即座に**光速転移**を発動。
市川の頭を掴み、そのまま水面へと叩きつける。
市川は間一髪で**風**を起動し、白龍を弾き飛ばした。
――両者、切り札を晒し始める。
市川は水中から氷の棘を突き上げ、炎剣と連携させる。
白龍は転移で回避し、小規模な爆発を引き起こす。
白龍は数十の光点を召喚。
市川は**闇**でそれらを吸収し――
即座に**光速転移を模倣**して、白龍へ肉薄した。
爆裂する炎を纏った拳が、叩き込まれる。
白龍は水面を転がった。
もはや、疑いようはない。
**市川は、あらゆる元素とその派生を扱える。**
一度視認すれば――再現できる。
それは、生命を司る存在――
**ガイアの特権。**
白龍が立ち上がった瞬間、剣が降り注ぐ。
熱で、血が蒸発する。
長い生の中で、初めて――
**白龍は、死を恐れた。**
市川は光速転移を――**五連続で発動**する。
白龍は言葉を失う。
彼は一度使えば、クールタイムが必要だった。
炎の拳が放たれる。
白龍は回避し、空間操作で市川を押し返す。
それでも、炎剣は止まらない。
観客席が、静まり返る。
「能力を……連続起動しているのか?」
アコウは微笑んだ。
「市川のエネルギー総量は無限だ。
一つが終われば次がある。
――彼は全元素を持つ。
“手札切れ”という概念が存在しない」
人類が、歓声を上げた。
彼らは理解していた。
――**これこそが、人類の未来だ。**
### 逆転のクライマックス
白龍は、これ以上一秒たりとも、この息苦しい圧力に押し潰され続けることを望まなかった。
市川が構築した環境は、すでに**完全な檻**と化していた。
遠距離からは狙撃され、近接すれば迎撃され、回復能力は断ち切られ、霊獣は絶え間なく圧をかける。
そして何より――市川自身が、戦えば戦うほど強くなっていく。
利点が多すぎる。
拘束の層が重なりすぎている。
このまま長引けば、結末は一つしかない。
――白龍は、それを誰よりも理解していた。
彼はゆっくりと腕を持ち上げ、両腕を奇妙な形で広げる。
まるで虚無そのものを抱きしめるかのような姿勢。
その瞬間、彼の肉体は次第に**透明化**し、
肉体と空間の境界が、曖昧に溶け始めた。
半透明の殻の内側では、
黒紫色のエネルギーの流れが、ゆっくりと回転し、衝突し合っている。
――小さな銀河が、形成されつつあるかのように。
それは、もはや通常のエネルギーではなかった。
もっと深い。
もっと根源的な“何か”。
市川は即座に異変を察知する。
迷いはない。
無数の剣を召喚し、一斉に放つ。
速度は空気を引き裂くほど――しかし。
剣は、白龍の身体をすり抜けた。
衝突音も、傷も、存在しない。
まるで――**存在しない影**を斬っているかのように。
市川の胸が、わずかに沈む。
そして、気づいた。
周囲の空間が――消えている。
破壊されているのではない。
**喰われている。**
不可視の“吞噬点”が、環境全体に出現し始める。
肉眼では捉えられない渦だが、動くたびに空間は歪み、軋み、裂けていく。
この現象が完了すれば――
環境そのものが、完全に抹消される。
市川は即座にフェニックスへ最大加速を命じ、
同時に剣を展開して迎撃に移る。
炎、光、連続する高密度の攻撃が、
宙に浮かぶ“吞噬点”へと叩き込まれる。
だが――時間が足りない。
白龍の身体は、なおもエネルギーを蓄積し続ける。
内部の銀河は、より濃く、より激しく渦巻き始める。
空間が震え、
水面は大きく波打ち、
戦場全体が、ただ一つの中心へと引き寄せられていく。
戦いが始まって以来、初めて――
市川は、**本物の不安**を覚えた。
彼は距離の概念を捨て、一直線に突進する。
接近した瞬間、視線はただ一点へと固定された。
――核。
白龍の身体の中心。
すべてのエネルギーが収束する場所。
躊躇はない。
退路もない。
市川は、すべてをその一撃に注ぎ込んだ。
雷の元素が爆ぜ、
ガイアの純粋な力と融合し、
拳は核へと叩き込まれる。
轟音。
静まり返っていた水面が、地震を受けたかのように暴れ出す。
眩い閃光が、視界そのものを引き裂いた。
空間点が、次々と崩壊する。
不可視の渦は、完全に消滅していく。
環境は――安定を取り戻し始めた。
その瞬間、市川は――
**勝った**と、確信した。
白龍の身体は崩れ、跡形もなく消滅する。
市川は、息を吐いた。
観客席ではざわめきが広がり、
驚愕と興奮が入り混じった声が飛び交う。
「――全部、消えた?」
「――市川が、環境を解除したのか?」
だが、その中でただ一人、
アコウだけが――違和感を覚えていた。
遠くに立つ、その背中は。
決して、“敗者”のものではなかった。
そして――
低く、冷たい声が響く。
「空間と宇宙は、すでに解読された」
「空間の限界は――今や、お前の手の中だ」
言葉が終わった瞬間、
市川の立つ空間が、**歪み潰される**。
見えない手が、掴み締めたかのように。
白龍が、現れる。
もはや、元の姿ではない。
その身体は銀河色に覆われ、
宇宙の光条が、輪郭に沿ってうねり、
夜空そのものを圧縮したかのようだった。
それは、生物ではない。
――**現象**だった。
白龍は、ゆっくりと手を握る。
その瞬間、**世界は断罪された。**
空間が、息の詰まるような悲鳴を上げる。
市川を中心とした全環境が、一瞬で圧縮され――
**爆散**した。
存在限界を超えた星が崩壊するかのように。
光は視覚と認識を引き裂き、
あまりにも眩く、すべてを無意味にする。
空間は砕け散る。
引き裂かれた現実の破片が、
冷酷で無慈悲な銀河爆発として空へと撒き散らされる。
衝撃波は滅世の潮となり、
中心の渦は咆哮しながら、
すべてを虚無へと引きずり込む――
まるで、魂を刈り取る死神の手のように。
それは、攻撃ではなかった。
**災厄**だった。
市川は、その怒りを正面から受けた。
身体は引き裂かれ、
無価値な破片のように投げ出される。
血が宙に舞い、
崩壊する光を赤く染め、
その身体は、乾いた音を立てて地面へと叩きつけられた。
観客席は、完全な沈黙に包まれる。
誰も、息ができない。
誰も、声を出せない。
災厄の中心で、白龍は立っていた。
新たな形態で。
傷一つなく、
衰えの兆しもない。
ただ、純粋な力だけが――
空間を歪ませ続けている。
地上で、市川は血を吐く。
呼吸は重く、命そのものを引きずるようだった。
身体は震え、感覚は麻痺し、
環境は完全に消滅している。
掴むものはない。
支える盾も、存在しない。
その瞬間、誰もが理解した。
――局面は、完全に反転した。
技でもない。
戦術でもない。
それは――
**死の降臨**によるものだった。
市川の環境は、完全に崩壊した。
一瞬で抹消された生態系のように。
命そのものが、絶滅を宣告されたかのように。




