第65話
「――七つの堕罪の継承者であり、
同時に――黙示録の四騎士の能力継承候補の一人……
この俺が、いつまでも弱いままでいられるわけがないだろう」
ゾアの声は、冷たい刃のように空気を切り裂いた。
言い終えると同時に、彼は剣を振るう。
天を裂くほどの一閃――黒炎が迸り、周囲の光をすべて飲み込んで燃え上がった。
――ドンッ!
刃は空間そのものを断ち切り、目の前の存在へ叩き込まれる。
変貌の魔は直撃を受け、口から大量の血を吐き出した。
細身の身体には、横一文字に深い裂傷が刻まれ、黒い血が滝のように噴き出す。
彼は仰け反り、背後の岩壁へ激突した。
先ほどの斬撃で焼き焦がされた亀裂が、さらに大きく広がる。
立ち込める煙の中、変貌の魔は顔を上げ、ゾアを睨みつける。
その眼には――狂気と恐怖が入り混じった光が宿っていた。
もはや、目の前にいるのは無名の青年ではない。
己の弱さを憎み、限界を超える術を必死に探し続ける――
**“本物の人間”**の姿だった。
その力は……決して弱くない。
ただし――
頂点に立つ者たちにとっては、まだ「凡庸」の域を出ていないだけだ。
「……ここで殺してしまってもいいな」
ゾアの声は鋼のように冷たく、低く、確かな圧を帯びていた。
空気が張り詰め、息苦しくなるほどの威圧。
先ほどの一撃は、相手を再起不能にするには十分だった。
だが変貌の魔は立ち上がる。
身体は、禍々しい黒光を放つ**《完全再生》**によって、みるみる塞がれていく。
彼は口角を歪め、嘲るような笑みを浮かべた。
「上位エネルギーを覚醒させ、“爆発”を扱えない限り……俺は簡単には死なない。
危うくワンショットできた程度で、調子に乗るなよ、ゾア」
掠れた声ながら、その口調には不快な自信が滲んでいる。
だが――
その瞳の奥には、明らかな警戒が芽生えていた。
彼は悟っていた。
ゾアが、まだ上位エネルギーを斬撃に完全には乗せられていないことを。
もし――それが可能だったなら。
先ほどの一撃で、自分は確実に死んでいた。
その考えが浮かんだ瞬間、変貌の魔は即座に動いた。
二体の**《闇の騎士》**を召喚。
地面を割って現れた巨体は、濃密な闇で構成され、分厚い黒鎧を纏っている。
動くたび、金属が軋むような不快な音が響く。
変貌の魔は中央に立ち、冷たい笑みを広げた。
「どちらが“上”か……見せてやるよ、ゾア」
次の瞬間――
二体の騎士は、視界から消えた。
空気が裂ける。
ゾアは目を見開いたが、戦闘本能が即座に反応する。
背後に出現した二つの影――
攻撃に転じる前に、ゾアは振り向きざまに剣を振る。
キィン!
二振りの剣が激突し、火花と共に凄まじい衝撃波が走った。
息をつく暇もない。
背後から――拳が叩き込まれる。
変貌の魔が肉薄していた。
暴虐なエネルギーを纏った一撃。
――ドン!!
ゾアの身体が震え、口元から血が溢れる。
歯を食いしばり、震える身体を無理やり支える。
彼は即座に闇の騎士たちを弾き飛ばし、距離を取るために剣を振るった。
だが――
変貌の魔は、ゾアの肩を掴み、それを踏み台に跳躍する。
反射的に見上げた瞬間、
左右から――闇の騎士の斬撃が迫る。
絶望的な一瞬。
ゾアは剣を強く握り締め、内なる力を解放した。
剣が旋回し、黒炎が嵐のように渦巻く。
――バァン!!
空間が歪み、大地が砕ける。
黒炎が爆発し、すべてを吹き飛ばした。
騎士たちは弾き飛ばされ、変貌の魔は直撃を受け、全身を焼かれる。
皮膚は炭のように割れ、赤く燻る。
呻き声を漏らしつつ、即座に再生を起動。
黒煙が身体を包み込む。
その瞬間――
ゾアは、すでに目の前に立っていた。
足音はなく、気配すら凍りつく。
横薙ぎの一閃。
シュッ!
変貌の魔は後退するが、胸部を深く裂かれる。
その刹那――
彼は“違和感”を覚えた。
この熱……このエネルギー……
明らかに、先ほどとは質が違う。
考える間もなく、闇の騎士たちが盾となって割り込む。
同時に、地面から無数の汚染獣が這い出し、狂ったようにゾアへ殺到した。
ゾアは目を閉じ、深く息を吸う。
――そして、消えた。
一瞬、戦場の音が消失する。
残ったのは、風を切る音だけ。
次の瞬間――
血が舞った。
怪物たちは、何が起きたのか理解する前に切り裂かれていた。
闇の騎士も倒れ、鎧は何十もの斬撃で粉砕されている。
ゾアが姿を現す。
黒炎を纏った剣は、なお燃え盛っていた。
その眼差しは、息が詰まるほど冷たい。
変貌の魔は、本能的に後退する。
喉が渇き、背筋に冷たい疑念が走った。
あの速度……人間のものじゃない。
「まさか……上位エネルギーに覚醒しているのか!?」
叫び終える前に、斬撃が飛ぶ。
鋼が岩を断つ甲高い音。
彼は辛うじて首を傾けて回避するが、驚愕は隠せない。
ゾアは手首を返し、体勢を変え、突きを放つ。
その瞬間――虚空から黒い腕が無数に伸び、彼の身体を拘束した。
剣先は、相手の額まであと僅か。
冷や汗が、変貌の魔のこめかみを伝う。
次の瞬間、闇の腕は黒炎に焼かれ、灰と化す。
ゾアは連続斬撃を叩き込む。
数発は受けながらも、変貌の魔は嗤い、黒い渦球を生成する。
渦から灰が舞い上がり、
放たれた衝撃波がゾアを吹き飛ばした。
岩に激突。
痛みが全身を走る。
背後で、空間が裂ける。
黒い門から、変貌の魔の腕と怒りの顔が伸び、ゾアを空中へ投げ飛ばす。
巨大な闇の手が現れ、身体を掴んで叩き落とす。
視界が揺れる中、敵が踏みつけ、無数の闇腕が絡みつこうとする。
ゾアは咆哮し、剣を振る。
腕は瞬時に切断される。
「……再生、遅くなってきたな」
変貌の魔は嗤い、顔面へ拳を叩き込む。
鼻血が噴き出す。
だが次の瞬間――
黒炎が爆発し、彼を空へ吹き飛ばした。
「爆発は使えない……まだ溜めが足りない」
そう言いながら、ゾアは黒炎を推進力に跳躍する。
地面が爆ぜ、夜空に燃える軌跡が走る。
地獄の魔が降臨したかのような光景。
連続斬撃。
深い傷が刻まれ、最後に強烈な蹴り。
変貌の魔は地面に叩きつけられ、大地が割れる。
四肢は、すでに切断されていた。
彼は愕然とする。
次の瞬間、頭を掴まれ、地面へ何度も叩きつけられる。
血と土が混じり合う。
それでも彼は闇腕を召喚し、ゾアを引き倒す。
影の鉤爪が迫る。
引き寄せられ、闇の棘が突き上がるが、
ゾアは剣で全てを断ち切る。
怪物の群れ。
黒炎の爆発。
地獄の爆心。
煙の中、変貌の魔が再び現れ、腹部へ拳を叩き込む。
爪が三本、肉を裂く。
怒りに燃えるゾア。
二人は殴り、斬り、吼え合う。
終末のような戦場。
やがて、変貌の魔が地面に闇を展開し、ゾアの脚を拘束する。
巨大な闇球――
投擲。
ゾアは残る全力を解放し、黒炎を撃ち返す。
衝突。
爆発。
闇と炎が世界を覆う。
ゾアは倒れ、血塗れだが生きている。
変貌の魔もまた、崩れ落ちた。
黒紅の電光。
再生は、もはや追いつかない。
ゾアは――
上位エネルギーに覚醒し、爆発を伴う一撃を放った。
遠方で、白竜が異変を察知する。
黒光が夜を揺らす。
通信を試みる。
アコウは偽声で応じるが――
白竜は疑った。
「……本当に、貴様は変貌の魔か?」
「そうだが?」
「なら名乗れ。
俺と貴様しか知らぬ“名”を」
沈黙。
アコウは溜息をつき、正体を明かす。
白竜は激昂し、翼を広げて飛翔する。
アコウは姿を現し、セシリアに告げる。
「もう演技はいい。奴は行った」
「……全部、計画通り?」
アコウは微笑む。
敢えて露見させたのだ。
白竜は――
変貌の魔を恐れている。
それが、最大の弱点。
アコウは呟く。
「……特別な価値を持つNG、か」
黒炎の彼方を見つめ、静かに笑った。
「そろそろ……ハンターが無力化される時間だな。
最初の会合、荒れそうだ」




