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第74話

「どうやら、あちらは片付いたようだな」


イチカワの声が静かに響いた。


その言葉が終わった瞬間、

彼の背後に立ち並ぶ一本の樹列が――

音もなく、一直線に倒れ伏した。


まるで、

存在すら拒むかのような、

完全に無音の“不可視の斬撃”を受けたかのように。


イチカワの正面に立つのは――

白龍バイロン

現存する中でも、最古にして最も名高い龍誓の一柱である。


「結局、残ったのは我々だけか。

ゲームが始まった時点では、ここまでの敵と相対するとは思っていなかった」


その言葉を聞き、イチカワは軽く笑った。

どこか挑発的な響きを含ませて。


「そこまで強いってことですか?

それ、褒め言葉ですよね」


白龍は緊張を見せない。

元来の沈着な気質のまま、薄く微笑むだけだった。


――二人とも理解している。

次の瞬間から始まるのは、

互いの人生において、最大級の戦いだということを。


戦力だけで見れば、

現在の白龍は世界の頂点に極めて近い位置に立っている。


公式に「最強十傑」に名を連ねてはいないが、

純粋な戦闘力においては、

その一段下――限界点に最も近い存在。


現代ゲームのランクに当てはめるなら、

最強十傑が“最上位ランク”に位置するなら、

白龍はそのすぐ直下にいる。


――つまり。


今のイチカワは、白龍と肩を並べられる段階に到達している。


闇の犯罪組織を除けば、

この瞬間において――

イチカワは、人類最強格の戦士と言って差し支えない。


観客席から、アコウが無意識に呟く。


「この戦いは、人類にとっての前進だ、イチカワ。

もし白龍に勝てば……時代は、本当に変わり始める」


アコウは理解している。

イチカワはまだ若く、

“最強十傑”に並ぶには経験が足りない。


だが――

この戦いを制し、成長を続ければ、

候補者として名が挙がる可能性は十分にある。


そして、もう一人。


年齢はほぼ同じ。

正確には、別の時間軸を生きた存在。


――現時点で、

最強十傑の最有力候補。


イチカワはかつて、

その存在と互角に渡り合っている。


ならば――

白龍との戦いも、不可能ではない。


だがアコウは冷静だった。


勝率は五分。

今のイチカワでは、

決定的優位を取るのは難しい。


その思考が終わるより早く――

白龍が動いた。


翼を畳み、

装甲を大幅に薄くすることで速度を最大化。


嵐のような拳撃が連続して放たれる。

一撃ごとに、大地が蜘蛛の巣状に砕けていく。


イチカワは見極め、回避し、反撃。

激烈な近接戦闘が、観衆の眼前で展開される。


武術の完成度において、

白龍は明確に上回っていた。


彼はイチカワを組み伏せ、

地面へ叩きつけ、顔面へ拳を振り下ろす。


イチカワは両腕で受け止め、

即座に腰を絡めて反転投げ。


白龍は宙で回転しながら回避し、

同時に空間圧縮攻撃を前方へ放つ。


イチカワは氷壁を展開して防御。


氷は砕け、

無数の鏡片のように光を反射し、視界を奪う。


その背後から――

イチカワが現れ、拳を放つ。


白龍は振り向きざまに迎撃し、

自信に満ちた声を響かせる。


「位置取りが甘いな!」


拳が直撃。

イチカワはよろめく。


だが白龍は追撃を止めない。

間合いを詰め、連打。


イチカワが後退すると同時に、

白龍は“吸引”を発動し、強制的に距離を詰める。


次の一撃で――

イチカワの身体は、

氷の欠片となって砕け散った。


その瞬間、白龍は理解する。


――囮だ。


上空から、

イチカワが出現。


巨大な火球が叩き落とされ、

炎の海が戦場を覆う。


白龍は翼で防御するが、

完全には防ぎきれない。


着地したイチカワは、

自信に満ちた表情で言った。


「少し……勝てる気がしてきました」


即座に、

覇権の権能を発動。


白龍の行動軌道が断ち切られ、

不可視の圧力が全身を押さえつける。


イチカワは躊躇しない。


――奥義、展開。


空間が一変する。


地表は透明な水に覆われ、

青空を鏡のように映し出す。


純白の剣が、

無数に空中へ出現する。


「これを生き延びたら……

次は、あなたの勝ちかもしれませんね。白龍」


その傲慢な言葉に、

白龍の怒気が膨れ上がる。


「最近の若者は、実に思い上がっている」


観客席で、アコウが分析を始める。


――予想通り。


覇権で行動を縛り、

環境展開で不利を押し付ける。


強力だ。

だが――制約も大きい。


イチカワは、

この環境内で決着をつけねばならない。


解除すれば、再使用は不可能。


だがこの環境は、

エネルギー切れでは崩壊しない。


イチカワのエネルギーは、無限。


破壊する方法はただ一つ。

彼自身に解除させること。


通常、外殻破壊で環境は崩れる。

だが色眼を持つイチカワは、

その外殻を完全に排除し、サイズを自在に調整している。


中心は彼自身。


――逃走は、ほぼ不可能。


唯一の弱点。


意識を一拍、途切れさせること。


かつて、アックがそれを成し遂げた。


だがこの空間では――

イチカワは、ほぼ無敵。


アコウは息を呑む。


環境完成と同時に、

数百本の剣が白龍へ殺到。


速度、数ともに異常。


白龍は翼を展開し、防御しながら上昇。

被弾するも、即座に高位再生で修復。


イチカワは理解する。


――通常の傷では、倒せない。


何かを展開しようとして――

彼は止まった。


「まだ早い。

今、全力を出せば……情報を晒しすぎる」


この世界では、

誰もが情報を狙っている。


死なない存在。

それだけで、十分すぎる餌だ。


賭博が成立する理由も、そこにある。


金。

地位。


どの世界でも、それが回る。


戦場に戻る。


白龍が反撃に出る。


掌に圧縮球を形成し、

周囲のすべてを巻き込み、保持する。


イチカワは即座に剣へ停止命令――反撃。


だが白龍は、ただ手を放した。


何も起こらない。


――虚動。


次の瞬間、

白龍が突進。


拳が叩きつけられ、

水面が隕石のように爆ぜる。


イチカワは氷で防御。

氷は凹み、軽く亀裂が入る。


再び、近接戦。


拳と拳が激突。


空間が震えた。


アコウが笑う。


「……なるほど」


白龍は、

環境の限界を見抜いた。


密着戦に持ち込み、

剣の大量展開を封じる。


環境の力が、部分的に制限される。


白龍は吸引と反発を組み合わせ、

二重螺旋の渦を形成。


破壊球が、

イチカワの身体を押し潰す。


血が噴き出す。


水中から光の棘が伸び、

四肢を貫く。


一瞬で、形勢逆転。


観客がどよめく。


イチカワは強く蹴り返し、白龍を弾く。

棘から脱出するが――


間髪入れず、

巨大な光球が迫る。


イチカワは斬り裂く。


だが爆発が起き、

彼は吹き飛ばされた。


白龍が吸引を準備――


その時、

違和感に気づく。


空が……赤い。


水の下で、

何かが動いている。


観客と変異悪魔の視界が凍りつく。


そこにいたのは――

巨大な鳳凰。


太古の生命のように、

水中を泳いでいる。


剣が燃える。


水が燃える。


空間そのものが、灼熱に染まる。


白龍は、

自身が焼かれていることを理解する。


イチカワは立ち上がり、首を鳴らす。


鳳凰が咆哮しながら天へ舞い上がる。

その一声で、観客席が震え上がった。


イチカワは低く告げる。


「……使うしかないですね」

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