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第32話

明日、新しい章を公開します。

「完全な回復覚醒のみが、この戦いで勝利する唯一の方法だ、ゾア」


その言葉は、燃えかけの白い煙の中で響いた。発したのはジークであり、彼の瞳は狭く薄暗い部屋の中で深く沈み込んでいた。部屋は古びた家具とカビ臭に包まれ、壁は剥がれ落ち、かすかな明かりが差し込み、時計の刻むゆっくりとした音が重苦しい空気をさらに増幅させている。


別の角では、アコウが魔法の映像スクリーン越しに戦いを見守り、隣にはブラウンとフェリックスが立っている。空気は張り詰め、緊張で震えていた。


「俺がゾアを助けに行くべきだ!」ブラウンが声を上げる。顔には隠せない不安が浮かび、仲間の命が瀬戸際にある映像から目を離せない。


かつて他人をいじめていたブラウンは、今や真に変わった。仲間――ゾア――への思いは一時的なものではない。ルーカスの恐ろしい力の前で自ら部下を退かせたあの時から、この瞬間まで、彼の心配は過去の些細な出来事を遥かに超えていた。


「駄目だ」アコウが遮る。声は冷たく断固としている。

「彼は自分でこれを乗り越えなければならない。」


「あんな傷だらけで、あの化け物には勝てるはずがない!」ブラウンは怒りと不安を込めて言う。「確かに彼の力は新たな領域を開いた。しかし、あんな化け物の前ではどうやって勝てる?彼はイチカワじゃない。神格化して生き延びるなんてことはできない!ただのゾアだ!」


しかしアコウは反応しない。何も言わず、だがその沈黙には強烈な信頼が込められていた――ゾアは生き延びる。勝利するのだ。


戦場――月光が冷たく地面を覆う絹のように


淡い青の氷の花が敷き詰められた大地の中、ゾアは立っていた。血まみれで息を荒げ、剣を前に突き出す手はまだ震えている。


ミレイユ・ブランシュフルがゆっくりと歩み寄る。氷の女王のように優雅な姿、白金の髪が風に揺れる。瞳は柔らかく、まるで手に血を滴らせたことなどないかのようだ。


「それとも、私たちの組織に加わるかしら?」彼女の声は穏やかで、微笑みも優しい。殺意など感じさせない。「裏切りの罠じゃないわ。本当の招待よ。」


ゾアは目を見開き、驚く。

「は?なぜ俺がそっちに?お前は俺を殺そうとしてたんじゃ…?」


「私に直接戦わせることができる者は…リーダー以外で、君が二人目よ」ミレイユは淡々と言う。


ゾアは眉をひそめる。

「強者が必要なら、キングやルーカスの方が適任じゃないのか?」


実際、キングとルーカスもかつてLes Fleurs Mortellesへの勧誘を受けたが、両者とも断り、壮絶な戦闘の末に逃げ去った。


静寂の中、月光の下、残るは二人だけ。ゾアは一歩後退し、顔に迷いが浮かぶ。気配を察したミレイユは二つの選択肢を提示する。声は優しいが、そこに死刑宣告が潜む。


「一つ、Les Fleurs Mortellesに加入する。二つ、ここで死ぬ。」


ゾアは数秒間黙る。顔が陰る。だが、ゆっくりと頭を上げ、決然とした声で答える。

「俺がLes Fleurs Mortellesなんて邪悪な組織に加わるわけがない。」


ミレイユは小さく息を吐き、視線を下ろす。答えは予想していたようだが、わずかに落胆の色を隠せない。


「ならば…」――剣先を前に向け、視線は氷のように凍る――「死ね。」


瞬時に、虚空から氷の尖塔が飛び出す。速度は凄まじく、死神の刃のように避けられない。


ゾアは目を細め、必死に剣で防ぐ。いくつかは止められたが、残りは古傷を裂き、痛みで叫ばせる。血が雪の上に飛び散る。


ミレイユは呼吸を与えず、目の前に現れ、連続斬撃を放つ。鋭く、容赦ない。ゾアはもはや本能で防ぐしかなく、技術も戦略もない――生きるか死ぬかの境界で必死に戦うのみ。


追い詰められ、ミレイユの攻撃は嵐の中で意志を押し潰すかのようだ。一撃ごとにゾアは死に近づく。


しかし…彼は立っていた。


倒れず、目もぼやけ、意識は霞むが、足は血に染まった地面にしっかり立つ。歯を食いしばり、痛みと呼吸の苦しさに耐える。倒れるはずの体を支えるのは――言葉にできぬ意志。


彼はアコウを信じている。


彼は隊長が託した信頼を信じている。


戦況は完全に一方的になっていた。ミレイユは戦場の氷の女神。ゾアはボロボロの体で踏ん張る…信念のために。


だが、アコウの言葉の通り――


「彼は自分でこれを乗り越えなければならない」


突然、記憶が渦巻き、ゾアを過去の渦に引きずり込む。


「ごめん…」


その声はゾアの心に響く、苦悶する魂の声のようだ。この体の本来の持ち主、ケイリス・ヴィレリオンが消える前に残した言葉。その最後の言葉には、燃え尽きる世界すべてが込められていた。


目の前に、火の海に沈む邸宅。屋根は崩れ、壁は裂け、飛び散る火花は無力の叫び。炎の中で、傷だらけのケイリスは絶望的に抗う、スカイストライカー学園の精鋭に囲まれながら。


「俺の弟を…何のために?」


嗄れた声、怒りと絶望が混じる。足跡ごとに血が引かれるが、目は決して諦めない。


「わかってないのか、ケイリス・ヴィレリオン?」老人の声が響く。嗄れ、重々しい。


ケイリスは歯を食いしばる。赤く充血した目に火の反射が揺れる。絶望的な選択――弟を武器にされる前に渡すか、それとも何もできず失うか。心は一瞬ごとに削られる。


振り返ると、廊下の最後の扉に視線が止まる。長い間守ってきた扉の向こうには、無魂の眼をした小さな弟が、栄養チューブと生命維持装置に囲まれている。身体は虚ろで、魂を失ったかのようだ。


ケイリスは震える手で近づき、病床の側に膝をつく。涙が落ち始める――ゆっくり、静かに、そして炎の雨のように溢れ出す。


「ごめん…幸せな家族を与えられなくて、ゾア・ヴィレリオン」


その最後の言葉は、叫ぶ炎と壊れた心の記憶に包まれていた。

現実が一瞬にして戻った。ゾアは深い記憶の崖から引き戻されるように揺さぶられた。頬にはまだ温かい涙の痕が残っている。そして――それが始まった…


黒炎くろほのお


空間を引き裂くかのような鈍い爆発音。ゾアの体から黒い炎が噴き出した。まるで長く封印されていた古代の魔力が解き放たれたかのようだ。それは普通の炎ではなかった――光を放たず、周囲のあらゆる光を吸い尽くす。黒炎の一筋一筋が空間に亀裂を生じさせ、世界そのものがその怒りに耐えられないかのようだった。


ミレイユ・ブランシュフルは立ち尽くし、目を見開く。これほどまでに暗黒な光景を彼女は見たことがなかった。彼女の雪の花びら一枚一枚が黒炎に飲み込まれ――燃えるのではなく、存在しなかったかのように虚無へと消えていく。


ゾアはもはやゾアではなかった。彼は黒い渦に包まれた悪魔の影として立っている。髪は灰と塵の空に舞い、瞳には人間の光はもはや宿らない。体の傷はカサカサと音を立てて焼けながら癒え、命そのものではない――純粋な殺意に変わる怒りとして回復していった。ゾアはついに完全覚醒による回復を遂げた。


彼のエネルギーは急速に減少していた。ミレイユとの戦いで3,000/4,000単位を消費し、途中休憩で2,400回復したが、今は回復にほぼ全てを費やしている。残された量はわずか750/4,000――一撃必殺に十分な量だ。


一撃で全てを終わらせる。


黒炎はなおも燃え広がり、地面を覆い、空間の構造を破壊する。ゾアの足元の地面は赤く焼け、亀裂が走る。風は地獄の叫びのように鳴り、黒炎は物質だけでなく希望をも焼き尽くし、魂を締め付ける。その光景を目撃した者は、決して忘れることができないだろう。


暗い部屋に座るジークは、静かに煙を吐いた。


「やはりな。あの忌々しい力…お前の兄貴の産物だ。」


ケイリス・ヴィレリオンはかつてスカイストライカー学園で最も優秀な生徒の一人であり、ヒトミと肩を並べる存在だった。火の元素の力を操り、それを破壊の芸術へと昇華させた。犯罪組織ナハトクローネ拠点での戦闘では、青炎を爆発させ、一晩で基地を壊滅させた。


その戦闘後、彼の戦力は165万に評価され、学園生徒としては前例のない数値だった。


だが、ゾアの炎は青ではない。変異した炎――黒炎ハクエン。人間味も光も失った破壊の権能であり、ケイリスでさえ触れたことのない力。


ゾアの黒炎――それは兄の惜別。

隠された記憶。

憎しみと愛、そして解き放たれることのなかった痛み。


今――全てが燃え上がる。


つまり、ゾア・ヴィレリオンの力は魂剣とともに元の主体の火属性の力と並走している。しかし、ある理由――怒りか、意識の深い亀裂か――により、その炎は変質し、**黒炎ハクエン**となった。虚無、怨恨、破壊を象徴する自然を超えた力。光や正義に属さぬ力だ。


その恐ろしい光景を目撃したヒトミは冷静でいられなかった。彼女は怒りに満ち、ジークの部屋へと駆け込む。


ドアを叩く音は警鐘のように響いた。


ドアが開き、ヒトミは飛び込み、落ち着いたまま机に座るジークと向き合う。


「あの黒炎は何ですか!?」――彼女は叫ぶ。「もしあいつが人類を憎み、文明を裏切るなら…どうするつもりですか!? 力の元だけを残して記憶を消すんじゃなかったのですか!?」


ジークは疲れた目で彼女を見つめ、静かにため息をつき、低く響く声で答える。


「仕方ないんだ、ヒトミ。人が力を求める時、何かを代償にせざるを得ない。全ての記憶を消すことはできない…」


その言葉の後、遠い記憶が徐々に浮かび上がる。


静かな川辺、灰色の空が冷たい空気を包む。ジークは古びた金属製ライターから小さな炎を灯す。


ケイリス・ヴィレリオンが立っていた――陰鬱な顔、疲れた瞳。その奥には長い間壊れていた何かがあるように見える。


ジークはゆっくりと言った。


「お前の弟の全ての記憶を消すつもりはない、ケイリス。」


「…ヒトミの命令を聞くと思っていましたが」――ケイリスは息を詰めて答える。


ジークは首を振る。「違う。知るべきことがある…」


「何を…?」ケイリスは震える声で尋ねる。


「かつて彼がどんなに素晴らしい家族を持っていたか。兄であるお前が、戦場も名声も全て捨て、ただ植物状態の弟のために普通の人生を選んだことを。」


最初の涙がケイリスの頬を伝う。


記憶が溢れる――時間に砕かれた幸福の破片。


湖畔で並ぶ兄弟、動かぬ弟に注ぐ愛。


暖かい居間でのクリスマスの夜、両親と二人の兄弟、優しく点滅する灯り。


大きなベッドで、家族全員が交代で意識のない末弟を看病する姿。


そして…最後に撮られた家族写真――誰にも見つけられぬ場所へ送られた瞬間。


ケイリスは声を上げて泣く。抑えきれぬ痛みに体をジークの肩に寄せ、震える声で吐き出す。


「死にたくない…! 目覚めた弟が…誰も残っていないなんてこと、させたくない!


弟を戦場に送り出し、NGや冷血な犯罪者と戦わせたくない!


血と炎と死体の中で育てたくない!


ただ、私たちを幸せにしたい… それだけ…」


ジークは静かに立ち、痛みに沈む男をそっと抱く。その瞬間、彼も若き日々を思い出していた――ケイリスとゾアの父と共に戦った日々。彼らは仲間であり兄弟であり、どんな状況でも家族を守ると誓った。


ジークは目を閉じ、誓いの言葉を口にする。


「約束する…実験が終わった後も、ゾアの記憶を一行も消さない。


たとえ後に…彼が骨の髄まで俺を恨むことになっても。」

ここまで読んでくださってありがとうございます!

では、また次の章でお会いしましょう

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