第2話
暗くて狭い作業部屋。山積みの荷物で圧迫された空間には、タバコの煙とカビや古びたものの臭いが入り混じり、鼻を突くほどの息苦しさが漂っていた。
「ここに連れてきて、何がしたいんだ?まずはこの身体の弟を探さなきゃだろう。」(ゾア)
ジークはただ静かに微笑み、指に挟んだタバコから煙をふわりと吐き出した。
「落ち着け、坊や。お前の目的は分かってる。でもな、その前に――自分の力を使いこなす術を学ばなきゃならん。」(ジーク)
ゾアは体に合っていない大きめの上着を羽織り、ホコリだらけで洗濯されていない服と食べ残しの容器が散乱した古いソファにドカッと座った。その不衛生さに顔をしかめ、不満げに呟いた。
「弟に会うだけなのに、力なんて必要かよ。」(ゾア)
「もう記憶は流れ込んでるだろ。この世界は力で動いてる。力がなけりゃ、せめて自分を守れるだけの力が必要だ。」(ジーク)
ジークとの会話から、ゾアは現在自分たちが**スカイストライカー**という最強の平和文明の本部にいることを知る。この文明は二つの区域に分かれている――能力を持たない、あるいは戦うことを望まない人々がオペレーター(学園所属の構成員)の保護のもと暮らす**居住区域**と、能力を持つ者が軍隊のように訓練される**学園区域**だ。生徒たちはここで生存術や戦闘術を学び、NGに立ち向かう。
ジークはゾアに学園への入学を勧めていた。それは単に訓練のためだけでなく、どの文明にも属していない者は**自由区域**――危険があふれる地帯――に追放されるからでもある。そのため、彼はゾアの入学手続きの書類を準備していた。
「学園って言っても、結局は殺し合いかよ。」(ゾア)
「そうさ。だからこそ、お前には生き残ってほしい。中は地獄だぞ。」(ジーク)
「俺が強いって言ってたろ?なら、そんな連中なんて怖くねぇよ。」(ゾア)
ジークは欠けた灰皿にタバコの灰を落とした。薄くたなびく煙越しにゾアを見つめ、疲れたように語る。
「生存を甘く見るな、坊主。人類ですらこの舞台から追い出されたんだ。お前が簡単にやれると思うな。」(ジーク)
ゾアはそれを聞いて黙り込んだ。ソファに体を預けようとしたが、ゴキブリが這っているのを見て飛び起き、他の場所に移ってそのまま眠りに落ちた。
夢の中で、彼はこの身体に宿る記憶に沈んでいく。ホグワーツを思わせるような城風の屋敷。その庭には黒髪のセンター分けの少年――ゾア自身――が立っていた。隣には見知らぬがどこか懐かしく温かさを感じる男。二人の前には男の妻と、ゾアの弟が楽しげにブランコで遊んでいた。穏やかで、何でもないその光景が、彼の心に幸福という名の静かな波紋を広げていく。
しばらくして、ジークが書類の準備を終え、ゾアを起こす。
「起きたと思ったら、すぐまた寝てんのか?」(ジーク)
「終わったのか?」(ゾア)――そう言いながら、頬に残った涙をそっと拭った。
「終わったさ。あとは俺の指示通りに動けばいい。」(ジーク)
ジークの言葉に従い、ゾアは地下の隠れ家を出る。目の前に広がるのは小さな花畑と、自然の壁のように密集した古木の列。そしてその向こうには、蔦が絡まる廃墟のビル群が、半ば野生に呑まれた神秘的な景観を作り出していた。記憶では知っているものの、実際に目にするのは初めてで、ゾアは思わず息をのんだ。
ジークはこれ以上ゾアに同行しなかった。これから先、彼は一人で学園に向かい、書類を提出しなければならない。そこではさらに詳しい案内がされる予定だ。
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場面転換――ジークは広々とした部屋に立っていた。目の前にいるのは、金髪をきちんと束ねたスーツ姿の女性。机の上には古びた資料が積まれ、いくつかのページはコーヒーのシミで変色している。彼女の輝く金色の瞳が、ジークの実験報告を素早く読み進めていく。
「このプロジェクトは成功した。引退を許可してほしい。」(ジーク)
女性は返事をせず、読み続けた。読み終えると、資料を机に放り投げ、鋭い視線のまま、優しい声で言った。
「よくやったわ、ジーク。」
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再びゾアに戻る。彼はすでに学園に到着し、部屋を受け取り、生活の準備を整えた。掲示板には次の手順が記されていた:書類提出 → 確認 → クラス分け試験 → 他の学生とともにクラス配属。
試験の内容は――**廃墟ゼルケッツでのサバイバル**。
つまり、ゾアは能力を一度も使ったことがないまま、この過酷な試験に一人で挑まねばならない。他の生徒たちはすでに戦闘経験があるか、能力を使いこなしている可能性が高い。だが、ゾアは何も分からない状態だ。
理論上、覚醒したばかりの者は本能的に能力を使えるはずだった。だがゾアは違った。彼は**使えなかった**。手順は分かっていても、発動できなかった。
ゾアの能力は、他人の魂から武器を召喚するというもの。魂にはそれぞれの性質があり、ゾアはそれを元に武器を生み出す。ただし、それは本人の能力とは無関係だ。
そして、ゾアは**自分自身の魂から武器を作ることができない**。**能力を持つ仲間**がそばにいなければ、彼は完全に無力だった。
だが、試験ではすべての参加者がランダムな場所に配置され、他人と出会うことすら困難になる。ゾアが誰かと出会う前に命を落とす可能性は非常に高い。
ジークはこのことを一切話さなかった。ただ一度、こんなことを言っただけだった。
「苦境に出くわしたら、自分で切り抜けろ。この時代に楽な道なんてない。」(ジーク)
他に選択肢はない。ゾアは試験を待つしかなかった。
待っている間、彼はジークの家から何冊か本を盗み読み始めた。
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この世界についての面白い情報を一つ:**銃という武器は既に絶滅している**。今では弓、剣、槍などの武器しか使われていない。ジークは銃の存在を知る数少ない一人だった。
ゾアの能力は、**銃を再びこの時代に取り戻す鍵**と期待されている。もし成功すれば、人類はNGに対して大きな優位を得るだろう。NGたちは銃の概念を知らない――ただし、彼らの女王を除いて。
ゾアが読んでいた本の中には、世代を超えて受け継がれてきた謎の概念が記されていた:**四騎士の黙示録**。それは終末の兆しを表し、**征服・飢餓・戦争・死**の四つの大災厄の象徴とされている。
四騎士の能力は明らかになっていないが、もしNGまたは人類の手に渡れば、大戦争は避けられないだろう。
さらに、**魔女**と呼ばれる存在も記録されていた。彼らは世界の秩序に干渉できる存在であり、その力は時間、空間、または死者の蘇生といった常識を超えている。
現在、**確認されている魔女は一人だけ**。もしその能力が最大限に開花すれば、誰にも止められない存在となる。
人類もNGも、四騎士と魔女をどうにかして**守るか、支配しようと**している。ほんの一つの油断で、世界は再び滅びの淵に追い込まれる。
**ガイア**――この世界の生命そのものは、今まさに危機に瀕している。しかし、その詳細はまだ明かされていない。
ゾアの能力は、特別とは言えないが、数少ない成功例の一つとして注目されていた。
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そして、試験の日が来た。
長い眠りから目を覚ましたゾアは、澄み切った青空と、崩れたビル群を飛び交う鳥たちを見上げた。ベッド代わりの古い鉄枠の上で跳ね起き、足元の地面はひび割れたコンクリート、雑草や花が生い茂っている。周囲は蔦の絡む荒廃した遺跡。
ベッドの下には澄んだ水たまりがあり、そこに映った自分の顔を見つめて――ゾアは理解した。
**選抜試験が正式に始まったのだ。**
「マジかよ……せめて歯磨きくらいさせてくれよ。」(ゾア)
最後まで読んでくださってありがとうございます!初めての投稿なので、まだまだ未熟ですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回も頑張って書きますので、よろしくお願いします!